• 締切済み

やりたいことを仕事にするということ

今年社会人3年目になる27歳男性独身です。少し前置きが長いですが質問させてください。(読み飛ばして頂いても結構です。) 様々な理由があり書き出すととりとめもないので割愛しますが、僕は現在の仕事に満足しておらず、転職を考えています。 僕の価値観として仕事とは人生の大半を占める、人間が生きていく上で一番といっても過言ではないぐらい重要なファクターであると考えています。 その仕事に満足いかず、「自分が本当にやりたいと思える仕事を探しだす。」ということは殆どの人が重要であると考えていると思います。頭の中では。 しかし現実はそうもいかず、周りには「仕事は辛いものだ。」とか「やりたいことを仕事にできる人なんて人類の1%もいない。」とか「その辛さを乗り越えなければお前は何をしても長続きしない。」とか「好きなことは仕事にするな。」などといった主張を繰り返す人たちがいます。僕はこの考え方が100%間違っているとは思いません。一番身近な人で例えれば僕の両親が上記の考え方にあてはまっていますが、立派な一軒家を建て、子供を立派に?育て、お金に困ることなく悠悠自適の生活を送っています。これはこれで幸せの一つの形であるし尊敬できる部分でもあります。 しかし僕は両親と違い「仕事は辛いもの。」だとは到底考えることができません。好きなことやりたいことを仕事にすることの何に反対するのかが理解できません。 もちろん好きなことを仕事にすることで何も辛いことは起らないとは思っていません。何をするにしても辛いことやしんどいことは起きると思います。しかしそれは「好きなこと・やりたいこと」を前提とした辛さであって、仕事そのものが辛いということとは比較にならないと考えています。 -----------------ここからが本題です。--------------- 僕は現在転職を考えています。希望業界・職種は伏せさせて頂きますが、非常に小さい会社が多い業界で10人以下の会社も少なくありません。 現職の会社は規模も大きく経常利益率も15%近くなるほどの会社で、幸いなことに僕は幹部候補生として受け入れてもらいました。 しかし、元々全然興味のない業界で、ただ将来性があるであったりとか給与・福利厚生等の条件が良いということだけで選んだ会社です。 就活をしているときはそれでいい。稼げればいい。という考えでした。しかし仕事を続けていくうちに自分の本当にやりたいことは何なんだろうと考えだし、自分の人生をもう一度見つめなおし始めました。(これをすることで鬱に近い状態になったこともありましたが・・・) 最近になってやっと自分が本当にやりたいと思えることをぼんやりとではありますが、見つけ出すことができました。 そして、それに向かって突き進もうと家族に宣言?相談?をしたところ、そんなリスクを冒すようなことはするべきではない。今の仕事は辛いかもしれないが、仕事とは元々辛いものである。と否定的な意見を並べられ、決意が揺らいでおります。 母はこう言いました。「今転職して失敗して低収入になったら、結婚したいと思える女性が現れても相手のご両親が許可しませんよ。」と。先にも述べましたが、この考え方が間違っているとは思いません。しかし僕は自分が納得できる人生(仕事)を送らない限り他人を養う覚悟を持つことができませんし、そうなるまでは結婚などしたいとは思わないと思います。 では何に僕の決意が揺るがされたかといいますと、今まで散々苦労をかけてきた両親を再び心配させることへの罪悪感。両親のような考え方でも今現在両親は十分に幸せをつかみ取っているという事実。その事実を間近で見てきたことと現在の自分の状況を考えたとき、理想を追い求めた時のリスクと怖さ。そして果たして自分のような何の取り柄もない人間が理想を実現させることができるほどの器量があるのかどうかという不安。 両親に相談したことによりとりとめもない不安が自分を襲い、またこんなつまらない事で悩んでいる自分に嫌気が差し、自己嫌悪に陥りました。 話は飛躍しますが、こんなに悩んで辛い人生ならいっそのこと自分で命を絶った方がましかもしれないという極論まで頭によぎってくるような日もあります。 こんな決意もすぐ揺らいでしまうような自分。恵まれている環境下の自分が理想を追い求め、現時点では人生最大の賭けのようなものに出るのは今後の人生を考えた上ではするべきではないのでしょうか。 なんだか思春期の悩み事のような気恥しい状況ではありますが皆様のお知恵をお借りしようと思い切って質問しました。 最後になりましたが思いつきとお酒の勢いで書いた要領を得ていない長文・乱文になり大変申し訳ございませんでした。 皆様からのアドバイス、目が覚めるような叱咤激励をいただければ幸いです。 よろしくお願いいたします。

