- 締切済み
「仏形」とはどういう意味でしょうか
飛騨に伝わる「宿儺(すくな)」という異形のものに関しての伝承について書かれたものの中に「宿儺は一種の仏形であったという言い伝えもある」という一文があるのですが、「仏形」とはどういう意味でしょうか。 宿儺は地元の千光寺に「両面宿儺像」というものが伝わっているほど飛騨では知られた存在で、仁徳天皇六十五年に朝廷が派遣した武振熊(たけのふるくま)によって退治されたと「日本書紀」などにも記されている「顔が前後両面にあり手も足も四本」という怪人です。 件の文章は書紀などで触れられている「里に出ての悪さを見かねて退治された」ということに対して「そのような(悪い)ものではなかったと伝える別の伝承もある」という意味であるとは思うのですが。 ご存知の方お教え頂ければ幸いです。 宜しくお願い致します。
- mapato
- お礼率100% (180/180)
- 日本語・現代文・国語
- 回答数1
- ありがとう数2
- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
みんなの回答
- alpha123
- ベストアンサー率35% (1721/4875)
仏形=仏像と思って良いでしょう。仏がときとして形あらわしたものというくらいか。 両面宿儺は日本書紀では悪人扱いだが仏教伝えた人でもあり信仰の対象です。英雄で恩人です。 誰か高貴な人の双子の兄弟だった気配もありますね。追放した(遠ざけ隠したが)が都から地方に行けばお付きの人含め地元にとっては知識や技術の伝道者です。大切にされたでしょう。 大和朝廷自体が九州にあった邪馬台国滅ぼして移動し奈良に都定めた気配がある。農耕民族にすれば舟で海渡ることが出来る、馬で遠くに駆けつけることが出来る、それを支える技術者集団いてははあらそうことも不可能な支配階級です。朝鮮半島から北九州や中国地方日本海側に到達し、勢力拡大する過程で共通の神話が共有されたことでしょう。それで安定し武力で平定しても国譲りといえば従わない人との和平交渉はスムーズです(抵抗派は全滅で記録も残らない) 東北に強国があったのは(芭蕉 つわものどもが夢の後)北九州から移住した人たちが金掘り当てた面もある。頼朝義経が争ったのも京と奥州の挟み撃ち避けたい東国武将の政治でしょう。 鈴鹿峠の東は東国で未開の地だが(東夷です(^^))
関連するQ&A
- 難波根子建振熊が退治した怪物について
日本書紀・仁徳天皇の時代、建振熊が退治したという怪物について教えてください。飛騨に体が1つで顔が二つある怪物がいました。俗に「両面宿儺」と呼ばれました。どんな怪物だったのか、なにを象徴して、体が1つで顔が二つといっているのか、など、おねがいします。
- 締切済み
- 歴史
- 鬼ノ城をどう説明するか
ブログで岡山県総社市の「鬼ノ城」についての記事を書こうと思っていて、色々検索していたのですが、難しい文を理解する能力が低いのか、イマイチ分かりません。 「日本書紀」などに記載がない謎の古代山城だが、天智政権が九州や四国に対外防衛上築いた城のうちの一つという説が有力。 で、岡山の桃太郎伝説の鬼とされる温羅が建てた城とされている。 これはどういうことなのかなと…。 明智政権が建てさせたとするなら、それなりの人が治めているだろうに、「温羅」は都に送る貢物や婦女子を略奪するなどの悪行を働いていた。 そして桃太郎とされる「吉備津彦命」が派遣されて温羅は退治された。 この2つは別の説として考えるという事なのでしょうか? 鬼ノ城の他にも「吉備津彦神社」など、桃太郎伝説に関する言い伝えの場所がたくさんあり、桃太郎伝説の内容は現実ではありえない内容なのに、さも本当にあったかのように色んな場所に色んな建物や物があるので、頭の中がまとまりません。 明智政権が建てた説が有力だけど、日本書紀に記載がないため、鬼が建てて住んでいたという説もあるということでしょうか? あと、鬼ノ城が発見されたのは1971年でつい最近のことなのに、wikipediaには「鬼ノ城は、いにしえから吉備津彦命による温羅退治の伝承地として知られていた」とあります。 これもどういうことなのかなと… 鬼が住んでいたとされる「鬼ノ城」の名前は元々存在していて、そこに古代山城が発見され、築城年的にも場所的にも伝承の城と一致するので「鬼ノ城」と名付けられたという事なのでしょうか? ということは、鬼ノ城は発見されてから桃太郎伝説と無理やり結びつけて都合良く利用されている古代山城ということでしょうか? 鬼ノ城に関する記事などはwikipedeiaも含めどうも文脈がおかしいと感じるのは私だけでしょうか? 矛盾が多すぎてブログでどう説明していいか分かりません。
