幼少期に母親に目をかけられなかった悩みと心の整理方法

このQ&Aのポイント
  • 幼少期に母親に十分な愛情を受けられなかった過去を思い返すと、悲しみやイライラが湧き上がります。過去は変えられないため、心の整理をつける方法としては、以下のようなアプローチがあります。
  • まず、過去の出来事を受け入れることが重要です。自分が十分な愛情を受けられなかったことを認め、受け入れることで心の負担が軽減される場合があります。また、その過去の経験から学びを得ることも大切です。
  • 次に、自己肯定感を高めることも心の整理に役立ちます。自分自身を受け入れ、自己価値を見出すことで、他人の愛情に依存することなく自己満足感を得られるようになります。また、心のケアやセラピーを受けることも考えてみると良いでしょう。
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幼少期に母親に十分に目をかけられなかったこと

今から変えようがない過去である、「幼少期に母親に十分に目をかけられなかったこと」を思い返すと、もう成人しているのにイライラします。 イライラというか、悲しいというか、腹立たしいというか。 心の整理をどうつけたらいいですか? 私は情緒不安定で精神系の難があります。 ○○障害などの本を読むと、2歳までの母親の十分な愛が~などとよく書いてあります。 私の生後数週間で母親はフルタイム勤務に戻り、私はお金で雇われた他人に一日の大半を見てもらいました。 私が病んだのは母親のせいだ、という気持ちが正直あります。 でも、過去は変えられません。 また、母にこのようなことを言うと、自分は必死に育てたと逆ギレされ泣かれます。 十分な愛を受けて屈託無く育った他人が憎いです。羨ましいです。 自分が毒のある性格なので、毒のない性格の人とそりがあいません。 むしろ、人格障害などは母親の教育と関係ない、ただ私の資質がたまたまそうだっただけ、とされたほうがすっきりします。 幼少期のこと、どうやって心の整理をつけたらいいですか。

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  • hue2011
  • ベストアンサー率38% (2800/7250)
回答No.2

すでに過去になってしまったことはどうしようもないことです。 あのときこうであったら、というのは考えるのは自由ですけど、こうであったら、の選択肢はもうないのです。 怪我をした人が、怪我のことをうじうじ考えていても意味がありません。 怪我は怪我でしてしまったのだからそれはそれで事実です。これからどうしていくかが重要です。 前向きに、怪我を忘れるというか優先度を落として暮らしていると、いつの間にか怪我のことが気にならなくなり、ふと見るとほとんど治っているということが往々にあります。 これからのことを考えましょう。 幼少期はかつてあった、というだけのことです。今は幼少期ではないのです。 明日は誰と会う、何をする、というのを予定して、実行していくということをしてみましょう。そうたいしたことである必要はありません。 簡単なことを言えば、明日は図書館に行く、1冊読む、と決めるのです。 そしてそれを予定通りに実行したら、ほんのちょっとのちいさい達成感がえられます。これ、さらさらと書きましたが、本当にやろうとすると結構大変です。 1冊読み切るというのが割合重労働だからです。 これを積み上げていくと、昔怪我をしたというようなことをだんだん気にしなくなります。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 怪我に例えて考えるのですね。 今は今しかないですよね。

その他の回答 (10)