みんなの回答

回答No.16

私も40代となった今、このめまぐるしい社会の変化に翻弄されている 1人の社会人です。うーん100%満足できる仕事はどうでしょう、なに をもって100%と言い切れるのでしょうか。100%達成したあとに何が 残っているのでしょうか。それで終わってしまうのでしょうか。 やりたい仕事は何かを考える前に、なんのために仕事をするのか。選 択肢があるということはとても恵まれていることなんですよ。とこの歳に なって垣間見えるところがあるんです。 人はなぜ働くのか? 皆「生きていくため」に収入を得るために会社、工場にいきます。 生きている間、資産が貯えが十分あれば人は働きません。 ◆やりたいことをやってきた人類のなかで1%に入っている(と考えている) プロのサッカー選手だった中田英寿氏(当時29歳)、引退声明したニュー ヨークヤンキースのジーター選手この二人が同じことを言っていました。 「大好きだった仕事を辞めます」理由は「仕事が楽しめなくなったからです」と。 目標→ゴール、そのあとは本人次第。 親は関係ありません。 今現時点でいえるのは結論から言えば何を主眼としているかではないので しょうか。

  • plokij75
  • ベストアンサー率45% (716/1567)
回答No.15

#13です。  「この回答へのお礼」を読みました。 >勝手な想像ですが、多くの人は後者を選んで生きてきているのかなぁ…とも思います。 >崖を飛び越える時の勇気は何が必要だと思いますか?   そうですね。 人生には、人によって、いろいろ生き方がありますね。 後者のように、エネルギーを浪費して山に登るより、出来上がった平坦な道を歩む方が良い(楽く)と思う人もいるでしょう。 また、「そこに山があるから登るのだ。」という登山家は、山が好きだからでもあるかも知れませんが、目の前にある山への登頂に挑戦するのは、種々の困難があってもそれを乗り越えたいというチャレンジ精神があるからではないのでしょうか。 しかし、山に登って目の前に現れた崖を飛び越える時には、勇気とかチャレンジ精神とかいう「やる気」は勿論必要ですが、自分の持っている能力(資質や訓練で得られたもの等)やその時の状況や環境等の種々の要件を計算して、今の自分の力で飛び越えられるという事を確信出来なければ、ドンキホーテのように、先の見通しも無いのに闇雲に崖越えを試みる人はいないでしょう。 人は、自分の能力や周囲の状況や環境を見ながら、登る山を選択したり、山には登らないという事を選択するのでしょう。 また、山に登っても崖を飛び越えたくない、飛び越えられないので、時間が掛っても、回り道して他の道を行くと言う人もいるのだと思います。 幸運な人は、何の苦労も無く流れに流されて行っても、崖にも出会わずに、幸福になれる人もいるでしょう。 でも、自分の理想や希望に燃えて、立てた目標を達成した時の幸福感は、格別ではないかと思います。 そう考えてみると、崖を飛び越える時の勇気には。。。 1.この崖を飛び越えたいという意志。 2.飛び越える能力や経験。 3.飛び越えるのに適した条件(状況や環境等)。 4.飛び越えられると判断するための情報や知識。 等が必要ではないかと思います。 でも、平坦な道を歩いていても、段差に気が付かず怪我をしたり、思わぬところで交通事故に遭ったりする事もありますから、リスクを恐れていたら、前進する事は出来ません。 若い時の失敗は、まだまだリカバリー出来るのではないかと思いますので、計算できる程度のリスクであれば、引き受ける覚悟も必要かも知れません。 そうすると、5番目には、失敗を恐れない気迫というのが入るかも知れませんね。

