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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:竹島問題について)

竹島問題についての質問

このQ&Aのポイント
  • 竹島問題についての質問です。竹島は、日本政府が固有の領土であると主張していますが、韓国政府は独島が大韓民国の領土であると主張しています。
  • 竹島問題に関して、日本政府は歴史的事実や国際法に基づいて竹島が日本の領土であると主張していますが、韓国政府は独島が大韓民国の領土であると主張しています。
  • 竹島問題についての質問です。日本政府は竹島が固有の領土であると主張していますが、これに対し韓国政府は独島が大韓民国の領土であると主張しています。

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  • deepone2
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回答No.5

No3です。 多分釣りだとおもいますが、潰しておかないと、無知が真に受けるかもしれませんので。 指定のリンク先の記事を読みましたが、全く問題にならないレベルです。 A:大韓民国政府は独島が韓国の管轄にあると確信している。この事実は地理的にも歴史的にも国際法に照らしても議論の余地がない。 反論A:根拠を示さず、確信とか、余地が無い とかいう言葉を使っても、無意味です。 B:世宗実録地理志(1432)の記録には(ウサンド・独島)と武陵島(ムルンド・鬱陵島)はよく晴れた日には互いに肉眼で観察できたと書かれている。鬱陵島の住民は昔から独島が鬱陵島に属すると信じてきた。これは根拠ある事実である。 反論B:その「世宗実録地理志」には、于山島という表現だけで、独島という記述はありません。資料に勝手な注釈をつけて、誤認させようとす行為は、悪質ですね。 なので、于山島=竹島(韓国では独島)という証拠にはなりません。 朝鮮人は、信じれば事実になるとでも思っているのでしょうか C:世宗 実録地理志(1432)は鬱陵島と独島を武陵島と于山島として記録しており、『高麗史』(1451)、『新増東国輿地勝覧』(1530)、『東国文献備 考』(1770)、『万機要覧』(1808)、その他多数の文書により于山島が独島の昔の名前であったことが証明される。これにより20世紀初めまでの数 世紀間、于山島が現在の独島を指していたことがわかる。 反論C:韓国の古文書では、于山島という名前の島は出てくるが、その位置が明確に示された資料はありません。 また、独島と呼んでいる島が、日本が認識している「竹島」だという根拠もありません。 実は、韓国の地図や文書で、于山島や日本の竹島の位置を明確に示したものは存在しません。(動画参照) D:この問題は徳川幕府政権が1696年すべての日本人の鬱陵島渡海禁止令を命ずることにより一段落ついた。 反論D:これは、鬱陵島を朝鮮領として認めるということであって、竹島とは無関係です。 E:日本の明治政府(1868-1912)の国家最高機関である太政官は日本の内務省の島根県の領土整理に関する質問に対して1877年「鬱陵島と独島は日本と関係がない」と指示した。 反論E:これは少々ややこしいので、わかりづらい事情があります。 実は、これ以前の1870年に、日本が自国の領土を調査しています。 それを纏めた「朝鮮国交際始末内探書」の中で、「竹島」と「松島」は張朝鮮領であるという記述があります。 しかし、実はこの竹島や松島が「今の日本の竹島」か?という問題があります。 当時は、航海技術や測量の技術が未熟で、島の位置関係はもちろん、存在しない島も地図に書かれているようなことがありました。そして、朝鮮の技術は非常に低かったのです。 竹島に関しては、その記述内容から明らかに鬱陵島のことだとわかります。 なので、問題は、この 松島=竹島(独島) かということですが、 当時の朝鮮の地図には、鬱陵島と並列してアルゴノート島(実在しない)が書かれており、これを松島(日本の竹島)とした可能性があります。 当時の日本は、竹島を松島とも呼んでいました。 また、鬱陵島には、傍らに竹嶼(島)という小島が存在しています。 (シーボルトの持っていた地図では、鬱陵島が松島、アルゴノート島が竹島になっています。) だとすると、松島は鬱陵島の傍らに実在する竹嶼(島)という可能性があります。 このように、当時は島名の混乱が激しく、竹島・松島がどの島を指すのか、朝鮮政府にしても日本政府にしても、それだけ島々の把握が十分ではない状態でした。 