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仏教は若者にアピールしようとしているのか?

馬鹿 禿(@baka-hage)の回答

回答No.5

 お返事が遅くなって、申し訳ありません。お礼の中に質問事項が含まれていましたので、少しお話させていただきます。 >>落語や浪花節、浪曲などの講座ものの話芸がお坊さんのお説教から来ており、お坊さんはエンターティナーであり、お寺はイベント会場の役割を持っていたわけだとすれば、もう少しこういった芸能に出て行くのも手かもしれませんね。  こういったことに関してはすでに、浄土真宗系が派閥問わずに取り組み始めています。それが、「節談説教」というものです。俳優の小沢昭一さんや浄土真宗のお寺に生まれ元放送作家でタレントやエッセイストの永六輔さんの呼びかけによって「伝統芸能」としての節談の復興が叫ばれ、それに共鳴し浄土真宗は宗派をあげて「布教」としての節談の復興に取り組んでいます。 >>宗教者が自分たちがやりたくない、やれない厳しい修行を専門でやってくれる職として形成されて行ったという説、  これはあくまで日本における宗教者の聖性ということの一考察です。しかし、現代人はいまだに宗教者に聖性と言うものを求める心は消えませんね。多分日本人の6~8割くらいはお坊さんが滝に打たれたことがあると思っていると思いますよ。そんなことはないんですけどね。 >>それからお釈迦さまがそのような難行苦行に実は反対だったという話は「目からうろこ」です。  大まかに説明しますと、お釈迦様は王位を捨て出家した後に何人かの師匠につきますが、全て理解はできるものの真の悟りとは違うとお感じになり、師につくことをやめ一人修行法を模索し始めます。そして出家して6年、食事制限、絶食等々の苦行し続けました。しかし、苦行はいたずらに心と体を痛めつけるだけで、人生の根本的な問題である「苦」の解決にはならないとお気づきになり難行苦行を捨てられたといわれています。その後、村娘スジャータの乳がゆの布施を受けます。気力体力ともに回復したお釈迦様は、菩提樹の下で49日間の瞑想の後に悟りを開かれたそうです。  このような、苦行を捨て快楽を捨て境地を「中道」と呼びます。この中道については、 「琵琶の糸はきりりと締めればぷつり切れ、さりとて緩めればべろんべろん」琵琶の糸は締めすぎれば切れてしまうし、切れてしまうからといって緩めすぎればべろんべろんでいい音は出ません。丁度善いところにあるからこそ、琵琶は良い音色を出すことが出来るのです。 という歌で言われます。いつでもどこでも誰にでも、丁度よいところを探るのが仏教の真理であるのかもしれません。 >>でも宗教家は生き神様ではなく、神様と人間を橋渡しする方々ですから、良寛さんや一休さんのように、とっつきやすく、子供と戯れる慈父のような存在であってもらいたいというのはありますよね。  私もそのように思います。しかし、一休さんにしても奇僧であり、良寛さんもその部類にはいります。二人ともお酒が大好きで、いろんな方と杯を酌み交わしたといわれます。こういった話は憧れを抱きますが、ずいぶん美化もあるように思います。わたしもお酒は大好物でして、在家の仏教好きの方々と飲み交わす機会をなるべく持つようにしています。それでも、そういった場で飲んでいると、他のお客さんからは「なんでいるの??」「お酒飲んでもいいの?」という声がいまだに聞かれます。一休さんや良寛さんの時代の反発はもっと大きかったと思われます。  こういった話をするとき私が思うことは、私一人がそういったことで、迫害を受け犠牲になるなら堪えられるかもしれません。でも、家族親戚にまで迷惑をかけるかもしれない。または、お檀家の方々にも迷惑をかけるかもしれない。それでもそれがつらぬけるか?? 私ははっきりいってそれが出来るほど強い人間ではありません。自分の弱さは私自身が一番知っています。それでも、法然上人が説き、親鸞聖人が身をもって示して下さった「どんな愚か者でも救われる仏教がある」ということを、私自身が愚かさを包み隠さずさらけ出すことで身をもって示していかなくてはいけないと思っています。小さな抵抗かもしれませんが、居酒屋での仏教談義も数人の方々は楽しみにしてくださっているようですから続けていこうかとも思います。まぁ、何より私が飲むのが好きなだけですかでね。 >>ただ、もう少し葬式だけでなく、人生の色々なイベントにもかかわろうとするバリエーションがあってもいいのではないかと思うのです。キリスト教では、結婚式、葬式の他にも成人式や七五三、敬老の日などのイベントを積極的に行事に取り込み、お祝をしていますよ。  そういうことでしたら仏教も、成人式、七五三、結婚式、大歓迎ですよ。初詣ということでも、お寺では少なくとも三が日はお正月の法要はどこのお寺でも時間は違うでしょうが営まれているはずです。