  • cyclone3
  • ベストアンサー率62% (22/35)
回答No.14

NO.9です。 質問者も感じておられる「それなりの年齢になると周りへの影響が…」というのは、人によって意識したり、そうでない人も世の中にはいると思います。 この「年齢」という言葉は、あまり好きでないないので「経験を経て」と言い換えると良いかもしれません。 そして、周りへの影響を考えられるいう事は、逆に言うと「その環境で自分が何が出来るか?」を掴まえることが出来ることだと、私は思っています。 もちろん、そのレベルはその経験の量や深さで異なってくるでしょう。 私のリタイアの時の動機にも同様の事がありました。 ・自分のやりたかった事を仕事にすべく、それを約束してくれる企業に入社 ・さんざん紆余曲折はあったものの、何とか25年の勤務でやりたかった事が概ね実行できた。 ・独学で始めた新しい分野の研究を開始、多数の工作や説得を経て管理職を何とか外してもらい、大学へも再び戻る ・管理職を外してもらったが、給与や等級は以前のまま(前例無し)、この頃から会社の業務レベルも低くなり、自分がすべき仕事が無いと気付く ・若手の育成教育も行うが、育てられるような人材だけでなく、本当に育てる風土(社内システム)も無くなっていた。 結局、自分がすべきことが無くなったので退職に至りました。 会社としては、何とか元に戻って欲しかったのでしょうが、自分が回りに与える影響、そしてそれに引換え自分が出来ることが存在しないのであきらめました。 私自身は、最初から好きな仕事(適性は無いと自分では信じていたが)を選んだ以上、収入面は人並みには届かないだろうと思っていましたが何の因果か偶然か、そちらの方は何とかなっていました。 今も時折、若手技術者のサポートを行っていますが、昔と違い「自分で自分の道を切り開いていこう」という人のあまりにも少ない事が残念です。 長い不況のせいか、「兎に角人並みの生活が出来れば、出来たら技術関係の仕事で」程度の動機で仕事に就き、企業に入ればちゃんと教育してくれ、一人前の技術者になれると思っています。 そうでないのは教育が悪いからと思っているようです。 企業もそれを逆手に取って、形を変えた「社畜育成教育」を行って、従順で安定した労働力を確保しています。 私に言わせれば、どっちもどっちですが、こんな事ではますます日本の技術は衰退していく一方だと思っています。 私が退職した原因の一つもそこにあります。 こんな環境は日本以外では考えられないことですが、、、。 話が少し横道に外れましたが、「現在の状況は以前の行動の結果」です。 これから起こる事はだれにもわかりません。 後で後悔しない様にしたいですね。

RCku
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 cyclone3さんが早期リタイアされた原因は様々な考えがあったのですね… 僕なんかよりも遥かに熟考の限りが見てとれて、本当にお恥ずかしい限りです。 自分で自分の道を切り開いていこう」という人があまりにも少ない事に関しては、昔と比べ情報量がけた違いに多いということにも要因があるように思えます。 自分の道というのは自分で考えこうなろうと理想を掲げた道だと思いますが、現代の情報社会にはこの「自分で考えた理想」を決める際に、どれが自分で考えたことなのか、或はどの考えが情報に惑わされたものなのかが冷静になってもわからないことが多々あるような気がします。(ただの言い訳のように聞こえてしまったら申し訳ありません。) 極端な話、士農工商制度があった時代は生まれたときから自分の職業が大方決められていました。また情報も簡単に手に入る時代ではなく、本人もそして周りの人間も本人が小さい頃からその道で生きていく為の考え方や術をごく自然と身に付けられるような環境を作り出していたのだと思います。(この風潮は敢えて年齢に準ずる単語を使わせて頂きますが、僕の両親の世代にもまだ残っていたように思います。) 会社側の立場になってみると、その会社に都合のよい考え方をする人を善しとする(経営陣側からすれば当たり前ですが。)風潮が強く、個々の性格や個性を生かした上でその組織でどう能力を発揮させていくか。いわゆる人事に近い部分でもありますが、極端に言えば大学の卒業学部や文理ということだけで判断されている感じが否めません。 現在の会社がまさに前述の通りなのですが、そのことに気付いてしまった瞬間(本当に数分の間に)仕事が本当に辛くなり鬱に近い状態まで陥る羽目になりました。 「現在の状況は以前の行動の結果」ということですが、まさにおっしゃる通りでございます。 僕は自分の人生について考え始めた時期があまりにも遅かったのだと猛省しております。 少し具体的な話をしますと、僕が現時点でやりたいことと望んでいる業界はそれに関連した学部を卒業しなければ転職は非常に厳しい業界です。それこそ今から大学に入りなおさなければならないぐらいに…。 もちろん可能性の一つとして、色々と調べ悩みもしましたが、現時点での自分のポジションと人生のリスクを考えるとなかなかそうもいかないのが現実です。 悔やんでも悔やみきれませんが、今後同じ失敗を繰り返さないためにも、今を一つの人生の大きな分岐点ととらえ小さな一歩を踏み出していきたいと思います。

