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西洋諸国or日本の植民地の結果、なぜ韓国は発展して、アフリカは発展が遅い?

  • 質問No.5348073
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  • 回答数18

お礼率 24% (8/33)

タイトルがわかりにくくてすいません。
植民地についての質問です。

1、なぜ、西洋・欧米諸国に侵略または植民地化されていたアフリカの国々は発展せずに、日本に植民地化されていた朝鮮半島(韓国)は今やすばらしい発展をとげているのでしょうか?
植民地は必ずしも良いことだとは思いません。しかし、日本が朝鮮を植民地としたことで、朝鮮にとって何かプラスのこと(例えば教育など)があったならば、それは良いことなのかな。。と思ったりもしています。
西洋・欧米諸国と日本の植民地の仕方には何か違いがあったのでしょうか?

2、これは補足の質問なのですが、
インドネシアは16世紀後半からオランダによって植民地にされ、また世界第二次大戦時にはイギリスの植民地になりました。そこに日本の軍政がインドネシアに上陸し、インドネシアを白人から助け、そして独立を手助けしました。そのことに対して、インドネシア人は日本にとても感謝しているとこのビデオは言っているのですが、本当にインドネシア人は日本人に感謝しているのでしょうか?日本人は白人のような悲惨なことは行わなかったのでしょうか?
http://www.youtube.com/watch?v=_PwbHPaGWLw

よろしくお願いします。

回答 (全18件)

  • 回答No.18

ベストアンサー率 0% (0/0)

かなり以前の質問なので多分もう回答は求めておられないでしょうが、あなたの質問はとても重要なものであり、かつ既出の回答に重要なポイントが抜けていたので追加させていただきます。

まず、ヨーロッパ人に植民地化されたアフリカやラテン・アメリカが未だに発展しない理由は過去の搾取だけにあるのではありません。植民地化された場合、その搾取は現在にまで続くものとなっています。かつて植民地化を経験した国の大半では未だにその国土の多くを占領者の子孫や彼らの持つ大企業、国外の資本や個人によって占められています。つまり、その国の人間がどんなに努力して発展をなしとげてもその努力は最終的に地価の上昇につながり、大土地所有者を肥やす以外の何ものにもなりません。土地を持たない一般市民は貧しいままと言うわけです。

反対に日本の占領した国では、それを植民地と呼ぼうが呼ぶまいが、今では日本人の子孫がその土地を所有しているわけではありません。終戦とともに日本は立ち去ったからです。つまり、日本がインフラやなんやらを残した事も重要とは思いますが、何も残さなかったことも重要です。
  • 回答No.17

ベストアンサー率 22% (2/9)

それは、朝鮮半島は日本であって植民地ではなかったからです。それ以前の朝鮮は、清国の属国でしたから、全てを摂取され最貧国になってしまいました。

日清戦争によって晴れて朝鮮は大韓帝国として朝鮮史上初めて独立国家が創設されましたが、あまりにも清国の属国だった後遺症が大きく独立国として最早運営していくのが困難になり、100万人以上の支持の元、先見性のある国王によって日本と日韓併合条約を結び、大日本帝国朝鮮地方として再出発しました。当時の日本の国家予算の半分近くを使いインフラ及び教育などあらゆる分野に投資をしたわけです。

西洋との違いは、西洋人はあくまで西洋人とその他という概念ですが、日本と朝鮮、台湾は全て日本人として扱いました。

なので日本は植民地支配をしたのは支那国だけで、朝鮮、台湾は全く違います。
  • 回答No.16

ベストアンサー率 21% (1065/5003)

韓国の場合、立ち上がりの経済発展は急だったが、少し発展すると
ストや賃上げが相次いで急ブレーキがかかった。
稲作農耕民で集団主義的な日本人は、悪政によって貧富の格差が
拡大しても、我慢強く耐える。

