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『時間』という存在が発生する以前はどうなっていた?

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  • 質問No.4192541
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お礼率 1% (33/2360)

「時間」とは何でしょうか。
「100年前」という時間があり、「10000年前」という時間もあります。
そのまたずーっと前、地球も存在していないぐらいの大昔という時間もあります。

時間とは「無限」の存在…?
それともある時、フッと現れ始めた存在…?
だとしたら、「『時間』が現れる以前は、時間なんてなかったのか?」という矛盾にぶちあたります。

「時間」とは何でしょうか。
この疑問に対する正解はおそらく無いでしょう。

同じ事を考えた事のある方はいらっしゃいますか?
あなたはこの疑問に対してどのように考えた事がありますか?

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.9

ベストアンサー率 61% (230/376)

これは永遠に答えの出ない問題でしょうね。書いても無駄だと思ったのですが、解けない問題だからこそ、考える価値があると思い、タイプしています。私は、時間は存在しないと考えています。100年前は確かにあった。10億年前も確かに存在した。しかし、時間とはなにか。それは、単に物質(人間も含みます。自然もすべて)が生まれては消えるというだけの概念。時間というものがあるとすれば、それは数直線的な存在ではなく、自然の営み、物体の生々流転だけのものであると思います。宇宙自体、遠くからやってくる星の光は過去のもであり、時空という意味では、過去も現在も同じものであり、矢張り、時間は存在しないことになります。我々が見ている物質も、光の反射によって見えているわけですが、その光そのものにとっては、光速で飛んでいるわけですから、アインシュタインの理論が証明するように、時間はストップしていることになります。頭が混乱してきますね。書き出せばきりがないので、やめておきますが、私の結論は、「時間は存在しない」です。単なる生成流転が時間という概念を生み出しているだけです。始まりもなく、終わりもない。そんな気がします。確かに、ビックバンがあったとしたら、時間の始まりと終わりはあるのですが、ビックバン自体があったかどうかさえわからない。証明はできない。時間が無であると、存在も無ということになります。これが、仏教のいうところの、一切皆空です。永遠の謎ですが、私が今、生きていることは確かではあります。しかし、この生きているということが本当の存在であり、現在という時間の中にいるのかどうか、それさえ怪しくなってきます。単なる夢かもしれません。

その他の回答 (全8件)

  • 回答No.8

時間は概念ですよ、これは時計の動きを時間と勝手に人間が決めているので時計がある限り永久に時間は発生していると考える事もできますが、個人的には時間は物質の変動を概念化したものではないかと思っています。よければ↓この新理論なども参考にしてください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3482221.html
  • 回答No.7

ベストアンサー率 21% (117/533)

時間に「存在」はありません。
時間を存在させているのは、あなたの記憶であって、時間は「存在」では無いのです。時空間として認識される世界は、変化のみが因果律に従って進行しているにすぎず、その時定数からして、一瞬は永遠であり、永遠は一瞬で過ぎ去ることになります。
時間とは何かを問うとき、最終的に何も見いだすことはできません。そもそも「存在」が無いからです。
何が時間であるかを問えば、物理現象として変化から抽出されるところの時間が観測される、あるいは記憶によって認識される時間が体感されるにすぎません。
とはいえ、この体感される時間は、意識が物理現象を紡いでゆく驚異的能力なのです。時空間などと称している世界には、「時」の文字が有りながら、過去も未来も一切存在していません。過去、現在、未来をつなぎ合わせているのは意識側であって、時空間側ではないのです。そして、意識が時空間を直接的に認識することは、物理的に不可能な話なのです。
  • 回答No.6

ベストアンサー率 20% (604/2879)

 無時間や超時間を経験した意識が私たちのことば表現をしてくれ、それを理解し同経験ができるときに、回答と受け取りができるのでしょうね。
 そうでないお話は多分、お話されておられる方も解決になっていないのでしょうね。
 ことの解決には、知的な探求や好奇心よりも、何が何のために必要であるという立場でやっていくと回答が得られるのですけれども。
 つまり時間と空間、存在を出ることで分かるのでしょうけれども、未だ万人にことばで語る自己獲得はできておりません。
  • 回答No.5

ベストアンサー率 8% (12/145)

この世や宇宙が何も無かった時、最初に出現した人(心あるもの)が神様として、それ以来、神様軸で、時間というもの(概念)が発生し、何十億年とか、一日とか、そういうものが体感できるようになった。

それ以前は時間もなかった。んでしょうかね。

それともこの世に何も無かった時代にも、精神体というものは存在し、時間という概念だけはあった。のかもしれません。

なんというかつかみどころがなく、よくわかりません。

SFなどではよく使われる題材ですが、時間という概念はどんな場所にも存在しますが、実は心あるモノが数字に置き換えているだけで、実体はどこにも存在していない のかもしれません。
  • 回答No.4

ベストアンサー率 30% (760/2474)

時間は、老衰と死の概念を理解する高等生物が登場して、はじめて意味のあるものになります。それ以前の時間は、物理学的には意味がありますが、道徳的・人間論的・生物学的には無意味です。

