宇宙と人間の歴史、それぞれの意味とは?

このQ&Aのポイント
  • 宇宙の広さや時間の経過は言葉では表現できない不思議なものであり、まだまだ未知の世界が存在する可能性がある。
  • 一方で、地球の歴史はたかだか2000年であり、その中でも環境破壊の歴史が目立つが、宇宙の広さに比べれば地球は小さな存在である。
  • 現在の人間の存在も奇跡的であり、一人ひとりが異なった個性を持ち、生まれてくること自体が奇跡である。しかし、その奇跡を大切にしない人々が増えていると感じている。
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無題

宇宙が誕生してから、約150億年が経過している(定かではありません。素人です。)そうですが、「時間」と「大きさ」で、言葉でも表現できない、まさに想像を絶する世界ですが、そんな「宇宙」がまだ他にもあるのでは?といわれているようなことを何かの本で読んだような気がします。 私は、死期のほうが近い、しがない老人なのですが、最近、これまで全く関心・興味のなかった「日本の歴史」に関する参考書を、暇に任せて読みあさっています。 そんな中で、「歴史は、おもしろい」と思う反面、「歴史を読む」といっても、かろうじて読めそうなのが、たかだか2000年、それも、「生きている基盤である地球を壊してきた歴史」のような気がします。しかし、壊したからといって、宇宙の大きさに比べれば「芥子粒ほどにも値しない地球ではないか、壊れたって、どうということはない」と考えてもしまいます。 いっぽうで、現在、地球上に約70億人のヒトがいるとのことですが、皆、ひとりひとり、異なった個性があり、それぞれが「奇跡」ともいえる確率で生まれてきたというか、生まれてきたこと自体が「奇跡」だと考えているのですが、その奇跡を、その生命を大切にしない人々が多くなっています。 あれや、これや考えているうちに、最近、この「宇宙」と「人間の歴史」と「人間」というのが、少し気になりだしました。 宇宙って何だろう、人間の歴史って何だろう、人間って何だろう、……と。 どこのカテゴリーが適当なのか分かりませんが、とりあえず「哲学」に質問してみました。

noname#205122
noname#205122

質問者が選んだベストアンサー

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noname#189913
noname#189913
回答No.1

答えになるかどうかわかりませんが、<手塚治虫>の<火の鳥>は私なりに考えさせられた話です。 全部で13巻あります。

noname#205122
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 <火の鳥>ですか。何かで紹介されていたのは、記憶にあるのですが、やはり、自分で読んで、感じるしかないですかねぇ。歳をとると「読む」ことがおっくうになっています。それに残念ながら、私には漫画を読む習慣がありません。仮に、アニメが制作されているとしても、13巻をアニメ1本で、その「神髄」を表現するのは無理ですよね。

その他の回答 (3)

  • mmky
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回答No.4

>それでは「宇宙」というのは何なのだろうか?というのが私の質問の一つです。 ○花壇の花の一つですね。花壇を作り様々な花を育て愛でる。花の一つが宇宙として創造され、その宇宙の中に様々な銀河があるという情景ですね。 それに、疑問なのは、「人間の心」というのは造られたものなのですか?ということです。 ○造られたというのは正確ではありませんが、元からあったもののごく一部ということですね。巨大な思考エネルギーの一部が更に分裂して出来ているということですね。それゆえ心は不老不死ですね。心を入れる乗り物としての肉体は造られたものですね。惑星に適合するように造られたものですから惑星ごとに違うものですね。ただ、作りかたは心の投影、影ですから等価なのです。 死後、残るのは心だけですね。これは、死後、肉体が焼かれて灰になっても存在していますから、その時になれば誰でもわかります。生きている間に証明できないだけのことですね。 全ての存在物に心はあるんですよ。例え石にでもね。 知ろうとしないのは生まれてこの方の小さな常識に囚われているからですね。誰しも心の奥の奥には数百億年の記憶があるのですよ。望遠鏡や顕微鏡で見なくとも心の奥の奥を覗けば宇宙の始まりの念いにたどり着けるということでもあるのですね。 こんなのが本当のことですね。信じられるか信じないかの問題だけなんですよ。全ては「何を信じるか」に始まるということですね。正しい見解を信じない限り正しい知識、悟りは得られないということですね。 老いて悟りを得るには、暗闇で金貨を探すようなものですね。正しい見解を信じることができれば、それをカンテラとして、高く頭上にかざして金貨を探すことができるということです。まずは一切の常識というのを白紙にして見ることですね。