この「稲作のための集団主義」が、「大量生産における工場労働」に
うまく転用されたのが、明治以降の日本の成功のカギです。
同じ中国でも、工場労働の主流になっているのが、福建などの
江南地方(稲作農耕地域)なのとも符合します。

同じようにお考えの「日本と韓国」でさえ、違うのですから、
狩猟採集民が主流のアフリカが、異なるのも当然です。
  • 回答No.15
http://www.mofa.go.jp/MOFAJ/area/asean/pdfs/yoron08_02.pdf
では、外務省の対日世論調査の結果が載っています。
この中で、「第二次世界大戦中の日本について、現在あなたはどうお感じですか」という設問で
「悪い面で忘れることは出来ない」「悪い面はあったが気にしない」「まったく問題にしたことはない」「分からない」のなかから選ぶというものがあります。
「悪い面で忘れることが出来ない」が27パーセント、「悪い面はあったが、今となってはきにしない」が69パーセントとなっています。
「悪い面で忘れることが出来ない」が27パーセントというのは、韓国や中国に比べるとかなり低い数字ではあります。が、この調査がおこなわれたのが、平成20年と戦後かなりの年月がたっていることを考えると、低い数字とは思えません。

インドネシアの歴史教科書で日本を胴扱っているかについては下のページが詳しいです。
http://www.geocities.jp/indo_ka/index.html
このページで紹介されている
http://www.geocities.jp/indo_ka/buku_pelajaran/sd/index.html
(孫引きのようですが)1977年に発行された小学校の教科書には
「日本は残忍でその行動は横暴であったけれども,占領時代はわれわれにとって利点もあった」
とあり、まあ、この教科書のスタンスとしては日本の占領は横暴だけど、いいところもあったという評価のようです。

ただ、教科書と、国民の意思とが同じではないとはおもいますが。
  • 回答No.14

ベストアンサー率 21% (135/628)

欧米の植民地というのは、文字どおり原料、食料の供給地でありその住民は奴隷です。マスター・カントリー(ご主人様の国)のコロニー。

台湾、朝鮮が植民地かどうか意見のわかれるところですが、形としては、内地並をうたっており、差別や口には出来ないようなむごい事実は確かにありましたが、住民は基本的に大日本帝国臣民とされています。当然、教育も行われており、欧米の植民地とそもそも一緒に論じられる物ではありません。

韓国の発展はNo.10のかたのおっしゃるとうり。北朝鮮が発展しないのがその証拠です。ちなみに、北は6カ国協議に絶対戻らないなどと言ってますが、うそです。北の望みは、アメリカとの平和条約だけではありません。一番は、日本との国交回復に伴う戦後補償です。

インドネシアの件はNo.10さんのとおり。ただ、日本に反感をもつものも多いのはどこの国でも自明のことです。日本ですら、意見が集約されているわけではないし、そういうことも理解しましょう。
  • 回答No.13

ベストアンサー率 33% (342/1034)

漫談です

アフリカ諸国をみると、国境が不自然に真っ直ぐだったりします。現地の事情を鑑みず、欧州列強が勝手に「北緯××からこっちはボク、そっちキミね」といった感じで引いたからです。
これにより、自然ではない部族の寸断などが起きてしまったため、国民意識をもちにくい土壌がうまれてしまいました。独立後に紛争などがおきる大きな要因となります。

半島はそのようなことがなかったこと、それと朝鮮語で高等教育をできる、つまり母国語で学べる大学がある、という強みがあります。
アフリカ諸国は宗主国の言葉でしか高等教育をうけられない場合が多いのです。
日本人が、大学教育は中国語でしかうけられない、ということを想像してみてください。

インドネシアは、確かに日本に好意的な国です。ただ、日本が原因の戦禍に巻き込まれたのも事実なので、いろいろな側面から物事を考えられるのが、よいとおもいます。
  • 回答No.12

ベストアンサー率 44% (524/1179)

