• ベストアンサー

ネットの空間内では、「表現の自由」はどのように規定されているのでしょうか。

最近、映画『靖国』で話題となっております「表現の自由」について、私も思うことがありまして、皆様のご意見を仰ぎたいと思います。 私は、Amazonのカスタマーレビューに、森達也著『日本国憲法』に関しての読書感想文を投稿しました。 内容はズバリ手厳しい批判です。 森氏の非武装絶対平和主義についての主張に対して、長谷部恭男教授の「絶対平和主義は立憲主義と相容れない」という言葉を紹介したうえで、森氏の主張の仕方は「読者にはわかってもらえる」ということが前提でなければ通用しない主張であり、そんなスタンスだと森氏が手厳しく批判するマイケル・ムーア監督には勝てないだろうとして、星5つ中1つをつけました。 この批評に対しての「参考になる・ならない」投票の結果は半々であり、そのままの形で半年以上Amazonのサイトに掲載され続け、投票数も順調(総数20ほど)に伸ばし続けていたのですが、つい先日久しぶりに投票数を確認する為サイトを開いてみたところ、私の投稿がありません。 私が投票した「星1つ」の記録はのこっておりますが、レビューに関しては何処を探しても見つかりません。 これは一体どういうことでしょうか? 森達也氏の立場上、森氏が私の意見の抹殺を図ったとは思えません。 とはいえ、誰かの恣意によりこのようなことが起こったのは間違いないでしょう。 また、私の投稿があまりにも手厳しかったので個人攻撃だと思われ、半年後になって掲載取り止めになったのかもしれません。 しかし、そのような考え方は、批評と個人攻撃の境目が曖昧になるということで「表現の自由」の視点から見てもまた微妙でしょう。 なぜ私の表現の自由が第三者によって侵害されなければならないのか。 ネット上では「表現の自由」はどのように規定されているのか。 どなたか教えて頂ければとても嬉しいです。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • tyr134
  • ベストアンサー率51% (851/1656)
回答No.5

「言論の自由(表現の自由は言論の自由の一つ)」というのは、 「私は私を言いたいことを、表現したい形で発表する」自由を保障しているモノです。 しかし、それと同時に 「あなたは私の言論(表現)に対して、自由に批判・評論をすることも許す」 「そして、それを聞いたり観たりした人は、どちらに是非があるかの判断は個人の自由に任せる」 事でもあります。 殆どの人は「私は私を言いたいことを、表現したい形で発表する」事が「言論の自由」であって、その発言に対する「リアクションは含まれない」と考えていますが、大間違いです。 その「リアクションも含めて」「言論の自由」なのです。 もし、発言者が「リアクション」を封じ込めたら、それは発言者が他人の「言論の自由」を犯したことになります。 では、質問者様の指摘されている「アマゾンのカスタマーレビュー」についてはどうなのかですが、、、 アマゾンが会社として運営するルールの下に行われており、利用するにあたっては、その会社の「利用規約」に同意しなければなりません。(このサイトもそうです) また、「利用した=規約に同意したと解釈します」との文言も入っている場合が殆どです。 よって、「そんな規約があったなんて知らなかった」では済まされません(その規約事態が法律に違反したいた場合は、その限りではありませんが) つまり、この「規約を守った範囲内で」「言論の自由」が認められるのであって、「自由放任」ではありません。 実際、アマゾンでも 「Amazon.co.jp は、そのようなコンテンツを削除または編集する権利(義務ではない)を保有しますが、投稿されたコンテンツを常にまたは定期的に監視しているわけではありません。」 「お客様がコンテンツの投稿または素材の送信を行った場合、お客様は、Amazon.co.jp とその関連会社に対して(中略)完全なサブライセンスを含む権利を許諾したものとみなします。」 http://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?nodeId=643006#review との断り書きもありますしね。 つまり、貴方の認めたアマゾンの権限で削除された訳です。 その理由が、他の客からクレームがあったからか、単にサーバーの容量を確保するために古いコンテンツから削除したのかは、アマゾン側にしか分らないでしょう。 >ネット上では「表現の自由」はどのように規定されているのか 別に、ネット特有の規程は無いと思います。(良くも悪くも) つまり、アマゾンにカスタマーレビューを送るのも、雑誌に読書感想文を送るのも変りはありません。 また、本を出版するのもネットにホームページやブログを掲載するのも変り有りません(お手軽さは別にして) あくまでも、「言論の自由」は「憲法・法令・社会的ルール」に反しない限り、認められています。 それは、上記に述べたとおり「リアクションの自由」も含まれます。 そして、企業は企業活動を円滑に進めるために利用者に「規約(一定のルール)」を求めることが出来ます。