  • plokij75
  • ベストアンサー率45% (716/1567)
回答No.13

#10です。   「この回答へのお礼」を読みました。 >。。。将来への展望と現在の立ち位置への理解が曖昧になっているからであると思います。しかしこれらの問題は実際に経験する前から分かることなのでしょうか… 確かに、自分の将来を予見する事は難しいですね。 特に、刹那的に生きていると、自分の目の前に出現する事は、全て偶然に左右されているように思えるでしょう。 でも、自分の理想は何なのか?、将来自分は如何在りたいのか?自分の満足水準はどの辺にあるのか?等々を考えて、将来への目標設定を行えば、そこへ至る道はある程度見えて来るのではないかと思います。 スタート地点は、現在の状況の中で貴方が今立っている処でしょう。 スタート地点とゴールが、おぼろげながらにも見えて来れば、ゴールに至るロード・マップは作れるでしょう。 旅行計画を立てる時と、要領は同じですよ。 登山と同じで、人生を歩む道は、平坦な一本道ではないですが、自分の生き方のロード・マップを持っていれば、多少の寄り道をしたり、道に迷って後退りする事があっても、再び幹線道路に戻れば、道に迷ても、自分の行く先を見失う事はなくなると思います。 人は誰でも、自分の将来を経験している人はいませんから、将来のリスクを小さくするように努めて、出来るだけ自分の定めたゴールへ近づこうとするのが人生なのではないでしょうか。 又、時の流れが速い時代ですから、その時々によって、ロード・マップを修正しながら、という事もあるでしょう。 いずれにしても、物事を判断する時には、判断基準になる物差(メジャー)が必要です。 ロード・マップを作れば、それが、人生の物差の一つとして使えるのではないかと思います。

RCku
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 将来のリスクを小さくするように努め、出来るだけ自分の定めたゴールへ近づこうとするのが人生ですか…一見誰もが考えがちな言葉ですが深いですね。改めて僕たちは人間なんだなぁと思います。 ロードマップの話です。 登山をするとして、今は麓(現在の自分)にいます。目的はもちろん頂上(理想の自分)です。 様々なリスク回避を考え、出来る限りの最良と思えるルートを見つけました。更には念のために少し時間はかかるかもしれませんが別のルートも複数考えられます。 ですが、「どのルートを行くにしても」絶対に飛び越えなければならない崖(人生のリスク)があります。 飛び越えられる確率は極めて低いです。さて・・どうすればよいのでしょうか・・ その場にとどまり飛び越えられると思えるまで体を鍛える(努力をする。勉強等々) しかしいくら鍛えても飛び越えられるかどうかは飛んでみなければ分からない(誰しも未来を経験はしていない) あるいは登る山そのものを変える。こんな崖などの無い山に。 もちろん頂上は前述の山に比べとても低く、道は整備されている。 勝手な想像ですが、多くの人は後者を選んで生きてきているのかなぁ…とも思います。 崖を飛び越える時の勇気は何が必要だと思いますか?

