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裁判員制度について

どうして法律の事を知らないズブの素人に殺人や強盗等の重罪を裁く法廷に出席させるのでしょうか?倫理観は人によって全く違います。それを諮るには、ある一定の基準が必要です。それが「法律」と言う「物差し」です。法律にも不備があるので直す必要がありますが、それでも被害者の人権よりも加害者の人権が叫ばれる世の中で、素人なんかを裁判員なんかにしたらいけないのでは?と思います。裁判官も判決に当たっては過去の判例に拠って判決を下します。その場合社会の常識や風潮等も考慮に入れると思うのですが、世間の「常識」や「風潮」が間違った方向に行っている場合は裁判官だってそれに流される事もあると思いますが皆さんはどう思いますか?それでもこの制度は必要ですか?

noname#65870

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noname#138477

 質問文からは、確立した「倫理観」・人権についての意見・お考えになる「常識」はあるように思われます。正にそのような感覚が裁判に必要だから、この制度ができたのです。  もちろん過去の判例にもある程度は参考にするでしょうが、一つ一つの事件はすべて独立しており、別個に判断されるべきものです。  制度の運用の詳細が明らかではありませんので、個人的な賛成・反対は特にありませんが、その事件しか関わらない人間が裁判員としているという制度趣旨そのものには賛成できます。現実に自分が裁判員になれば躊躇しそうではありますが。

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質問者からのお礼

それならば裁判官になる人の人選が必要であると思います。大学へ行き試験に合格すれば誰でも良い事にはならないでしょうか?「倫理観」無き裁判官の量産工場に大学は成り下がってしまったのでしょうか?公正且つ正しい判決を裁判所が出す為にはやはり裁判官の「資質」は大切だと思います。「キリスト」が死んで「バラバ」が大手を振ってこの世で生き永らえる事の無い様にする為に必要だと思います。回答有難う御座いました。

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noname#52467

現実の日本の法律はあまり変えませんからねェ こんなものいらないとわかっていてもちょっとした利害関係にビビったり、権力に流されているのが現状です それに対して裁判官が軌道をはずせるわけもないわけで、一般人参加がさけばれているんですよ。 妙に刑の執行猶予(実質無罪みたいなもんです)がやたら多すぎませんかね 裁判制度を現状でいくなら、欧米並みに厳しくしないといけませんね 政治経済関係の法律は特に甘~いんじゃないかなぁ

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質問者からのお礼

確かに法律は一度出来てしまうと余程の事が無い限り変わる事はありません。ここは分かります。刑務所に関する法律は今から100年前に出来た明治時代の法律の「監獄法」の概念から基本的な所は何も変わっていない様です。裁判のやり方を変えるなら、殺人事件等で被害者がいない場合は、別ですが被害者が生きている場合は本人が証言台に立つとか、或いは被害者の遺族が証言出来る様にすべきだと思います。どうしてもこの制度が必要と国が判断するなら、裁判員の中に被害者やその家族や遺族を入れて裁判をすべきでしょう。「報復裁判」にならない様にするのが裁判官の役目だと思います。回答有難う御座いました。

  • 回答No.4
  • popesyu
  • ベストアンサー率36% (1782/4883)