mobocracy
質問者

お礼

ご返答ありがとうございました。 大変遅れましたが、皆様にお礼のお便りを送らせて頂きます。 皆様のご意見は、やはり同じ趣旨のものでした。 ええ、わかっておりましたとも。このよう回答をいただく事は…。 評論家の呉智英さんは論座2008年6月号において、「私人・私企業にとって、憲法は強制力のない訓示規定のようなもの」という指摘をしております。 まあ、そういうわけで、今回の『映画・靖国』も私の投稿も、私人・私企業の主観に委ねられるだけの問題だったということでしょう。 ちなみに、呉さんは私人・私企業に表現の自由を保障させることを強要させるのならば、「啓蒙の暴力」となる覚悟をすべきなのではとの趣旨の意見を述べ、さらに「表現の自由の『強制力』とは、まず良識を疑うことから始めよ」と主張しております。 そのような意見を踏まえ、私たちはより多角的に考察しなければならない事なのでしょう。

その他の回答 (4)

  • nidonen
  • ベストアンサー率55% (3658/6607)
回答No.4

> 私の表現の自由が第三者によって侵害されなければならないのか。  何ら侵害されていませんので、ご安心を。Amazon に 投稿したレビューが掲載され続けるか削除されるかは、 まったくもって Amazon の自由です。あなたの発言を 掲載し続ける義務は、何一つとしてありません。 「 表現の自由 」は、ご自身の発言が誰からも削除 されなかったり批判されないことを保証するものでは ありません。公権力による不当な圧力や検閲を排除 するのが目的です。憲法の授業では基本ですね。

mobocracy
質問者

お礼

ありがとうございました。 簡潔明瞭かつ、全くその通りです。 とはいえ、憲法12条について、どのように捉えるべきかで、意見が分かれるかと思います。 もしお時間がありましたら、朝日新聞社の月刊誌『論座』(2008年6月号)をご参照ください。 「 表現の自由 」に対する色々な論者の意見が出ており、大変面白いと思います。

  • hdmi446
  • ベストアンサー率31% (15/47)
回答No.3

Amazonのカスタマレビューにおける発言については、 Amazonの利用規約及びガイドラインに規定されています。 あなたも利用の際、同意しているはずです。 詳しくはそちらをご覧の上、納得がいかなければ Amazonに問い合わせてみてはいかがでしょうか? 少なくとも、ネット上の表現の自由云々の話とは 筋違いな気がします。

