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形容動詞の連体形(だっ・で・に)の使い分け

外国人に日本語を教えていますが、形容動詞の連体形のうち、特に「で」と「に」の使い分けが問題になっています。 「真剣に取り組む」「真剣に○○する」とは言いますが、「真剣で取り組む」「真剣で○○する」とは言いません。 また「本気で取り組む」「本気で○○する」とは言いますが、「本気に取り組む」「本気に○○する」とは言いません(「相手の話を本気にする」とは言いますが)。 いろいろ調べているうちに下記のような記事を見つけ、それがポイントのように思えますが、いまひとつわかりません。 連用形 主に用言に連なる用法で,次の用法がある。  (1)文を一旦切って,後に続ける中止法。  (2)「読み始む」「寒くなる」のように下の用言を修飾する副詞法。  (3)「早き流れ」のように名詞化する。  (4)「見送る」のように複合語を作る。  (5)助詞,助動詞に連なる。 日本語の形容動詞では、どのような基準で「で」「に」を使い分けているのでしょうか。外国人にも理解できるよう、文法的な理論でご回答いただければ幸いです。

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  • hakobulu
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#3さんのご指摘どおりで、活用形は関係ないでしょう。どちらも(1)の副詞法に含まれるように思いますから、「に・で」の差異にはつながらないと思います。また、形容動詞語幹は一般的に名詞と捉えることができますから、#3さんのおっしゃるように、格助詞の用法からアプローチすることが有効ではないでしょうか。 それに加えて、「本気」「真剣」の意味も再確認する必要がありそうです。 「で」 【(3)動作・作用を行う時の事情・状況を表す。 「はらぺこ-帰ってくる」 「挨拶のつもり-声をかけたのだ」】 http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%A7&match=beginswith&itemid=DJR_de_-050 【5 動作・作用の行われる状態を表す。「みんな―研究する」「笑顔―あいさつする」】 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/148951/m1u/%E3%81%A7/ 「に」 【(10)動作・状態の行われ方・あり方を表す。 「左右-ゆれる」 「ぴかぴか-光る」】 http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%AB&match=beginswith&itemid=DJR_ni_-150 【8 動作・作用の行われ方、その状態のあり方を表す。「直角―交わる」「会わず―帰る」】 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/166083/m1u/%E3%81%AB/ 「本気」 【冗談や遊びなどでない,本当の気持ち。真剣な気持ち。また,そのような気持ちであるさま。 「 -を出して頑張る」 「彼の言ってることはどこまで-なのかわからない」】 http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E6%9C%AC%E6%B0%97&match=exact&itemid=DJR_honnki_-010 「真剣」 【一生懸命に物事をするさま。本気であるさま。 「 -に取り組む」 「 -な態度」】 http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E7%9C%9F%E5%89%A3&match=exact&itemid=DJR_sinnkenn_-040 ◇ 上記の辞書語釈をよく検証して、要点をまとめると以下のようになるでしょう。 ・「で」=動作などの【行なわれる状況・状態】を表わす。 ・「に」=動作などの【行なわれ方】を表わす。 ・「本気(だ)」⇒気持ち。 ・「真剣(だ)」⇒様子。 以上のことから、次のように言えると思います。 ◎「本気で取り組む」⇒「本気」は、どのような気持ちで取り組んでいるのか、という【状況・状態】であり、動作の行なわれ方ではない。 ◎「真剣に取り組む」⇒「真剣」は、どのような様子で取り組んでいるのか、という動作の【行なわれ方】であり、状況・状態ではない。 【(動作の)状況・状態】と【(動作の)行なわれ方】の意味の違いを、その外国人の方に理解してもらうことが必要になりそうです。 その場合、上記辞書の例文が役に立つと思います。

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質問者からのお礼

いつも本格的なご回答、ありがとうございます。 確かに「形容動詞」を品詞のひとつとして取り上げること自体に、異論があるらしいことは認識しております。このような場合は、助詞と名詞の角度から考えた方が適切なのかもしれません。 しかし相手は外国人であって既にこれらは形容動詞であるとして学習していますので、そのの角度から説明しなければ、余計な混乱を招くことになりかねません。 ご回答の最後にある「まとめ」については、目からうろこでした。外国人には副詞法とか中止法とかには触れず、そのような方向からの説明が良さそうですね。 もう少し他の方からの解答も待ってから、その人に説明することにさせていただきます。

