• ベストアンサー

この世界に信じるに値するものは何か

arayata333の回答

回答No.22

すみません。 No21の続きですが、No18にて詳しい解かりやすい対話を求めておいてそこでのコメントがどうしても読み取れないからと言って対話を投げ出したように“説明抜きの回答”だけをいきなり書いても そちらも困るかもしれません。 私の能力では そちらとの対話は無理なのかなと思ってしまったわけです。 No18へのそちらの「この回答への補足」の文についてですが、 まず、この文の意味合い自体はわたしの能力では ことごとく理解出来ないところですので、 それがどのような直感なのかを質問してみたいと思います。 >歯の健康とは無意識と自らの本質(主観など意識できる領域とも限りません。魂と解釈しても結構です。)を、結ぶ「絆」の象徴です。健康な無意識にはそこに存在理由など不要でして「絆」次第なんですが、文面の解釈として絆を磨く健全性と、さらにそれと裏腹な、絆が欠けていく恐怖の二面性が見て取れます。< までの文についてです。 この「歯の健康」という言葉が出てきたのは、私の子供の頃の夢の中に「歯磨き」の事がでてきたからなのでしょうか? 〇そちらは 神話とかに詳しいようですので、子供の夢の一部をただ解かりやすくしただけの文章を 神話の解釈のように意味深くとらえようとしてしまったのではないでしょうか? 小学5年生の実話の夢の話ですから そこに深い意味とかがあるわけないのですが? しかし、歯と脳とか 深い意識とかの関係は私も考えたことはあります。 それで、質問してみたいのですが、 そのそちらの文は、 心理学の夢判断の知識とか脳科学(この場合大脳生理学だと思うのですが)の知識から生まれた直感によるものなのでしょうか?  それとも、すべてご自身の思索過程から生まれた直感によるものなのでしょうか? 私の中での歯と深い意識との関係の思索自体は、 夢判断や現時点の大脳生理学の地点をたぶんですが、すこし追い越している地点かと思っています。 でも そのわたしも、 たとえば、そちらの文に「健康な歯とは」という文がどうして出てくるのか理解に苦しむところなのです。 この「歯」の事自体は、 もっと単純な歯ぎしりとかの二分された時の心の葛藤とかを意味するだけなのでしょうか? その後がいきなり「魂」や「人間の本質」の話に入るので、それで頭が混乱してしまうこととなります。 その後半の部分 >文面の解釈として絆を磨く健全性と、さらにそれと裏腹な、絆が欠けていく恐怖の二面性が見て取れますい。< の部分は たしかに夢を見た当時の私の心理状況を そうとう深く読み当てているとも言えます。  説明すると長くなりますが、 たしかに当時 その二面性のハザマに私は置かれてもいました。 通常、No18の文章だけでは、そこまで見抜けるはずないと思えることですから、確かにそちらにはなんらかのテレパシー能力とかがあるのでしょう。 しかし、 そのようになにか一気に「見て取れた」から書いた文なのでしょうが、 そのいちいちは、とても難しい文となっていて、 読み取るのに大変時間がかかってしまいますし、 いざ「なるほど、そういう深い意味合いだったのか」と納得できたとしても(今のところは、納得できることはたくさんあるのです。)  それがその解釈でいいのかは、わたしには自信が持てません。 得るところがあればそれでいいのでしょうけど、 あくまでそれでは対話はなりたたず、 成り立たせようとしたらさらなる時間を必要とすることとなります。 ここまででも すでに時間がかかってしまっているわけです。 短いコメントと言えども、 その後の部分に触れると、すこしでも解かりやすい対話を求めるなら、さらに 書ききれない紙数と時間が必要となるでしょう。 後半部分と 今上記引用したそちらの文とは 全体的に一つの文となってその全体の意味合いを形成してると思われますが、 もし その意味合いを私なりに解釈して解かりやすい対話の土俵に乗せようとすると、数百枚の原稿用紙が必要な紙数になってしまいそうです。 あくまでも、そちらの直感のままですと、 このように 一般には多くの説明を省いた解かりにくい言葉がたくさん出てくる文章となってしまっていると思うのですが、 primeapeさんはほんとうにそれでいいのだと思っておられるのでしょうか? 月光仮面のように、解かる人にだけそっと何かを諭してそっと立ち去ってゆく。   誰も誰だかも知らないまま^^。  それも一つの奥深い生き方でしょうが^^。 * でも、 もう一度言いますが、 たとえば、「テレパシー」というそちらの言葉にしても なんの説明も定義もなしに使うと、少なくとも一般人にとっては、 さまざまな解釈が生まれてしまいます。 そして、それはどういう意味で使っているのだろうと、悶絶しそうなほど考え込んでしまいます^^:。 やがて 全体の文の意味合いの中から そうかこんなふうな意味合いで使っているのかなといういくつかの推理が生まれてくるといった具合でしか 読み取れないと思うのです。 そこをそちらだったら、 そちらの「テレパシー」にては、文面の解釈が その文の全体から一気に理解されてしまうというのでしょうか? だとしたら、そして、それが癖となりどうしてもそのような文しかそちらが書けないのだというのならば、 そちらの文には善悪両方の面(道徳的な意味の善悪ではないです。)があるということになりますが。…。 * もしかしたら、 わざと 自分の善を隠すためにそうしているのですか? それならば、考えすぎという考えもあるかと思うのですが? わたしの考えでは そこはすっきり解かりやすさを訓練したほうがいいのではと思います。 * というふうな、意見が出てきてしまったので、今回正直に語らせていただきましたが、 そのごとく会話となるかどうかには 自信が持てなくなりましたが、 そちらの質問は、タイトルの「この世界に信じるに値するものは何か」のほかにも  悪という存在がどうして幻想かの重大な説明が抜けていてそれだと問題がありすぎる発言ともなってしまうところ、 ほんとうは私なりの回答を書いてみたいことはまだまだ たくさんあります。 それは最後の《「この世界」とはいかなるものとお考えでしょうか。》という二重の質問となっている点とも符号する回答です。 今回は、ここで先に、ともあれNo21とNo22へのコメントをお待ちいたします。