mobocracy
質問者

お礼

ありがとうございました。 筋違いというご指摘は、正しいと思います。 この投稿は、一種のイチャモンですから…。

  • Bayonets
  • ベストアンサー率36% (405/1121)
回答No.2

ご質問の趣旨は、表現の自由に関わることではないです。 ネット上で表現の自由が満たされる条件は、 ・自らのサイト上で発表されたもの だけであると思います。 他の者が設置したサイトでは、設置者の意向について表現の自由は満たされますが、単なるサイトの利用者には関係ないことと思います。 各サイトとも個々に運営ポリシーをもって運営しています。 運営ポリシーは、利用の手引きや、利用ガイドラインと名前を変えますが、運営者の表現の自由の下運営されているわけです。 これはネット掲示板も同様です。設置者(管理人)に投稿を削除され、『表現の自由が侵害された』と、喚いている人がいますが、本末転倒です。 サイト利用者は、いわば"他人の庭で遊ばせてもらっている"だけに過ぎませんから… 今回の質問者様のご指摘は誤解だと思いますよ。 >なぜ私の表現の自由が第三者によって侵害されなければならないのか。 削除した設置者から見ると、『何故弊社の表現の自由が第三者である単なる利用者によって侵害されなければならないか。』と、なります。 あなたから見ても、あなたの書き込んだ内容はあなたに責任があるけれど、同時に書き込まれたURLを管理している人(団体)にも同じ責任が生じます。 あなたが表現の自由を問えるのは、あなたの管理するドメイン上と、サーバ上で、あなたの発表する文言が外部から消された場合のみだといえます。 但し、公共の福祉に反する内容なら微妙です。

mobocracy
質問者

お礼

御礼が遅れまして、申し訳ございませんでした。 親切ご丁寧な回答、真に有難うございます。 この質問は、「私人・私企業に表現の自由の保障をどれだけ強制できるのかと?」と言い換えることができる質問であり、身も蓋も無い言い方をしてしまうと、単なるイチャモンです。 とはいえ、「公共の福祉」について、どのように考察すべきか。また、憲法12条について、どのように捉えるべきかで、意見が分かれるかと思います。 もしお時間がありましたら、朝日新聞社の月刊誌『論座』(2008年6月号)をご参照ください。 「 表現の自由 」に対する色々な論者の意見が出ており、大変に面白いかと存じます。

noname#64531
noname#64531
回答No.1

削除行為が国家権力におこなわれてはじめて問題となる これが表現の自由の意味です。国家からの自由であって、 私人間で何が行われようと国は関知しません。 関知しないといっても、たとえば暴力行為であなたの表現行為を抑圧し、 それを警察が見て見ぬふりをしている、 とすれば、表現の自由を形を変えて、国が侵害してると言えます。 それにあたる違法行為であると考えるなら、 その違法行為から救済してもらえるよう法に則った 手続きをしてください。違法行為にあたらない私人間の行為は 国は関知しませんし、表現の自由の問題でもありません。

mobocracy
質問者

お礼

簡潔明瞭なご回答、真に有難うございました。 >それにあたる違法行為であると考えるなら、 >その違法行為から救済してもらえるよう法に則った >手続きをしてください。 全くそのつもりはございません。 当方としても、今回の質問内容は実質、単なるイチャモンであるということは重々承知しております。

関連するQ&A

  • 表現の自由

    どこかの勢力が批判つぶせとうけとれる発言したようですけど これは言論の自由や表現の自由を否定し国民への 挑戦でしょうか、いよいよ独裁国家へと歩みだしたの でしょうか、日本の民主主義を否定する反日勢力は 存在するのでしょうか、生意気ともとれるのはどのような 権力なのでしょうか。 宜しくお願いします。

  • 「amazonのカスタマーレビュー」を評価する人はどんな人?

    「amazonのカスタマーレビュー」を評価する人はどんな人? amazonのサイトに、その本を読んだ人から投稿された「カスタマーレビュー」が載せてあります。そして、そのレビューの評価が、レビューを読んだ人からの投票によりなされています。 つまり、 カスタマーレビュー : 本を読んだ人による(本の)批評と採点 レビューの評価   : そのレビューを読んだ人による(レビューの)評価 となっています。 「レビューの評価」は、例えば、 20 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 と紹介されています。 そこで質問です。 「レビューの評価」ですが、どういう人が、どういう意図や目的をもってされているものなのでしょうか。既にその本を読んだひとが投票しているのでしょうか。本を読んでしまった人がわざわざ投票するためにサイトを訪問しているのでしょうか。 どうでもいいようなことですが、ちょっと興味があるので質問しました。  