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  • 回答No.16
  • OKAT
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わたしが抱いた「形容動詞」に対する感想 「日本文法大辞典」によれば、形容詞の数が少なかったため、それを補う形で「形容動詞」が発達したとあり、また「形容詞」と「形容動詞」が語幹を共有している例が挙げてあります。  書き出しますと、「暖か-暖かい・暖かだ」以下語幹のみ、「意地悪」「黄色」「気軽」「毛深」「四角」「手荒」「手重」「手軽」「生暖か」「ひ弱」「間近」「真っ黒」「真っ白」「真ん丸」「やわ」  この「黄色」が話題になっていて、「黄色い」の連用形が「かっ」、「黄色だ」の連用形が「だっ(で・に)」というように考えられます。前回おっしゃったように「第1類は形容詞、活用のある第2類が形容動詞とし、第3類は連体詞と見なす考え方もあります。」  この第3類は文語の「タリ活用」の名残の「堂々たる」「燦たる」「悠然たる」が「連体詞」に見なされるのかと思います。実際には「堂々と」などは「副詞」に転成しましたが。  全然別の話かも知れませんが、辞書の品詞分類で「名・形動」と分類されているものが、どのくらいの数存在するのかという興味をいだき、調べて見ました。なるべく少ないことを願って小辞典を対象にしましたが、「ア」の部だけで息切れしました。 憐れ・哀切・生憎・曖昧・あえか・あがったり・アカデミック・あからさま・あがったり・明らか・悪質・悪趣味・悪性・アクチャル・アクティブ・悪辣・アグレッシブ・明け透け・開けっ放し・開けっ広げ・あこぎ・朝寒・浅はか・朝飯前・鮮やか・悪し様・足手纏い・足速・足まめ・足弱・汗だく・汗まみれ・汗みずく・汗みどろ・徒(あだ)・徒疎か・暖か(温か)・頭でっかち・当たり前・アダルト・彼方此方・熱々・暑苦しげ・あっけらかん・圧倒的・アットホーム・アットランダム・天晴れ・アップ-ツー-デート・あつらえ向き・艶やか・アナーキー・アブノーマル・ア-プリオリ・あべこべ・阿呆・あまり(あんまり)・雨勝ち・あやふや・あらたか・露わ・ありがち・在り来たり・有り体・アルカイック・哀れ・暗鬱・案外・安閑・安気・暗愚・暗黒・安全・安泰・暗澹・安直・あんな・安穏・アンバランス・あんまり・安楽・アンラッキー  これで五十音、濁音行も合わせると七十音(全部にあるはずないでしょうが)すべてだと、とんでもない数になりそうです。  そこで「形容動詞の完成度・成熟度」というようなことを考えれば面白かろうと感じました。「静かだ」「穏やかだ」「きれいだ(綺麗だ)」らを成熟したものとすれば、「熱々だ」は低い成熟度と言えます。上に上げたものも大半は不成熟なものと考えられます。外来語まで含まれ、「アルカイックな微笑み」など使われることもあるのでしょうか。  回答の中にあがったものも、 >「ここから、どちらも「~になる」という様態確認(存在詞)には問題ないものの、動作存在詞については「~にする」と「~にやる」とで両者が完全に分離対立することが分かります。 ここにご質問の「特に「で」と「に」の使い分け」のポイントがあるのではないでしょうか。 とおっしゃるように、「静かに」のように「に」の方で、連用修飾の働きをするのが成熟した形容動詞のように考えられますが、いかがでしょう。  その一方で、「青空文庫」における使用例をいくつか紹介しましたが、この作家たちが文章表現に優れている点は認めつつも、果たして「形容動詞」という意識を持ちながら、言葉を使ったかのだろうか、と考える点もいくつか存在し、「不幸」「幸運」を「幸運に遭遇する」の場合、「幸運に」を名詞+助詞、のように使っている例があるように思いました。  長々と失礼しました。

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質問者からのお礼

皆様方には私が期待していた以上の深いご研究、ありがとうございました。 おかげさまで私自身にはいい勉強になりました。適切な形で一般の日本語学習者たる外国人に説明したいと思います。