  • cripahoo
  • ベストアンサー率34% (10/29)
回答No.12

たぶん後悔とは、選んだ選択が間違っていたことで生まれるのではなく、 選んだ後に全力を出さなかったことで生まれるものだと思います。 幹部候補生ということですから、新しい道を歩むことで捨てるものも多い でしょう。親御さんの人生経験の中では、想像できないことと思います。 ですから、反対するのも仕方がない面はあると思います。 しかし、親御さんに対する最大の親孝行は、やはり質問者さんが幸せになる ことだと思います。 親御さんの世代が、なぜ仕事は我慢するものだと言っていたのか? 安定した職業で面白くもない仕事をして結婚することで幸せになれたのか? それは、そうやった先に得られるものがあったからです。 例えば、生活の豊かさであったり、家族であったり、出世・肩書きなどの 社会的な評価であったり、いろいろ目に見えるものだったでしょう。 しかし、今は違います。わたしは30代ですが、やはり質問者さんのように 働きがいや、生きる意味など、それこそ思春期の悩み事のようなものを考え てしまいます。 たぶん、そういう恵まれた環境に育った人間は、物質的な豊かさよりも、 精神的な充実感を求めてしまうのだと思います。 それは決して間違いではないでしょうし、ごく自然な人間の欲求なのだと 思っています。 しかし、一方で不安はよぎりますよね。今までのいろいろなものを捨てる わけですから、悩まない方が逆に凄いと思います。 わたしは、そんな問答を嫁さんといろいろやって、踏ん切りがついて、会社 を辞めるのに2年かかりました。 わたしの場合は、会社にいた期間が長かった分だけ、会社を辞めた後にも、 会社時代の自己評価をうまく手放せなくて、半年以上ブラブラしてしまい ましたけれども。 質問者さんも、やりたい方向というのがぼんやりと見つかった、というぐらい ならば、辞めた後にもう一度、それを具体的にどういう形にしたいのかで 悩む期間がありそうですね。 むしろ、そういう試行錯誤があるからこそ、他の誰にも似ていない自分という ものを見つけることができるのではないでしょうか。 だって、そういう葛藤は、質問者さん自身にしか経験できないことなのだから。

RCku
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 cripahooさんの回答を拝見させて頂いて、全体を通してほんとうに共感できました。 (一応誤解を招かれないよう補足させて頂くと、これはcripahooさんに対しての僕の回答を割愛しているのではなく、本当に全体的に。という意味です。) 物質的な豊かさより精神的な豊かさというのはよく贅沢な悩みだと思われがちだと思います。そして僕もある程度はこれに賛成です。いくら精神的に豊かでも、携帯も欲しいしパソコンも欲しいし冷暖房も欲しいし…物欲は尽きません。ある程度の物欲を満たしている上での精神的豊かさを求めてしまっている世代だとも自覚しております。 これらを自覚した上での不安(恐らくcripahooさんの言う不安も同じようなことだと理解しております。)こそが両親の世代にはなかった不安なのではないかと考えています。それにより意見の相違が生じるのでしょうか… このような取り留めもない考えを日々繰り返しております。でもいつかこの経験を経てcripahooさんのおっしゃる「他の誰にも似ていない自分というもの」を見つけ出したいと思います。

