• ベストアンサー

ジュール・ベルヌの「海底2万里」について

maris_stellaの回答

回答No.4

  英明にして博識な回答者に深く敬意を表するものです。わたしなりに調べていたこともありますが、「ロマン主義」や「自然主義」などの専門用語を駆使しての専門的な文学史・芸術史的考察には、ただただ頭がさがる思いです。 我が貧しき生涯にあって、得ることのできた貧しき知見と浅薄な視野での展望における考察をいま少し記させて戴きたくお願い致します。 さて、わたし自身は、完全版のヴェルヌの作品の翻訳は読んでいませんが、青少年向けに省略して翻訳された内容からしても、この作品は、背景に高度な文明的視野が存在しており、見かけはともかく、内容的には、読者対象は、それなりの教養や思想を持った、「教養知識人=成人」だろうと考えていました。 ただ、このスタイルの話は、「科学啓蒙書」や「冒険談」の体裁を取って、青少年向き作品として販売層を設定しないと、アカデミックな立場の人たちからは、「荒唐無稽」とされ、高度な文学や芸術を論じていた人たちからは、所詮、「子供騙し」という評価を受けて、出版そのものが困難になるため、販売対象として、青少年を戦略上取らざるを得なかったのだろうというのが、私見です。 つまり、読者対象は誰であったかと言えば、先に述べたように、これは「文明批評小説」でもある以上、実は、「教養人=成人」が対象で、ヴェルヌ的な「啓蒙小説」でもあったので、この啓蒙において、「青少年」が対象であったという二重性があるということになります。(更に、上に述べたように、販売戦略上、「子供向け冒険小説」の体裁とジャンルで販売されたという三重性があるとも言えます)。 >19世紀後半の社会を支配していた、科学と進歩に対する素朴な信頼と手放しの礼賛のなかにあって 英邁なる知性の的確な指摘には、ただただ頭がさがる思いですが、果たしてそうなのか、という疑問もあります。 私自身は裏付けとなる文学史的・芸術史的・思想史的・社会史的知識を持ち合わせませんので、何ら説得性ある歴史的経緯などを示すことができませんが、管見では、「進歩主義」「啓蒙主義」が社会を変動させる思想運動であったのは、18世紀末から19世紀にかけてで、19世紀半ばから末頃の時代は、もっと錯綜した時代の諸相があったようにも感じます。 別の場所で記したのですが、英国のメアリー・シェリーが、『フランケンシュタインの怪物』[1818]を書いたのは、19世紀初めですが、「ロマン主義」の自然礼拝は同時に、人間の「無限の進歩」に対する反省的吟味がすでに含まれていたという事実もあります。 ---------------------------------------- そのような話はともかくとして、ヴェルヌの『海底2万リーグ』に対し、わたしが抱いていた重要な幾つかのポイントというものを以下に述べてみます。 わたしはこの作品のなかで、ネモ船長が、何かの勢力と戦っていること、ノーチラス号は、一種の「亡命者」の避難場所であると同時に、そこから新しい何かの変革を試みる秘密の拠点であるようにも感じていました。 作品には明確には示されていないとは思いますが、ノーチラス号は、海底航海途上、どこか未知の船舶(多分、軍艦)と戦闘を行い、これを撃沈させます。映画の『海底2万リーグ』は確か、このシーンは非常にリアルに描かれていて、ネモ船長が命令すると、ノーチラス号は、船首の攻撃用コルヌス(角)を攻撃相手に向けて突進して敵の船に衝突し、これを撃沈するのです。 小説では、三人の「客」は催眠剤で眠らされているあいだに戦闘は終わり、フランス人の科学者である客は、ネモに依頼されて負傷者の傷を見たり、また戦闘で死亡した船員の海底埋葬式に参列したりしています。 また、もっと重要なポイントとわたしに思えたことは、ネモ船長を初め、ノーチラス号の船員たちが、「未知の言語」で話し合うということです。