• 締切済み

私が辛い時ほど、周りの人が優しくなくなります。

私が落ち込んだり、悲しんだり、辛い時ほど、周りの人たちが優しくなくなります。私が元気な時は、優しくて、助けてくれた人たちです。人は、辛い時こそ優しくされるものだと思っていましたが、逆のことが起こります。「辛い時は誰かに相談しよう」と色々なところで言われますが、辛い時ほど、誰かに相談しても、助けてもらえません。優しくもされません。それで余計に辛くなって、心も閉ざしてしまいます。悪循環です。 私の何かの変化が相手を優しくなくさせているのでしょうか?落ち込んでいる人間に苛々するのでしょうか?私の辛い状態が認知を歪めて、優しくないと感じているのでしょうか?私の求める優しさのレベルが高くなったのでしょうか?同じような経験のある方はいますか? 教えてください。

みんなの回答

  • SPIKE-NLOS
  • ベストアンサー率33% (523/1547)
回答No.12

>辛い時ほど、誰かに相談しても、助けてもらえません。優しくもされません。それで余計に辛くなって、心も閉ざしてしまいます。悪循環です。私の何かの変化が相手を優しくなくさせているのでしょうか?落ち込んでいる人間に苛々するのでしょうか?私の辛い状態が認知を歪めて、優しくないと感じているのでしょうか?私の求める優しさのレベルが高くなったのでしょうか? 辛い時程、他人に相談すると冷たく感じる訳ですね。冷たくあしらわれる訳ですね。具体的にはどのような内容か不明ですが、立派な大人であるが以上、他人は自分の事しか考えていません。また、悩みを相談しても、相手は「うんうん、あっそう」ぐらいしか言い返す事ができません。何故なら、貴方の悩みを具体的に解消できないからです。 貴方の悩みは貴方の力でしか解決できない場合が多いようです。 人間、自分の事しか考えていません。自分本位なのですよ。なので、相手に悩みを打ち明けて、相手が自分の期待にそぐわない対応をした。では、周囲の人は、皆貴方に優しく励ますような事をしなければならないのでしょうか?  他人に物事を相談して、アドバイスがあったとして、それを実行した際に、余計、損をしたら、相手に責任をなすりつけますか?  良い大人なら、自分の事は自分で考える。自己責任という事になります。冷たいようですが、今の世の中、本当に親身になって助けてくれる、話を聞いて、具体的に解決してくれるような人は、少なくなっていますよ。  暗い事を言えば、周囲は遠ざかっていきます。明るい話をすれば、周囲は自然と集まってきます。  どうしても、相談したい場合は、身内、親族、専門家、行政等に相談しましょう。  他人が貴方の話をいくら聞いてあげても、どうしようもない悩みだったり、アドバイスができないような、相談ではないのでしょうか? 参考までに 心理カウンセラー るろうに  臨床心理士の資格をお持ちの方のYouTube動画 精神科医・樺沢紫苑の樺チャンネル 精神科医のYouTube動画 精神科医がこころの病気を解説するCh 等を参考にしてください。基本、ポジティブシンキングで、マイナスワードを発しない。嫌な事があってもスルーできる術を身に付ける。 アフター5を充実させる。趣味にのめりこむ等の、ストレス発散が必要です。悩みに悩むと、脳疲労を起こし、ストレスホルモンである、ノルアドレナリン、アドレナリン、コルチゾール(脳の偏桃体を興奮させる)等のマイナスな物質が分泌されますから、脳のマイナス思考回路で、暗い事をぐるぐるぐるぐる、考えてしまいます。いつもマイナスな事が頭によぎり、やがて、鬱病等になってしまう可能性もあります。  質問からするに、今の貴方は、マイナス思考、負の連鎖で、貴方自身が暗く暗くなるように仕向けているのです。他人が貴方の悩みを聞く義務もありませんし、あなたに必ず親切にしなければならないという義務や法律もありませんから、プラス思考、嫌な事や考えや思考や気持ちはスルーできるような術を持つしかありませんね。 自分で自分にストレスを与え、無駄な時間をつくり、あれこれと負の思考を続け、脳疲労、精神崩壊になるよりは、明るい事を考え、実行してみませんか? また、1日1日の改善により、1か月は、自分の悩みが消えた。解決した。そうなれば宜しい。過去と他人は変えられない、変えようとすれば変えられるが、1日1日がプラスに変化しないと、いつまでたっても 負の連鎖からは逃れられません。 セロトニン的幸福(心と体の健康)→オキシトシン的幸福(人との繋がり、動物等を飼育するときの喜び、植物を育てる等の喜び等の愛情ホルモン)→ドーパミン的欲求(就職、転職、昇進、昇給、結婚等の金銭的成功、人生の成功等)という順番で幸福にならないと、どんなに頑張っても、他人に相談しても、愚弄に終わります。また3つの幸福のうち1つでも欠けると、本当に幸せにはなれません。貴方は、①の身体と心の健康であるセロトニン的幸福が欠けているようです。 運動、睡眠、朝散歩、ガス抜き、規則正しい生活等を通して、心身共に健康になるようにしないと、質問の内容のように、暗いことをぐるぐるぐるぐる考えるようになるだけです。 以上。明るく明日から前向きに生きましょう。明日は貴方が一歩進歩しているように願います。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11131/34643)
回答No.11

