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般若心経は間違った経典

kanjizagooの回答

回答No.24

 「反論」だけ読んで、著書のほうを読まないで論評するのもどうかとおもったので、『般若心経は間違い?』を買って読んでみました。  書名は、『般若心経は間違い』ではなく『般若心経は間違い?』です。 「まえがき」を見ますと  “お釈迦さまは誰でも理解できる言葉で、真理、すなわち「普遍的で客観的な事実」を完全に語りました。ブッダ以外、完全に真理を語れる人はいません。   正等覚者でない限りは真理は完全には語れないのです。”とあります。   「普遍的で客観的な事実」というと「誰でも知っている当たり前の話」という意味でしょうか?  「誰でも知っている当たり前の話」がブッダ以外完全に語れる人がいない、とはどういうことでしょうか?  「事実」って裁判なんかで問題になるあの「事実」?  国語辞書によると、「真理」とは、“いつどんなときにも変わることのない、正しい物事の筋道。真実の道理。”と、なっており、「事実」というのとは違うように思えるのですが。  最初からつまづいてしまいましたが、気を取り直して、問題の「空即是色は間違い」という項目に進みます。  すると、“「色即是空」、すなわち「肉体は空である」というのは仏教的に正しいのです。肉体には実体がなくて空なのです。”、“「A=B」なら「B=A」なのです。それはいいのですが、何にでもこの式を使うべきではありません”とのことです。  つまり、「色即是空」は「A=B」で正しい。しかし、「空即是色」は「B=A」だから正しくないというのです。  「色=肉体」、「空=実体がない」と当てはめると、「肉体=実体がない」では等式になりませんから、「色即是空、空即是色」というのは間違いとわかります。けれど、「色=空」は正しいけど、「空=色」は間違いとなると「禅問答」のようでよく分かりません。  しかし、通常、「色」は「物理的現象」と訳されていますから、「物理的現象=実体がない」、「実体がない=物理的現象」ということになり、「A=B、B=A」が成り立つように見えます。つまり、「物理的以外の現象=実体がある」、「実体がある=物理的以外の現象」と、逆に考えれば良いわけです。これは「空論」としては少し変かも知れませんが、文章としては問題ありません。  数学的に「A=B」という等式が成り立つためには、ただ「A」と「B」に、どのような式を当てはめるかだけの問題であり、「A=B」は正しいが「B=A」は正しくないといことはあり得ないはずです。  「色=空」が間違いというなら、「色」と「空」それぞれに何があてはまるのか、定義が必要と思いますが、『般若心経』は、ただ「色=空」と言っているだけですから、それが間違いというのは、その人が「色」と「空」をどう定義したかだけの問題ではないでしょうか。  ましてや、「色=空」は正しいが、「空=色」は正しくない、と言うのは、宗教的価値観としてはどうか分かりませんが、論理的にはどんなもんでしょうか。  

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