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助詞の「は」を「わ」と表記する人たち(私わ高校生です。みたいな)

時々ネットサーフィン(死語?)していて たまたま20歳前後の若い女性のページに たどり着くと、助詞の「は」を「わ」と 発音するまま表記している人を よく見かけます。 必ずしもいわゆる「ギャル文字」を羅列しているわけでもありません。 例えば、「私わ高校生です」みたいに。 彼女らは本当に「わ」と表記すると思っているのでしょうか? 最近では育児系サイトでも10代の母親を中心に見かけます。 自分(30歳女)が小学校から学校生活を送ってきた限り、「は」と「わ」を混同する人を見た記憶がありません(小学校低学年くらいではいたかもしれませんが)。 特に優秀な学校に通っていたわけではありません。 高校まで地元の公立学校に通っていました。 これは最近の風潮なのでしょうか?単なる学力低下? もし学力低下なら、「母親」となった人にまでこんな間違えをする層まで現われて、これからの日本の教育はどうなるのか?とまで考えると恐ろしいです。 1年くらい疑問になっていました。周囲に聞いても同世代以上ばかりなので、みんなわからないと言います。

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お早うございます。 近代の日本語は先日のNHKでもやっていましたが100年足らず(明治の中期以降)だそうです。それも、時代と共に「変化」しているようです。 最近(?)も「ら抜き言葉」が問題になりましたが 「食べられる」⇒「食べれる」 「見られる」⇒「見れる」 と言った言葉も普通に使われているように思います。 多分、「私わ」も判って使っている人と知らずに使っている人に分かれているように思います。 でも、将来はそれが普通になったりして(笑)。「日本語」は私の人生の中でも変化しているのを感じます。 以前は、日本の「教育水準」の高さは有名でしたが現在は欧米並みにまで落ちているようです。

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質問者からのお礼

レスありがとうございます。 ら抜き言葉については新聞などでも取り上げられる話題ですよね。 ゆとり教育はじめ、日本の学力の低下は子を持つ母親の私のとってもすごく重大な問題です。 12年前に大学入試を経験し、今日たまたまネットで出身大学の偏差値を見たら、自分の時より10近く落ちていて愕然としました。 当時より受験生の数が減っているのも一因かと思いますが。

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  • 回答No.7

最近は文章よりも直接音に接する機会の方が多いからかもしれませんね。だから、言葉を認識する時に音優先になるから本来は「は」になる所を「わ」と認識しているかもしれません。そしていずれは「ゐ」や「ゑ」のように絶滅するかもしれませんね。次に問題になるのは「を」と「お」でしょう。 又は、最近の流行のようなものでしょう。 どちらにしてもあまり取るに足らないことですよ。前者だったら、時代が変わったというだけですし、後者だったら、ほうっておけばいずれ絶滅するか、今の言葉と入れ替わるだけのことでしょう。 問題は、変化しているものに対応できなくなった方ではないでしょうか?

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質問者からのお礼

レスありがとうございます。 言葉は時代と共に変わるものだと、私も何かで聞いたことがあります。 昔はやった言葉の「変態少女文字」ではありませんが、世代の流行なのかもしれませんね。 >問題は、変化しているものに対応できなくなった方ではないでしょうか? これは私のことでしょうか?(汗) ただ、どうしても「私わ」という表記を見るたびに、頭が悪い子にしか見えないんですよね。 これも年のせいでしょうかねえ。