  • 「自由と民主主義」フェア中止の件

     ジュンク堂書店渋谷店が「自由と民主主義のための必読書50」と題してフェアを催したところ店員のツイッターをきっかけに批判が殺到し、同書店側は店頭からの「一時撤去」を決め、事実上の中止に追いこまれました。  並べられた本は報道によれば、SEALDs『民主主義ってこれだ!』、小熊英二『社会を変えるには』、國分功一郎『来たるべき民主主義』、五野井郁夫『「デモ」とは何か』、高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』など最近話題のものから、プラトン『国家』、カント『永遠平和の為に』などの人文系古典、学術書までおよんでいたそうです。  東京新聞「『民主主義の本』フェア中断 丸善ジュンク堂 渋谷店」  http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201510/CK2015102402000243.html  この事件に対しては以下の評価軸が考えられるかと思います。 1)政治的主張の正誤。(A)誤った政治的立場に立脚した誤った主張を訴えており、安倍自民に対する敵対的政治行動以外の何物でもない。国益を害する反日の仕業だ。(B)「自由と民主主義」についてのまともな姿勢を打ち出しているにすぎない。これが政権批判にならざるを得ない状況こそ異常だ。 2)営利事業としての利害得失。(A)フェアの開催は無用なトラブルを招きよせただけ。商売上も中止は当然。(B)昨今の情勢に不安をおぼえる読者層は一定数おり、フェアの開催は時宜にかなったものだった。 3)文化事業としての中立性。(A)書店とは一種の社会的公器であり、対立するテーマを取り上げるときは偏ることなく「中立」であるべき。(B)書店とは市井の普通の人の知的関心にこたえる文化的営みでもある。良質な書籍の紹介こそが書店に求められる見識であり、「中立」である必要はない。 4)表現の自由の可否。(A)このようなフェアに不快感を覚える人は大勢いるのだから、表現の自由は制限されてしかるべし。(B)犯罪を助長したり、差別を推奨するなど反社会的主張をしているわけではなく、表現の自由に対する制限に正当性はない。 5)当事者としての自覚の有無。(A)批判を浴びたからと言って早々に撤回するのでは現状認識が甘すぎる。最初からやらないか、始めたからには貫き通す覚悟が必要。(B)批判する側がおかしいのは明白。書店側は被害者であり、非を鳴らすのは不当だ。  さて、皆さんはこの件、どうお考えになりますか。知識を問う質問ではないので「正解」があるわけではありませんが、自分で考える材料がほしくて質問させていただきます。率直なご意見をお聞かせください。  なお、質問に対する批判は構いませんが、せめて質問を理解してから回答を寄せてください。  よろしくお願いします。

  • 日本には表現の自由が無いのですか?

    こんにちは。私はゾングルダーク出身のトルコ人です。日本には表現の自由が無いのですか?先日、北海道の札幌駅で安倍総理が遊説をしていました。しかし、とある男が「安倍辞めろ!」、「安倍帰れ!」と叫びだしました。すると、10秒内で警官が来てその男を連行して行きました。下段に該当動画のURLがあります。 https://www.youtube.com/watch?v=JMjm4QGkzn4 そして下はそのニュースのURLです。 https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_4846/ 私はこれを見てとってもショックを受けてしまいました。これ、正常な民主国家では有り得ない事なんですよね?本当の民主主義国ならば表現の自由があるはずです。単純に特定政治家に反対しただけで逮捕されたり強制連行されたりするのは独裁国家でよく行われるのですよ。しかし、不法行為をしたわけでもないし、ただで肉声で安倍総理に反対の意見を出しただけで連行されるのはまともな民主国家では有り得ない事です。日本という国は北朝鮮と同じレベルの国なんですか?それに、安倍総理はまともな政治家として絶対してはいけない発言をしました。その発言の内容はショックそのものです。安倍総理は「恋人を誘って投票所に来てください」とか「父も恋人を連れて来て、母は昔の恋人を探して投票所に来てください」って言いましたね。これ、精神病じゃないですか?マジで安倍総理は公職者として資格のない奴なんですね。そして、同じように安倍さんに反対してたおばさんも連行されたと言われました。日本はもうこれ以上民主国家ではなく、完全な共産独裁国家になりましたね。特定政治家に反対の声をあげただけで逮捕される非常識な国、それは韓国じゃなくてまさにあなたたち日本なのです。 となりの国韓国は憲法を違反して民間人に操られていた朴槿恵を国民たちが直接退出させました。韓国が正義が生きている国です。韓国の民主主義はアジアでは最高だという評価が多いです。韓国は政治家が腐敗したら全国民がキャンドルを持ってデモしたりします。つまり、韓国の国民は覚めていて、政治家の腐敗を決して許しません。しかし、日本の場合はどうなんですか?あきえさんが不正を犯しても、安倍総理が公の場で「私が国家なんです」って言っても誰も異議を出せないし、政治家が腐敗を犯しても国民たちは全然デモをしません。日本人は韓国から習わなければいけません。このままでいくと、日本の民主主義はこれで終わりです。