  • 回答No.15

#14です。 >なるほど、品詞の定義自体が私たちの教科書に載っていたものと異なるのですね。  : 文語体では中止法と副詞法とで活用が「ク・ニ・ト」とはっきりしていました。   活用       副詞法          連用中止法 カリ活用    美し<く>咲く。      彼は善<く>(て/して)、 ナリ活用    明らか<に>知る。   月明らか<に>(て/して)、 タリ活用    断然<と>(して)行う。 風飄々<と>して、 口語体では活用が一種類だけで、連用形は次の3種類になります。 1)助動詞「た」に続く   …真剣<だっ>た/本気<だっ>た 2)中止法・存在詞に続く…真剣<で>   /本気<で> 3)副詞法(連用修飾語)…真剣<に>   /本気<に> 改めて上の活用を対比してみると、「文語の場合の「かり・なり・たり」は口語の「だっ」に当たる形、また「く・に・と」は口語の「で・に」に当たる形である。」(引用:形容動詞活用表解説「岩国」)となります。 ここから、古語と口語間での次のような類推と語形のゆれが考えられます。   古語形                  口語形  「真剣なり」  真剣にして取り組む     真剣に取り組む         「真剣たり」  真剣として取り組む     真剣で取り組む 「本気なり」  本気にして取り組む     本気に取り組む         「本気たり」  本気として取り組む     本気で取り組む また、「本気で」は普通の状態での仕事をしている場合も言えるが、「真剣に」の方はその中でも殊更に普通の場合より一層緊張の嵩じた場合に用い、そしてやや文章語的とされるとした上で、「副詞的に使うときには、「本気で」「真剣に」とかたちがちがう。「本気になって」「真剣になって」というかたちでは、どちらもつかえる。」(「類義語辞典」東京堂出版) このような点を踏まえて、次のような幾通りかの判断が考えられます。 1)用例を「雅馴」として理屈抜きで受け入れるか、 2)古語形との相関の濃度と変化のズレと受け止めるか、 3)「~になって」「~たい」の形で両者の整合を図るか、 4)本気⊃真剣として普通性の有無など用例差を認めるか、 5)「本気とは真剣に対応する意識・気構え」(「類語例解辞典」小学館)として概念の抽象化度による差異と捉えるか。 このうち、差異の概念性と状態性を交差させる用法としての3)「~になって」「~たい」が一番無難でしょうか。 「真剣で取り組みたい」「真剣に取り組む」 「本気で取り組む」「本気になって取り組む」

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質問者からのお礼

文語体ならば、明確に使い分けられていたのですね。 たびたび詳しいご回答、ありがとうございました。

  • 回答No.14

#13です。 >何か説明不足になっているのではないでしょうか(あるいは書き間違いかもしれませんが)。  : この「広辞苑」の「形容動詞」の項に記載されている一つの分類例の場合では、第1類「かっ」の例としては「黄色」などが考えられます。「黄色だ」と見ると「黄色か(った)」「黄色な(悲鳴)」などと活用しそうですが、これは名詞形と形容詞「黄色い」の活用形に仕分けできるだろうと。 また「第3類は連体形だけ」については、「大きな」や、また「そんな」などが想定されます。 そもそも形容動詞は文語体では第1類カリ活用(深かり(し)、連用は「深く(して)」)、第2類ナリ活用(明らかなり(し)、連用は「明らかに(して)」)、第3類タリ活用(断然たり(し)、連用は「断然と(して)」)などと別れていましたが、その活用は動詞のラ変と同じであったことからラ変動詞(「有り」)のような活用を取る特殊な形容詞という趣旨から形容動詞と名付けられたものですが、もはや今日のような口語体においては活用の揃っている第2類を狭義の形容動詞とし、活用の限られものの内、第1類を形容詞に、第3類は連体詞にと考える向きもあるということです。

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質問者からのお礼

たびたびのご回答、ありがとうございました。 なるほど、品詞の定義自体が私たちの教科書に載っていたものと異なるのですね。 それならば納得できますが、日本語文法の奥の深さを痛感させられてしまいました。