ネモは、フランス語で客と話をしますが、船員たちは、互いに、「未知の言語」で会話しています。 この質問に回答しようと色々と調べるまでは、わたしは、この「未知の言語」や、また上のネモが何かの勢力と戦っているということを、前者は、ポーランドのザメンホフの造った、人工世界言語「エスペラント」の影響であり、また後者は、フランスの「ドレフュス」事件と関係がある、人権抑圧体制に対する抵抗運動の指導者がネモなのだろうと考えていました。 しかし、調べると、どうも年代が合わないということになります。 ヴェルヌの代表作品は次のようになります:   ジュール・ヴェルヌ [1828-1905]   1864「地底旅行」   1869「海底2万リーグ」   1886「空の征服者ロビュー」   1888「十五少年漂流記」   1896「Face Au Drapeau」 ヴェルヌは、「未知の世界」として、「地底」「海底」「空」を作品にしており、更に、「月世界」への旅の作品も書いており、「地球一周」の話も書いているので、当時の「既知の世界」「未知の世界」すべてに対し、そのありようを、作品で構想し展望し、具体的に描写したとも言えます。 これは、当時における「全宇宙的博物学的探求」だとも言えますが、物質世界の全体を見渡した世界観を持っていたのだとも言えます。(非常に系統的で、網羅的であることに留意してください)。 そこで、ザメンホフの「エスペラント」ですが、人工言語・世界言語は次のようになっています:   ドイツ:シュライヤー 「ボラピュク」1879   ポーランド:ザメンホフ  「エスペラント」1887 「海底2万リーグ」の発表年代と「ボラピュク」「エスペラント」の発表年代を、今回初めて比較してみて、ヴェルヌの構想の方が先行していたことに気づいたのです。「ヴェルヌの構想」ではなく、当時の西欧の進歩的社会改造論者たちは、「世界言語構想」を抱いていましたから、ヴェルヌもその先覚者の一人なのだということになります。 ネモは、海底から得た資源や財宝などを、未知の勢力に提供し、資金援助していたという設定があります。この相手が、ロシア帝国の圧力の前、独立運動で苦闘していたポーランドの独立運動への支援資金であったとすると、納得が行くのですが、そうなのか、という疑問も起こります。 以下に「進化論」のチャールズ・ダーウィンと、同じく、社会や宇宙の「進化思想」を論じたスペンサーの著書の年代をサンプルに挙げます:   チャールズ・ダーウィン「種の起源」1859   ハーバート・スペンサー「発達仮説」1852 「心理学原理」1855 ヴェルヌは、スペンサーの「進化思想」の影響を受けていたとも言えます。また、ヴェルヌが作品を書き始めた頃は、1854年にマルクス・エンゲルスの「共産党宣言」が出ており、社会主義運動が各国で展開していた時代にも当たるのです。   カール・マルクス+フリードリッヒ・エンゲルス「共産党宣言」1854 自然科学的知識の先取性と展望の広さ・深さにおいて、ヴェルヌは驚異的な力量を持っているのですが、それに目を奪われると、ヴェルヌの「文明批評家・文明思想家」としての側面が忘れられるでしょう。 ヴェルヌは、自然科学や技術の当時の先端知識と、更にその先の展望を、詳細緻密にディーテイルを積み上げて作品のなかで展開したのですが、しかし、同時に、社会運動や、文明の思想などについても、実は、深く広い展望を示していたのだと言えます。 最初に述べたように、ヴェルヌの作品の出版のためのターゲットとしては、青少年=子供がメディアによって設定されていたのですが、しかし作者のヴェルヌ自身は、読者として、教養ある成人(または、向学心に富む青年)を考えていたことは間違いないでしょう(「海底2万リーグ」の場合はです。他の作品では、青少年を読者に考えているものが多く思えます)。 (註:元の文章は、もっと詳細でしたが、これは簡略化したヴァージョンです)。  