  • kaoru0103
  • ベストアンサー率63% (754/1185)
回答No.11

すみません上手に書けるかわからないのですが・・・。 僕自身は40代の父子家庭の父です。 年代や性別もあるので参考になるかわかりませんが・・・。 妹が生まれつき病気を患っていたので母親はずっと看病して病院へいき僕ら兄弟は(弟がいます)は近所の親戚の家(それもどこか暇な家とかで面倒みてくれる家がいつも違う)に預けられていました。 ずっと、妹が病気なんだから、淋しいとか友達に家庭と自分の家は違うとかいえないで育ちました、でもしょうがないって思っていました。 質問者さんのように母親の仕事だとなるとシングルマザーとかならわかりますがどうしても必要じゃないのに母親が仕事に出る=自分よりも仕事が好きだという図式が生まれてくるんだろうなって。 どんな理由であれ僕は質問者さんが愛情を感じられないまま育ったと「そう感じる事」はとても可哀想で不幸なことだと思います。 親は十分愛した、世間もそれを認めているとしても事実は別としてです。 そう感じるって誰にも間違ってるって言えないと僕は思うからです。 約2年程前に元妻と離婚しまして、その時に元妻から「私から付き合おうといって結婚しようといって、私から離婚しようて言わせるのね、本当は私も子供も、家もほしくなかったんでしょう?何も要らないのよね、あなたって」って元妻に言われました。 正直グザリと来ました。 元妻に「君は必要がない」と思わせてしまったことをです。 僕なりに好きで付き合って結婚したつもりでしたが・・・。 >私は他人に愛着を感じられないのです。 自分では思わないけど質問者さんと同じに自分もそうなんじゃないかって疑いました。 愛ってなんだろうって、結婚して子供までいる自分が愛を知らないんじゃないかっておかしいですよね。 離婚して子供二人と住んでいますが毎日日常会話しかしません。 最低限の生活環境、ご飯、洗濯、掃除の中で愛ってどう伝えるんだろうってそんなことを考えます。 僕は子供の頃に親戚の家でご飯を食べていてそれが部外者でなんだか惨めだった思い出があるのでご飯だけは!と子供たちと一緒に食べるようにしています。 せめてもの愛?がご飯を一緒にくらいしか思いつかないんです。 母親が逆ギレで泣くとあるけど母親は質問者さんの気持ちを理解してるのですよね? これって、僕は違うと思うよ。 母親は自分のしたことで質問者さんがそう感じて生き辛いことを一緒に考えて、その辛さを理解しようとする姿勢が必要なんだと思うんですよ。 謝罪とかそんなんじゃなくです。 そう感じる質問者さんの大変さを思ってほしいということを母親を責めることなく、伝えてみてはどうでしょうか。 話は変わりますが僕は今年の2月からお付き合いしてる女性がいます。 家庭円満ではない家庭に育ちながらも愛情深い女性です。 不思議と元妻にも言ったことのない心の内や不満というのを話してしまいました。 質問者さんも、婚約者にありのまま話してみてはどうでしょうか。 愛着について不安を持っているという話をです。 最初の一歩が踏み出せると、後がとても楽だと思いますよ。 質問者さんの心が愛で満ちれば今度は質問者さんの愛で相手を満たせるものではないでしょうか。 今、心の整理をつけなくたっていいし、僕は精神関係云々はわかりません。 >ただ私の資質がたまたまそうだっただけ 資質も環境もすべてに影響されますよ。 僕よりも親戚中たらいまわしだった弟は(弟はちょっときかない子だった)全く淋しくなかったのか、全然気にしていません。 色々楽しかったとまで言う始末なんです。 同じ経験をしても同じDNAを持っても同じ人間ではないってこんなにもすごく違うんだなと思うです。 その人がどう感じようがそれは避けようがないわけです。 本人のもつ資質も親の影響もすべてです。 だから無理に心の整理することはないし、しなくてもいいんじゃないでしょうか。 僕もこの年ですが未だ整理することもできないしそれを深く考える事もできません。 過去はやっかいですよね、今更変更できないモノなのですから。 そしてそれでも人はそれに影響され生きていくモノなのですからね。 質問者さんが少しでも楽になれたら幸いです。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 いろいろ考えさせられました。 >愛ってなんだろうって、結婚して子供までいる自分が愛を知らないんじゃないかっておかしいですよね 別におかしくないと思います。結婚なんて相手にサインさせて婚姻届を出せば誰でもできますし、子供だって愛などなくてもセックスすればできるだけですよね。 婚約者に、愛着というものを他人に感じたことがほとんどないと勇気を出して告げました。それじゃ困ると言われました。理解も受け止めてももらえませんでした。お互い様ですが…