  • 回答No.13

#12です。 >お言葉ではありますが「本気にやる」は、#9さんがあげてくださった使用例にもあります。  : 全青空文庫中で、その宮本百合子「杉子」一点です。 「本気でやる」であれば次の4点があります。 「少なくとも、うそを本気でやるよりはいいことでしょう。」(下村湖人「次郎物語」) 「兄貴と僕とは、よく擲なぐり合いをするんだ。本気でやることもあるし、」(ルナアル/岸田国士「にんじん」) 「支那語は辞書を購求していよいよ本気でやることになった。」(若杉鳥子「新しき夫の愛」) 「これほどわしが本気で心配しているのが、」(海野十三「火星兵団」) ここに「雅馴」という言葉があります。 「がじゅん【雅馴】-な [「馴」はよい意]用語・表現などが伝統に合致していて、人前で使うのに値する様子。」(「新明解」) ただありのままに「正しい日本語」があるわけではなく、長い先例が続いて「雅馴」となって定着していくという流れを見詰めていきたいものです。 形容動詞の連用形については、一般に第1類「かっ」、第2類「だっ(で・に)」で、第3類は連体形だけという分類を以て、第1類は形容詞、活用のある第2類が形容動詞とし、第3類は連体詞と見なす考え方もあります。 形容動詞を認めない「広辞苑」に対して「形容動詞の語幹は、しばしば名詞と紛れる」として、通説に従いつつ次のような条件を上げた「岩波国語辞典」の「品詞概説」には興味深いものがあります。 「(1)「─に」の形が広く(「なる」「する」だけでなく)動詞に対して副詞と同様の連用修飾の働きをすること。 (2)連体修飾語となる時の形が「─な」であること。 (3)「だろ・だっ・で・に・だ・な・なら」の活用語尾が、原則としてそろっていること、などである。」(1391-2頁) これが、今回の課題になっている形です。

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質問者からのお礼

ご回答、ありがとうございました。いまさらですが、ポカミスに気がつきました。形容動詞の(だっ・で・に)は、連体形ではなくて連用形でしたね。遅ればせながらここで訂正させていただきます。 > 形容動詞の連用形については、一般に第1類「かっ」、第2類「だっ(で・に)」で、第3類は連体形だけという分類を以て、第1類は形容詞、活用のある第2類が形容動詞とし、第3類は連体詞と見なす考え方もあります。 何か説明不足になっているのではないでしょうか(あるいは書き間違いかもしれませんが)。このまま解釈すると形容動詞の連用形には「かっ」が存在することになってしまいますが、私の文法知識によれば「かっ」は形容詞の連用形です。いきなり「連体詞」が出てくることも妙な話です。

  • 回答No.12

#10です。 >「正しい日本語」は、時々刻々変化するものだとも言います。個人の感覚にばかり頼らず、そのようなことも頭に入れて指導を進めるべきなのでしょうね。  : 原点としての個人の感覚もまた大切ですね。 たまたま「「本気に取り組む」「本気に○○する」とは言いません」という断定がありましたので、さて本当でしょうかと反応した次第です。 ご指摘の本題「形容動詞の連用形のうち、特に「で」と「に」の使い分け」については、大変興味深いと思います。形容動詞とは何かに関わってくることでもあるでしょうが、ただ、日本語学習者に対してであれば「ナ形容詞」と呼ぶように基本は連体形で使いましょうというのが簡単ではありますね。 その場合「真剣な態度」「真剣な話」などすぐに挙げられますが、「本気な〇〇」ではためらってしまいます。 ネット検索すると「本気な質問」「本気なキャラ」「本気なデザイン」「本気な人間」などがでてきますが、さてこれらはいかがなものでしょう。 辞書では「名詞・ダナ」(「岩国」)、「-な、-に」(「新明解」)、「名詞・形容動詞」(「ベネッセ」)とありながら、どの辞書にも「本気な~」の用例が皆無なのです。「学研」ではその例として「真剣な気持ち」が意味として載っているのです。 その不思議を解くために、次のように形容動詞連用語尾「に」の、存在詞や動作存在詞との相性度合いの比較によって、その相違点が浮き上がらせるというのはいかがでしょう。 成本気(〇本気になる) 成真剣(〇真剣になる) 為本気(〇本気にする) 為真剣(×真剣にする→?真剣でやる)格助詞(名詞扱い) 遣本気(×本気にやる→○本気でやる)副詞端末(副詞化) 遣真剣(〇真剣にやる) ここから、どちらも「~になる」という様態確認(存在詞)には問題ないものの、動作存在詞については「~にする」と「~にやる」とで両者が完全に分離対立することが分かります。 ここにご質問の「特に「で」と「に」の使い分け」のポイントがあるのではないでしょうか。

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質問者からのお礼

お言葉ではありますが「本気にやる」は、#9さんがあげてくださった使用例にもあります。 私も「本気にやる」には違和感がありますが、それと同様に「本気に取り組む」「本気に○○する」にも違和感を感じています。 このようなことを考えると、#4さんのまとめ部分がこの問題解決の核心らしく思えてきます。 これは正しく#7さんが言っているように、本格的に研究すれば大学の卒論はともかく、ちょっとしたレポートになりそうですね。 正直申して、私もついて行けなくなってしまいました。