noname#205122
質問者

お礼

わざわざ、再回答をいただきまして、恐縮しております。さらにコメントをつけると、又、回答が返ってきそうなので止めます。

回答No.3

宇宙のビッグバン以来138億年、光速での拡散により、 宇宙の半径は138億光年であり、遠くは昔の姿なので、 138億光年彼方には、ビッグバン当時の姿が、その光速 近い後退速度によるドップラー効果により絶対温度3度 に間延びした輻射として、全宇宙から届いている。 一方、最新の量子論的世界像において、我々の目にする 有限な存在は、認識される事によって生じる=いい加減 な認識力によって階層現象性(認識体(脳)>細胞>分子> 原子>素粒子>クォーク>超弦(量子定常波))を原理的に 捉えず、経験的に表面的に捉える事で可能になっている 事が明らかとなっている。 つまり、宇宙の果ても我々の原理も、量子に還元される= 138億年の時間の流れ(138億光年の広がり)は、我々の 内奥の階層現象性に折りたたまれて反映されているのだ (安定な粒子が残る物質進化~安定な化学反応が増殖する 化学進化~安定して増殖するものが淘汰し合う生物進化)。 人は、決して小さくはない。 最初に言ったように、量子論的世界像において、有限的な 存在性(=宇宙)は、認識される事によって派生している。 全ての存在は、量子的な不確定性に基づいており、無限に 詰め込むと存在確率の山が平らになって、無と等しくなる。 この「絶対無=不確定性無限」において、その無限の闇に、 認識体の仮定断面(認識可能性)の運動を想定すれば、 相対的に無の風は光になり、認識体はその光(量子相互作用 パターン)の向うに、自己の補完(相補的不確定性)として の宇宙を認識するのである。 その「量子論的世界像」の根本にある不確定性原理において、 位置と運動量、時点と質量といった、存在性の根拠となる 定位(位置)と同定(値)の対は、両立するものではなく、 一方を確定しようとするともう一方が無限不確定に発散して しまうものである事が明らかとなっている。 空間的な位置(S)とその時間的変化としての運動量(St)、 時間的な位置(T)とその運動量の射影としての質量(Ts) という形で、時間性と空間性が相補的な不確定性を成して いるという事だ。 絶対化における不確定性無限への発散=絶対無への還元は、 その「無=無限」の認識可能性における時間軸と空間軸の 対発生を可能にする。 先の「経験的に表面的にいい加減に捉える事」により原理 的な超弦(量子定常波)の光速性を潜在化した非光速性に おいて、自我仮説(時間の流れ=記憶=過去=超光速)と 時空仮説(空間の広がり=予測=未来=光速下)は対発生し ているのだ。 有限な存在性だけでなく、過去と未来も現在(感受表面で の量子相互作用=潜在的認識可能性の変移)から対発生し ているという事だ。 時空仮説と自我仮説の相補性=環境は自我成立のための 必要としてあり、存在がぶつかる(自己の意志を阻害する) のは、そうした自己存在の本質(物理)を自覚していない 自我意識の未熟による「自己矛盾」としてなのだ。 自己存在の本質に根差した意志(物理的相補性~環境との 物質循環~社会生命的他我による博愛)によれば、「最大限 の認識+最大限の意志+最大限の生産性+最大限の充足」 によって、生きる真の目的である「人生を通算した精神的 充足量の総和の最大化」は達成され得るのだ。

noname#205122
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 お話の分かる方と、大いに議論して下さい。私には無理です。<(_ _)><(_ _)>

