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ジュール・ベルヌの「海底2万里」について
maris_stellaの回答
- maris_stella
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英明な知性を持ち、博学にして専門的知識の燦然としたオーラに満たされた回答者に、深く敬意の言葉を献げます。さて、本文は簡潔に述べます。 わたしは、五つの作品を主要作品として挙げました。これは何故かということがあります。 まず、「地底旅行」と「海底2万リーグ」は、どちらも科学技術啓蒙小説で、冒険小説だというと似ていますが、「根本的な違い」があります。それは、前者には、ヴェルヌの「理念・思想」等の表明・メッセージが入っていないといないということです。 しかし、「海底2万リーグ」は、ヴェルヌとしても、作家として地位をある程度築いた時点であったので、自分のメッセージを込めた作品を書こうとしたのだと考えられます。そのメッセージは、簡単に言えば、「世界市民主義( Cosmopolitanism )」です。 この言葉をキーワードにすると、「未知の言語」の謎も解けて来ますし、ネモ船長とノーチラス号船員のあいだの堅い同志的結束も理解できるのです。ネモたちが使っている人工言語は、まったく西欧語にもスラヴ語にも関係のない、純粋な人工言語だと考えられます。文法も語彙も新しく造ったのです。そういう言語を造り、修得し、日常的に使用するという理由は、単に「西欧の世界国家と平和主義」ではなく、全地球的な「世界市民思想」が背景にあったとも考えるべきです。 ヴェルヌは、「地球的な視点」を持っていたのです。ボラピュクやエスペラントは、西欧語の文法を基礎に、語彙も西欧語から取り入れて、人工語を造りました。だから一般に普及したのですが、それ以前の人工言語では、まったくゼロから造ろうという試みもありました。ヴェルヌの場合は、ゼロから造ったことにした訳で、それはボラピュクの成功前には、ある程度、一般的でもあったのです。 (大蛸または大烏賊に絡まれた船員が最後にフランス語で叫ぶという印象的な情景があります。母国語を一切使わず、修得の困難な人工語を日常言語として使いこなしていたノーチラス号の船員たちは、非常に高い「理念的目的」を持っていたとしか考えられないのです)。 (ザメンホフには、祖国ポーランドの状況がいたいほど痛感されたのであり、「世界共通語」を造ろうというのも、「世界平和・世界市民主義思想」の故だとも言えます。しかし、ザメンホフの視点には、「西洋」しかなかったとも言えます。あるいは、それが当時の西洋では「現実的」であったのです。ヴェルヌの視野はもっと広く、「地球的意味の世界市民主義」をヴェルヌは考えていた可能性があります)。 実は、「空の征服者ロビュー」が、謎の人物が時代を超えた発明をして、仲間の秘密の同志と共に、飛行艇で世界中の空を回るという話で、海底が空中に変わったので、「海底2万リーグ」と非常によく似た話です。この作品にも「世界市民主義」のメッセージが入っていたと思います。 また、五つの主要作品の最後にある、1896「Face Au Drapeau」は、原題は「国旗に向かって」ですが、普通「悪魔の発明」というタイトルです。これは、原子力兵器を思わせる最終兵器を発明した科学者トマ・ロックと、この発明をめぐる列強の争奪が背景にあり、第一次世界大戦を、そして第二次世界大戦、ヒロシマやナガサキ、冷戦の核戦略を暗示しています。 重要なのは、記憶が間違っていないと、この作品に、ネモ船長とノーチラス号が出てくるのです。最後あたりの場面ですが、1869年の「海底2万リーグ」から、およそ27年後、ネモ船長は老人となっており、ノーチラス号はもはや動いておらず、ネモは、仲間達も少しずつ亡くなって行き、いまやわたしが残るのみだと、「悪魔の発明」の登場人物に向け述懐します。 ネモは理想のために戦い活動したが、世界の歴史は彼が願った方向には進まなかった。いまはただ、更なる厄災から人類が免れることを祈るだけだ、というようなメッセージであったと記憶しています(記憶が、間違っているかも知れません)。 壮年時代、作家としての地歩をようやく固めたヴェルヌは、自分の思想的メッセージを作品「海底2万リーグ」に込めたのですが、それは世間には理解されず、やはり科学技術啓蒙・冒険小説として受け取られたので、思想小説には自分は向いていないと自覚したのかも知れません。編集者にも大いに反対されたようですし。 そして三十年のときが経過して、世界の情勢が、理想として願った方向ではなく、危惧したような姿へと益々進んで行くことを凝視して、晩年のヴェルヌは、ネモとノーチラス号を再び登場させ、ネモの活動のその後の成果・結果を、世界の情勢の展開に応じて、ネモの口から語らせたのだとも思えます。 科学啓蒙・冒険主義作家として出発し、そのような地位を確立し、思想・メッセージ作品では「海底2万リーグ」などで試みようとしたが、才能がないためか、世が受け入れなかった為か認められず、科学啓蒙・冒険小説作家として、その後の生涯、活動を続けたヴェルヌです。最初から、英国のスウィフトの風刺小説の伝統を踏まえて、「社会批判・文明批判」の小説を書いてデビューしたH・G・ウェルズとヴェルヌを比較するのは、妥当とは言えないようにも思います。 ヴェルヌの場合、「海底2万リーグ」そして多分「空の征服者ロビュー」などが、彼に可能なメッセージを込めた、理念の表明の作品で、この場合、「教養ある成人をも」読者として想定していたのだと、わたしは考えるのです。だから、先の回答の最後に、こう付け加えたのです: >「海底2万リーグ」の場合はです。他の作品では、青少年を読者に考えているものが多く思えます。
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お礼
二度も詳しい解説ありがとうございます(^^) まず、自分以外にも、この作品について考えるところのある方がいらっしゃったとことをとてもうれしく思います(自分とは比べたら失礼なくらい深く考えてらっしゃいますよね)。 ベルヌの時代と、それに関連した歴史の流れ、社会、思想…興味深いお話でした。時間をかけて読ませていただきました。