noname#230156
noname#230156
回答No.10

資質がそうだったんですよ。 私は兄姉が三人いるけど 皆似てないです。 一つのことに 拘る兄弟もいれば 考えない者もいますから。 子供の 我慢し続けたって言い続けるのを聞くと 多分 我慢の度量が違うかもしれないし 感じかたが違うこともあるでしょ? うちなんか 子供だけで 留守番していたし 怖かった…って想いが大きいです。 幼少期の納めどころは もう 昔のことで今 幼少じゃないって現実だけですよ。 私は 末だから 親がいない時の寂しさは 一番感じていたと思いますが 大人に近づく頃には 自分の家族がほしい…って思うようになった。 子供は 親の運命が 子供の全てですから 仕方ないです。 あとは 自分がどんな家庭を築けるか…だけですもん。 それは 自分に与えられた物だから 自分が 責任を追うんですよ。 その頃から 親のせいではなくなるんです。 精神疾患…私も情緒不安定な子だったから 一時 色んな症状もあったけど 今は全然。 自分が自分の責任者にならないとね どんな幼少期を送ってきても それが 個 としての 権利と義務ですよー。 普通"なんです。 取り方が ちがうんだから 自分のせいだとおもいます。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 自分の資質のせいと言われてホッとしました。

  • 177019
  • ベストアンサー率30% (1039/3443)
回答No.9

今の結婚している女性は、パート、アルバイトとか子供の事を考えての勤務体制を選択しています。昔は全部の所帯が貧困だった上に、5人から7人の子供が普通の家庭でした。そんな中に子供に構う暇も無く両親は働きづくめで子供を育てたものでした。お金で雇われた他人に育ててもらっただけでも有難い事では無いですか?「情緒不安定、神経系の難あり」と「幼い頃に母親に十分に目を掛けられなかった?」事とは何ら因果関係が成立しません。本などに書いてある事は一般的にそう言われる事で、その事が貴方に当てはまるか、という事は分かりません。精神科の病気の場合は、3人子供、うち2人は遺伝するだろうと言われていますし、貴方の何代の前の先祖がそのような病気だったとも考えられます。そうしますと「母親が云々」の話とはまた違って来ます。このような事は偏頗な知識のみで判断するものではありません。(元精神科病院職員)

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 反省します

回答No.8

そんなこといったってあなたのお母さんは子育てのプロじゃないんだから完璧に母親業やれって言うのは難しいですよね。 あなたはできるんですか? と思えば整理できるんじゃないですか。 あなたのお母さんも完璧な人間じゃないし周りの人だって完璧なお母さんなんてめったにいないですよ。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 ごもっともです。想像力を働かせれば、あれが精一杯だったし、十分頑張っていたし、愛情を注いでくれたのはわかります。

  • bekky1
  • ベストアンサー率31% (2252/7258)
回答No.7

【幼少期のこと、どうやって心の整理をつけたらいいですか。】 あなたは男性のようだから、一つだけ申し上げます。 あなたも、自分が望むような’自分の育ち’を自分の子供に保証するなら、 ご自身の幼少期に不足だったのはナニ?が判る年頃ではないですか? 別に、結婚しなくても、婚約者がいなくても、子どもを持たなくても、別にいいのです。 ただ、視点を変える、親になるということはどういうことかをシミレーションしてみれば、父親はどうした?オトコは何してる?で、あなたは、オトコでしょう!ということに過ぎません。 母様に思うところが一杯あって、今更にどうすることも出来ないことであるとはわかっているとは思います。 ただ、ソレって、全部が全部、母親=オンナ(あなたの婚約者も含めて)の責任ですか? 母親がベッタリといつまで密着していれば、あなたは満足できたの? 年子で生まれることだってありですよ。 すると、一年立たずに、あなたはもう、母親からかなりの確率で’上の子’である あなたを見ることが出来ない。 つまりはあなたの望むような幼少期というのが誰にでもどのような育ちでも 確保できたかどうかを考えてみることです。 逆に言うなら、ほとんど母子密着傾向のある母親にしか出来ないことです。 コレはこれで、かなり鬱陶しくて、子離れできない親に子が苦慮しているご相談もあります。 実母様が養育を担当されなかったと言うだけで、ナニー・乳母に相当する女性はいたわけだから、それって、ある意味、大名の子は全てそうなりますが。 フランスでも’市民階級’はそうだったそうですね、ほとんど里子に出してというようなことらしいです。 日本においても、昔の農村ではほとんど集団保育です、ソレも年寄りが担当。 あなたの’常識’だけが、己だけ除外されている被害者認定していると、 気がついたほうがいいです。 母親がどの子をも直接、密着して育てるということが、 時代的にも、普遍的に全てのベビーに保証されるべきことでなかった。 で、あなたの父親=男はナニをしていたの? 世の中には父子家庭もあるしね。 父子家庭の子はあなた以上に不幸ですか? どうしても働く事が必要なら、経済を支えたのはだれ? 父親が、主夫やったって別にいいと思うし。 あのね、あなたが’オトコ’であることを忘れないことです。 母親にこだわって、 世の中のオンナに全ての母親は・・・と責任転嫁するのも結構ですが、 そのように考えるなら、そもそも原因はだれにあったのかと 別視点で考察してみるのも、大人になった’オトコ’に相当する あなたの義務でしょう? あなたの母親だけに要求する=わがままなら、ソレはあなたがベビーだという自己認識を。 戦争じゃないけど、過ちは繰り返さない・・・・、ソレがあなたの今後、なさることです。 飢えた世代は、子どもたちには十分食わせることを念頭に働く。 学べなかった世代は、子どもたちには望むなら、学びを保証したいと働く。 穏やかな育ちをしてない人は、穏やかなマイホームを。 親がいないで育った子は、自分育てをするために、子どもを自分の理想をモデルとして成長する。 いやでも大人のオトコになったら、すべきことを考えてみてという提案です。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 私は女性です