>死ぬことしか考えられないことなど、なんでも素直に話していました。彼らの反応は、今までよりあっさりしていたり、関わらないようにする感じだったり、見放すような感じだったり、なにより連絡が少なくなったり無くなったりしました。 そりゃあ、そうだと思います。誰でも「私もう死にたい」っていわれたらどうしていいか分からないですよ。「死なないでくれ」「そんなことをいわないで」そのくらいしかいえないのではないでしょうか。 でもさ、本当の本気で死にたいと言ってる人に死なないでくれとしか言わないのはあまり響かないだろうってのは誰もがなんとなく予測がつくじゃないですか。だからもう途方に暮れるしかないのです。 本人が背負いきれないほど重いものを突然持たされても、その人も背負えるものではないですよね。 連絡が少なくなるのも仕方がないです。自分から何かいって、それが余計なことにでもなってむしろ質問者さんに自殺でもされたらこっちが一生苦しまないといけません。 今は余計なことはしていけない時代じゃないですか。電車で突然若い女性が倒れた。介抱したら後から触られたとか訴えられたら大変だと触らなかったという人を批判することはできないですよね。それみたいなもので、質問者さんが本当に危険だなと思ったときに余計なことをしてしまったら嫌だというのは、今の時代あるんじゃないかなと思います。 質問者さんにとっては「見放された」となるでしょうが、その人の言い分としては「そっとしておいた」かもしれません。 本当につらいときっていうのは、誰も助けてはくれないものだと思ったほうが逆に気が楽だと思います。みんないると思ってるから、いないとつらいじゃないですか。いないもんだと最初から思っていれば、1人でも2人でもいるとなんだか得をした気持ちになれます。 心を救ってくれるのは、はっきりいって宗教だけなんですよ。だから質問者さんも宗教団体、とりわけ新興宗教と呼ばれるような団体に行って助けを求めればめっちゃ助けてくれると思います。引き換えに、そこの団体の信仰の仲間になる必要がありますけれど。 私も若いときにひどく悩んだとき、当時の友人がとある新興宗教の団体に連れていってくれたんですよ。その友人がそこの信者でね。そこの信者の人たち、めちゃくちゃ優しかったですよ・笑。なぜ入信しなかったのかというと、当時入信をするための会費が結構高かったからです。もちょっとリーズナブルだったらその友人の顔を立てて入信してたかもしれないです。 一般的な日本人は自分は無宗教だと思っているから、本当に悩んでいる人には冷たいんですよ。そこまで精神的に追い込まれた経験がないですからね。