noname#117439
質問者

お礼

ご回答有難うございます。大歓迎です。 歯の健康は心身の一致を象徴するバロメーターです。 動物的にそうなんです。 ですから歯磨きの夢の話が出ればそれば、象徴する事柄はわかります。 質問者様が自覚しなくても文面だけでわかります。 心の本質の話は必要なかったかもしれません。 まさに心身が一致しているので、たとえ話を持ち出さないほうが良かったのでしょう。そんな混乱を招いたようですね。 テレパシーは相手の腹のうちを探ることではありません。 まづ自らが心を開きます。ざっくばらんな話し合いの形をとらないタイプです。 子供時代は大人になってからよりも多感で感受性が豊かだったと思いますが、この感受性を基点にお互いに共感する感性に育て上げたのがテレパシーです。 真心お投げかけるとその相手の思うことに機転が利きますよね。 そのような感性に自覚や思考が備わっただけです。 この点に一方的に突出した自覚があるのでエスパーと名乗りましたが一時的な現象で将来はもっと平均化されるでしょう。 文面の判り難さについては、私は実は知的な文章を書くのが下手です。 哲学というよりも心象の反映をそのまま文章にしています。文学的であるという意味です。 悪の概念が悪意たる破壊的情動にならない処まで行き着いた私の心にとって、善イコール正義とする争いを持ち込まないため、善も良心もかざさないのは事実です。勝ち負けを競うつもりはありません。したがって回答へのご返事にしろ、さらに疑問を呼ぶようなことは書きません。そのように無難に振舞っているのではなく、争う理由が全く思い浮かばないんです。だから格闘形式の対話をしないんです。悪の病根が寝静まるとそのようになります。

noname#117439
質問者

補足

少し書き損じがありました。 >ざっくばらんな話し合いの形をとらないタイプです。 ざっくばらんな話し合いの、心がけのみで形が伴わないタイプです。 一方的なテレパシーは相手が心を開くきっかけがない場合に起こります。

関連するQ&A

  • 夢ってどんな感じですか??