  • plokij75
  • ベストアンサー率45% (716/1567)
回答No.10

好きな事を生涯の仕事に出来る人は幸せな人でしょう。 しかし、好きな事でも、自分で、こなさなければ(=処理しなければ)ならない仕事となると責任や義務が付いて来るので、趣味のような訳にはいかないでしょう。 責任と義務を果たすには、それなりの努力が必要になりますから、辛い事があったり、不本意な事が目の前に現れたりと乗り越えて行かないとならない事もありますね。 プロ・スポーツの選手を見ても、好きな事が仕事になっているから楽しい等と思う人はいないのではないのでしょうか。 プロ野球の選手のように、元々素質や体力もある人達でも、ピッチャーで肩を壊す人、ホームラン・バッターでも背筋を痛める人、盗塁王になるような足の速い人でもアキレス腱を怪我する人もいますよね。 彼等も、アマチュアで楽しんで野球をやっていた時とは違って、仕事として野球をやる時には、他人の見えない所で、極限まで練習し訓練しているので、身体への無理が長い間には出て来るのでしょう。 極限まで練習し訓練して、楽しいよりも、辛い苦しい思いを乗り越えて観客の前に立つのだと思います。 仕事というものは、そういうものでしょう。 ご両親が言われているのも、そういう事ではないですか。 ところで、貴方の好きな事ってなんですか? 趣味としてではなく、仕事に出来るような事ですか? それが仕事になっても、好きなままで居られますか? 近い将来、結婚して、家庭持って、子供が生まれても、一家を支えて行けるような仕事ですか? 就職して、27歳にもなれば、仕事も一人前になっているのでしょうから、自分の将来への展望を考えて、今何をして、何処の位置に居なければならないかを把握出来ているのではないかと思います。 ご両親から適切なアドバイスを得ても、悩むばかりで、自分で決断出来ないのは、次のステップへの具体的な目標や計画がないからなのではないですか。 自分の理想へ向かってのロード・マップ(行程表)やタイム・スケジュール(日程表)が作られて、どんな困難にも打ち勝つだけの気力があれば、迷う事はないでしょう。 ご質問を読んでいると、親の目線になってしまうので、如何しても甘さを感じて、ついつい厳しい見方になってしまいます。 でも、自分の人生は、自分以外の誰のものでもありません。 失敗したら、自分で責任を取れれば良い!と思えるのであれば、決断すれ良いのではないですか。 貴方の決断が、一時的に、ご両親を落胆させることになっても、将来成功出来る勝算があるのなら。。。ですが。

RCku
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 僕が好きなこと…たくさんあります。その中でそのものとはいかないまでも仕事に出来ることはあります。しかし、それを仕事にして好きなままで居られるか、一家を支えていけるようなほど成長できるのか。ここに関しては「分かりません。」と答えることしか今の僕にはできません。 それはまさにplokij75さんがおっしゃる通り将来への展望と現在の立ち位置への理解が曖昧になっているからであると思います。しかしこれらの問題は実際に経験する前から分かることなのでしょうか… plokij75さんがおっしゃる理想へ向かってのロードマップ、タイムスケジュールを組むことができればどんなにいいことかと思ってしまうのは僕の考えがまだまだ未熟だからでしょうか。 ものすごく感覚的なニュアンスになってしまい理解し辛いと思いますが、これらを組み立てる段階でどこにスタートを持ってきたらいいのかが分からず途方に暮れている…といった感じです。

  • cyclone3
  • ベストアンサー率62% (22/35)
回答No.9

こんにちは。 質問者様は親離れができていませんね! 実家にいるからかもしれませんが、親の言うとおりに生きても幸せになる保障はありません。 気休めぐらいにしかなりません。 親も子供が自分の近くにいる間は、自分の考えを伝えて幸せになることを願っていますが、自分達から離れて独り立ちすればあきらめるしかありません。 遠くで子供の幸せを願うだけです。 そう考えれば、あなたがする事はあなたが決めたことです。 責任や問題もあなたが悩み、解決するしかありません。 親をたよるか、自立するか二者択一です。 ぐだぐだ言っているだけで、一生親ががりの人があまりにも多い気がしますが、質問者様はどちらでしょうか? 私は、自分のやりたい事を仕事に選んだが、それ故に一般社会で言う定年までは、それを続けられず早期リタイアしました。 最後まで出来れば良かったのですが、難しいものですね。 若い内は自分のやりたい事をひたすら目指していれば良いのですが、それなりの年齢になってくると、周りへの影響や与える迷惑についても、責任をとる(自覚する)必要に迫られました。 しかし、やりたかった事は全て自分で仕事の中に密かに織り込み実現させてきたし、どんな時どんな人にも自分の考えを直球で投げてきたので、仕事をやりとげた達成感はあります。 企業の中でこんな事を、いい年齢まで維持している方はなかなかいませんね。 皆さん、家庭を持ち家族や負債、しがらみが増えてくると、惰性で仕事をし続けます。 とにかく長い間、お金を稼ぐことや面子を保つ事に必死になります。 今は情報があまりにも豊富なので、そういった多数派の意見ばかり目につきますが、前述の親の例と同じです。 誰も保障してくれませんし気休めにしかなりません。 質問者様は文面を拝見する限り、周りの人達の情報に躍らせれている感がします。 自分のやりたい仕事が辛いならば、やりたい仕事をやめるのですか? お金を稼げる確率が少し低いならば、やりたい仕事をやめるのですか? 結婚できる確率が下がるのなら、やりたい仕事をやめるのですか? そんなことでくじける様なら、早めにあきらめた方が良いと思います。 人生、もっともっと予想外の事が、いろいろと起きますよ! どちらにせよ、後で後悔しない様な人生をおくりたいものですね。