  • amazonカスタマーレビューの書き方について

    非常にマニアックな質問ですみませんがamazonのカスタマーレビューについて質問します。先日ある嫌いな漫画についてレビューを書き込んだら、つい辛口になってしまったようで、書き込んだ後何日待ってもサイトに書き込んだレビューが載らなかったのでメールで問い合わせたところ「レビューの内容に不適切な表現や他のお客様を不快にさせる表現があったため非掲載となりました」という返事が返ってきました。 他の方のレビューを見ても結構キツイ事を書いてる人でも載ってる人は沢山いるのでなぜ私のレビューだけが?と思いました。 (一言で「辛口」と言ってもただ「嫌い」や「良くない」だけでなく「良くない理由」もきちんと述べたつもりだったのですが・・・。) amazonのカスタマーレビューを書いてる方は、辛口な批評をする時、どこまでなら書いてもいいと思われますか?

  • なるべく多くの方に見られる様な批評サイトを探しています。

    先日、とあるライトノベルを購入→完読しました。 私的にはどうしても「ちょっとこれはもの申したい!」と思う箇所が多く、お世辞にもあまり面白い作品とは思えませんでした。 アマゾンさんの評価が思いのほか良いのに驚き、とても反抗したくてしょうがなかったのですが、アマゾンさんのレビューを書くにはアマゾンさんでその本を購入しなくてはならないという事を今更ながらに知りました; そこで、アマゾンさんくらい有名で、なるべく多くの方に見られる様な批評サイトはありますか?少々批判的なコメントをしても削除されないものだと助かります。よろしくお願いします。

  • 花王は倒産しますか?~~フジTV韓流批判問題

    フジテレビへの抗議が飛び火? Amazonの花王製品レビューが炎上 Amazon.co.jpで販売されいる花王の洗剤などに対し、商品を酷評するレビューが続々と投稿される事態に。「韓流」騒動がフジテレビのスポンサーに飛び火したようだ。 2011年08月02日 11時57分 更新 アタックNeo つめかえ用のレビュー Amazon.co.jpで販売されている花王の洗剤などに対し、商品を酷評するレビューが続々と投稿される事態になっている。「韓流」をめぐるフジテレビへの抗議が大手スポンサー企業である花王に飛び火しているようだ。  Amazonの「アタックNeo つめかえ用」販売ページには、8月2日午前11時半時点でレビューが約220件投稿されており、そのうち約200件は「星1つ」だ。  レビューは「汚れがあまり落ちません」といったそれらしい内容のものから、「花王さんの商品を買ったとしても、そのお金が反日TV局に廻るのかと思うと、意識的に花王さんの他製品も避けようとも思ってしまいます」といったフジテレビ騒動をほのめかすものも多い。  レビューの中には「2469人中、2449人が、『このレビューが参考になった』と投票しています」などと大勢のユーザーが評価しているものもある。一方、騒動以前に投稿された、商品を高く評価するレビューに対しては「566人中、26人の方が、『このレビューが参考になった』と投票しています」と低評価がつけられてしまっており、レビューが全く機能していない状態だ。  ネットの一部では、フジテレビに出稿している大手企業をピックアップし、商品の不買を呼びかける動きが起きている。花王に“電凸”した結果、ぞんざいに受け答えされたという“報告”も出回っており、これが火に油を注ぐ形になっている。 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1108/02/news033.html 花王は倒産しますか?