 回答に成らないかもしれませんが…。

>西洋諸国or日本の植民地の結果、なぜ韓国は発展して、アフリカは発展が遅い?
 アフリカには確か、一人当たりのGDPが中国と同等かそれ以上の国が10ヶ国程度有ったと思いますが…。
 赤道ギニア(元ポルトガル・スペインの植民地)の様に、中国の3倍以上の一人当たりのGDPを稼ぎ出している国も有ります。[日本の半分程度]

 地下資源に恵まれた国も有りますから、民族・宗教問題などが無ければそれなりに国は発展します。
 ソマリアとかジンバブエとかの余りにも極端な所のイメージで、全てのアフリカ諸国を見ていなければ良いのですが…。アジアを見るのに北朝鮮を指標にする様な…。
 (まあ、貧しい国が多いのは事実ですが。)

 なお、現在アフリカはEUを参考にしたアフリカ連合を2002年に発足させ、2015年を一応の目処としたアフリカ合衆国というと言う統一国家設立を目指しています。
 (さすがに2015年には間に合わないのではと言う意見も多いのですが…。)

 もし成功すると、国土面積世界1位、人口は中国・インドに続いて世界3位、GDPでロシア(2008年度ベース)を抜いてしまう超大国が設立しちゃうんですよね…。
  • 回答No.11

ベストアンサー率 19% (3635/18948)

イギリス、オランダ、スペインなどの植民地であった所はどうもあまり発展していないように感じます
日本、フランスの植民地であった所は発展しているように感じます
植民地の人たちを酷使したであろうけれども教育をしかなりの施設を残しているのです
そういうものが独立後に役に立っているのだと思います
朝鮮半島、中国、マレー半島、スマトラの鉄道はほとんど日本が建設したものです
アフリカでもフランスから独立した国は公共設備はまあまあの程度です
フランス領ギアナは独立よりもフランスに帰属することを選びました
違いは収奪だけをしたか収奪はしたが教育と設備を残したかの違いでしょう
  • 回答No.10

ベストアンサー率 44% (4/9)

1.
まあ日本では情報が隠蔽されているかあえて無視されているので、質問者様が知らないのは当然です。
大雑把に言うと、戦後の経済協力と日本の遺産です。何を行うにしてもお金が必要なのです(民主党は財源をどうするんですかね)。日韓基本条約締結時に有償無償の経済援助をしました。また、日本の遺産も韓国の経済発展に役に立ちました。例えばインフラなどがそれに当たります。具体例としては鉄道などの交通網の整備です。韓国人は満州や中国への侵略のために鉄道を敷いたなどといっておりますが、物流は戦時・平時を問わず重要なものです。このようなインフラ整備について、鄭夢準氏(韓国現代財閥を築いた鄭周永氏の六男にしてハンナラ党国会議員にして大韓サッカー協会会長)は著書の「日本人に伝えたい!―KOREA/JAPAN2002」で「韓国の産業基盤は日本が築いたものではない。日本が残したインフラは朝鮮戦争で跡形もなく消えた。現在のインフラは韓国人の手で築いたものである」との趣旨の論理を展開しております。さて、インフラが跡形もなく消えたのかは本当に跡形もなくなという疑問もありますが、別の視点で見てみます。日本の遺産とは必ずしも有形のものとは限らないということです。日本では1889年に憲法が制定されましたし、また、憲法だけでなく1898年には民法が制定されました。憲法も民法も日本人が欧州で法律を学んで日本に取り入れたものです。民法はイギリス・フランス・ドイツの影響を受けておりますが、そのうちのフランスの影響とはいわゆるナポレオン民法典からですが、ナポレオン法典はナポレオンが「世の真の栄誉は40回の戦いの勝利ではなく、永久に生きるのは余の民法典である」といったものです。あるいは日本が始めて鉄道が開通したときはイギリス人技術者の指導の下でなされました。法律にせよ鉄道にせよ、日本は外国に教えを乞い、やっと知識や技術を手に入れました。手に入れたものを実際に利用し、かつ後世に残すために学校で教えました、もちろん日本統治下の朝鮮でも。このような無形の財産も韓国の経済発展に寄与しました。このことは日本ではあまり語られないので知らなくても不思議ではありませんが、常識ある人なら誰でも知っていることです。まあ、たまに鄭夢準氏のような人物もおります。(「日本人に伝えたい!―KOREA/JAPAN2002」とは自分は常識のない人間だということを日本人に伝えたかった本なのかもしれません。)