RCku
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 親離れ・・ある意味ではできていないのかもしれません。生まれたときから一番長い間見てきた大人は両親でした。そしてその両親は現在幸せに(少なくとも僕が見る限りは。)人生を謳歌しているように見えたので、どうしても両親の言葉に耳を傾けざるをえませんでした。 それなりの年齢になると周りへの影響が…とありますがまさにこれが僕の両親に対する想いではないのかと思いました。回答を拝見させて頂いくうちにcyclone3さんはいい意味で強い自己を持っており、ご自分の中で確立された考え方をお持ちでる印象を受けました。 cyclone3さんは早期リタイアの決断を迫られたときどのようなお気持ちだったのでしょうか…。 差し支えなければ教えて頂きたいです。

回答No.8

RCkuさん こんばんは 折角、安定した仕事、就職先を捨てようとすることに不安を感じるお母様の気持ちはよくわかります。 ただ、人間嫌いな仕事を20年も30年も続けられるはずはありません。 嫌いなら早くやめて、好きな方へ転換するべきです。 それが人生のリスクを減らす方法です。 私は、ある役所と取引があります。 退職者は非常に少ないのですが、病欠者、特に精神的な病での休職者は非常に多いです。 安定した職場だからと言って嫌な仕事にかじりついていると、それはそれなりにリスクはあるのです。 あなたのご両親だって辛い事も多かったけれど、やりがいや達成感を感じる瞬間もあったから長年働いてこられたのではないのでしょうか? 人間辛い事ばかりの連続では、やっていけるものではありません。 好きな職種ではなかったかもしれないけれど、日々の仕事にはけっこう自信があったり達成感があったりしてそれなりの充実した職業生活を送ってこられたのではないのでしょうか? ただ、好きな事と出来る事は必ずしも一致するというものでもありません。 慎重になるべきはここです。 割と得意で尚かつ好きな事を職業にしていると、辛い事を克服できる確率は高いのです。 好きでも出来なければやがては嫌になります。どんなに上手でも嫌いな事は長くは続きません。 一度、適性検査を受けて、何が好きで、何が得意なのか科学的に分析してもらいませんか? その上でキャリアコンサルティングを受けてから方針を決定してもいいのではないのでしょうか? まだ、お若いのですから親族以外の人にあなたの本当の適性というものを相談する時間はあるのではないですか? 備考 もしキャリアコンサルティングをお受けになるのなら、転職サイトや職業紹介業者のものではなくて、公的機関のコンサルティングをおすすめします。

RCku
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 僕の周り、主に会社の人ですが、仕事が辛くて鬱になるやつは何をしてもだめだ。弱い奴だ。と言う人が多くいます。一昔前の頑固おやじ(言葉が悪く申し訳ありません。)のような発言です。 しかしそのような考え方のもと何かを達成できたときの恰好よさと言いますか、気概はある意味では尊敬もできます。 好きなこととできる事の不一致というのはもしそれが起こった時はどちらかに妥協点をおかなければいけないと思いますが(或は両方に)それはどちらを優先すべきだと思いますか。 僕も自己分析をペースはゆっくりですがここ1年ぐらい行ってきました。僕の場合は主として読書を手段として行ってきましたが、上記の問題にぶち当たった時の解決法を明記しているものは見かけたことがありません。キャリアカウンセラーとして世界的に有名なポール・D・ティーガーの著書にさえそのことに関しては触れていなかったように思います。 しかし本を読んで自分一人で考えるのと面と向かって他人に言葉を発するのとではやはり得られるものに大きな差が生まれると思うので、この機会に一度そのようなカウンセリングを受けてみようと思います! そもそも自己分析であったり自分の人生に真剣に向き合う時期が遅すぎたんですよね…反省してます。