  • 回答No.11
  • hakobulu
  • ベストアンサー率46% (1655/3578)

#8です。 追加で考えたところを、若干、述べさせていただきます。 個人的な感覚による見解も含まれますので、気楽に聞き流してください。 1. まず、初心に返って辞書の語釈を確認すると、次のようになっています。 【本気】[名・形動] まじめな気持ち。真剣な気持ち。また、そのさま。「―を出す」「―で取り組む」 【真剣】[形動][文][ナリ]まじめに物事に対するさま。本気で物事に取り組むさま。「将来を―に考える」「―なまなざし」 それぞれ別の意味も、もうひとつありますが、今回の場合は関係ありません。 重要なことは、「真剣」は名詞ではなく形容動詞だが、「本気」には両方の用法がある、という点。 「で」は【名詞、名詞的な語に付く】のですから、「真剣で取り組む」「真剣で○○する」という表現は難しいと考えることができます。形容動詞語幹なので「名詞的」と言えなくもありませんが、辞書に[名]という注釈が載っていないことから、そう考えて差し支えないでしょう。 この角度からアプローチすることも可能かと思います。 意味的になぜ難しいのかという点に関しては#4と重複するので再掲はしません。 2. #9さんの挙げられた例文は大変参考になりましたが、「にする」「になる」以外は、すべて「で」に置き換えたほうが明らかに自然に感じられるのは、おっしゃるところの時代の流れなのかもしれません。 因みに、「本気にする」「本気になる」が自然なのは「に」の用法が異なるからだと思います。 下記辞書で言えば、 【(10)動作・状態の行われ方・あり方を表す。 「左右-ゆれる」 「ぴかぴか-光る」】ではなく、 【(9)変化する結果を表す。 「学者-なる」 「星-なりたい」】の用法でしょう。 http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%AB&match=exact&itemid=DJR_ni_-150 「行なわれ方」ではなく「結果」という用法なので、名詞(あるいは、名詞としての比重の高い形容動詞)としての「本気」にも違和感なく接続するのだと思います。 下記辞書の、 【(3)(形容詞・形容動詞の連用形に付いて)その状態にならせる。その状態を出現させる】もご参考に。 http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E3%81%99%E3%82%8B&match=exact&itemid=DJR_suru_-010 逆に言うと、このことからも「本気」は名詞の比重が高い、という解釈が許されるとも言えそうです。 『のような戦慄を、本気に感じたのでした。「美男子の件はとに角、』の場合は、やはり「本気で」のほうが自然ですが、たとえば、『彼の目を見て、オリンピックに掛けるその熱意は本気に感じた』などの場合は問題ありません。これも、やはり用法が異なるからで、おそらく、 【(8)ある資格をもつという意を表す。として。】という用法に該当するのでしょう。 #10さんがお示しの『冗談を本気に受け取る』も、これと同じ用法なので違和感が無いのだと思います。 3. すでにごらんになったかもしれませんが、以下はウィキの記述からの抜粋です。 形容動詞の成り立ちを考えた場合、格助詞からのアプローチは、それほど突飛なことではないでしょう、ということを言いたいのですが。 【 形容動詞は名詞との境界が曖昧であるという見解により、広辞苑など形容動詞を独立した品詞と認めずに名詞の一種とみなしている文献の存在が確認されている。その見解によると、例えば「清廉」「波乱万丈」などは、古くは「清廉の人」「波乱万丈の人生」のように(形容動詞と名詞を異なる品詞と考える立場でいう)名詞として使うのが普通であったものの、人・文脈によっては「清廉な人」「波乱万丈な人生」のように(同じく異なる品詞と考える立場でいう)形容動詞として使う人も多く、揺れがある。今日ある形容動詞も元々はすべて名詞から形容動詞に変化したものだから[要出典]、境界線上にある語があるのは当然のことである】 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E5%AE%B9%E5%8B%95%E8%A9%9E 連体形の例ですが、上記の「の」は明らかに格助詞です。「波乱万丈で一生を過ごした」「波乱万丈に一生を過ごした」の「で・に」を格助詞の用法からアプローチしても、それほどずれることにはならないように思います。 とはいえ、似たような内容を何度も述べてしまい、少しくどくなったかもしれませんね。 ご寛恕のほどをお願いいたします。  