  • nonamelane
  • ベストアンサー率29% (375/1265)
回答No.6

私も忙しい両親をもちましたが、あなたとの決定的な違いは、そういった面倒な精神疾患の分類が世に出回っていなかったことです。だから自分がそうだろうと当てはめることもなく、ひたすら自分の努力のみに最善を尽くしたと言えます。自分の寂しさを他人に理解してもらう以前に、自分で自分を助けるしかなかったわけです。結果的に今も強く生きられるのは、何事にも依存する気を自分で育てない生き方を選んだからです。 親の十分な愛情がないから人格障害、精神科は何とでも言いますよ。医は金術も多い。しかし環境や遺伝子は一人ひとり違うはずです。トラウマを残す暴力や二グレクトではないですね。私自身、親が忙しい程度で人格障害になると思いもしないで生きてきました。夫も乳母ですが、芯は強くまっすぐ、まともですよ。そんなくだらないヒントなど転がっていない時代だから人は逆境に強くなった、最後は親のせいでもなんでもありません。題材を求めすぎです。病は気からとはよく言ったもの、カテゴリーが増えればそれが都合のいい人やその周囲で仕事にありつく人も増えて、一見社会的にギブアンドテイクですが、私はお母様にすべての責任を押し付ける考えをいったん捨てるべきと思います。 根本から、あなたは本当に精神疾患ですかと問いただす、何故ならお母様はそうじゃないでしょう?そのご両親は精神疾患ですか。本は売るために書かれている、だから常に本当にそうなのか、それでいいのか自分で考えるべきなのです。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 考え直します

