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動詞を連体修飾語にした時の時制について若干の質問です。ご回答お願いします。

こんにちは。日本語を勉強している者です。 動詞を連体修飾語にした時の時制については、いつも困っています。例えば、「人知を超える存在」と「人知を超えた存在」、どちらの表現も普通に使うのですが、使い分けが微妙に難しいと思います。 後者の「た」は明らかに「存続」の意味を表すのでしょう。つまり、後者は「人知を超える状態の存在」、この状態は今も進行中であることを表していると思います。 自分は、前者も今の状態を表す表現と思いますが、やはり確信が持っていません。前者はよく叙述文の題名に見かけていますが、本文の中にはあまり見かけない気がするのです。 両者の意味は果たして同じでしょうか?両者の使い分けについて教えて頂けませんか。例を挙げて説明すれば幸いです。よろしくお願いします。

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  • nwsaburoo
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回答No.3

こんにちは。日本語を教えている者です。 「る/た」の使い分けは、基本的に動詞の種類(時間的性質)によります。 まず、「る/ている」の意味の違いを考えます。  1状態動詞 (基本的に「~ている」の形がない)     いる ある 要る   2非状態動詞 (「~ている」の形がある)    A状態に近く、「~る/~ている」がほぼ同じ意味       (海水は塩を)含む/含んでいる       (神は人知を)超える/超えている     B「~る」は変化を表し、「~ている」は状態を表す       死ぬ/死んでいる   変わる/変わっている    C「~る」は動きを表し、「~ている」は動きの進行中を表す       読む/読んでいる   動く/動いている  このほかにもありますが、今問題となっている範囲ではこれで充分でしょう。  これらを連体修飾にします。「~た」の形も考えます。    そこに いる/いた 人  (現在/過去の対立)    明日死ぬ人/死んでいる人/昨日死んだ人 (未来/現在/過去の対立)    明日読む本/読んでいる本/昨日読んだ本 (未来/現在/過去の対立)  さて、問題になっているAの動詞は、    ~た+名詞 の形が、    ~ている+名詞 とほぼ同じ意味を表す、という性質があります。    塩を含む海水/塩を含んでいる海水/塩を含んだ海水  (「塩を含んだ」は「過去に」そうなったのではありません。) これは、Bの類の動詞にも起こることです。(「曲がっている釘/曲がった釘」) この「ほぼ同じ意味」の「ほぼ」が問題ですが、私は、この違いは(あるとしても)気にしなくていいものだと思います。 つまり、「人知を超える存在」と「人知を超えた存在」の違いは、専門的な意味分析の議論をするのでない限り、あるいは、詩の中の表現としての「含み」を問題にするのでない限り、考えなくていいのではないか、と思います。 「日本語を勉強している」なら、もっと考えるべきこと、覚えるべきことはほかにあるように思うのです。 ということでお答えとしてはよろしいでしょうか。御不満でしょうか。 saburoo

ebisu1111
質問者

お礼

ご回答して頂き、本当にありがとうございます。大変勉強になりました。nwsaburooさまのおっしゃった通り、自分はまだかなり未熟で、考えるべきこと、覚えるべきことが他にもたくさんあるので、細かいことにこだわってはいけないです。本当にありがとうございました。

その他の回答 (2)

  • Milancom
  • ベストアンサー率41% (117/285)
回答No.2

Milancomです。お礼をありがとうございました。 >例文の場合、ただ言い回しは違うが、意味はほぼ同じということでしょうか。 はい、そう思います。違うのは、その表現から伝わってくる肌感覚というか、ニュアンスの違いでしょうか。

ebisu1111
質問者

お礼

Milancomさん、またご回答いただき、ありがとうございます。いい参考になりました。

  • Milancom
  • ベストアンサー率41% (117/285)
回答No.1

英語と日本語の翻訳修業中の者です。 日本語の「た」は、過去を表す場合と完了を表す場合があるように思われます。どちらなのか比較的はっきりしている場合もあるのですが、どちらの意味も感じられる漠然としていることも多々あるのではないでしょうか。 ご質問の体言に続く場合は、完了に近いでしょうか。何かが起こって、その結果が今もある感じがします。「さびた刀」は、「さびる」ということが起こりその結果今もさびている刀ですし、「壁にかけた絵」は、「かける」という行為が行われその結果今も壁にかかっている絵です。ですから、「人知を超えた存在」は、一度人知を超えて、その結果今もしっかり人知をこえている存在という感じでしょうか。 では、動詞の連体形を使った場合はどうでしょう。「さびる刀」といえばステンレスではないので手入れを怠るとさびます、とそういう性質があるというだけで今さびているわけではないように思われます。「壁にかける絵」は、デスクの上などにおいてあってこれから壁にかける絵という場合などに使うでしょうか。しかし、「人知を超える存在」は今もう人知を超えてはいるのでしょうが、まだこれからもどんどん超えそうな躍動感を感じます。 いかがでしょうか。

ebisu1111
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。つまり、「超える」は属性を、「超えた」は結果の状態を表しているわけですね。例文の場合、ただ言い回しは違うが、意味はほぼ同じということでしょうか。

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