  • mmky
  • ベストアンサー率28% (681/2420)
回答No.2

>宇宙って何だろう、人間の歴史って何だろう、人間って何だろう、……と。 ○老いて気になることがあることは良いことですね。 宇宙から人間に至る説明は、簡単に言えば宇宙と人間は等価なものということですね。宇宙を人間に例えると、例えば、1つの宇宙が一人の人間に相当し、その無数の銀河が人間の内蔵器官に当たりますね。各内臓器官の細胞が星星でその細胞にあるミクロの分子が人間などの生き物ですね。人間もたくさんいますから宇宙も人間のように個性の違うものがたくさんあるということですね。当然、人間が両親から生れるように宇宙も造られた存在ですね。偶然は一つもないのですね。 こういう説明は、外観と内観は等価なもので出来ているという真理に基づいているのですね。望遠鏡で宇宙を見ようとしても全てを見ること理解することはできませんが、人間を内向きに見ることで宇宙が理解できるという不思議ですね。これは人間の肉体や心が造られたものであるので可能になることですね。 釈尊は2500年前に「心の内に宇宙が存在する」ことを解いていますね。これが全てのものに仏性があるということですね。 遥か昔に根本仏が考え創造したのが宇宙ですから、全てが仏の念いによって作られているのですね。最初の念いのままですからミクロもマクロも全て等価にできているのです。どんなに小さくともあなたにもその念の一部ですから宇宙と同じなんですね。見かけは様々ですが、宇宙の縮図が全ての生き物として存在しているのですね。進化の差はありますが、地球だけでなく宇宙には様々な生物が存在するということも理解できますね。 宇宙人もたくさんいるのですね。地球の人類の歴史も面々と続いている宇宙の歴史の一部でしかないですが、内臓器官の様々な機能のように地球には地球の特徴があるということですね。 老いた身にはそんな話もよいのではないでしょうか。

noname#205122
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 「老いて気になることがあることは良いことですね」……でしょうか?私はそうは思いません。早く、悟りたいです。しかし、私のような凡人は、老いてから「気になる」のです。凡人のゆえんです。 「宇宙と人間は等価なもの」……表現は別にして、聞いたことがあります。「人間にとっては、外にも内にも宇宙がある」というふうに解釈できるのではないかと思いますが、理解できます。ただ、人間の内なる宇宙には、物質(原子だとか分子だとか)によって構成される宇宙と、こころによって構成される宇宙という、二つの宇宙があるような気がします。 「当然、人間が両親から生れるように宇宙も造られた存在ですね。偶然は一つもないのですね。」……宇宙はどこから生まれたのでしょうか?私には、「偶然は一つもない」というよりも、宇宙が生まれたのも、1人の人間が生まれたのも、又これから生まれるのも、偶然を通り越して、「奇跡の塊」のような気がするのですが。 「外観と内観は等価なもので出来ているという真理」……あなたの説明が悪いのではなくて、私の能力では理解できません。それと、私は「宗教」には全く関心がありません。m(_ _)m 「人間を内向きに見ることで宇宙が理解できる」……???現在の「天文学」や国際宇宙ステーションでの研究・実験を否定されるのでしょうか? 「これは人間の肉体や心が造られたものであるので可能になることですね。」……「宇宙というのは造られたものではない」と私も思いますが、、それでは「宇宙」というのは何なのだろうか?というのが私の質問の一つです。それに、疑問なのは、「人間の心」というのは造られたものなのですか?ということです。 「釈尊は2500年前に「心の内に宇宙が存在する」ことを解いていますね。これが全てのものに仏性があるということですね。」……そうでしょうか???ただ単に「人の心は奥深くて、謎だ」と説教しているのではないですか?今、天文学の世界では、宇宙のことが5%しか分かっていないそうですが、人間の世界というのは、心身ともに5%解明されているでしょうか?

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  • 正しさ

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