  • soramn
  • ベストアンサー率6% (59/901)
回答No.5

前向いて生きる。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 そうします

  • 9133313
  • ベストアンサー率19% (267/1346)
回答No.4

子育てに関する、持論ですが ・誕生~3才 産まれて間もないころは目が見えていません。耳は聞こえています。 言葉の内容は判断できなくても、「いつも同じ声が聞こえる」環境が必要だと思います。 目が見えるようになると、「あの声は、この人たちの声なんだ・・・」と認識し始めるでしょう。 やがて立ち上がれるようになり、この人たちが「いつも側にいる人なんだ」と安堵感が芽生えると思います。 質問者さまの場合、「普段聞こえている声=保育士さん」、「時々聞こえる声=親」という感覚があり、「誰に安堵感を求めていいのか」を幼いながらにも捉えていたのではないでしょうか。 シングルマザーは生計を建てるために、育児より仕事を優先にするしかないと思います。 共働きなら、子供がある程度大きくなるまでは、専業主婦になり子育てに重点を置いてもらいたいと思いますが、経済的にそれができないこともあるのでしょう。 ここまでは、親の立場としての子育ての理想像です。 子供側の立場となれば、全く異なる発想になると思います。 子供を成人させるだけでも非常に難しいのに、「私は被害者」と言われてしまうと、親としてはもう涙が自然と出てきます。 質問者さまがどのような環境で育ったのかは分かりませんが、親としてはできることをやってきたと思います。 あなたも成人しました。 過去を取り戻そうとしても無理なことは認識しているはず。 くたびれた親に反抗する時期は、もう通り過ぎられるはず。 これからは、親を反面教師とし、「自分の子供には絶対、寂しい思いをさせない」ことを実践してください。 今後、親は自然に死を迎えるでしょう。 しかし、あなたの子供はいつまでもあなたの側にいて、あなたの方が先に亡くなるでしょう。 自分の立場を逆転して考え、将来の自分の家庭に考え方をシフトしてください。 あなたが幸せな家庭を築けるか否かは、親ではなく、あなた個人の考え方によります。 自立してください。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 父の収入がとても多い家庭だったのに母は働いていました。 連鎖を断ち切るために、子供を愛する必要性はわかります。でも、私が放置されていたのに、なんで子供にはつきっきりで見なきゃいけないんだと、子供を産む前から子供に嫉妬しています。

  • zabusakura
  • ベストアンサー率15% (2225/14747)
回答No.3

最新の研究では子供の性格は家庭環境の影響を受けない。社会環境のみ影響する って。同じような家庭環境もしくは、あなたより劣悪な家庭環境で育ってても 普通に大人として生活している人が圧倒的に多いです。 うちの夫もそうです。 夫は、はっきり言って小さい自分では、どうしようもない年齢の話ならだけど いい大人が、いつまでも親のせいって言うのは、どうかと思う。 そんな親なら自立して関わらず暮らせばいいだけの話だと。 夫は子供の時にすでに、この人達(親)とは、なるべく関わらずに 生きて行こうと思って暮らしていたようです。 母親が思うようなものを作ってくれなければ自分で作っていたようです。 なので家事は何でも出来ます。 いつまで、ぐずぐず言ってるつもりですか? お母さんが何と言おうとあなたの過去は変わりませんよ。 ただ、今後、どう考え、どう行動するかで、あなたの人生は変わるかもしれません。 大人になりましょう!自分の幸せは人のせいにせず、自分で掴みましょう。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 社会環境が大きいのですね。 私も家事はだいたい自分でやっていました。そのほうが早いしおいしいし。

  • Sakura2568
  • ベストアンサー率42% (2033/4830)
回答No.1

愛情って受けると与えるのは同じくらいの効果があると思っています。 自分を受け入れ、必要とし、信じ、頼ってくれる存在は 誰かに愛される以上に自己肯定につながるし幸せを感じられるものです。 つまり、あなたが何かを心から愛することで今の渇きはいやされるんじゃないかしら? 貰えなかった、足りなかった、もっと欲しかったと過去を嘆くよりは 与えれば与えるほど相手が幸せになっていくさまを見るほうがこれからのあなたには合っているんじゃないですか? ペットや趣味でも悪くはないですが 是非恋をして、伴侶を得、お子様を持つことをお考え下さい。 私は特に足りなかったと感じるほどの強い渇望はありませんが若いころは 自営業だった実家や兄弟の多さゆえに一人分としては人と比べたら足りないのかもしれないなどと考えることはありました。 しかし自分の子供ができてからはそんなこと比べる余裕もありません。 そして与えれば与えるほど帰ってくる笑顔には親からもらう以上の喜びがあります。 愛するも愛されるも同じことなのよ。

waterbeautiful
質問者

お礼

ありがとうございます。 なるほど。 それが、いま、婚約者がいますが、もう一年近く付き合っているのに、好意や愛情を抱けません。 好きだと言われるし、好きにならなきゃと頑張って思おうとします。が、私は他人に愛着を感じられないのです。 婚約者の男性は「屈託無く育った」側の人間で、能天気な押し付けぶりが非常に鬱陶しく感じます。

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