プロに全てを白紙委任するのが従来の裁判官だけによる制度で、その対極にあるのが陪審員制です(日本の裁判員制は陪審員制とは若干違いますが)。まずどちらにもメリット・デメリットがあるということが大前提です。片方にはメリットしかなく、片方にはデメリットしかないということはありません。 仰る通り市民が直接参加する制度は法律や判例という根っこがないため、雰囲気や風潮にふらふら流される傾向にあり(これはアメリカの陪審員制を見ても明らかです)、従来の制度は逆に根っこがしっかりしすぎているため、融通がききません。それが判決が形成される過程が判りにくいといわれたり、司法不信に繋がっているという懸念から改革されたわけです。 従来の制度に何の問題もないとされるのであれば確かに改革それ自体が不要となります。改革のされ方が問題という視点であるなら、それは裁判員制度をさらに改良すればよいという話になります。改革が良いのだけど裁判に市民が直接参加するということ自体がおかしいというのであればこれは理念論になります。ただ質問者さんの疑問がどの立場なのかがややわかりません。 まず理念論の立場から論ずると、法律というか判例という物差しに拘るのは止めようというのがそもそもの意図ですから、法律のことを知らないズブの素人であってもかまいません。というかそれが狙いです。ある一定の基準というのをその当時の無作為に選ばれた市民の感覚に委ねようということです。 先進国に割とこの制度を利用している国が多いのは、職業裁判官というプロに全て白紙委任するのを(質問者さんの見解とは全く逆に)良しとしていないからです。極論を言えば、世間の「常識」や「風潮」が間違った判断をするのならそれに従うのも民主主義です。それを拒否できるのは専制主義だけです。逆にそれだからこそ、市民は社会の構成員の一員であるという意識を強めないといけないし、自身の判断に責任を持たなければなりません。その為に司法への市民参加は権利でもあるし義務でもあると考えられているのです。 あとまぁちょっと勘違いされていると思う点について。 >被害者の人権よりも加害者の人権が叫ばれる世の中 これは世の中の大多数の人がそう考えているということになるのでしょうか? 実際は左翼系マスコミや文化人がそういう主張をすることは目にすることは多いですが、それへの反発も同様に読み聞きします(例えばこのサイトでは反発しか見たことないです)。ですので実際の裁判員制度になれば半々になるのではと。そしてもし大多数の人が「被害者の人権よりも加害者の人権」の方が大事と判断しているのであれば、それが民主主義なのですから従うべきでしょう。でも私はそれが大多数だとはとても思えませんが。 >社会の常識や風潮等も考慮に入れる 裁判官の持つ常識や風潮というのは非常に限定されたものですよ。裁判官は仕事帰りに一杯ということさえありません。元々社会経験も一切なく、机上の勉強だけですごしていますし、職場での人間関係もそういった人たちばかりです。つまりは世間がテレビと井戸端会議しかない専業主婦とどっこいどっこいの感覚しか持っていません。まぁこの辺は裁判員制度だって従来の制度だって同様にあやふやな部分なわけですから、ここに拘ってもあまり意味はないでしょう。仰るっているとおり裁判官だって流されるし、裁判員に選ばれた主婦だって流されるし。同じ流されるなら、職業裁判官に任せるのか、市民に任せるのがマシかという違いしかありません。 必要かどうかという質問については、ある程度成熟した民主主義国家であるなら、それぐらいの労力は、必要性云々というよりは当然の権利と義務として請け負うべきだと思います。

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質問者からのお礼

私個人としては、日本はまだまだ未成熟と言わざるを得ません。裁判官の常識と風潮の件は私も聞いた事が有ります。「裁判員制度なんて要らない」と言う私もきっと「青い」のでしょう。裁判員制度が始まり、裁判員に選ばれ審議した後でまた皆さんに報告したいと思います。回答有り難う御座いました。

  • 回答No.3
  • at9_am
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> それでもこの制度は必要ですか? 不要です。 「十二人の優しい日本人」という映画があります。91年に作られた映画で、裁判員制度を扱った作品です。映画の内容をネタばらしする事はしませんが、これをみると、いかに日本人が空気に流されやすいか、流されていった先にどうなるのかがよく分かります。 因みに、アメリカの陪審員制度は、有罪か無罪かだけを決める制度であり、量刑は裁判官が決めます。ここが日本との大きな差です。 例えば「コーヒーが熱くてやけどしたため賠償金○○億円」などと報道されることがありますが、この○○億円というのは陪審員が出した数字で、実際の賠償金は裁判官が妥当な線に決めます。 あるいは、これは心理学の分野で実際に実験で確かめられていることですが、ルックスがよいほど刑が軽く、無罪とされる割合が大きくなる傾向があることが知られています。 こういった、事件の事実関係とは関係のないところで、有罪無罪、量刑の重さ、といったものが左右されやすいという意味で、有害な制度であると考えます。

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質問者からのお礼

すると、やはり裁判官も、世間の風潮に流されている事になります。ANo4サンの言われる事も一理あるのですが、私はまだまだ日本は未成熟な所が沢山あるのでまだこの制度は早尚だと思います。素人に裁判員をさせると言う事は、子供が資格も無いのに銃をぶっ放すのと同じですのでやっぱり反対です。回答有り難う御座いました。

  • 回答No.1
noname#52467

法律で決まっている範囲の中で、庶民から見て刑のさじ加減を与えられたことがなぜ不満なのでしょうか 裁判官がほぼ判例に従ってしまう判決より血が通ったものになるとおもいますが。

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質問者からのお礼

それならば、裁判に参加する私達にも高い倫理観が求められると思います。「判決よりも血が通ったものになる。」と言うのも一理あります。しかし「法律」に血を通わせ、魂を込めようとするならば世間の風潮に流されない強さと考え方の柔軟さが必要になりますがこれは、学校に言って習うものではなく、社会へ出て分かる様になるものではないでしょうか?そういう意味でも現在世の中の常識や風潮と言うものはあてにならないと私は考えますがどうでしょうか?回答有難う御座いました。

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