  • ftyn
  • ベストアンサー率65% (535/811)
回答No.10

落ち込むというよりもっと強く、「出口のない真っ暗闇に放り込まれている」ほどの、絶望の感じですね。 何があったのですか?これまでも、これほど落ち込むことはありましたか? しばらく回答を躊躇していました。ひとつには回答がますますあなたを落ち込ませてしまわないかと心配されたからです。もうひとつは、他の方々へのお返事を読んで、回答しても「でも、それは」となにがしかの反論を受けるだけで終わってしまうのではないかと感じたからです。 この回答も、あなたをさらに嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんが、どうか虚心にお読みいただければと思います。 今あなたは、ふたつのお悩みを同時に抱えています。ひとつは落ち込みの原因になった事柄。もうひとつは落ち込んでいるあなたに対して周りの人たちが支えてくれない不満。ここからしばらく、後者について感じたことを書いていきますね。 誰かが困っていれば手を差し伸べてあげたい、と思う人は多いでしょうし、あなたもその一人なのでしょう。あなたの周りにもそんな人がいるはずです。「そんな話は聞きたくない!」とハッキリ拒絶する人ばかりではないでしょう? あなたにとっては全く不十分であっても、お話を聞いてくれる人はあなたを見捨てている意識はなく、それなりに向き合っている心づもりでいるはずです。 では、なぜ不満なのでしょうか。わたしは 「私の求める優しさのレベルが高くなったのでしょうか?」 これを強く感じました。あなたは「人が困っていたら助けてあげるのが当たり前!」の気持ちが強い様です。いや、それは人として当然のことではあるのですが… まことに言いにくいことを書きます。 人と人がお話をする時、話す側Aとそれを聞いて受け取る側Bがいます。Bは話を聞いてそれに何かを感じます。AもBの反応に何かを感じるでしょう。Bは話の内容に何か返事をくれ、Aが今度はそれを聞く側になって何かを感じてまたBにお返事する。 一方通行ではない「会話」は、こうして思いを伝え、感じるのを繰り返していくのでしょう。 そして、会話が続くには、それが心地よい、楽しい、または得るものがあるのが必要です。ひたすら暗い話、出口のない話は、どんなに相手を心配していてもいずれウンザリしてきて敬遠したくなってきます。 また、「私は今つらいんだから!だからみんな私に優しくするべきでしょ?ホラ優しくしてよ!話聞いてくれて当然でしょ!」といった思いの人の話を延々と聞くのはつらい。「聞かされる」気持ちになっていきます。 「私はそんなことおくびにも出してない!」と思うかもしれませんが、ご質問を読む限りでは、「優しくして!」の思いが強すぎて周りに「ダダ漏れ」している気がするのです。 どうでしょう。「アンタは私の話聞いて当たり前!何で親身に聞いてくれないの!」という人の話を聞く気になるでしょうか。 今のあなたはご自身のお悩みだけで手いっぱいで、話に相手がどんなことを感じるかまで考えるゆとりがなくなってしまっているのでしょう。 それと、これもご質問からの印象ですが、話を聞いてくれた人のお返事へのあなたの反応も、「でも…」、「だって…」といった、否定的なものばかりになっていませんか?さきほど、会話は「心地よい、楽しい、または得るものがある」と続くと言いました。どうぞ思い返してみてください。 「私の何かの変化が相手を優しくなくさせているのでしょうか?」 「私の辛い状態が認知を歪めて、優しくないと感じているのでしょうか?」 このふたつも当たっています。あなたにとっては不十分でも、話を聞いてくれる人は時間をとってあなたにそれなりに向き合ってくれているのも事実です。不満ばかりではなくその範囲での「感謝」の気持ちも持ち合わせていないと、人はますますあなたから離れていってしまいます。 「落ち込んでいる人間に苛々するのでしょうか?」 これにもわたしの考えを書きます。いらいらする人も、暗い気持ちをおすそ分けされてしまって、できることなら離れたいと思う人もいるでしょう。ネガティブは黒い雲の様にモヤモヤ伝染しますからね。 最初のほうで、「あなたは、ふたつのお悩みを同時に抱えています」と書きました。落ち込みの原因と、周りの人の反応への不満です。 あなたは周りの人にどんなことを期待したのでしょうか。恐らく、落ち込んだ「気持ち」を受け止めてほしいと望んだのではないかと思います。 それに対するお返事は、あなたの期待したものとはズレて、「落ち込みの原因への解決案」を提案してくれる人が多かったのではないでしょうか。 そしてあなたは、「私が聞きたい返事はそんなのじゃないのよ…!」と鬱屈を抱えることになってしまった…。 あなたも不満をつのらせ、話を聞いた人もまた「グチだけ言い続けていてもしかたないじゃん…」とあなたに少々の不満を抱いたのではないでしょうか。違いますか? ここまで、つらい事を書いてきました。迷いがありましたが、一方であなたは理知的に考えるタイプで、今は感情が理性に追いついていないのではないかとも感じましたので、冷静になるお手伝いになるかと思い切って文章にしました。理知的ゆえに、考えの通りにコトが進まないと「こんなはずでは…!」とネガティブになってしまう傾向があるでしょうか。 「相手はどう感じるんだろう」。この視点を思い出すだけでも、あなたのお気持ちは少し楽になる…とまでは申しませんが、「開ける」(ひらける)感じになると思います。 ここでまた「ふたつのお悩み」に戻ります。「出口のない相談」は、聞いていてウンザリしてくるものです。「ただグチを聞いてほしい。思いを受け止めてほしい」。これは少しならいいですが、あんまり長い間されると重い。「思いは重い」。わたしの造語です。 あなたのお悩みにも、「出口のある相談」の仕方があります。落ち込みの原因になった「今の問題を解決したい。そのヒントを教えてほしい。あなたならどうするか教えてほしい」。これなら具体的で前向きなお話ができますし、一緒に考えてもらえます。 そして相手のお返事に「でも、だって」は飲み込んで、「そっか、そんな考え方もあるね。自分ひとりで考えても思いつかなかった」と、できるだけ前向きな反応をあなたもするのです。 他人を自分の思う通りにコントロールすることはできない。あなたに全面的にポジティブになれとは言わないまでも、部分的にでもポジ面を見せるだけでも、周りの人たちのあなたへの反応は変わってくるはずです。 「同じような経験のある方はいますか?」 ハイ、あの頃はネガティブなグチばっかり吐き出してたなあ…病んでたなあ…周りも嫌だったろうなあ…不気味だったろうなあ…記憶から消したい、って時期ありました(笑) 最後に逆に質問しましょう。どんなことで落ち込んでいるのですか?今までもこれほど落ち込むことはありましたか? 心療内科のひどい反応とはどんなものだったのですか?医者にも当たりはずれはありますが、このご回答であなたの心療内科医へのとらえ方が変わることもあるかと考えて質問しました。