2.
これは、
http://www.ch-sakura.jp/oldbbs/thread.html?id=185982&page=1&genre=sougou
から引用します。

◆◆◆◆◆◆◆以下、引用開始◆◆◆◆◆◆

東南アジア諸国の教科書はどう書いているか

 それでは東南アジア諸国の教科書は、大東亜戦争をどう書いているか。初期の段階では、日本への好意を持った記述が見られる。しかし日本の敗色が濃くなると、優勢な連合国側に加担して独立を獲得したいという事大主義的思惑もあり、抗日運動も起こってきた。また欧米人が数百年にわたってゆっくり植民地政策を進めてきたのに較ベて、日本人の短兵急な性格が誤解を与えた。さらには同じ黄色人種に対する近親憎悪感情も働き、戦争末期には反日運動も起こり、教科書にはそういう記述が根強く出ている。
しかし日本の果した役割については、随所に評価した記述が見られる。ここでは一つだけ、「世界の中のインドネシア」(中学三年用・一九五八年)から引用してみよう。


「日本の占領は、後に大きな影響をもたらすような利点も残した。
 第一にオランダ語と英語が禁止されたため、インドネシア語が成長し、使用が広まった。その三年半の間につちかわれたインドネシア語は、驚異的な発展を遂げた。
 第二に日本は、「セイネン・ダン(青年団)」や、「ケイボウ・ダン(警防団)」に組織された青年たちに軍事教練を課して、竹槍と木銃によるものだったとはいえ、きぴしい規律を教え込み、勇敢に闘うことや、耐え忍ぶことを訓練した。
 第三に、職場からオランダ人がすべていなくなったことにより、日本はインドネシア人にいろいろな高い地位を与え、われわれに高い能力や大きな責任を要求するような重要な仕事を任せざるをえなくなった。
 第四に、日本はとくに「PUTERA」(インドネシア語でプトラ、民衆総力結集運動のこと)や、「ジャワ・ホウコウカイ」(奉公会)を通じて、ジャワに本部を置き、すみずみにまで支部の広がった統合された大組織を運営することを、われわれに教えた。
 われわれが独立を宣言した後に、オランダの攻撃から独立を守らなくてはならなくなって、急にわれわれ自身で国内を組織しなくてはならなくなった時など、以上四点は、特に、測り知れないほど価値のある経験であった」(『軍国主義−東南アジアの教科書にみる日本』合同出版刊、本稿は熊谷玲子訳)

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以上、「反日国家・日本」
    名越二荒之助著
    山手書房
より。


◆◆◆◆◆◆◆以上、引用終了◆◆◆◆◆◆◆◆
  • 回答No.9

ベストアンサー率 35% (687/1961)

2、について
 当時の日本とインドネシア人の関係は、軍政をひいた占領地の中で、一番良好であったと思われます。(オランダの植民地支配があまり良くなかった。)

 東南アジアの華僑に対しては、相当悲惨なことが行われていますし、日本が占領する以前に独立することがアメリカとの間で決まっていたフィリピンは、日本の占領で目の前にあった独立が消えてしまい、反日運動が盛んでした。

 参照にされたYouTubeは、良くできた編集ですが、日本に都合の悪いことは出てきませんね。
 過去の日本が、全くの「正義の味方」であるかのような印象を受ける人も、居るかもしれませんね。 
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