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昭和の人はロウソクを提灯に入れて夜道を歩いた

  • 質問No.9655214
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お礼率 10% (137/1255)

昭和の人はロウソクを提灯に入れて夜道を歩いたのですか。

回答 (全9件)

  • 回答No.9

ベストアンサー率 47% (13930/29449)

他カテゴリのカテゴリマスター
 #3です。補足です。

>>昭和の人はロウソクを提灯に入れて夜道を歩いたのですか。

 はい。僕のいたところは、苗字は同じでも、家紋は家で違っていたので、懐中電灯式に人のとは間違えず、「今晩は太郎さん」と夜道でも声をかけたものです。、

 その頃は、あちこちに肥溜めがあり、酔っ払って落ち込む人もいて、提灯はその予防にも役立ち、蝋燭は電池の残りよりも環境に優しかったように思われます。
  • 回答No.8

ベストアンサー率 25% (444/1710)

ニュース・時事問題 カテゴリマスター
昭和でも初期なら提灯でしょうね。
戦後すぐなら、懐中電灯などそうそうなかったでしょうし。
  • 回答No.7

ベストアンサー率 27% (3450/12327)

他カテゴリのカテゴリマスター
昭和は、懐中電灯と乾電池の歴史です。
松下電器 で調べてみると面白いですよ。

それまで使い物にならなかった乾電池を実用化して普及したのは松下電器の功績です。
そしてその初期の主たる用途が懐中電灯でした。

日露戦争や日清戦争に勝ったとき、日本の庶民はろうそくの提灯を持って、提灯行列で祝いました。当時の祭りなどでも提灯でした。
これが第二次大戦まで続いたようなので、昭和のはじめはろうそくが主流だったのかも。
  • 回答No.6

ベストアンサー率 32% (3432/10503)

ニュース・時事問題 カテゴリマスター
昭和の初期はそうだったと思います。
お彼岸の墓参りには 盆提灯を墓に供えましたが ろうそくが入っていました。
よく提灯ごと燃えていました。
明るい昼間 墓の側で燃える盆提灯 風物詩ですね。
  • 回答No.5

ベストアンサー率 31% (3901/12367)

戦中までそういう地域はありましたね。
  • 回答No.4

ベストアンサー率 23% (340/1461)

昭和20年代にはあった
母が、ケチな親類がチビたロウソクの点いた提灯を
貸してくれたのを30年代に言ってた
途中墓場を抜けねばならず、ボタン灯籠の状態であったと
  • 回答No.3

ベストアンサー率 47% (13930/29449)

他カテゴリのカテゴリマスター
 戦後提灯屋でバイトをしており、お盆前は掻き入れ時で(僕は紋描きもやったので描き入れ時)の盆提灯と、懐中電灯がわりの両方で忙しかったです。

 下記は家紋帳になかったので、作った「抱き矢に橘」(父方の紋)の例。
  • 回答No.1

ベストアンサー率 23% (538/2300)

昭和初期から戦後くらいの田舎の方はそうだったかも知れません。
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