• 締切済み

無宗教、または信じるモノがなくても生きられる人

dai-ymの回答

  • dai-ym
  • ベストアンサー率22% (848/3824)
回答No.20

本来の質問内容とは違いますがサービス残業についての質問もあったので自分の考えですが書かせていただきます。 自分は労働にはいくつかの種類があると思っています。 その中で何の対価で給与をもらっているのかの違いはあると思います。 俗にブルーカラーと言われる人などは自分の時間を使った労働の対価で給与をもらっています。 こういう人たちは残業というその時間をさらに使う労働には残業という対価を支払うのが当たり前だと思います。 しかし、開発とか営業などは自分のアイデアを使った労働の対価で給与をもたっていると思います。 時間での労働の対価でないので残業が無いと考えます。かといって、あまりにも会社で遅くまで残られて仕事をされると電気代などのコストもかかります。 出来る限り就業時間に合わせて帰れるように、その点にもアイデアを出すようには言います。 なので、まずなぜサービス残業が発生するかの一つとして、日本の法律が実態に合っていなく、様々な報酬の支払い方に対応していない。 ということがあると思います。 続いて、時間を労働の対価として給与をもらっている人にサービス残業が発生している会社について考えてみました。 これは経営者が経営者としての哲学を持っていないというのが一番でしょう。 自分も就業時間に関係なく仕事をしているんだから、従業員もそう働くのが当たり前だ。という、経営者と労働者の違いが分かっていない人。 勉強、成長という名目があれば時間外労働も当たり前と考える人。 経営をしたいのでなく、金儲けをしたいだけなので、従業員をだまして儲ければいいと考える人。 本当に経営が傾いていて、残業代を出せる現金が無い。という会社もあるでしょう。 日本は経営者だけでなく管理職の教育が出来ていない企業も多くあります。 管理の仕方を知らない管理職だと、どのように管理すれば生産コストを高めないで必要な生産を行うか、またはこれ以上の生産は残業が必要だから生産コストが上がるか、などの計画も出来ない。 また、計画ができないから営業や経営者にその説明もできない。 なので、サービス残業をさせて無理やり生産を達成させる。 ということもあります。 また、先ほども書きましたが時間を使った労働の対価に給与をもらっているということは、昇給は年齢が上がったからでなく、短時間でその作業ができるようになって生産性を挙げたから昇給してもらえる。というのが本来の流れです。 しかし日本では年功序列でスキルが上がらなくてもある程度の給与は上がっていきます。 そのように単純に時間労働の対価で給与を支払っていないので、時間労働通りに支払う必要はないと感じる経営者もいるのでしょう。 総じて言えるのは、 経営とは単純に金儲けする行為ではない。 そこがわかってなく、儲ければいいのだろうと考えている経営者が多いのがサービス残業を増やしている原因の一つだと思います。 ただ、国はサービス残業を許していないですよ。

shirou5
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 詳しい説明ありがとうございました、どれもその通りだと思います。 法律が未だに整備されてないのが、本気で取り組んでるようには見えません。 被害者が会社にバレないようにサービス残業をさせられた証拠を集めて訴えるしか方法がないじゃないですか。自らサービス残業するアイデア関係は除いて、強制的にさせられるサービス残業をさせないように法律を整備するべきです、泣き寝入りしている労働者がどれだけいるはわかりませんが、少なくないと思います。 有給休暇だって使われなかった有給はお金に還元させることを法律で強制しないと意味がありません。 欧州のどこかの国ではそうやってると聞きました、だから会社から有給休暇が残ってると有給を取ることを言われるようです。現状では有給休暇は使ってはいけないものとおかしなことになっています。 話は変わりますが、私は自分を勘違いしていました、私は「道理」を信じているわけではなくて、ただひとつ社会的秩序を基本として作り上げた「オリジナルの秩序」でした。「道理」にも人それぞれ違っていて立場によって正論が変わると思います、道理は絶対に正しいですが、それだけで物事を決めることはできません。お互いが正論をぶつける状況は珍しくないと思います。 私の価値観は「秩序こそ正義」だそうです、自分で悟ったものではないのでイマイチ実感が沸きませんが正しいと思います、私の憧れるひとつ、アンパンマンなんかは秩序を守る正義の味方ですからね、アンパンマンはいつも悪さをしているバイキンマンを見かけただけで排除したりはしません、秩序を乱す悪さをした時だけ排除するのですから。

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