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質問者からのお礼

さらなるご考察、ありがとうございました。

  • 回答No.10

#2です。 >「本気に働く」とか「本気に取り組む」は正しい表現だということになるのでしょうか。私は両方とも不自然に感じますが、その点についてもご説明いただければ幸いです。  : 例として挙げた「本気に働く」については次の辞書が出典です。 「ほんき【本気】《名詞・ダナ》 … 真剣な気持ち。 … 「─に働く」」(「岩波国語辞典」) ついでに「本気に+動詞」を例に挙げた辞書例も紹介します。 「ほんき【本気】《名・形動》 … 「そのうちに私も上原さんの小説を─に読むようになって、」(太宰・斜陽)(「学研国語大辞典」)」 「ほんき【本気】 冗談を~に受け取る。」(「てにをは辞典」三省堂) また、#9さんが挙げていらっしゃる例文を見ても、「成本気(本気になる)」「為本気(本気にする)」以外での動詞に対しても、副詞のように連用修飾の働きが限定的ではありますが確かにあるようです。

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質問者からのお礼

さらなるご回答、ありがとうございました。 「正しい日本語」は、時々刻々変化するものだとも言います。個人の感覚にばかり頼らず、そのようなことも頭に入れて指導を進めるべきなのでしょうね。

  • 回答No.9
  • OKAT
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 使用例を「青空文庫」から検索し、見やすいように編集しました。目立ったことは「本気に」は「本気になる」と「本気にする」の形が多いことで、これは予想どおりでした。両方に名が見られるものもあって、どう使い分けているのか、はっきりしません。ここから帰納的に法則性を見つけるのは大変そうです。(字数制限のため、かなり省略) 検索結果 / 本気で 全110件 大事なことだから本気で聞いて下さる方がいいわ。 私はね、この頃貴 宮本百合子「心の河」 かで、自分たちが本気でそれを守り高めようとして暮している夫婦生活 宮本百合子「二人いるとき」 一発でもいいから本気で射撃さして下さい。独逸軍人の本分を尽して死 夢野久作「戦場」 山、鉱山の中に、本気で試掘を出願しているのがドレ位あると思う。些 夢野久作「爆弾太平記」 子で、爆弾漁業を本気で掃蕩し始めたのはこの時が最初だったものだか 夢野久作「爆弾太平記」 生は、アイツ等が本気で爆漁実演を見たがっていると思うていなさるの 夢野久作「爆弾太平記」 らかって、私が、本気でウクレレなんかに熱中して居るとでも思ってい 太宰治「女生徒」 分ふざけ、半分は本気で重吉の大きい体をつかまえ、少し荒っぽく、「 宮本百合子「風知草」 た。「正太さんも本気で行る積りかナア」と三吉は言ってみて、とにか 島崎藤村「家(下巻)」 くは有名無実で、本気で世話を焼くものは自分の外に升屋の老人ばかり 国木田独歩「酒中日記」 あの徳の言い草が本気でない。真実彼奴はそう信じて言うわけじゃない 国木田独歩「二老人」 同様、何か国民が本気でそれへ当っている事象への戯画化が印象づけら 宮本百合子「女の行進」 働いて、……」「本気で、そんな事を言っているのですか? いまのこ 太宰治「人間失格」 ないこと、彼女は本気で、悲しさより何かの苦しさで泣いていることを 宮本百合子「粗末な花束」 であったが、もし本気で厄除けなどを考えだしたら、今年のような世の 宮本百合子「小鈴」 黒部へゆくなら、本気で死ぬなら、どうして黙って行かないのかと。一 久坂葉子「幾度目かの最期」 ・レイナーは随分本気でとりくんでいたし、彼女の持っている聰明さ、 宮本百合子「映画女優の知性」 あない。わたしは本気で言っているんだよ。娘のみのりも不思議にきみ 松本泰「宝石の序曲」 「これ娘、お前は本気でそんな事を云うのか。私はどうしてもお前の話 杉山萠圓(夢野久作)「白髪小僧」 で、実はちっとも本気で無かったのです。本気でやってみたところで、 太宰治「斜陽」 、お互にどんなに本気で生活しているかということを知らせ合うのはあ 宮本百合子「道標(第一部)」 ねえ。わたしは、本気で行くさきを考えて、苦心したのよ」「ああでい 宮本百合子「道標(第一部)」 かりか、或る時は本気で決闘までしかねまじい程激昂したには種々の原 宮本百合子「ツルゲーネフの生きかた」 、常任幹事は半分本気で、「文化学院あたりの卒業生かなんかなら、手 宮本百合子「築地河岸」 統とも。」