人間以外に老衰や死の概念を理解する動物となると、哺乳類でも高等な知能を持つ部類に入ります。例えば、先日、テレビで見たのですが、既にボスの座から引退した年寄り猿は周囲から尊敬を受けており、若いオスが2匹、ボスの座を争ってケンカを始めた際、ケンカに介入し、次世代のリーダーを決めるという行動をとっていました。

象は仲間の死を悼む動物として有名です。死んだ仲間の骨をなでたりします。ある動物園で飼育係の若者が乗った車がダンプカーに衝突した瞬間、4頭の象は一斉に涙を上げながら大声を発したといいます。若者の納骨の日、4頭の中でも特に仲のよかった象は、墓の前でヒザを折り、涙を流したそうです。

高等哺乳類になって、始めて老衰や死を理解できるようになったと仮定すると、このレベルの哺乳類が現われるのは恐竜時代の終わりの6500万年前ごろだと思います。それ以前の哺乳類では、母性は獲得していても、老衰や死の概念までは理解できなかったでしょう。

他方、哺乳類ではなく、恐竜や鳥の場合はどうなっていたのか考えてみると、ジュラシックパークで有名となったヴェロキラプトルを含むマヌラプトル類の脳は、爬虫類の水準を完全に超えており、鳥と遜色のないレベルになっています。マヌラプトルは大陸分裂後の北半球にしかいなかったものとされていますが、昨今の報告で、南半球でもそれらしきものが見つかったとありますので、それが事実なら、老衰や死を理解する生物の登場は、大陸分裂以前にさかのぼることとなり、1億年以上昔のこととなる可能性があります。

微妙なのがチラノサウルス類で、かつてはジュラ期の大型肉食恐竜の子孫とされてきましたが、現在では小型肉食恐竜が、突如として巨大化したものとする説のほうが有力です。旧型チラノサウルス類とされるディロングという小型恐竜は、全身に羽を生やしていたのです。チラノサウルス・レックスの場合、おそらく、子供のうちは羽を持っていて、成熟すると羽は抜け、体の一部にしか残らなかったというふうに考えられています。チラノサウルスの脳は、まだ爬虫類的で、マヌラプトラに見られるような、強力な知能を持っているようには思えません。しかし、チラノサウルスに、仲間意識があったのは確実です。なにしろ、片足を骨折して、長い時間をかけて治癒したと思われる化石が見つかっているくらいですから。あの巨大二本足生物が、片足を折ってしまったら、歩けるわけがありません。ではどうやって、この個体は生き延びたのかといわれたら、仲間が食べ物を運んできたと解釈するのが妥当でしょう。
お礼コメント
takeshi95

お礼率 1% (33/2360)

私が質問を出してからわずか数時間でこんなに詳しくて丁寧な回答を書いていただけるなんて、脱帽です。回答ありがとうございます。
投稿日時 - 2008-11-16 19:58:17
  • 回答No.3

  《時間》とは 空間である。
  あとは 空間をめぐる記憶が すべてを処理する。

 と考えたことがあります。問題は 関係です。人との関係です。社会ということです。

 とりあえず 家族から始まり特定の人びととのつながり(見せかけとしてでも です)にとって 重要であるならば 一万年前の縄文人の生活も 空間記憶に入って来るでしょうし(――または 或る種の仕方で すでに入ったことが歴史的に継承されて来ているでしょうし――) また 地球以前の昔も そのまた昔も あるいは昔という空間がなかった時のことも やがて分かるようになるでしょう。
 空間の中で 空間とともに 動いているので 時間という捉え方も わたしたちは しています。無限かどうかは 分かりません。

 いま現在では 
 ★ 「『時間』が現れる以前は、時間なんてなかったのか?」
 ☆ については こう考えます。《時空間》が現われた時から 《ものごとが ある・ない》という概念が生じたのですから それ以前には この《有・無》という概念もないはづです。《時間なんて なかった》とも《あった》とも どちらとも言えないというのが 正解ではないでしょうか。
  • 回答No.2

ベストアンサー率 28% (681/2419)

だとしたら、「『時間』が現れる以前は、時間なんてなかったのか?」という矛盾にぶちあたります。
逆に考えればいいんですよ。 #1さんの回答の通りビッグバンのときに時間も3次元空間も創られたものですね。それ以前は時間も3次元空間もなかったのですから当然時間もないのが正しいことです。
現在でも霊界と呼ばれる5次元以上(4次元の一部も含む)の世界には時間はありませんよ。夢の世界に時間がないのと同じですね。時間のない世界でも因果律は存在します。というより因果律しかないせかいですね。時間がないから千手観音が存在できるのですね。同時にいたるところで存在できるという世界ですね。仏教でいう摩訶不思議な世界のことですよ。実際に存在しますから修行して体感してくださいね。それで時間と空間のなぞは簡単に解けますから。
  • 回答No.1

ベストアンサー率 8% (8/100)

ビッグバン創世宇宙論を信じるなら、時間はその大爆発から
程なくして生じた物理的量であるといえます。そのときから
我々を貫く時間が矢のように走り始めたのです。
ビッグバン以前については識者によって説が分かれます。
私はマルチ説をよしとしています。つまりビッグバンはそれ
以前にも何回も生じた。学者によっては、今回の我々の宇宙
の元になった大爆発は7回目の大爆発だったとする人もいます。
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