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『死』に対する認識の違い

flavas2の回答

  • flavas2
  • ベストアンサー率63% (200/317)
回答No.9

私も祖父も癌で亡くなりましたし、手術を繰り返して最後には痩せこけて小さくなってました。 何も出来ないから手を握って見送りました。 祖母は脳卒中で倒れてね。意識もなく機械で生きている状態。数日で他界しました。仮に命を留めても植物状態。 医者も臨終に備えて親族を呼び寄せました。 親族では早く楽になって欲しいという話になりました。 早く死んで欲しいと言うとひどく聞こえますが 無理やり生かせているとなっても問題でしょう。 現に植物人間になれば経済問題も関わってきますから。 良いとか悪いとか観念的にどうこう言えるのは他人だからと言う部分もありますね。 延命も大変ですよね。 手術して何年か伸びて、不自由がどんどん増えていきますしね。 治療費もかかるし、看護にも手が掛かります。 奈良には吉田寺と言うお寺もあります。 ぽっくり信仰ですね。 本人としては周りに迷惑を掛けたくないから 自分が死ぬときはぽっくり死にたい。 周囲としては臨終の際には、苦しまないようにぽっくりと逝って欲しい と言う考え方です。 ぽっくり死んで欲しいというと冷たいように受け取る人もいますが 、施しようのない人に絶対治るとか闘病・・とかを勧めるのもたしかに酷ですよね。 失うのが悲しいから生きて欲しいと願うのは理解できますが、 同じ生きて欲しいと言うのでも 病気から逃げている、病気と向き合っていないとか治す方向でとか・・・そういうのはあまりよろしくないように感じますね。 既にAさん本人が病気と向きあって現状を受け入れているようですのでね。末期の本人の意思を尊重せずにね、あれこれ言うのはエゴに近いものです。 ターミナルケア - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%82%A2 主に延命を目的とするものではなく、身体的苦痛や精神的苦痛を軽減することによって、人生の質(QOL)を向上することに主眼が置かれ、医療的処置(緩和医療)に加え、精神的側面を重視した総合的な措置がとられる 後ね、死んでしまえば皆、仏様です。 往生 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%80%E7%94%9F 往生とは仏になる事と考えられ、往生は現実には死であり、さらに仏になることなので死んだら仏という考え方 迷いから抜けられない衆生の住むこの現世を穢土や娑婆 他界することは浄土に行くことですから喜ばしいことでもあります。 近年、親族のうち多くの方が病気で他界しましたが、悲しいことはなかったですよ。 誰だって死は怖いものでしょう。悔いも残ることでしょう。 死期が近づくと心の平安も必要になってくるのでしょうか。 だから宗教もありますし、苦痛を軽減したり人生の質を高めることも必要となってくるのでしょう。 残された時間を有意義に使えるように手助けしてあげたらいいんじゃないですか。 質問者さんが顔を出して交流を深めることは、Aさんにとってもいいことだと思いますよ。優しい方ですね。 死に付いての認識と言うより延命に対する考え方でしょうか。 治る病気もあれば治らない病気もあります。 彼氏さんも末期の認識が乏しいのでしょうか。 治療の施しようがないから末期がんであってね。 私たちは凡夫でいる以上、 生・老・病・死、俗に言う四苦は付き物です。 生きるだけではなく病気や死とも向き合わないといけませんよね。 なんなら彼氏も一緒に連れて行ってみてはどうでしょうか? 考え方が変わるかもしれません。 ご参考までに。

Crutial
質問者

お礼

こんばんわ Aさんにとって、今している活動は自分の人生そのものです。 だから、それができなくなってしまうような治療や入院は全て避けているそうです。主治医さんの理解のおかげで、Aさんは“今”を生きている。 どういう手助けが有効なのか明白になっている以上、どうか彼にもそれに対しての理解を持って欲しいと思います。 ありがとうございました。

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