関連するQ&A

  • 海底冒険ファンタジーを探しています

    『海底二万マイル』、『ふしぎの海のナディア』、『アトランティス』 『新海底軍艦』、『幕末二万マイル』、『ノーチラス号の冒険』のような潜水艦(できればスチームパンク風の)に乗って冒険する話を探しています。できれば、科学とは何かなどのテーマも入って欲しいです。

  • ジュールベルヌのような予言

     私はよく現代社会に数多くある問題を解決する策として、飛躍した発想などを口走るのですが、周りの人から「テレビ見すぎ」と馬鹿にされてしまいます。  しかし、人間のこれまでの歴史はまずは妄想的発想から始まり、その後の研究により、実現してきた歴史だと思います、。  海底二万里を書いたジュールベルヌの世界も当時としては、空想の世界そのものだったでしょうが、その後に潜水艦も発明され現実となりましたよね。  他にもそういう例があると思うんですが、代表的な人として誰が上げられるでしょうか?。

  • 海底二万海里 ネモ船長の国籍って……?

    ジュール・ヴェルヌの海底二万海里を読みました。 そこで書かれているノーチラス号のネモ船長は謎多き人物で、最後まで(アロナクス教授たちにとって)国籍不明だったと思います。 ですが、文庫の訳者の解説にネモ船長はインド人であると書かれていました。 え、インド人だったの?と驚いてしまったのですが、本文中にそれを示唆するような文章は書かれていたでしょうか? 私が忘れているとか、そういったことだと思うのですが、この文章がそうだと教えていただけると嬉しいです。 それとインド人と言っても、純粋なインド人ではなくヨーロッパからの移民ですよね? それでは、よろしくお願いします。

  • 海産物だけで健康に生活できるか?

    食品の栄養に詳しい方にお教えいただきたいと思います。ジュール・ ヴェルヌの 「海底二万里」 という小説にノーチラス号という潜水艦が出てきますが、その乗員たちは陸地との縁を切って海産物だけを糧に長く生活しているそうです。これは小説の中のことですが、現実に海産物だけで長いあいだ健康に生きていくことは可能でしょうか。おそらく問題となるのは 「海藻が野菜や果物の代わりになるかどうか」 ということにあると思いますが、いかがなものでしょうか。

  • 少年が乗り物に乗って冒険するSF(ファンタジー)はありませんか

    どこにでもいるような少年(大人の場合も)が何かの拍子に飛行船もしくは潜水艦に乗っての冒険に巻き込まれるというような話を探しています(アニメや映画は不可)。『海底2万マイル』、『幕末二万マイル』、『オペレーション太陽』、『ノーチラス号の冒険』、 これらの作品以外でお願いします。 要素 1主人公が普通の少年(大人でも)であることをきっかけに冒険に巻込まれる 2ハイテクな乗り物で冒険する 3”科学を戦争に使ってはいけない”や”人間は戦争を繰り返す愚かな生き物だ”というメッセージを言葉で表している 4夢や冒険心が詰まっている 4つの要素が入った作品を探していますのでご協力ください。

  • ハイテクメカに乗って冒険する小説探しています

    どこにでもいるような少年(大人の場合も)が何かの拍子に飛行船もしくは潜水艦に乗っての冒険に巻き込まれるというような話を探しています(アニメや映画など映像作品は不可)。『海底2万マイル』、『幕末二万マイル』、『オペレーション太陽』、『ノーチラス号の冒険』、『夕ばえ作戦』 これらの作品以外でお願いします。 要素 1どこにでもいるような主人公が普通の少年(大人でも)であることをきっかけに冒険に巻込まれる 2ハイテクな乗り物で冒険する 3”科学を戦争に使ってはいけない”や”人間は戦争を繰り返す愚かな生き物だ”というメッセージを言葉で表している 4夢や冒険心が詰まっている 4つの要素が入った作品を探していますのでご協力ください。

  • 主人公がハイテクメカにのって冒険する小説を探しています

    どこにでもいるような少年(大人の場合も)が何かの拍子に飛行船もしくは潜水艦に乗っての冒険に巻き込まれるというような話を探しています(アニメや映画など映像作品は不可)。『海底2万マイル』、『幕末二万マイル』、『オペレーション太陽』、『ノーチラス号の冒険』 これらの作品以外でお願いします。 要素 1どこにでもいるような主人公が普通の少年(大人でも)であることをきっかけに冒険に巻込まれるもしくは、突然ハイテクメカの乗組員になって冒険する 2ハイテクな乗り物で冒険する 3”科学を戦争に使ってはいけない”や”人間は戦争を繰り返す愚かな生き物だ”というメッセージを言葉で表している 4夢や冒険心が詰まっている 4つの要素が入った作品を探していますのでご協力ください。

  • ドストエフスキー

    有名どころでドストエフスキーの作品を読んでみようかなと思ったんですが、 訳者は学者では無く作家であるべきだという偏った考えを持っていて、 手に取った本の訳者が作家では無かったので買わずにおいてきました。 ドストエフスキーの作品で「この人の訳が良い」というのはありますか? また、他の作家の作品でも同じような訳者がいれば教えてください。 僕の偏った考えに沿わなくてもいいです。 よろしくお願いします。

  • ネットでジュールベルヌの海底2万マイルが読めるところ教えてください。

    ジュールベルヌの海底2万マイルをネットで読みたいのですが探しても見つかりません。 どなたか読めるところ教えて下さい。 ******** ジュールベルヌは1828-1905年に生きた人なので死後50年の著作権は切れていますよね。 だから公開しているサイトのURLを載せても大丈夫ですよね。 ********

  • ネモ船長はどこの国の人?

    ノーチラス号のネモ船長 英語読みだとニモ船長かな?設定はどこの国の人でどんな作品に登場してるのですか?作者はだれなんでしょうか?くわしく知りたいです