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出家の定義って、定められてますか。

馬鹿 禿(@baka-hage)の回答

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回答No.5

 ご無沙汰しています。(確か前に、ラミダス猿人のときにお話した方ですよね?)浄土真宗の俗には僧侶と呼ばれますが、出家ではない者です。読んでいて思ったことをつらつら書かせていただきます。  まず、回答No.1さんの補足欄でも少し触れられていますが、釈尊の出家について考えてみましょう。このような質問を受けると、回答者の中には「釈尊の出家こそが仏教における真の出家である。」と結論付けたがる方がいらっしゃいます。もちろん、すべての仏教の基本形は釈尊に有ると言うことを否定するつもりはありませんが、釈尊の出家は実は仏教の出家としては戒律に違反しています。佐々木閑氏の『出家とはなにか』によれば、律の中にある「親の許しが無ければ出家させられません」という規則は、釈尊が在世当時よりあったようです。おいおい、お釈迦さんよぉどのツラ下げて言ってんだよって感じですよね。実際にどうだったかという事は分かりませんが、経典等に書かれている釈尊の出家のいきさつを見ると完全な戒律違反です。そう考えますと、釈尊の出家を仏教における出家の基本形と考えるのも違うのではないかと考えるわけです。  そして、何人かの方が明治五年の「自今僧侶肉食妻帯蓄髪等可為勝手事但法用ノ外ハ人民一般ノ服ヲ着用不苦候事」太政官布告を、現在の出家者の妻帯についての原因と挙げておられます。間違いではありませんが、出家者の妻帯についてはもっと根深いようです。  まず、仏教が日本に伝来した時には「戒律」が正式に伝わっていませんでした。正確に言うと「戒律を授ける作法」が伝わっていなかったようです。まぁ、戒律が伝わってませんから当初の仏教者の中に妻帯するものがいてもおかしくなかったわけです。日本の最初の出家者であったのは、飛鳥時代ごろ渡来人の家系であった司馬達等の娘で嶋という方だったと伝えられております。日本最初のお坊さんは尼さんだったんですね。この嶋は善信尼となのり、百済へ赴き戒法も学びますが、かなり時間的な無理があったようで、正式に学んだとはいえなかったようです。  そして、正式な戒師として戒律を授けることが出来る人物として日本に戒律を伝えたのが鑑真和尚です。仏教伝来は『日本書紀』には552年、『元興寺縁起』『上宮聖徳法王帝説』には538年とあり、文献上は500年代半なのですが、鑑真和尚が来日するのは754年ですから、正確に戒律が日本に伝わるまでに約200年の開きがあるわけです。もちろん、それまで善信尼のみならず仏教研究が進むに連れて戒律を守るまじめな僧達も存在しました。しかし、正式な戒師を要請せざるを得なくなった日本の状況について安藤更正氏は『人物叢書鑑真』のなかで、僧尼の堕落が指摘されています。律令制度の混乱により税金逃れのために僧侶になるものも相次いだようで、政府は禁令等を出したのですが歯止めがきかず、このような混乱状態を防ぐには正式な戒律を与えた僧侶を育成する方が早道と考えたようです。このように、正式な戒律の伝来が遅れたことが日本における仏教者の妻帯一要因といえます。  しかし、仏教者の妻帯の要因は私はこれだけではないと考えています。これには仏教伝来以前の日本人がそもそも持っていた宗教観も大きく関わっていきます。日本の宗教者達は仏教が日本に伝わるとともに、「聖(ひじり)」と呼ばれるようになります。この「聖」という言葉について、江戸時代の本居宣長は『古事記伝』のなかで「日知り」として、天気予報(雨乞い等も含む)をしたり日本は農耕が中心ですからどの季節に種をまけばいいかなどを人々に教えていたのではないか考えたようです。また、五来重氏は『高野聖』のなかで、聖なる火を管理する「火知り」に由来があり、起源は非常に古いとしています。『古事記』には「聖帝」、『日本書紀』には「聖皇」と、天皇のことを呼んでいることからも、いわば原始的な「宗教指導者」をあらわしたようです。五来重氏によれば、彼らは強い呪力を身につけるために一定の期間山林にこもり厳しい修行をおこなっていた。しかし、修行の期間は一定の時間的制限であり、それ以外の時間は肉食妻帯をすることや生産活動に従事することは至極当然のことと考えられていたようです。  そして、特筆すべき点はこういった聖が仏教の伝播とともに、仏教徒となり仏教の布教に大きく貢献していたという事です。つまり、日本仏教は教団に所属した正規の僧侶はもちろんのこと、それ以外の聖の力も大きく関わっているわけです。  こういった聖の史料として「三州俗聖起請十二箇条事」が挙げられます。この中には「(性交渉によって)道が妨げられること自体がいぶかしい」とあり、道心(求道心)さえ堅固であれば日常生活を営むこともかまわないと言う立場が記されています。浄土真宗の人間のなかには「親鸞聖人こそが肉食妻帯した最初の僧侶だ」といいたがる人がいるのですが、これは間違いといわざるをえません。「三州俗聖起請十二箇条事」は「寛弘元年」とあり、西暦では1004年ですから、親鸞聖人から遡ること170年ほど前になります。    つまり現在の日本における出家の妻帯は、戒律伝来の遅れももちろんですが、日本人がもともと持っている宗教心に基づくところが大きいと考えられます。  このような事を踏まえたうえで、 >>日本の宗教界では、出家の定義は明確にされているんでしょうか。  一応、仏教においては受戒されているかどうかというのが、一応出家の定義ですかね。ちなみに私は受戒を受けていませんから出家ではありません。  まぁ、こんな所ですかね。読み直すと答えにはなっていませんね。申し訳ない。急ごしらえの文章のため誤字脱字乱文どうぞご容赦ください。  合掌 南無阿弥陀佛     

yy8yy8az
質問者

補足

 感想が遅くなってすみません。  回答を頂いて思いました。  釈尊が当時の戒律を無視してまでも出家した“悟り”への強い純粋な想い、を。  宗教には戒律と言うものがあり、それは“普通”の人々を導くための道しるべ、だと思うのですが、それの伝来が遅れたということを思えば、今日の日本の仏教界の状況を、然もありなんと“合点”出来ます。  異議は、「釈尊の出家を仏教の出家の基本形と考えるのは違う」と云う処。  既成の戒律に捉われず出家したその心持(覚悟)こそ、出家の基本かと思いました。  ありがとうございました。    

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