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永遠に? 人生台無し?

死んだらみんな平等って嘘ですよね? あなたが亡くなって1000年後にあなたとあなたが自分以上に大事な世界で一番大切だと思うパートナーが映ったかなり致命的に人々から馬鹿にされ蔑まされる姿と言動、あなたとその人の2人の顔と名前が映った映像が世の中に拡散され世の中の人々に永遠に見下され馬鹿にされることが決まっていたらあなたが今から死ぬまでどんなに幸せでもあなたの人生台無しですか? 例えば一番大切な人が山田太郎なら、いくら拡散が1000年後でも、大切な人の顔や名前が拡散され100亥年以上どころか永遠に山田太郎という名前と世界一大切な人の顔が馬鹿にされ見下されたら辛すぎませんか? その大切な人は友達も多いし学校をかなり楽しんでいたがたまたま仲間から外れてぽつんと写ってる集合写真があります。それを見せて学校のかーすとの底辺だったとカメラ目線で話し映ったらみんな視聴者は信じ込みますよね? 実際はみんなに好かれて友達が多くてもたまたまその写真の時は仲間外れにされてるかのようにも見える写真であれば、底辺だなんて自称したら99.99%の人が信じてしまうと思います。

みんなの回答

回答No.8

a) あなたは死後も、現世の心配しかしないんですね。それ程、死後の世界も、霊魂も、神も悪魔も信じないかたなのでしょう。現代の唯物論というぬるま湯に漬かって、すっかり洗脳されてしまったのですね。  b) 生命の不思議、霊的存在などが、現代唯物論によって否定されたと思えるのは何故ですか? 唯物論なんて、宗教を否定するために作り出された政治的ツールに過ぎないのです。

  • zabusakura
  • ベストアンサー率14% (2400/16030)
回答No.7

私が一番、大切に思っている夫も、私のことを一番、大切に思ってくれている夫も、誰にどう思われようと気にしないから。 本人同士が良ければ別に他人がどう思おうと気にもならないです。

  • sakura-333
  • ベストアンサー率10% (953/8909)
回答No.6

人間というのはいつまで経っても下らないことに興味を持ち、動物的なマウントを取り続けるものなのでしょうかね? それとも、そんなことに興味を持つのは底辺の人だけでしょうか… >底辺だったとカメラ目線で話し映ったらみんな視聴者は信じ込みますよね? 世の中には何でも鵜呑みにする人と、ちょっとした違和感でも気付く人がいます。 割合はわかりませんが、そんなに高確率ではないと思います。 そんなことを言い放っている人に嫌悪感を持つ人もいるのではないでしょうか。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11121/34616)
回答No.5

>一番大切な人が100亥年以降も永遠にみんなに心から蔑み見下され馬鹿にされ続けたら 宇宙の歴史が約137億年だそうですが、その宇宙の歴史を超えても(人類が滅亡しても)永遠に蔑まれることって、いったい何をやらかしたらそうなるんですか? それが想像できないですね。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11121/34616)
回答No.4

1000年も先の人たちの常識なんて想像もできないですからねえ。1000年前は「人間はみな平等」という概念さえありませんでした。 だから1000年後の常識で「1000年前の人まじウケる」といわれてもあーそうですかとしかいえんですね。 それに私は歴史好きなので、1000年後に私の存在がどうあれ世間に知られるなら名誉なことだと思います。例え嘲笑の対象であったとしてもね。1000年後の中高生に、教科書に出ている私の肖像画にヒゲとメガネをいたずら書きされたいですね。

okwaveque999
質問者

補足

コメントありがとうございました。 受けるとか言われるのではなく、一番大切な人が100亥年以降も永遠にみんなに心から蔑み見下され馬鹿にされ続けたら人生台無しではないですか?

  • SPROCKETER
  • ベストアンサー率26% (2128/8000)
回答No.3

死んだら、誰もが存在しなくなるわけですから、議論する意味が無いという点では平等です。しかし、地位、名声、業績は後世まで残る人もいます。安倍晋三元総理のようにテロリストに銃殺されて死亡した政治家は教科書に載り続けるでしょうし、自分が死んだら教科書に載ると言える人は多くは無いでしょう。 それに1000年後と言えば、時代も価値観も全く違っているはずです。たとえば、100年前と現在を比べても、平均寿命は2倍以上も違っています。一生の間に写真を撮る枚数は桁違いです。個人が持つ情報もパソコンに保存出来るので、同じく桁違いの量になっています。 1000年後も同じ事が起こっているとすれば、脳の記憶容量を超えるぐらいまで寿命が伸びているかもしれませんし、個人が持つ情報量も国立図書館や国立博物館並みの容量になっているかもしれません。分子レベルの自己の情報を全てパソコンに記憶出来る時代になっている可能性もあります。死んでも自分の身体を復元して再利用する時代になっているかもしれません。人間と機械との違いがほとんど無くなっている可能性も考えられます。 1000年前の日本人の平均寿命はせいぜい20歳ぐらいだったと言われています。兄弟が多くても半分は20歳になる前に病死していた時代です。それに比べると現在は100歳前後まで生きる人が多いので、寿命は5倍に達しています。1000年後も同じならば、寿命が現在の5倍で500歳まで生きている話になりますが、脳の記憶容量が足りません。補助記憶装置を付けて生きている人が多いかもしれませんね。 今の技術では死を回避する方法は見つかっていませんが、遺伝子改造技術が進んだ未来では死を回避する事は出来なくても、寿命を何倍にも伸ばすのは成功しているだろうと考えられています。私達が100歳前後で死んでいるのを知って、未来の人達は「なんて短命だったのだろう。」と思うのは今も未来も同じだと思いますね。

  • kaitara1
  • ベストアンサー率12% (1158/9166)
回答No.2

全ては閻魔様だけがご存じなのでは。

  • zabusakura
  • ベストアンサー率14% (2400/16030)
回答No.1

死んだ後のことなんて考えることすらないと思います。

okwaveque999
質問者

補足

お答え頂きありがとうございました。 私はこの世で一番大切な愛してる人の醜態、顔、名前、言動が100亥年以降も永遠に馬鹿にされ見下される笑われ続けたら人生台無しに思ってしまいます。 なぜ考えないでいられるのか教えて頂けたら幸いです。

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