それでも、サンフランシスコ平和条約をまともに読めば日本領であることは明白なのですが・・・ 問題の1877年の文書とは「竹島外一島の件は本邦と関係なしと心得るべし」とした太政官指令文書のことだとおもいます。(画像が不鮮明なので、判断できませんが) これそして、までの事から、この竹島=鬱陵島です。 問題は「外一島」ですが、これもこれまでの事から、存在しないアルゴノート島であると思われます。 日本が「外一島」含めた理由ですが、これを外すと日本国内で失業した武士等が、入植させろ!と騒ぎかねず、当時の政府としては、内政で手一杯な時に外国と問題を起したくないと思っていたからです。 以上から、この文書は、 「鬱陵島と、朝鮮が言っている、【どこにあるかも判らない島】は、朝鮮のものでかまわない と言っているに過ぎません。 それ以前に、本当にその外一島が日本の竹島だとしても、 日本が領有を放棄=朝鮮の領土となるわけではありません。 F:大韓帝国は勅令 41号を発表して当時石島(ソクト、現在の独島)を鬱島(ウルド)郡(現鬱陵島)に帰属させた。 反論F:この勅令によって韓国領とされたのは「石島」です。 勅令の内容ですが、 鬱陵島を鬱島と改称し、島監を郡守に改正するの件 第一条:鬱陵島を鬱島と改称し、江原道に所属させ、島監を郡守に改正し、官制に編入し郡等級は5等にすること 第二条:郡守は台霞洞に置き、区域は鬱陵全島と竹島(鬱陵島の北東に位置する竹嶼)、石島を管轄すること となっています。しかし、石島に該当する島は未だに発見されておらず、存在自体が疑問視されています。 韓国は、この文章の石島=竹島(独島)と主張していますが、その根拠は、 全羅道や慶尚道の方言では石も独も「トク」と呼んでいた。 と言うことだそうですが、根拠としては非常に弱いと思います。 それに、1899年に大韓帝国学部が作成した「大韓全図」にも竹島は記載されていません。 1900年に、なって発見されたというのなら、それ以前の于山島=竹島(韓国では独島)は誤りとなります。 また、その本の中で、「鬱島郡の行政地域は東経130度35分から45分までである」としています。 (竹島はその行政区の外、131度55分にあります。) ということで、石島=竹島とするには無理があります。 G:議政府指令 3号 1906年、大韓帝国最高意思決定機関である議政府は指令3号を発表して日本の独島併合に対する不当性を指摘し、この問題に対する再調査を指示した。 反論G:調査をしただけでは、何がわかったのかもわかりませんが。 H:日本は島根県領40号を通じて独島を併合する。これは明らかな国際法上不法行為であり、どのような場合にも正当化されない。昔から大韓帝国に至るまで韓国が管轄してきた領土を侵略した明白な主権侵害だからである。 反論H:A~Fの主張が正しいと証明されない限り、この主張は意味が無い。 I:1943年アメリカ・イギリス・中国はカイロ宣言を採択して日本が武力で奪ったすべての領土を返還することを要求する。1945年韓国の独立と共に独島は 韓国の領土として返還された。これは1951年サンフランシスコ条約で改めて確認された。独島は韓国独立後、今日に至るまで終始韓国の管轄下にあった。 反論I:内容に誤りがある。 カイロ宣言(というか会談)は、サンフランシスコ条約の非公式なプロトタイプに過ぎず、国際法上の効力は全く無い。 効力があるのは、調印されたサンフランシスコ条約のみである。 その条約で、連合国は、竹島は武力で奪ったものではなく、日本が無主物として、合法的に取得した領土と認めているので、返還(というか、この時点で韓国の領土だったという主張)は認められない Iの内容は、たちの悪い捏造に過ぎない。 J:韓国政府は独島が終始韓国の領土だったという立場に変わりがない。韓国政府は独島問題を外交的交渉や法的決定の対象として見做さず、独島の韓国支配を否定するどのような主張にも強く対応する。 反論J:それを言うのは勝手です。 そして、日本にも同じ事を言う自由があります。 日本の領有の正当性ですが、 1905年:日本は竹島を無主物として判断し、領土宣言をし、世界も認めています。 江戸時代から、竹島の位置を把握して、領土と認識していたのですが、明治政府が世界に公式に宣言する必要を感じた為国境を明確にする為に宣言しました。 これに対して、当時の大韓帝国からは、異議が出ていません。 竹島を領土と認識していたなら、これは不自然です。 これについては、韓国は日本に外交権を奪われたからだと言っていますが、 韓国の外交権が日本に移ったのは1095年11月です。 竹島の編入は同年2月22日なので、抗議はできるはずです。 (実際、韓国は、日英同盟における韓国の地位の件で1905年10月17日に抗議をしています。) 前述しましたが、サンフランシスコ条約でも、竹島は放棄する領土には含まれていません。

その他の回答 (6)