    ボクは生まれつき盲目のため、現実の世界を見たことがありません。 色や文字が分からないため、夢もボクが生きている真っ暗なせかいです。 そこで、視力のある皆さんにお聞きしたいのですが、夢を見るってどんな感じですか? やはり、自分が見たことのあるところが出てきたりだとか。 空を飛んでいる夢などの空想の夢も見るのでしょうか? ぜひ知りたいです。 人生に1度でいいから視力がほしいです。 そして、親の顔や色のある世界、空を見てみたい。

  • 空想の世界で生きるということ

    たとえば、 子供が学校に行かない、、ということは、事実であるけれども、 ”子供が学校に行かないと、この子は引きこもりになって、社会でまともな生活を送れない子になってしまう”というのは空想の産物であり、 そうした空想が、子供に”学校に行け”という、叱責をしてしまう原因だと思います。 こうした、現実と空想の区別がつかなくなるということについての説明について、ネットで調べていたのですが、なかなか見つかりませんでした。どなたかわかりやすく説明していただけないでしょうか。 昔なにかで読んだような気がするのですが、ネットでいろいろ探しても、 自己愛性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティ障害の人は独特の世界観を持っていて、それが判断の基準になるなどと、非常に、いいたいことはわかるのだけど、説明としては一般の人とは違う人たちという感じの説明のものが多かったです。 しかし、実際にはほとんどの人が、事実起きたことと、そこからの”空想”の区別は明瞭についている人は少ないと思うしそういったメカニズムがどうなっているのかということについての説明はされていません。(されているものを本かネットで昔読んだ気がしたのですが忘れてしまいました) そのへんのところをわかりやすく教えていただけるとうれしいです。また参考になりそうな本などでも結構です。よろしくお願いします。

  • 世の中綺麗な世界なんて作れませんよね?

    世の中綺麗な世界なんて作れませんよね? それとも作れるのでしょうか? ここからはちょっと後悔も含めた話となります。(長くなるので読まなくても良いです) 私が小中学生の頃そんな綺麗な世界を夢見ていました。 だから、世の中の差別主義者とか過激な発言をする人とかそういう類いの人がいる事がなんとなく理解できます。 例えば職業差別や生まれによる差別。 これは自分が卑しいと思った(というか嫌いな)職業や集まりを排除し自分に見えないようにすることで、自分が望む(しかし実際は見せかけだけの)ユートピア世界を作り出そうとする一種の理想主義に思えます。 私は差別発言などはしませんでしたが、現実離れしたユートピアを求めたことについてはなんとなく自己嫌悪があります。嫌いだろうが好きだろうが、それから目を背けても、世の中の隅に追いやろうとしても現実は変わらないのにです。 漫画デスノートの夜神月(キラ)は、容疑者をどんどん始末することで、犯罪の無い綺麗な世界を作ろうとしました。犯罪が許せないというのは同感ですが、これも美しい世界を無理矢理に(非合法な方法で)作りだそうとする考えが、夢を見ていた時代の私に重なって見えました。 綺麗な世界なんて100回夢見ても夢だし、綺麗事は100回唱えても現実にならないのにです。 もちろん私は悪い事はしていませんよ。悪い空想はしていたと思いますけど。 私はそんな空想をしていた反省があるから、キラが嫌いなんだと思います。 映画マトリックスのパンフレットには、この映画に楽曲を提供した米ロック歌手のマリリン・マンソン(marilyn manson)は、この世のものは善と悪で成り立っており、善のみまたは悪のみでは成り立たないと考えているというような事が書いてあった記憶があります(うろ覚え)。 私は今、定期的に募金をしています。世の中から目を背けず、しかし、世の中を良くしようとする現実的なやり方は今のところこれしか無いと思ったからです。 やっぱりこういう非現実的な空想っておかしいですか。

  • 霊的な世界が物質を超える世界だとしたら、この宇宙には精神的生物の住む星

    霊的な世界が物質を超える世界だとしたら、この宇宙には精神的生物の住む星が無数にあってもいいのではないでしょうか。さらにその各々の異星人種は皆、愛、罪、善、悪、などといった地球人と同じ心のはたらきをもっていないとおかしいですよね。 そんなことは現実ありえるのでしょうか?

