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聖書でいう福音とはどういう意味でしょうか??

日比野 暉彦(@bragelonne)の回答

回答No.4

 こんにちは。  ★ 新約聖書で伝えている福音とはなんなんでしょうか?  ☆ けっきょく イエスとは何だったのか? に行き着くのでしょうか?   その趣旨でお答えします。  闇の中にいる人間が光を見ることができるようにする手段についてという切り口です。人びとの罪が贖われるためには 何が為されなければならなかったかという問題です。  そしてそのあと さらにこの《めぐみ》の上になおめぐみがあたえられるというところまで考えてまいります。  いくつかありえたのでしょうが もっともふさわしい手段というのは 神が人間となって 人間として(ということは 人びとに決してその生前には 神であることが分かられずに 人間として)去っていくことだったのだと思われます。(すでに 特に事割らずにそういう物語として述べてまいります)。  人間としてというのは たとえば弟子たちも 最後には全員 イエスを裏切ったという事態を意味します。つまりイエスが神であるとは ほんとうには 心得ることなど出来なかった。  あるいは はりつけになったイエスの脇腹を突くと 血が出たのだし実際 人間として死を死んだということ。などです。  人間としてでなければ――つまり神として 十字架上から降りて来たりして奇蹟を起こしたなら もう話は別だということになってしまうという意味なのですが 人間としてでなければ―― わたしたち人間の生活上の尽力が 到底 最終の目的に達することなど出来ないとわたしたちが思ってしまう。  しかも神が肉となった人間としてでなければ 人に見させる光は ただの理性の光にとどまってしまう。コギトとしての光 もしくは コギトの根源なる観念ないし思念としての神に終わってしまう。  逆に言いかえると 神は人間の精神なのではないと知らせる必要があった。    以上は たとえば次の聖書の箇所について捉えたものです。  ▲ (ヨハネによる福音書1:1-18) ~~~~  1:1 初めにことばがあった。ことばは神と共にあった。ことばは神であった。  ・・・  1:14  ことばは肉となって、わたしたちの間に宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。  ・・・  1:16 わたしたちは皆、この方(* =肉となったことば)の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。  1:17 律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現われたからである。  ・・・  ~~~~~~~~~~~~  このキリストと呼ばれるようになったイエスの出現が 旧約聖書からつづくものであることについて次を見ておきます。ヘブル書という新約聖書の中の一節です。  ▲ (ヘブル書8:7-13)~~~~~~~~~~~~~~~~  もし、あの最初の契約(* むろん モーセの)が欠けたところのないものであったなら、第二の契約の余地はなかったでしょう。  事実、神はイスラエルの人々を非難して次のように言われています。    「見よ、わたしがイスラエルの家、またユダの家と、     新しい契約を結ぶ時が来る」と、主は言われる。    「それは、わたしが彼らの先祖の手を取って、     エジプトの地から導き出した日に、     彼らと結んだ契約のようなものではない。     彼らはわたしの契約に忠実でなかったので、     わたしも彼らを顧みなかった」と、主は言われる。    「それらの日の後、わたしが     イスラエルの家と結ぶ契約はこれである」と、主は言われる。    「すなわち、わたしの律法を彼らの思いに置き、     彼らの心にそれを書きつけよう。     わたしは彼らの神となり、     彼らはわたしの民となる。     彼らはそれぞれ自分の同胞に、     それぞれ自分の兄弟に、     『主を知れ』と言って教える必要はなくなる。     小さな者から大きな者に至るまで     彼らはすべて、わたしを知るようになり、     わたしは、彼らの不義を赦し、     もはや彼らの罪を思い出しはしないからである。」      (旧約・エレミヤ書 31:31-34)  神は「新しいもの」と言われることによって、最初の契約は古びてしまったと宣言されたのです。年を経て古びたものは、間もなく消えうせます。  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  ▲ (ヨハネ福音 1:16 ) わたしたちは皆、この方(* =肉となったことば)の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。  ☆ 最初の《恵み》は いわゆる原罪が贖われたことのようです。では 次の《恵み》は 何を言うのでしょうか?  ▲ 更に恵みを受けた。  ☆ とすでに過去形で書いていますが 潜在性として与えられたとすれば おそらく現在時におけるこの身と心における復活ではないのか。と見ますが どうでしょうか?   《わたし》の中のふるい人がほろび あたらしい人がよみがえったかのように踊り出て来る。身も心もあたらしいわたし。  復活は 永遠の生命とも言いますが たぶん今の寿命の二倍くらいでよいのでしょう すなわち二百歳を ひとは思う存分互いに自由に生きることになりましょう。同感と浮動する共感と反感 これらに人びとの思いは三分されたかたちにて。  * なお《宣教という愚かな手段》(パウロ)は はりつけのイエスの話を伝えるその初めには用いられたようです。  

ttt1214
質問者

お礼

ご丁寧な回答ありがとうございます。 旧約から新訳までの長い期間をへてイエスキリストに辿り着き神への罪の購いと光が人間には必要な者なのですね。

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