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昭和天皇による戦争指導。
天皇は、ガダルカナル攻防戦で作戦に“御下問”という形で干渉したそうです。 歴史学者・吉田裕氏の著書にあるそうですが、ネットでの記事をコピペします。 「ガダルカナル島の戦闘が激化していた時期に、陸軍の航空部隊を増援に出すよう海軍が強く要望しました。陸軍の飛行機は洋上飛行には不向きなので、陸軍側は抵抗します。しかし天皇は、繰り返し航空部隊を出すように言い、陸軍も結局は従っています」 質問です。 陸軍は、航空部隊をどこへどの程度出したのですか。 そして、局面を多少とも打開できたのでしょうか。 1942年11月ごろのことらしいですが、調べてもわかりませんでした。 よろしくお願いいたします。
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- gunsin
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お礼
ご回答ありがとうございます。 よく分かりました。 陸軍は、海軍の懇請に応じて、12月に第12飛行団(隷下2個飛行戦隊)の一式戦闘機「隼」約100機をラバウルへ派遣したのですね。 第12飛行団を調べてみますと、翌年2月のガ島からの撤退作戦(ケ号作戦)では活躍していますから、結果オーライと言っていいでしょうね。 それにしても、太平洋の広い海での戦いには陸軍機は不向きであると海軍は百も承知していたはずですが、それなのに応援を頼まねばならないほど、海軍にとって背に腹は代えられない状況だったのでしょう。 ラバウル小唄でも久しぶりに聴いてみます。