zorkm
質問者

補足

落ち込むというよりもっと強く、「出口のない真っ暗闇に放り込まれている」ほどの絶望の中にいる人に対して、このような回答ができるのは、すごい勇気だなと思いました。私なら絶対にしません。ですが、このような回答で気合いが入る人もいるのだと思います。 辛い思いをしている人が、より辛い思いをしたり、追い込まれたりすることが、少しでもなくなってほしいと思いました。

noname#255227
noname#255227
回答No.9

自分が相手に何を求めているか具体的に考えてみてはどうでしょうか。あなたがしたいことはすればいいだけですが、人にしてほしいと言っても人には人の都合があるので。 「女性は解決を求めているのではなく共感してほしいだけ」という都市伝説がありますが、例えば「そばにいてほしい」「ただ話を聞いてほしい」だったりするのでしょうか。ぬいぐるみじゃなく人間なので限られた時間は相手にとって貴重なものです。それにそう言ったからといって無言無反応じゃいやなんですよね。つまり「私の気持ちを察して、私が何をしてほしいか考え実行して、私を満足させてください」でしょうか。 「こう言って」と言われたらそう言うだけで簡単なのですが、「質問の意図を汲んで自分で考えて私が満足することを言って」と言われると難しいわけで、それがQ&Aサイトだと言われればそれまでですが、回答者も人間であることをご理解いただければと思います。

  • yaasan
  • ベストアンサー率22% (2728/12284)
回答No.8

あなたも冷静で余裕のあるときに考えてみてください。人はそれぞれにいろんな意味でのキャパシティがあります。ですから、それを越えそうだと思うと無理をせずに何もしなくなるのです。 あなたが辛い時、その辛い出来事を周りの人が解消するにはキャパが足りないのです。中途半端に関わっても返って迷惑だから、みんな手を引くのだと思います。自分の問題は、最終的には自分で解決しないといけないのですよ。 元気な時は優しい、というのは別に何の手助けも必要ないし、一言二言声をかけるだけで優しさを示しているので、誰でもキャパ以内でできるからこそ、しているのですよ。 全てはそういう事です。あなたが辛いのもあなたのどこかのキャパを超えているから、辛いんだと思います。だけど、乗り越えるのは自分自身ですよ。

