• ベストアンサー

理性

雪中庵(@psytex)の回答

回答No.2

誰しも分かっていると思いがちなその二者の分別も、 「宇宙は認識される事で生じている」という人間原理で、 あやしくなって来る。 それらは不可分なものであるが、「自己中心性(身体的 な「自己」)」を除く方向性を知性と言えるかも知れません。 あるいは「時間(記憶=過去=超光速)と空間(予測=未来 =光速下)の相補分化」において、その先入的な時間 (自我仮説)を感情、その現象表面的非光速性により 派生する「あるんじゃないの?」としての空間的広がり における「本当はないんだよ」=無の射影としての量子性 (存在)を、知性と言えるかも知れない。 ただし、いたって知性的な存在と思われるもの、たとえば 色彩といったものも、実際は物理的には連続的な光の 波長の変化に過ぎず、「赤は青の反対」「三原色」といっ たものは、物理的には存在せず、受け手の生理的な 要因=感情的なものが先入化した結果なので、「不可分」 となるのである。 (「赤」の本質は、血や花、火といった、その波長と相関 して経験された生理的インプットの集積が、条件反射的 に励起されたものである) ちなみに、真の生きる目的である「人生を通算した精神的 充足量の最大化」において、道徳は一次的な要件ではない。 それは、人類の社会性の発達において、そうした自己の 生命性の分業的拡張を自覚化する認識の発達させる事を 怠り、他律的に社会行動をとらせるためのアメ(お金・出世) とムチ(法規・モラル)として派生したものなのだ。 即ち、「金もうけもための労働」と、それを補う「助け合いと しての福祉やボランティア」といった構図は、その労働自体 が助け合いである事の自覚(=自律的社会行動化)において 解消される。

kurinal
質問者

お礼

psytexさん、ご回答、ありがとうございます。 「欲望」というのは、存在します。 問題は、「「それ」が存在するということを認めた上で、じゃあ、どうするか?」ということであろうと、ようやく思い至ります。 そこには知性や理性、感情も関わってくるでしょう。

関連するQ&A

  • 理性 知性

    女性が仕事の事で落ち込んでいて、そこへたまたま職場の上司が通りかかり落ち込んでいる女性に後ろから抱きしめたこの上司は理性がありませんか?それとも知性ありませんか? ※理性、知性という言葉を使いどうか回答お願い致します

  • 実践理性批判3

    お世話になります。おかげさまで、カントを一冊読むことが出来ました、理解できたかどうかは、また別の話と言うことで(笑 印象としてはキツネに化かされたような感じでしょうか。内容に関しては何が分らないかも分らないような状態です。 そこで、個人的な関心事が、カントとアダム・スミスの関係です。 アダム.スミス 道徳感情論初版1759 国富論1776 道徳感情論6版1790 カント     純粋理性批判1781 実践理性批判1788 判断力批判1790 イギリスとドイツ、遠く離れていましたが、ほぼ同時代の人です、カントの中には経験論(一般的な道徳感情をふくむ)に対する確信的な批判がありますが、私の乏しい知識ではカントがスミスの利益を善とする考えに対して強烈な批判しているような気がします。 カントはスミスの存在を知っていたのでしょうか。 スミスが社会に受け入れられ、経済的発展を促進し、カントは哲学を結果として学問の精密性の中に閉じ込めてしまったような気がします。 もはや、歴史の問題かもしれませんが、学問や知識は人間の心が変えたのか、それとも、人間の心の変化を追認したのか、あるいは、人の心は変わっていないのか。 過去に利益を善としない時代が確かにあったような気がしますが。 とりとめのない質問になってしまいましたが、200年程前、人間の社会に大きな岐路が有ったのでしょうか、カントの理性の王国はどんな社会を作るのでしょうか。

  • 魂は、理性や知性によって変質する?

