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凶悪事件が起きるたびに出る死刑存続・廃止論あなたは。。

hakobuluの回答

  • hakobulu
  • ベストアンサー率46% (1655/3578)
回答No.14

1、廃止派です。 2、意味がないどころか弊害があるからです。 この場合の弊害とは、無用の罪悪感を(無意識的にでしょうが)植えつけてしまうこと、ですかね。 この場合の罪悪感とはなんぞや、といえば、それは単純ですが、「殺してしまった」という罪悪感です。 悪いことしたのだから殺したっていいじゃないか、という見解もあるでしょうが、おそらく少し違うのだろうと思っています。 なぜかといえば、人はいつ「悪いこと」をするかわからない、というのが真理です。 つまり、「悪いことをしたから殺す」というのは「自分も悪いことをしたら殺されて当然である」という論理を自ら肯定することになります。 しかも、先に述べたようにいつ悪いことをしないとも限らない、というのが真理であるわけです。 しかし、自分がその立場になった場合に殺して欲しいと(心底から)欲することは特殊な事情がない限りは稀でしょう。 そうすると、死刑という制度は、自分の場合はだめだが、他人ならば良い。 という論理になります。 これが罪悪感の基調を為していることでしょう。 それゆえに皆気付かないふりをしているし、行政もそれに呼応した形で死刑執行の詳細を発表したがらない、という現象につながっているのだと思われます。 つまり、【無意識的には】誰もが、殺すのは嫌だ、と思っているわけです。 犯人のためではなく、自分のためにです。 ただ、被害者サイドに立ってみれば、極刑を科すべき犯罪というものはあります。 その意味で、現時点における死刑は当然です。 これには反対しません。 「情状酌量の余地」がなければ極刑を科すべきです。 しかし、この場合、極刑を科すことによって蒙る「心的返り血」に気付いていません。 その意味で死刑は廃止されるべきだ、ということです。 理想論だという反論は想定されます。 しかし、自分で絞首のボタンを押す場面を想像してみるとわかりやすくなるかもしれません。 極刑に値する犯罪が行われるたびにそれが繰り返されることになります。 しかも、(肯定するのであれば)国民総意の正義として【堂々と】実行されなければなりません。 それによって果たして本当の安寧が得られるのだろうか。 そのことを十分検証したという確信を持って賛成しておられるのだろうか。 そういう感想は持ちます。 ただ、現在の制度のままでは下地が不十分です。 死刑廃止の最低条件は、恩赦などによる途中出所が絶対に認められない終身刑でしょう。 しかし、罰としての終身刑であるわけです。 見せしめでも良いでしょう。 下地が不十分と言ったのはそういう意味です。 つまり、人間性を否定するほどのひどいものにするのは問題ですが、居住環境は最低限のもので我慢してもらいます。 立って半畳寝て一畳、という言葉がありますが、それで十分でしょう。 また、重労働を以って償いをしてもらう。 すなわち、『自由とゆとり』は剥奪します。 ただし、生命維持に不都合がないように配慮することは必要です。 無用の罪悪感を持たされずに為したことの責任をとってもらう、最善の方策と個人的には考えます。 この議論をする場合、おそらく民度(国民の文化的資質)といったようなものが影響してくるでしょう。 先に、『自由』を剥奪すべき、と述べましたが、このような発想がが受け入れられるのは『自由』の意味を十二分に理解し、且つ享受できている場合だけでしょう。 しかるに、現在の日本ではそれが本当の意味で国民に十分行き渡って(享受して)いない。 その結果の死刑存続傾向ではないか、と考えます。 死刑が未だ存続されているのは、『自由』の剥奪がいかに重要な意味を持つか、に気付いていない。 ということも関係しているのではないか。 このような感想を持ちます。  

noname#96011
質問者

お礼

廃止派ですか、日本では少数派に入るんですかね。 色々な人の多様なご意見をお聞きし参考にも成り。裁判員制度も始まる事ですし、色々考えさせられました。何れしても難しい問題では有る様にも思います。 我回答して頂き有り難うございました。

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