  • 回答No.6
noname#6248
noname#6248

これが正しいかと言う自信は無いですが、大学時代、家庭教師をしていた経験からなのですが、 勝ち組、負け組のように二分化されているように感じます。 パターンA 『私わ』と通常言わない、良く言えば場合わけが出来ている。悪く言えば二重人格気質な面がある。 仲間内でふざけている時には自分の当時とさほど変わらない中学生。 でも、ひとたび目上の人と会話する際にはきちんとした敬語に舌を巻くと言うタイプがこのタイプです。 ネットはどういうモノかを考えれば、きちんとした日本語で書くべきですし、ましてこのサイトのように 回答を獲たいがために質問をするわけですから、非常に見ていて気持ちが良い文章を書きます。 ですが、逆にいえば、何かよそよそしく、打ち解けにくいと言う部分があります。 パターンB 『私わ』と平然と言う、でも本来『私は』と書くべき事ぐらいは解っている。 悪く言えば不良、不真面目。無理に良く言えば、周りに合わせるのに長けている。と言うところでしょうか。 『自分はこうしたいああしたい!』これが本当に無い、引きずり込まれやすい性格で 『自分で考える』よりも『周りに合わせる』というスタンスを取っています。 多くの場合、合わせやすい人に合わせる。楽な方へ行くわけなんですね。 でも、『目立ちたい』と言う部分もある…結果として100人中1人いるかいないかと言う突っ張った人を模倣してしまうんです。 『ダラシナイ』が『オシャレ』であると思い込んでいる。世のマナー知らずなオッサンを真似ているだけなんですね。 ある種被害者でもあるかな…真似をしていれば良いので真似をして、 でも目立ちたいと言う欲望がある…結果として無意味に派手な色に髪を染めたり 変な部分にピアスを開けるなどするタイプも出てくる。 大人はそれを見て、 パターンAの『目上の人に対する態度』と比べるとパターンBを見ると『どういう教育を…』や『将来どうなるんだろう』と言う気持ちになるんです。 でも、若いんです。環境が変われば修正が効くんです。どっちのタイプもきちんと教えました。 今の政治家…修正不能なパターンBです。さらに悪化していますね。ずる賢く目立ったらマズい…なんて言っている… 政治家にパターンAが増えれば日本も変わるのにな…でも決してパターンBを否定しませんよ。 順応性という面から見れば、裏表が無いわけですから私は好きです。 これらを踏まえると、『「私わ」という書き方が流行っている』という程度と見ます。 パターンA曰く、日常生活で『私わ』と書いても特に支障は無い、テストの時に気をつけていれば良い。という考え(使い分け)をする。 パターンB曰く、みんな『私わ』なんだから良いだろう。『私わ』だろうが『私は』だろうがどっちだっていいじゃないか。 そう感じです。 どうしてそうなったかと言えば、大人が悪いんですよ。 例えば政治家の多くはパターンBですよね?だからパターンBに甘んじてしまう。『死にはしないだろう』タイプ そして夫婦喧嘩を見たり、両親を観察するとパターンAになりません? 職場では真面目、夫婦でいる時は仲良くという『使い分けるべき』タイプとね そして大人は、自分らが悪いのを棚に上げて、若者の一部分だけを見て文句ばかり言うんです。 『日本語ももろくに使えないくせに!』とね。『知ってるけど使いたいほど魅力的な大人がいない』それだけかと思います。 本当に尊敬する人がいれば、正しい敬語をマスターし、良く思われたいと思いますからね。 別に誰かを指して揶揄する訳ではないですよ、世間全体を見渡しての回答です。 他人の駄目な部分だけを見て安心していると置いてきぼりを喰らいます。 誰もが知っているであろう『うさぎとかめ』という話…どう考えても『うさぎは馬鹿だね』と思うでしょう? でもこれを日常に当てはめるとどうでしょう? 頭がよくなるほどに、うさぎでいるほうが多くなるんです…かめを散々馬鹿にするわけですよ… そしていつか追い越されて後悔する…それが老いるという事なのかもしれない… 『うさぎは馬鹿だね』と思うのでしたら気をつけたいものです…

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質問者からのお礼

レスありがとうございます。 発音する際は特に「わたしわ」という音になるので特に気にはしていないんですが。 言葉の変化とは、現代の若者論にまで発展する奥の深い問題なんですね。

  • 回答No.4
  • mak0chan
  • ベストアンサー率40% (1109/2754)