- ベストアンサー
- 歴史
- 「仏に逢うては仏を殺せ」の意味
「仏に逢うては仏を殺せ」というこの言葉を画家の岡本太郎さんの著書の中でみつけました。 大変ショックに思い、少し調べてみたところ、もとの文章は、臨済宗の開祖・臨済のことばで、 「仏に逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。羅漢に逢うては羅漢を殺せ。父母に逢うては父母を殺せ。親眷に逢うては親眷殺せ。始めて解脱を得ん」 というのが全文のようです。 この文章、意味があまり理解できません。 自分なりに無理矢理解釈すると「既成の概念や権威にとらわれるな」という意味なのでしょうか? でも、それで「父母を殺せ」だと、家族までも否定したクメール・ルージュ的臭いがします(たぶん、私だけだと思いますが)。結局、あまりわかりません。 この言葉の正しい意味は、どのようなものなのでしょうか? また、手に入りやすい参考文献などありましたらおしえてください。 お願いします。
- ベストアンサー
- 哲学・倫理・宗教学
- 仏→日 意味を教えてください
Aimer, c'est avoir le cœur qui chante, le regard qui sourit et quelques souvenirs qui pleurent. スイスの友人からのメールに書いてあったんですが フランス語はほとんど勉強したことがないのでわかりません どなたかおしえてください。
- 締切済み
- その他(語学)
- 友人が言う「知らぬが仏」の本当の意味というのは
本当かなと思いました。彼が言うには自分が行った善行は、それを意識しないから善行なので意識したとたんに忽ち善行ではなくなるそうです。逆に善行を受けた人も、受けたのが善行だとわかると途端にありがたいものではなくなるとも言っています。昔あるお坊さんが施しを受けた後、お礼を言わずに立ち去ろうとするので不思議に思って聞いたところ、お礼を言ったとたんにありがたみが消えると言ったという話も思い出します。陰徳あれば陽報ありも同じかなとも思いますが本当のところはどうなのでしょうか。
- ベストアンサー
- アンケート
- 仏というのは何ですか?
タイトルの通りです。仏教を信じている人にお聞きします。仏っていったいなんですか?わかるように説明していただけませんか?それから、自分が死ぬまで仏になれるかどうかはわからないのですよね。
- ベストアンサー
- 哲学・倫理・宗教学
- 仏になるとは?
2つほど全く別の質問があるのですが宜しくお願いします。 まずは仏教に関してなのですが 「仏の心(仏になるともいうのでしょうか?」 という言葉がありますが、仏の心とはどういう意味なのでしょうか? 阿弥陀如来の誓いなどを見ても分かる通り慈愛の心 を持つことが仏になるという事だと考えることも出来ると思いますが 元々の、お釈迦様も、やはり慈愛の心を持って人々に般若心経などを 説いたと考えれば良いのでしょうか? ただ、お釈迦様の教えに比較的近いのではないかと思われる 禅宗などでは慈愛の心を得ることは目的にしていないと感じたのですが 禅宗では仏になるとは、どう言う事だと捉えてているのでしょうか? また話は別になりますが ユダヤ教→キリスト教→イスラム教の順で、これらの宗教は発生 したんですよね? 聞いた話だと、この順番が別になっていて驚いたので・・・
- ベストアンサー
- 哲学・倫理・宗教学
お礼
早速のご回答ありがとうございます。 なるほど、「仏像」と同義と考えて良いのですか。 「仏形」とも言うとははじめて知りました。 ですがそうしますと「宿儺は一種の仏形であったという言い伝えもある」ではなく「宿儺像は一種の仏形であるという言い伝えもある」というような感じにしませんと文章的にややおかしいようにも思います。 しかし書いた方はそう言いたかったのかもしれませんね。 それにしても「双子の兄弟を一体の怪人に見立てたのではないか」というお話は興味深いですね。そのようにも考えられるとは・・。 いつか実際の宿儺像をこの眼で見てみたいものです。 面白いお話どうもありがとうございました。