  • 英語にしてください

    「私は変わらないといけない。私は現実と向き合わなきゃいけない。私は素直にならなきゃいけない。そんなことはわかってる。だけど私はそれが出来ない。でも自分自身を傷付けるのも疲れた。 この世界が夢なら良いのに。そしたら空想の中でただ息をして生きていけるのに。」 という文章なのですが英語にした場合どうなるのでしょうか。よろしくお願いします。

  • 【人間の脳は夢と現実を区別出来ないそうです】

    【人間の脳は夢と現実を区別出来ないそうです】 なぜ脳は夢と現実の区別をしないのでしょう? だから過去の記憶を呼び起こして記憶の奥底から情報を取り出したとき、その情報が夢でつくり出された空想なのか、現実世界での発言での記憶か曖昧になって、勝手に夢で見た他人の発言を、いかにも他人本人が発した言葉だと認識して一人で怒り、一人で喜んでいる脳が一人遊びするのはなぜでしょう? 夢と現実を一緒くたにして処理するように脳が整形されたのはなぜだと思いますか?

  • 世界の本質は「虚無」?

    最近の哲学では世界の本質は無意味的であり、人間の方が意味を見出してるというのが主流派的でありますが、個人的には世のシステムにおいて、無駄なものは淘汰され排除されていくという観点から、この世にも何らかの意味(目的)があると考えております。 しかしながら、逆説的にそう捉える事で整合性がとれ、納得できる部分もあります。 人間は普段、希望や理想を追求し、仕事や目的に従事し、時間や激務に忙殺されることで、虚無や絶望といった暗い淵(現実)から目を逸らしている所があります。 むろん、そうした行為も人間には必要でしょう。 しかし、ひとたびそうした行為を失えば、暗い現実が待っております。 著名な(哲学の)作家や学者など、世を研究する者が相次いで自殺や発狂をする様も、こうした事を踏まえるとなんとなく分かるような気がします。 ただ、私はアンチニヒリスト(リアリスト)であり、むしろそうした意見に否定的で、そのような現実は認めたくないと感じております。 これらについて、皆様の闊達な御意見を伺いたく思います。 できれば、感情論・宗教論・空想論ではなく、現実的・理論的・客観的な論理でお願い致します。 (個人的にはそうじゃない事を願いたいものです)

  • 夢の中の景色で

    たとえば夢の中で自分が住んでる家や地域の景色が出てきたときに、普段の現実世界で見てる自宅などの景色と微妙に雰囲気の色合いなどが絶妙に「まるでこの世に存在しそうでし得ない景色だな」と思うのですが、同じようなことを感じる人はいますか? 今までで見た印象に残ってる夢のエピソードとかを交えて教えてください

  • 『ドラゴンクエスト6』ストーリーの素晴らしさ

    今からちょうど20年前に発売された『ドラゴンクエスト6』。 【夢(幻)の世界(上の世界)】と、 【現実世界(下の世界)】を、 午後に行き来しながら物語を進めていくという、 それまでのドラクエシリーズでもなかった脚本でした。 この『ドラクエ6』にチャレンジされた方へ。 同作品の脚本・ストーリーの中で、 すばらしいと思う部分を教えてください。

  • 愛とは思い込みですか?

    この世は、綺麗なものも汚れたものもある 僕は恋愛により毎日がバラ色になると思っていた ぼら色の日もあった そうでない日もあった 人の感情は揺れる 揺ぎ無い感情は無いと思う 例えば僕は幸せな結婚を望む それは努力も必要だけど縁と言うのも必要 だからあまり愛欲を望まないようにしたい 例え結婚したとしても 愛だと思ったものは実は違っていたり 信じていた人に裏切られて不倫されたり 愛は幻想なんじゃないかと感じる でもそれは悲しい悟り そう思いたくないけど そう思わずにはいられない 望んでいたものは幻なんだと思うと 明日を生きようと思えない 何を求めていきるのか 名誉なんていらない 金なんていらない 愛し愛せる人がいたらと思ってた でもそれも必ずしも安定されたものではない 安定を望んでいるのか そうなのかもしれない 矛盾した心虚しい世界 皆さんはお感じになりませんか?