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斉藤茂吉の短歌「のど赤き 玄鳥ふたつ」について

ちょっと分からないところがあります。 どうしてここのツバメの喉は赤いですか。 丹頂鶴と似ていて、頸の羽毛は赤いですか。それども、ツバメは口を大きく開いて、赤い喉が見えるのですか。 もし後者になったら、ツバメは餌を待っている雛鳥ですか。それども、ただ叫んでいて、まるで詩人の母の死ために泣いているようですか。 詩人はどうしてのど赤きのツバメを書いたのでしょうかな。

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  • cyototu
  • ベストアンサー率28% (393/1368)
回答No.1

http://tubamenoseitai.com/ を見て下さい。ツバメの喉はひな鳥でなくても赤いのですよ。赤は命の色。だからこの歌は感動的なのでしょうか。 墨染めの取り乱したる畦道に彼岸花咲き君死にたまうなり

neko384
質問者

お礼

なるほど。赤は命の色ですね。 この場面が頭に浮かんでいます。 年取った女性が目を閉じている。もう亡くなった。 彼女の側に曼珠沙華が盛んに咲いている。 衰えた生命と咲かん盛りの生命。強烈な対照ですね。 彼女はそもそも若い時にその彼岸花と同じぐらい美しいかな。 「墨染めの取り乱したる畦道に彼岸花咲き君死にたまうなり」 本当に素晴らしいですね!色々勉強になりました。ご回答ありがとうございました♪。

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