初めは本気でもなかつたが、おしまひに今これから行くから 平出修「二黒の巳」 のかなあ、などと本気で考えるようになる。 仕事はある。しかしそれ 大杉栄「獄中記」 訳を聞くのでさえ本気ではない。どうせ返すことはあるまいと思ってい 夏目漱石「三四郎」 したりする。何か本気で不安を感じているらしいのが佐和子に分った。 宮本百合子「海浜一日」 だ」「そりゃ無論本気でしょうよ。無論本気には違なかろうけれどもね 夏目漱石「明暗」 叫んでいるのに、本気で、農民に、強制手段で向う心算であろうか。  宮本百合子「人民戦線への一歩」 興味にした作品が本気で読めるだろうか。心のうちに真面目な煩悶を持 倉田百三「愛と認識との出発」 ないとか、それを本気で云い合った。しまいに喧嘩のようになった。「 小林多喜二「蟹工船」 だく。こっちは、本気で言っているのだ。それこそ、も少し、真面目に 太宰治「如是我聞」 検索結果 / 本気に 全172件 のような戦慄を、本気に感じたのでした。「美男子の件はとに角、その 太宰治「美男子と煙草」 はないのである。本気に私の姿を浮浪者のそれと見誤ったらしい。底本 太宰治「美男子と煙草」 と。断行せよ。○本気になれぬ。○ゆうべ、うらない看てもらった。長 太宰治「古典風」 ―と、徳次は瞬間本気にさう考へ、自分のはしたなさを悔んでゐた。「 田畑修一郎「医師高間房一氏」 に訊いたら、彼は本気になつて考へこみ、何かしらそんなことがあつた 田畑修一郎「医師高間房一氏」 ん」といった。「本気になりそうだわ――ある? そんな家……もし本 宮本百合子「明るい海浜」 からの田舎者で、本気に将軍家の発狂やら白痴やらを信じてゐるんだか 太宰治「右大臣実朝」 書物を買ってきて本気に研究したこともあった。彼はその当時、従来の 太宰治「葉」 て、戯曲の勉強を本気にやるのだ。本気にやるということは、つまり結 宮本百合子「杉子」 本気にやるのだ。本気にやるということは、つまり結婚すればあきらめ 宮本百合子「杉子」 今度という今度は本気になってなんとか身の振り方を付けなければなら 岡本綺堂「籠釣瓶」 は主人もいよいよ本気になって、これからまじめに稼ぎ出そうという料 岡本綺堂「籠釣瓶」 であるがいよいよ本気に考へ且つ実行に移す時期が近づいたやうだ。平 平野萬里「晶子鑑賞」 さん以前には誰も本気に歌はうとしなかつたやうで、その事が反つて驚 平野萬里「晶子鑑賞」 」ラプンツェルは本気に残念がって、そう言ったのでしたが、王子はそ 太宰治「ろまん燈籠」 。いよいよ大人が本気にやり出したのです。「ホウ、そら、遣れ。ダー 宮沢賢治「種山ヶ原」 わ。――そろそろ本気に考えて、働くなら働く、お嫁にでも行くんなら 宮本百合子「氷蔵の二階」 の上りですから、本気になって物を言う時には、お坊ちゃんらしいとこ 三輪の神杉の巻「大菩薩峠」 ども、何事にも、本気になれない。二三日、何事かへ本気になったなら 太宰治「虚構の春」 二三日、何事かへ本気になったならば、僕自身をほろぼしてしまいそう 太宰治「虚構の春」 そうでならない。本気になれぬ。そういうことで、勿論、何事も出来る 太宰治「虚構の春」  と渡瀬がついに本気になって口を開き始めた。「今日の演説を聞きな 有島武郎「星座」 と、云うと小山は本気にして、「俺は、もう、何もしないから、お前と 林芙美子「淪落」 は此の頃いよいよ本気に、小説家になるより他は無い、と覚悟を固めて 太宰治「令嬢アユ」 ているその原稿を本気に書きつづけようとしたのであった。私はその夜 黒木舜平(太宰治)「断崖の錯覚」 の」彼女は柚木が本気に自分を見入っているのに満足しながら、薬玉の 岡本かの子「老妓抄」 ていやだ。僕は、本気に勉強したかったんだ。」「勉強したら、いいじ 太宰治「乞食学生」 職株ですの。もう本気になつて、松田さん松田さんつて、しよつちうの 平出修「二黒の巳」 すから、誰だつて本気になりまさあ、」とお糸さんは語調をくづして話 平出修「二黒の巳」 た。しかし僕等は本気になって互に反駁を加え合っていた。ただ僕等の 芥川龍之介「彼」 なおとなしい人が本気になるのやもの……」 私はまたその四、五年前 近松秋江「霜凍る宵」 った時、なほ子は本気になって専門医に見せることを勧めた。「何でも 宮本百合子「白い蚊帳」 上原さんの小説を本気に読むようになって、二人であれこれ上原さんの 太宰治「斜陽」 して貰はう。私は本気になつてるんだ。」「決して串戯ではありません 平出修「計画」 そのことをすこし本気に御相談なさるといいわ」と云った。「お父様は 宮本百合子「道標(第三部)」

