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あの世があるとして

ok9608の回答

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  • ok9608
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回答No.7

あの世は 誰もが考える問題の一つでしょう。存在の実証は 不可能かもしれません、が 論理的には扱えると思うのです。論理学の公理に相当する部分を無矛盾にしてあの世の生成の原点を明確にするのです。 例えば、(1)全員が永遠に極楽浄土に住む世界とします。すると 全員とは この世で何十人も殺した非道なひとまで入れてもいいのかとか、永遠とは この世の時間と同じく経過する時間が無限に続くのかとか、極楽浄土とは 例えば 憎しみのない相互魂の状態とはどのような状態とか、住むとは住む空間はとか、衣食はとか、色んな設定を演繹的に構造化しておかなければ 論理的あの世とは言えなにのです。多数の人は その構造化されたあの世を理解できるのです。公理の部分がどうも理解できないという場合は そこを変えるのです。 例えば(2)この世で善行を積んだものは永遠に極楽浄土に住むことは出来るが、悪を行ったものは永遠に地獄にすむことになる。すると善とは何か、悪とはなにか、善悪の中間的部分はないのか、あるいは永遠に地獄に住むのは問題ではないか いろいろ設定をしないと構造化できないのです。あるいは 永遠の極楽、地獄では納得できない場合は 例えば(3)極楽か地獄である期間過ごしたあとは次の世に行き別モノに成るのです。極楽魂は人間に生まれ変わり、地獄のあるグループはゴキブリに生まれ変り、やがて彼等が死ねば また あの世に行くという この世とあの世のサイクルを永遠に繰り返すのです。 要するにあの世は論理的に扱えるということです。公理を信じれば 信仰となり 他人との共有化ができれば宗教団体になることも出来るということでしょう。 さらに 言葉を信じるということに重点を置けば 矛盾的言葉の内容も生きてきます。矛盾的言葉の内容であっても繰り返し感じられるとなおさらでしょう。たとえば 「無いことが有る」とか、「信じないことを信じる」とか「存在しないことは存在している」とか です。言葉は人間に与えられた最大の伝達手段と思います。 以上参考までに

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