- 締切済み
人生あなたのどん底は何歳でしたか?
エピソードも交えて教えて下さい。
- みんなの回答 (7)
- 専門家の回答
みんなの回答
更に、回答の追加。 というか、すでに回答にありますが、 「どん底」などと表現せずに、素直に「失敗」と表現してみませんか? 失敗は、成功の基です!
回答の追加です! もっとも、今も、お世辞にも、どん底ではない、とは言い切れません。 もう、どん底だらけで(中には、致命的とも思えるどん底すらあります)、どれが、本当のどん底だか、分かりません。(汗; どん底とは、失敗という言葉にも、置き換えられるかと思います。
13歳、でしょうか。(中学1年) 野球に入りましたが、練習がきつく、どん底でした。 そして、嫌な二年生にあたり、何と、辞めてしまいました。 その後、陸上部へ入り、入賞したりして、バラ色のようでしたが、やはり、どん底で逃げてしまったため、その後、上手くいきません。 どん底から逃げずに、這い上がる姿勢・態度。 ですから、今でも、そのどん底に自分を持っていき、必死の毎日を送らさせていただいております。(どんなことがあっても、何とののしられようとも、”やり抜く”) ある意味、そのどん底を経験しているおかげで、その後、乗り越えていけているようなものです。(あの時の経験に比べれば、です) 人生、苦しい時には、どん底の頃を思い出すのも、一興なのでしょう。
- mekiyan
- ベストアンサー率21% (885/4073)
一番人生で貧乏な時に結婚した23歳の時。夫婦で親の家に転がり込みです。しばらくして四国の高知に転勤で社宅住まいに。もう給料前10日間は、金欠も金欠で、毎日一つの35円の豚マンを女房と半分づつで生き延びてきました。豚マン屋のオヤジが見かねて、35円で二つを包んでくれるようになった時は、それこそ涙が出てきました。 でも3年もすると、女房の背中押しも効果が利いて来て、急に金運をついてきました。新車どころか家までも買えるようになり、子作りも開始。 働くのは60歳までと決め、60歳以降のために準備も。61歳になる3ヶ月前に完全リタイヤ実行しました。 でも、毎月一日は、あの貧困のときの初心を忘れないため、食べ物を大事にすることを忘れないために、豚マン一つの日と決めて、公園のベンチで妻と二人で豚マンを食べ続けています。その妻も6年半前に他界。今は一人で豚マン一つを、涙ポロポロと出しながら、食べさせてもらっています。通りがかりの人が見たら、あのじっちゃん気色悪い、となりますわな。
- tuyosik
- ベストアンサー率4% (130/2735)
0歳、胎内、暗黒、狭い猥雑で動けない、動かされる、悪臭、熱い寒い、10か月、苦痛。
22〜25歳くらいだったかなあ いい加減な生活の一人暮らしフリーターだったので、ご飯も食べられない日があるような始末です 彼女が遊びに来てもお財布の中に百円しかないのです。 昭和初期とかの話じゃないです 大家さんとか良い方に囲まれていたのでなんとか生きていけました この経験から正規雇用というのはとても大事なことと思います
- zabusakura
- ベストアンサー率14% (2402/16041)
どん底という考え方は持ち合わせていません。 結婚の約束をしていた人が酷い人で別れた後に、物凄いストーカーに なられたり(私なら辛過ぎて生きてられないと、当時の友達に言われました。)阪神の震災に遭って、何も無くなりました。 少し前に医師から「いつ死んでも、おかしくない。」と言われました。 が、別に、どれも、どん底と思いません。ちゃんと自分で幸せを掴んできているので。 どん底だと思ったら負けというか、落ち込むことが、あまり無いので。 嫌なことが有ったら、さぁ次は、どうしようって、冷静に考えて行動 するだけです。