ネットは、乱れた日本語のデパートです。助詞の「わ」のほかに、いくつか思いつく点を挙げてみます。 【1】語尾にやたらと「?」や「!」を付ける。――日本語は語尾が「…か」で終わることによって疑問形を現すので、特別に疑問を強調したい場合を除いて、「?」を付ける必要はありません。 【2】句読点「、」「。」をいくつも並べて使用する。――全く意図が分かりません。 【3】句点「、」の代わりにスペース。――漢字仮名交じり文を分かち書きしては、かえって読みにくいものです。 【4】顔文字の乱用。――文で意思を表すことができないことの現れでしょう。 【5】(笑)(怒)など。――【4】と同じ。 【6】誤字、誤変換。――推敲が必要。 >必ずしもいわゆる「ギャル文字」を羅列しているわけでもありません。例えば、「私わ高校生です」みたいに。 質問者さんは、助詞の「わ」を「ギャル文字」ではないとのお考えのようですが、やはりギャル文字の一つだと思います。ビジネス文書を書かされたことのない、フリーター世代がそのまま母親になったのでしょうね。最近は小学校でもIT教育がさかんになっていますが、このようなギャル文字がネットにはびこる限り、これからの国語の先生は、ますます苦労が増えそうですね。

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質問者からのお礼

レスありがとうございます。 回答の1,2,5はよく使います、私も。 ただ、6はなるべく気をつけるようにするのですが、だめですねえ。見落としがあります。 文字だけの正しい文章表現だけでは、状況や感情を伝えるのに限界があるため、1~5のような表記がネットだけではなく雑誌などでも氾濫しているのだと思います(特に対談、エッセイ等で) わたしはギャル文字というと、 私は高校生です ↓ 禾ムは高木交生τ〃す くらい激しいものを指すと思っていましたが。 今回の質問もそれにあたるのですね。

  • 回答No.3
  • o24hi
  • ベストアンサー率36% (2961/8168)

おはようございます。  多分「私わ」という使い方は,わざと使っているのだと思いますよ。(普通の教育を受けた人なら。)  ただ,「こんにちわ」という表現は,本気で使っているかもしれませんね。(お恥ずかしい話ですが,私も,人に指摘されるまで気がつきませんでした。) サラリーマンを長年やっていますが,「わたしは」と言う言葉を書く機会なんて皆無ですので,どちらが正しいのか混乱していたのだと思います。  最近,手紙を書くなんていうことはほとんどなくなりましたから,こういう掲示板やメールを書き始めて,正しい使い方を思い出したとしたら,パソコンの効用の一つと言えるかもしれませんね。(笑)

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質問者からのお礼

レスありがとうございます。 私も長年の習慣で「こんにちわ」と思わず打ってしまうことがあります。(というかおかしいと気づいたのはここ数年のことかもしれません) 「今日はいい天気ですね」の「今日は」から派生した、という経緯を理解してからは間違えなくなりました。(たぶん) やはり普通の教育を受けていれば、助詞の「わ」がおかしいことは気づきますよね?

  • 回答No.2

知っててワザとですね、普通は。 例えば「じ」と書くところを「ぢ」としたり、 「ず」と書くところを「づ」としたり・・・ それが1つの「かわいさ」とかの表現のようで。 中には本気で間違ってる人もいますが(^^;

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質問者からのお礼

レスありがとうございます。 親しい間柄のメールなので「実は」を「ぢつは」と書くこと、私もたまにあります。 もちろん違うことは理解のうえで、くだけた文体にしたい、ということが伝わる相手のときだけです。 ただ、不特定多数の人が見るようなWEBサイト上でそういう表記をすることで、自分の知性を客観的に疑われることも恥としない人たちが多いということなのでしょうかね。

  • 回答No.1

こんにちは を こんにちわ と書くとか、 XXです を XXデス! のように書くような「自己表現」として使う人ならたくさんいます。でも中には本当にそれが普通だと思って使ってしまっているヤツもしるでしょうね。どちらなのかは本人に聞かないとわからないと思いますが_前後の文章から 文才がありそうな人だとわかるようなら わざわざ聞かないほうがいいかもしれません(多分知ってて使っているから) ※こんにちわ は使うけれど”私わ”は使ったことはないです

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質問者からのお礼

レスありがとうございます。 確かに~デス。~ですネ。という書き方は私の母親(60歳代)も親しい間柄の手紙ではよく使います。 助詞の「わ」がおかしいのをわかっているかどうかは人それぞれということなんですね。

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