  • yuzu7x1
  • ベストアンサー率19% (270/1364)
回答No.7

質問を読んで被害意識ってのは落ち込んでる時に加算されやすいんだと感じました。 落ち込んでる時を例えるなら、勝手に転んで勝手に泣いている状態です。無論転んだ人に落ち度はありません。 そんな時に誰かに手を差し伸べてもらえるかは運次第です。しかし大抵は「誰か助けて」と大声で叫べば以外と無償で助けて貰えます。 ここで大切なのは、平気な顔している周りの方も心の中では助けを叫んでるってことです。 みんな自分一人を抱えるのでいっぱいいっぱいなんです。 だから、ただ話を聞いてもらうことすら時間や心理的な負荷をかけることなのです。 こうやって回答するのもまた、貴重な時間を無償で提供する方々の好意なんです。 どうか質問者様だけは落ち込んでいる人の良き理解者でいてあげてください。そうするの事で過去の自分を救ってあげられますから。

zorkm
質問者

補足

私は、落ち込んでいる人に対して、被害者意識だとか、勝手に転んで泣いているとか、みんな大変なんだ、などの言葉をかけない人でありたいと思いました。

noname#255227
noname#255227
回答No.6

「死ぬことしか考えられない」という言葉に本気で向き合えるのは親友か恋人か家族だけです。

zorkm
質問者

補足

そうなんですかね。それだと、私には親友も恋人も家族もいなかったようです。

  • nowaver
  • ベストアンサー率22% (313/1369)
回答No.5

>そういう話ができる関係性の相手(普段から色々お互いに話したり、相談したりする)や、そういう話をするべき相手(精神科医やカウンセラーなど)です。 >精神科医や心療内科医には、優しくないを通り越して、非常に不快な思いをすることばかりで、ショックでした。 専門家の対応でもそのように感じるとなると、質問者様の「自分は今辛いので優しくされるべき」という期待が他の人よりものすごく高いのかも知れませんね。もうすこし、やさしくされる期待値を下げていかないとずっと苦しいかもしれません。

zorkm
質問者

補足

専門家の対応については、周りの人に話してもドン引きしていたので、私が会った専門家がそういう人たちだったのだと思っています。しかし、彼らにも患者さんはいて、経営できているので、薬を貰うだけの患者さんや、対話を求めていない人たちには、関係ないのかもしれません。

  • nowaver
  • ベストアンサー率22% (313/1369)
回答No.4

>それだと、「辛い時は周りに相談しよう」というのは、破綻してしまうと思います。 >辛い時こそ一人で、辛くない時以上に頑張らなくてはならない。 >そういうものなのでしょうか。 質問者様の言う「周り」とはどこまででしょうか。 家族(そういう話ができる関係性の場合のみ)や親友までだと思いますが、知り合いとか同僚程度だと少し離れすぎているかもしれません。

zorkm
質問者

補足

「質問者様の言う「周り」とはどこまででしょうか。」 そういう話ができる関係性の相手(普段から色々お互いに話したり、相談したりする)や、そういう話をするべき相手(精神科医やカウンセラーなど)です。 精神科医や心療内科医には、優しくないを通り越して、非常に不快な思いをすることばかりで、ショックでした。

  • nowaver
  • ベストアンサー率22% (313/1369)
回答No.3

>人は、辛い時こそ優しくされるものだと思っていましたが、 質問者様は辛いのでもっとやさしくされるべきという感覚でいるのに、通常の対応をされているため、期待より優しくないと感じているのではないでしょうか。 もしくは、質問者様が辛いとき、知らずしらずのうちに通常時よりも優しさを求めてしまっているので、通常の対応をされても優しさが足りないと感じてしまうのかもしれません。 逆に、質問者様に自覚がなくとも、辛いアピールのようなものを周囲が感じ取って距離を置いているというパターンもあるかも知れません。

zorkm
質問者

補足

全てについて私も検討しました。 それだと、「辛い時は周りに相談しよう」というのは、破綻してしまうと思います。 辛い時こそ一人で、辛くない時以上に頑張らなくてはならない。 そういうものなのでしょうか。

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