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三国志で陳宮の評価は低くないですか?

eroero1919の回答

  • eroero1919
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回答No.3

歴史的な話と、ゲーム的な話をします。 歴史的に見れば、我々の知る三国志の世界は三国志演義という「小説」の話になっています。例えば呂布は騎上の戦いで鬼神のごとき強さ、となっていますが、当時の馬具にはあぶみがなかったそうでして、あぶみがないということは馬上で足を使って体を支えられない、つまり豪傑たちが馬上で矛をぶんぶん交えるということは不可能だったということになります。 現実の呂布の強さがいかほどのものだったか最早知る術もないのですが、まあ実際どんなに強かったとしても、戦国時代の戦場の鬼上杉謙信が天下を取れなかったように、武門中心では仮に陳宮の意見を全面的に取り入れたとしても呂布の天下はなかったでしょう。ナポレオンのように、戦場の鬼ってのは戦場がある程度以上の規模になるとコントロールできなくなるんですよ。 また、吉川英治氏は小説家だったので、呂布と陳宮が知恵をあわせてそれでも曹操に負けるより、陳宮が意見をするもそれをことごとく呂布が却下するので勝てる戦さも勝てなくなる、という展開のほうが小説のストーリーとして面白い、ってのもあったと思います。 ゲーム的にいえば、地味キャラの陳宮が孔明や司馬仲達なんかと遜色のない能力設定になるとゲームバランスが崩れるのでそういうレーティングになったのでしょう。 また蛇足すれば、弱小陣営にいるとたいしたことのない人物でも目だって見える、というのはあると思います。例えばプロ野球横浜ベイスターズの三浦投手は弱小チームのベイスターズではエース扱いですが、もし彼が投手王国のソフトバンクホークスや中日ドラゴンズなんかにいたら一軍にさえ登録できなかったでしょう。

ecchu-
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 前提としては、やはり三国志演義になりますね。 eroero1919さんは造詣深いですね。 あぶみがないと、どういう格闘になるのでしょうか。 一撃離脱になってしまうんでしょうか。 武力では天下はとれないというと、項羽を思い浮かべますね。 彼もハン増の意見を聞き入れられなかった点も同じですね。 ただ、基本的に武力は必須だとも思います。 最終的に天下を取るのは武力以外にはあり得ませんからね。 上杉謙信に関しては、地域と寿命の問題がありましたね。 地域的には、北に寄りすぎていたのと、豪雪地帯だったこと。 また、甲斐武田、小田原北条など周りに強敵がいたこともありますね。 それでも、信長と最終決戦出来ていれば、面白いことになったかもしれませんが、その前に亡くなってしまいましたね。 もし謙信が近畿近辺に居ればまた違ってたかもしれませんね。 それは、長曽我部や島津、伊達などにも言えますが。 信長や秀吉、家康はまず立地に恵まれていたのは否めないですよね。 小説のストーリーとしては 呂布が陳宮の意見を退けて負けるほうが面白いですね。処刑される場面もそのほうが絵になるというものです。呂布が武力だけの単細胞だということも際立ちますしね。 最強武将呂布が智謀の士とちゃんと組んでいたらどうなったか、想像させる楽しみも残りますね。 諸葛亮や司馬イなどと同等はだとゲーム上確かにまずいですね。 せめて、それ以下の幕僚連中とは同等にしてほしいと思います。 ただ、呂布が陳宮の意見を全面的に採用しても、天下を取れたかはわかりませんね。そこは運も必要でしょうし、呂布の個人的キャラクターの問題もありますから。父を二度も裏切ったのもマイナスでしょうから。 一応、質問にもありますように「狙えた」ということです。 プロ野球には精通していませんが、弱小チームとはいえ活躍しているエースが、他球団ではマウンドにも上がれないものなのですね。

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