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集団的自衛権で自民公明2党の掛合い漫才の行方は

WW-Aの回答

  • WW-A
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回答No.14

もしかして、「自衛」というものは「良いこと」と無原則に思い込んでませんか? 2カ国の自衛権の衝突で国際紛争が過去から数限りなく発生してます。今の日本と中国の間の尖閣問題も、日中双方の自衛権のぶつかり合いです。 日本にとっては良いものであるはずの「自衛」が中国にとっては悪であり、中国の自衛権を侵すものになってます。 中国が「個別的自衛権の行使」をして日本に軍事的に攻めてこないのは、日本が個別的自衛権を行使して米軍に日本を守らせてるからです。中国の正義たる自衛権は日本の個別的自衛権の行使によって阻まれてるという状況です。 過去から自衛権の行使は戦争の種で、決して「良い」面だけのものではありません。 それと、 < 自衛権は国内だけでなく、国外・海外においても遠用されます。自衛権の及ぶ対象は日本国土・国内財産だけでなく、海外に存在する自国民・財産・権益・名誉… それら一切の海外国益権益に対しても自衛権は認められてます。> と、繰り返し言うほかありません。 気に入る気に入らないに関わらず、過去からそれが自衛権の意味ですよ。 「家の中」にあるブツだけが自分の物じゃなくて、家の外の銀行の貸金子に中に入れておいたブツも自分のものですし、泥棒に盗まれたブツも自分のものですよ。 地下鉄に置き忘れたブツも自分のもの。拾い主に届けられて交番に保管されてる物も自分のものでっす。 それらの「家の外」にあるブツを盗もうとする奴らがいたら、それを泥棒といい、持ち主はそれら悪人を排除して自分のブツを確保する権利権益を有します。 自衛権の概念はそれと同じです。 例えば、日本は石油を中東から大量輸入しておりますが、そのシーレーンを守るのは自衛行動であり、日本にはその権益を守る権利があり、それが自衛権という権利です。 或いはEEZ内の海洋資源を守るのも自衛権の一つですが、あいにくEEZやインド洋には主権が及んでいませんよ… 領土領海外にも国の権益や自衛権は遠用されるという良い例です。 それと国外の自国民救出に関して良い文献が有ります。 http://www.nids.go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j4-3_3.pdf 該当国の了解を得て自国民救済をする例がこれまでは多いですが、敵国に捕らえられている自国民救出の際には敵国の同意を得られるわけは有りません。例えば北朝鮮に捕獲されてる自国民救助の際には同意が得られる可能性は低いですよね。 「相手国の同意」云々については、各国・各人によって様々な主張はありますが、日本の同盟国である米国にとっては、「該当国の同意は不要」という点では固まっているようです。 なので朝鮮半島有事の際には米国は北朝鮮の同意なんて取らないと思いますよ。日本はその米国と共同して事に当たるはずです。

kame100
質問者

お礼

 ご返事有難うございます。 <家の外の銀行の貸金子に中に入れておいたブツも自分のものですし、 泥棒に盗まれたブツも自分のものですよ>  難しい事を云われてもお礼の書きようが無いが、これは判りやすい。 自分のものを持っているからと自分で取り返したくなるのが人情。 しかし、これを自分で直接取り返しできないのが今の法律であり憲法考え方。 アメリカがやっているからと日本人がやってよいとは限らない。  お示しの資料を見ますと、防衛庁の資料ですネ。こんな物が直ぐ出てくると云うのは 防衛庁の方でしょうか。   P92(a)パナマ運河でのアメリカの救出は疑問  P97(c)相手国の同意が不要と考えている国は無い  P97(d)自国民や自国の財産の保護は自衛権の対象外  こういう記述が有ります。  良い資料をお持ちなのに、一般の方が見るサイトで防衛庁の方が  披露する見解が防衛庁の方針と違ってはいませんでしょうか。  日本人の行動は憲法が基準で外国の憲法が基準で有りません。  お忘れなく!   日本人はアメリカ発のニュースに慣れ、ものの見方考え方がアメリカからの 見方になっています。 ベトナム戦争の北爆かでは、トンキン湾でアメリカの艦船が攻撃され イラクでは大量殺戮兵器が有ると同盟国にもウソを云って  国際世論を味方に付けて自分の好きなように他国を攻撃しています。 注意しましょう  防衛庁の職員なら、領土領海は守ると総理が言いながら 竹島はどうされたのでしょうか。   

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