最近は仏式の結婚式(ちなみに天皇家は明治維新以前は仏式の結婚式だったようです)が見直されてきているようですし、お檀家を集めた忘年会新年会のような行事も行っております。前回答は「葬式仏教」ということの再構成ということであって、他の行事等々でかかわっていくことをやめるべきということではありません。あくまで、仏教に出会うきっかけは何でも良いのではないかということです、七五三でもいいですし、初詣でも良いですし、定例の法話会でもいい、そしてお葬式でもいいということです。ですから、葬式や法事といった収入になる以外の行事も、大いに力を入れていく必要はあると思いますし、収入度返しで無料のイベントを開催しているお寺さんも多くあります。 >>出来ればもっと早い段階で、キリスト教のように、華やかな結婚式や、欧米(キリスト教)文化のようなエサ(言葉は悪いですが)で若者の心を釣るのも一案かと思います。  そうですね、おっしゃるとおりです。浄土真宗の蓮如聖人は「わかきとき、仏法はたしなめと候。」とおしゃっております。まえに結婚式について少しお話しましたが、仏式の結婚式もずいぶんキリスト教的なものを取り入れ始めています。流れるのは賛美歌ではなくお経ですが、ウエディングドレスでもかまわないようですし、施設もご本尊がキリストさんか仏さんかの違いであって見分けがつかないところもあるようです。  ただ、私は気をつけなければないらないと思うのは、そこだけで終わらない工夫です。いままで、多くのイベントや行事を上げてきましたが、そういったことに力を入れたお寺が必ず成功しているとは限りません。成功しているお寺の多くは、イベントをその場限りのおつきあいではなく、普段から仏教とお付き合いしていただくきっかけ作りとして成功したお寺であると思います。そういったイベントごとがなくとも、お檀家さんが仏教とかかわりをしっかり持っているお寺さんは成功しているお寺さんだと思います。イベントが盛り上がるかどうかということとともに、そういったことも考えなければならない問題です。 >>ただ弱いと感じるのは、個々の寺院が独立した宗教法人となっていて、同じ宗派ましてや仏教全体としてあまり連携が図られていないように感じられることです。個々の独立性、個性を尊重しながらも、宗派内でもっと結束し、統一して大きな行動に出ることも必要と考えます。  そういった、宗派をあげてのイベントもあるんです。それぞれの祖師のご命日何かが代表的ですね。日蓮宗さんなんかですと身延山を取り囲む町全体がお祭りですからね。子供からお年寄りまで、活気のある雰囲気でした。他の宗派でも、何日間もかけてやっていますよ。  まぁ、仏教全体ということはなかなか難しいですね。地域ごとに仏教会というのがありますが、機能していないところもかなりありますね。、会長を決めようとしても、そんなもの誰がやってもいいのに、宗派ないでの身分があるのか「あの人がやらないなら、私は出来ませんよ」とか「私は宗派でこういった役職についていますからできない」等々、あまり積極的でないお寺さんも多いのです。お恥ずかしい限りです。けれども、そういった仏教会だけでなくお寺同士が宗派を越えて連携しあっている仏教会もあります。そういったところでは、「花祭り」「成道会」など宗派を越えていとなめる行事を行っているようです。    一つ一つがもっともなご質問でありました。心の中に置いて取り組んでいきたいと思っています。  またしても長々書き連ねましたが、時間におわれ支離滅裂なものになってしまったように思います。申し訳ない、どうぞご容赦ください。  合掌 南無阿弥陀佛

oozora2000
質問者

お礼

折角ご回答を頂きましたのに、長いこと放置しまして申し訳ありませんでした。 この度も数々の示唆に富むコメントを頂き、有難うございました。 浄土真宗の「節談説教」のこと、お釈迦様のさとりへの経緯と「中道」のいわれ、仏式結婚式が見直されていること、仏教会の現状など、よくわかりました。 特に、「いつでもどこでも誰にでも、丁度よいところを探るのが仏教の真理であるのかもしれません。」、「「どんな愚か者でも救われる仏教がある」ということを、私自身が愚かさを包み隠さずさらけ出すことで身をもって示していかなくてはいけないと思っています。」、「成功しているお寺の多くは、イベントをその場限りのおつきあいではなく、普段から仏教とお付き合いしていただくきっかけ作りとして成功したお寺であると思います。」などというお言葉が心に染みました。 日本の仏教界の飛躍的な発展と社会への浸透を心から願うものです。

oozora2000
質問者

補足

随分長いことそのままにして申し訳ありませんでした。 本質問はこれで締め切ります。 ご丁寧な回答を頂き、改めてお礼申し上げま す。 このあとは「お寺さん同士の交流や協力関係はどの程度あるのでしょうか?」 という新質問に引き継ぎたいと思います。

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