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質問者からのお礼

たくさんの使用例をあげていただき、ありがとうございました。 このような使用例を前に、ひとつひとつ考えてみると何となく自然に思えるものもありますし、思えないものもあるようです。 「言葉の文化」とでもいいましょうか、このあたりは個人や地方・周囲の環境によっても左右されるものなのでしょうね。

  • 回答No.8
  • hakobulu
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#6です。 申し訳ありません。お約束の訂正があります。 × 「真剣」は「様子」であって「状態」ではない、ということがわかれば、動作などの【行なわれる状況・状態】を表わす用法の「で」に接続しなければ不自然になる、という結論が得られるはず。 ○ 「真剣」は「様子」であって「状態」ではない、ということがわかれば、動作などの【行なわれる状況・状態】を表わす用法の「で」に接続すれば不自然になる、という結論が得られるはず。 ----------------------------------------------------------------------- #4へのご返事も今、拝見しました。 >しかし相手は外国人であって既にこれらは形容動詞であるとして学習していますので、そのの角度から説明しなければ、余計な混乱を招くことになりかねません。 : なるほど、おっしゃりたいことはわかります。 ウィキに次のような記述がありました。 【<日本語教育における形容動詞> 日本語を母語としない人々に対する第二言語・もしくは外国語として日本語を教える日本語教育においては、形容動詞を「な形容詞(na-adjective)」、形容詞を「い形容詞(i-adjective)」として教えることが多い。また活用としては名詞+コピュラとほとんど同じで、連体形をナ、連用形をニとするだけの違いであることから、ナニ名詞、na-noun, qualitative noun, adjectival nounと呼ばれることもある。】 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%A2%E5%AE%B9%E5%8B%95%E8%A9%9E ということで、形容詞語幹を名詞と捉えた解釈も理解してもらえるような気もしますけどね。

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質問者からのお礼

丁寧なご返事、ありがとうございました。 日本語教育という視点から考えると、さらに難しくなったようですね。おかげさまで相手の理解度や反応を見ながら指導し、妙な方向へ導かないように心がけなければならないという気になりました。

  • 回答No.7
  • OKAT
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>しかしまだ「本気に」については、お返事いただいていません。 「本気に取り組む」「本気に働く」についてはどうでしょうか。 この二つは、「本気で」のほうが普通と思います。わたしの感覚によれば、です。  前回の回答で 「歩く」「行く」「渡る」「見る」「聞く」「読む」「働く」等  「本気で」の方だと上記のものが皆使えます。 と言ったのは、「本気に」だと使えない。ということです。    これ、本格的に研究すれば、大学の卒論はともかく、ちょっとしたレポートになるかも知れません。 考えてみたら、「に」でも「で」でも使えない形容動詞もありそうです。  例 丈夫だ・健康だ (「働く」 だけ使える)  と言うことは、「動詞」そのもが「形容動詞」を選ぶ?

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質問者からのお礼

お返事いただきまして、ありがとうございました。私の感覚と一致しております。 > 考えてみたら、「に」でも「で」でも使えない形容動詞もありそうです 「丈夫に生きる」「健康に過ごす」などはどうでしょうか(違和感が全くないとは言いませんが)。 また「いつまでも健康/丈夫でいてね」という表現も聞き覚えがあるように思いますが、どうでしょうか(この場合の「いる」は、補助動詞なのかもしれませんけれどもね)。

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