noname#246720
noname#246720
回答No.7

思いつきとお酒の勢いっていうのはちょっと頂けませんが、 しかし、ご自身の思うように生きれば良いと思いますよ。 私は質問者さんの言うところの「やりたいことを仕事にした」部類の人間です。 もちろん、やはり辛いことも沢山あります。 多分、適当に仕事を選んだ人より辛さの度合いは強いでしょう。 しかしその分、本当に本当に幸せです。 多くの人が「幸せ」の形と称して憚らない「結婚」のチャンスをもう何度も蹴ってきましたが、何の後悔もしていません。 (もしかしてこれから結婚する機会があるかもしれませんが、それはそれとして) 年末年始、何度かこのサイトを覗きましたが、正月明けに仕事が憂鬱だと書いている人たちを見て、何とも言えない気持ちになりました。 私は年末年始ずっと仕事をしていました。 休みたいという気持ちが少しもなかったわけではありませんが、それは体を休めたいという意味で、仕事が嫌だというわけではありません。 従って、体が無事なら休みはいりません。そのくらい、仕事が好きです。 勿論、私のようになれる人ばかりではないでしょう。 多くの人は人並みの結婚、出産に向けて人生のコマを進めていきます。 でも、そこを目指さない人もいるし、そっちのほうが合っている人もいます。 質問者さんがそのタイプであれば、ぜひそうなさった方がいいです。

RCku
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 思いつきとお酒・・申し訳ありません。一人で考えて考えて悶々としていました…。 ririsakuraさんのご回答を拝見してまず最初に思ったことは「羨ましい」でした。 辛さの度合いは強いがその分本当に幸せだ。なんて格好いいんでしょう・・。軽く高揚感を覚えました。 ririsakuraさんはどのようにしてその仕事と出会い、或は就こうと考えたのでしょうか。 幼いときからの夢だったのでしょうか。 結婚の話を出しておられましたが、僕は結婚願望というものは(現時点では)全くと言っていいほどありません。結婚に注力するよりも今までの人間関係、そしてこれからの出会いをより大切にしたいと考えています。

noname#194461
noname#194461
回答No.6

ごめんなさい。今呑んでます。 私は若い頃は仕事はお給料じゃなく自分の夢でした。 結婚しその夢は無くなりました。 でも自営業の跡取り息子の嫁としての人生を見つけましたがそれもなくしました。 義両親の自己破産で それからの私は仕事=収入でした。 今の主人と出会い変りました。 趣味で出来る仕事は無いが仕事を趣味には出来るです。 長く専業主婦でしたがそれも仕事なら趣味にしようってのが今の私の人生です。 つらいことは辛いでなく自分の趣味にすればいいんです。 お金は自然にある程度はついてきます。 自分の仕事をオタクになんか絶対に負けない自分はプロなんだからそれ以上の情報は当たり前で主人は頑張ってます。 趣味が仕事でなく仕事を趣味にするぐらいが男でしょうって言ってます。 すみません。呑んでるので回答が意味不明かも知れません・・・

RCku
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 今のご主人は仕事を趣味に…ですか。格好いいです。きっと格好良くて男気があって強いハートを持っているように思います。 そしてmanedesuさんは自分の夢を無くしてでも結婚したいと思える人と出会えているということ。僕には想像もできませんがものすごく素敵なことなんだと思います。(元ご主人との出会いを指して書きましたが、何か間違いがあれば申し訳ございません。) 僕にはそこまで自分の生き方考え方を変える人が現れる想像が残念ながらできません…もちろん自分にそんな影響を与えてくれる人であれば男女問わず出会ってみたいですけどね! 酔って?おられる中回答ありがとうございます。正直少し読み解くことが難しい部分もありましたが、言わんとしておられることはなんとなく伝わってきました! 蛇足ですが個人的にお酒好きの方には好感を覚えます。笑

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