  • 英文を書いて評価してくれるサイト

    皆さん大手ショッピングサイト アマゾンをご存知だと思いますが、最近私はそこのUSAサイトで批評文を書いて、ネイティブの人にその文に対して投票してもらい、密かに楽しみになっています。 そこで、英語サイト(UK USA オーストラリア等)で自らの投稿した文に対してアマゾンのように投票してくれるサイトやコメントを貰えるサイトでお勧めなのがあったら教えてください。

  • 大阪都構想、共産と自民が意見一致?

    私は共産主義の元で人が幸せになると思わない人間だものですから、日本共産党が推薦する政策の反対を推進し、日本共産党が反対する政策を実施するのが市民と為になると単純化して人生を(投票など)過ごしてまいりました。 政治が専門ではないので、単純化することで、選択を誤るリスクを減らしてきたつもりです。 しがたって、今般、大阪で住民投票が実施される「大阪都構想」に関しても共産主義者の主張の逆が正解だと思っていましたところ、なんと、日本共産党の主張が自由民主党の主張と一致しているではありませんか! 共産主義による一党独裁を目指す共産党が、自由と民主主義によって共産社会を否定する自由民主党と意見が一致するというのはどういうことなのでしょうか。 私は大阪市民ではないので、投票権は無いのですが、自由社会の敵とみなしている共産主義者と、「自由と民主主義」を守ってくれる(と、とりあえず信じてる)自由民主党の意見が一致している場合には、どのような判断基準で選択すればよいのでしょうか? 住民投票ではありますが、あくまで政党政治の観点で、どのように選択するのが賢明かを、政治学がご専門の学者の方や、政治を職業としている政治家の方より、ご教示いただければ幸いです。

  • 反戦主義者、平和主義者=左翼?

    質問の意図が不明という意見があったので少し修正を加えてもう一度投稿することにしました。左翼=悪という考えを持っているのではとの指摘を受けましたので言いますが、そんなことはありません。右翼も左翼も本質的には同じだと自分は思っています。前置きが長くなってすいません。 本題です。 最近、反戦思想、平和主義を唱えるだけですぐ左翼のレッテル をはる人が増えているような気がします。 でもそれは、偏見ではないでしょうか? なぜなら、平和主義者ぶってはいますが、核問題に関しては アメリカばかり批判して、ソ連が日本に向けたミサイルについては あまり批判しなかったりとか。 太平洋戦争当時に関しては、左翼も開戦に肯定したり(朝日新聞も同じ)。 中国のチベット侵略をあまり批判しないなど、旧ソ連など共産主義国のやった愚行に対してあまり批判しないなど。 他には第一次世界大戦勃発当時ヨーロッパの左翼は開戦に大賛成だった。など ですから平和主義者を左翼呼ばわりするのは大きな間違いではないのでしょうか? 本当に反戦平和主義を唱えるなら右翼も左翼も両方批判するのではないのでしょうか? 「反戦主義者、平和主義者を左翼呼ばわりするあんたら、そういうあんたらは右翼だ」と言いたくなるのは自分だけなのでしょうか? (ここからは質問の趣旨とは関係ありません) 話がそれますが、ただ、お題目のように平和平和と唱えているだけでは意味は無いと思います。しかし、武力(軍事力)を必要としないで平和をまもれないのかと自分は思ってます。ただし実際に自衛隊を解散しろとかいっているわけではありません。そういう理想があるということを言っているだけです。そういう理想を抱くだけで平和ボケ呼ばわりする人がいますが、そういうあなたは戦争ボケだ。そう思います。