  • mekuriya
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回答No.7

『三国史記』によれば、于山国が新羅に服属し毎年土地の産物を貢いだ。于山国は溟州(現在の江原道江陵市)のちょうど東の海の島にあり、別名を鬱陵島という。 しかし竹島が于山国の領土だったという記述も竹島に于山国があったという記述もない。資料が乏しくて、于山国のことは詳しいことは分かっていませんが、竹島も于山国に含むというのは根拠がない主張に過ぎません。ましてや竹島が于山国だったという説は常識でありえないと分かります。 これで韓国に分があるように見える人には、どう説明する気にもなれません。

  • key00001
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回答No.6

韓国のA~Jより、日本の1~9の方が、はるかに内容が濃く、根拠性に富むと思いますが・・・。 歴史上や条約上は、日本の領土であることは明白。 それ故、韓国側は、漁民を人質にとったり、実効支配と言う強硬手段に及ばざるを得なかったワケです。 ただ、この実効支配と言うのも、領有権が認められる強い根拠にはなります。 それでも国際司法裁判に応じない韓国は、それだけ日本側主張の根拠を怯え、かつ自国主張の根拠が乏しいことを認識していると言うことですよ。 それと李明博大統領の一連の言動(竹島上陸,天皇陛下への侮辱発言)も、あからさまな我が国に対する挑発行為であって、国際法上の重大な問題です。 「これを通じて東北アジアのさらなる平和と繁栄をもたらしたい。」なんてのもウソっぱちです。 李明博が発言を撤回の上、陳謝し、天皇陛下 並びに 我が国の国民に対し、土下座せねばなりません。

回答No.4

リンク見たけど、全部デタラメ!!。 サンフランシスコ講和条約内の、侵略地変換リストには竹島が入ってはいません。 あのリンクは韓国がかってにでっち上げたもの。 もういいかげんつりは止めようよ。 カッコ悪い。

fdvk354
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 つりではなくて、国際司法裁判所での裁判になったときに、ちゃんと立証できるのか疑問に思っただけなのですが。。

  • deepone2
  • ベストアンサー率42% (28/66)
回答No.3

多分、朝鮮人の釣りでしょうが >このA~Jまでの韓国の主張に反論は可能なのでしょうか? 「このA~Jまでの韓国の主張」とやらが、どのリンク先からも発見できません。 その為、韓国の主張内容が不明 である以上、回答は不可能です。 無関係な他人の好意による回答を求めるなら、最低限その場所を示すのが礼儀だと思います。 安直に、トップページに誘導して、あとは自分で探せと言うのでしょうか。 それから、この程度の内容を漁った程度で、両国の主張をすべて理解したと思いこんで、粗末とか分があるとか評価できてしまう、質問者に哀れみすら覚えます。

fdvk354
質問者

補足

noname#184314
noname#184314
回答No.2

現在の暗黙の了解というものは、実効支配しているということに尽きます。 歴史がどうのこうのいっても、その歴史を作っているのは人間なのですから、 いくらでも改ざんできます。現に、中国の歴史がそれを物語っています。 新しい皇帝が現れたら、その皇帝がいかに偉大な人物であるかの「歴史」を 作って、前の皇帝の「歴史」は焼き捨ててしまうということをするのです。 日本が、どんなに主張しようと、韓国が実効支配をしている以上、韓国が 滅ぶか、あるいは戦争で奪い取る意外に、それを靴害すことはほぼ不可能で しょう。 戦争はなぜ起こるか、それは領土を拡張するために起こるのです。 雑談ではありますが、現在日本が実効支配している尖閣諸島ですが、 中国が自分の領土だと主張しています。実効支配が日本にある以上は、 これも、同様の問題ですね。 もし、尖閣諸島が中国に支配された場合、外洋がなくなり、自由に船の航行が できる海がなくなります。もし、中国側に領土を通ろうとすると、検閲と称して、 船を不当に止めたり、没収したりする可能性があります。現に、10数年前まで それが横行していたようです。この航路を一番使うのは、韓国です。もし、 韓国と中国がバッティングする商売をするなら、それを行わないという保証は、 何処にありません。そうなると、日本の領土を通らなければなりません。 どうしたらいいでしょう。

fdvk354
質問者

補足

回答No.1

証拠は数では決まらないし、韓国の主張に反論する必要も無い。 ただ単に「竹島には江戸時代から日本人が住んでいた」って言う「先有の事実」だけを提示すれば済むだけの話。半島人はそれを「捏造だ」と主張しているけどな。

fdvk354
質問者

補足

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