    スピリチュアルな感じの質問をします。 ※スピリチュアルなことを否定する方は、ご遠慮くださいませ。魂ありきで話します。 私は、  理性・知性=脳  感性=魂 のような気がしており 今の私は、そのバランスを乱し、ほとんど真っ二つに別れたような感覚で、感受性が大変強くなっております。 そこで、理性を取り戻そうと思いますが、ふと、こう思いました。 死んだら魂だけになると思うが、理性って生きてる間だけ必要になってるのかな? 理性が生きている間だけあるなら、理性(脳)と感性(魂)の関係はどのようなものだろう?役割分担があるのかな? 魂が脳に影響を与えている気はするが、脳は魂に何をしているのだろう? 行動をもって影響を与えている気がする。 これが、すべてと思われる。 〔ここで質問〕 しかし理性・知性によって、魂自身が魂のコントロールの仕方を覚えるということはあるのでしょうか? 私の魂は、理性・知性の強弱によって変質したりするのでしょうか? 理性が強いと感性が抑えられる気はしますが、魂が変わらないなら、考えるのは無駄。考えるというのは行動のためだけにある気がします。 ぼーっと考えるだけの生活は、本質的に無駄ですね? 余談 魂の向上を目指して生きているのであれば、感性だけでも良い気がします。 だから知的障害者の方などがおられるのですね…。大変な向上を目指しているか、もう知能が高いのは前世で経験済みなのだろうと思いました。 心理学で質問するのは、初めてなのですが、何かお返事ください。

  • 理性の働き方

    理性は常に働いているものですか?それとも状況によって働くものですか? また、感情を「抑えられない」人と「元々抑える気がない」人の場合、両者の理性の度合いは何が違いますか?

  • 理性

    理性の備わり方について。理性というのは常にスタンバイ状態なんですよね。笑う、など感情を出す時は理性が笑っても良しと判断し笑うのですか?( 理性と感情を併用している状態?)

  • 感情より理性が大切ですか?

    私の通っているサロンで、恋愛や普段の行いを含め、感情だけで動くのではなく論理的に考えて行動を起こさないといけないよとか事を当たる時には不明確ではなく数学や理科のように明確に起こさないといけないよとおっしゃる方がいます。論理的に考えて事に動くと過ちやおかしな行動にはあたらないと思いますが、ある程度は感情のコントロールができたとしても、頭で分かっていてもそのように思った通りできないのが本来の人間なのではないかと私は思いました。彼女は恋愛において、相手によって自分を変えたり、例え本来積極的でも消極的に見せたり、そのような展開になるように仕向けたりとするそうなのですが論理的や明確さ、感情ではなく理性で動け。それが本当に大切な気がしません。なんだかロボットのような気がしてしまいます(´`)理性だけではどうにもならない事もあると思いますし理性で動ける人の方が少ない気がします。私は現在19なので彼女よりはるか下なので経験もなければ知識も浅い、まだ未熟な子供です。だから感情ばかりが優先してしまい後から気付く事も多いです。ですが、そんなに論理や明確さ理性を優先する事が大切なのでしょうか?恋愛や仕事場、相手などTPOにもよると思いますが…

  • 怠惰 理性

    怠惰な感情と理性って関係ありますか?

  • 理性

    ついカッとなってしまい人を殺めた場合理性を失うで合ってると思いますが、 笑っちゃいけないのに堪え切れず笑ってしまう、泣いてはいけないのに堪えきれず泣いてしまったというのは理性を失ったって言いますか? 微妙に違う感じはするのですが上手く説明出来ません。 感情的にならない様に抑制するのが理性ですよね?どうなのでしょうか、教えてください。

  • 理性的な主人公が出てくる本

    理性的な人が主人公になっている本を教えてください。 「冷静」「理屈っぽい」ではなく、「理性的」です。 理性的であれば、「冷静」でも大丈夫ですが、なるべく、理屈っぽくなく、「人の感情もわかるけれど理性的」という感じの主人公がいいです。 できれば推理小説ではなく、理性的な人が、複雑な状況に出くわしたり、感情的な人間関係にいたり・・・理性的な主人公の感情の動きがわかるような本がいいです。 ちょっとわかりづらい注文かもしれませんが、よろしくお願いします。

  • 理性のゆらぎ、知性のゆらぎ・・・

    この宇宙は、無からのゆらぎによって誕生したそうですが、たかがゆらぎといっても、すごいものなんですね~ 皆さんも、理性や知性が充満している方たちばかりだと思いますが、そんな中にゆらぎが生じるのはどんな時でしょうか。 例えば、 「理性のゆらぎ」・・・久米の仙人は、下界で洗濯をしている若い女性の白い脛に見惚れて、理性のゆらぎが生じてしまったようです。 「知性のゆらぎ」・・・3が含まれているか3の倍数になる数字を口にしたときに、知性のゆらぎが生じる人もいるらしいです。 どちらか一つでも結構ですし、気楽にお考えいただければありがたいです。 では宜しくお願いします。