• ベストアンサー
  • 暇なときにでも

沖縄戦で住民に集団自決

沖縄戦で住民に集団自決の裁判関連の記事の 座間味島の守備隊長だった原告梅沢裕さんのとても90歳とは思えない毅然とした姿に興味を持ちました。いろいろなサイトを見てこの問題を少し理解をしました。 ただ分からない点が出てきました。 (1)座間味島で20年3月26日・渡嘉敷島で20年3月28日に起きた集団自決の関連性 (2)3月に起きた集団自決のあとの終戦までの間の 座間味島の守備隊長だった梅澤元少佐 および渡嘉敷島の守備隊長だった赤松元大尉の取った行動。   ・米軍の島占領下での4ヶ月間をどう生き延び    ・どのように降伏したか、   ・部隊の生存者数 またどのような状況だったか 個人的興味ですが とても90歳には見えない梅澤氏の戦後の生き方も気になります。 知っておられる方がいらっしゃいましたら教えてください。

共感・応援の気持ちを伝えよう!

  • 回答数3
  • 閲覧数233
  • ありがとう数4

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • 回答No.3

海上特攻隊である梅沢隊長、赤松隊長の「戦争」がどんなものだったか?は興味深い点ですね、おおざっぱに言って、彼らは米軍とは戦わず山中に籠もってただ時間が過ぎた。米軍の上陸時に彼らは100隻以上もの特攻用小型艇を1隻も出すこともなく、又徹底的な抗戦もすることもなく、ただ山中の壕に籠もっていたが、島を占領し脅威はないと確認した米軍は彼らを完全に掃討することなく、本島での作戦に向かったので彼らは放置された。その為彼らは5月ないし8月まで半年近くも島で住民に対し武力で命令を下した。 その間に住民は米軍に捕虜になり、彼らにそむき他の住民に投降をよびかけた。米軍に言われて赤松らに投降を呼びかけた<善意の住民>は、赤松にスパイとみなされた。これが渡嘉敷島での住民虐殺を呼び合計11人が殺され、座間味島でも1人殺されている。片方の隊長は専用の「慰安婦」をつれて山中に籠もった。しかし結局彼らは、全滅覚悟の最後の突撃をすることもなく、小規模な戦闘で3割?程度の兵力を失っただけで時間がすぎた。 梅沢は4月に負傷し命令ができなくなったが、結局5月には米軍に包囲され<自決はせず>投降している。赤松は元気に指揮をとり続け天皇の玉音放送から2日後の8月17日(!)に投降を呼びかけた住民を、スパイとして殺してから、自分たちは「終戦になったのは知っていたから」同じ日に投降した。 彼らがこうした事を少しでも「国民に対しやましい」と思っていたら、多少事実と違うことがあっても、訴訟などおこさないだろう。我々は戦後日本人全員が「あの戦争」を反省し、軍国主義を否定すべきものと考えたように思いがちだ。しかし戦争が終わって60年経っても戦前と同じような考え方をしている人がいる。軍人は偉い、軍人がする事に民間人が口を出すべきではない、民間人が死に軍人が本来も任務も果たさず生き残ってもなんら恥と思わない人がいることが今回の裁判で判ったのではないでしょうか? それが90才の梅沢隊長の戦後の生き方ではないでしょうか? (赤松隊の行動は沖縄県史10巻に詳しいですね)

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

詳しいご回答ありがとうございます。 確かに今回の裁判で「集団自決」と命じたかという問題以外にも、極限の島で起きていたことを、脅威のない現在で論じるのはおかしいかもしれません。 それにしても、集団自決をしたという事実は 洗脳に近い教育・世論があったのは間違いがなかったのですね。それが誰の命令で2つの島でごく近い時期に起きたかが問題ですね。、裁判がどの考え方を基に行うか興味があります。

関連するQ&A

  • 沖縄戦の集団自決

    集団自決をした村民の生き残りの人たちが名前を出して次の証言をしています。 「集団自決は村の助役が決めて梅澤隊長に申し出た」 「赤松隊長は『村民が国から補償をもらうために自分が自決を命令したことにしてください』と言われた。私たちのためを思って自ら悪役を引き受けてくれたんです」 「国の調査の時、『隊長に集団自決を命じられた』と嘘を言ったのは村民が国の保証金をもらうため」 これらの証言がある一方、高嶋伸欣琉球大学教授のように「集団自決は日本軍による強制・命令だった」という人もいます。私にはどちらが事実なのかよく分かりません。そこで、次のことを教えてください。 質問 1、軍による強制・命令があったという人たちは何を根拠にそう言っているのでしょうか。   「軍の命令」という村民の」証言が根拠だとしたら、上記の経緯(これが事実だとしたら)を知らなかった可能性を否定できないので、分からないのです。

  • 沖縄戦の集団自決について教えて下さい。

    沖縄戦の集団自決について教えて下さい。資料等を調べてみたのですが「国からの集団自決の命令があったのか否か」は現在でもはっきりしないところであるようです。今般「命令があった」という文書が教科書から削除されたことに対し、沖縄の方々は憤慨されていると伺いました。 無知なため問題の本質が見えずに困っています。仮定の話なのですが、もし集団自決の命令が「あった」ということだとどういう状況が控えており、「なかった」ということだとどうなるのかを教えて下さい。「あった」とした場合、沖縄の人達は国家に損害賠償を求める~ということになってくるのでしょうか?しかし、もしそういった大きな問題であれば、いきなり教科書から集団自決の文言を削除してしまうというのは相当問題だと思います。事の本質が見えずどなたか基本的なところから教えて下さい。よろしくお願いいたします。

  • 沖縄戦集団自決についてのレポート

    連続で質問すいません。 日本史の課題で、 沖縄集団自決についての幾つかの記事を印刷したプリントを数枚渡され、 「資料を読み、何が問題になっているのかそれぞれの主張を整理してまとめる。また、自分はどちらの主張を支持したいか、立場を示すとともにその理由を『歴史的事実』ということに関連して述べる。(3200字~8000字)」 という内容の課題を出されました。 ある程度、資料(渡された、記事の印刷)を読んだ限りでは、沖縄戦集団自決の記事を教科書に載せない事に賛成か反対か書く、というものだと思うのですが、 そういった記事を書くにあたって、参考になるサイト等、ありましたら教えていだきたいです。 同じカテゴリーに連続で質問すいません。よろしくお願いします。

その他の回答 (2)

  • 回答No.2
  • lv4u
  • ベストアンサー率27% (1861/6715)

先日聞いたのですが、女子学生が車座になって手榴弾で自決しようとしていたら、日本軍将校がきて、手榴弾を取り上げて自決を止めた話や、洞窟に隠れている学生を、刀を抜いて外に出した話もあるようです。後者の場合は、「降伏をしぶる学生を、洞窟外に追い出して米軍に降伏させて、命を助けたい」という行動だったとしても、「女学生を犠牲にして自分たち軍人が助かりたい」という行動に誤解される可能性もありますね。 占領政策として、米軍にとっては、「日本軍は住民に自決命令出し、しかも住民犠牲にして、自分たちは助かろうとしていた卑怯な集団だった」と言ったほうが、自分たちを解放軍と位置づけられるわけで、沖縄支配するのに都合はいいですよね。ですので、「日本軍が住民に集団自決命令」っていうのが嘘であっても、真偽を問わず話を広めて利用したような感もあるようです。 なお、米軍は、「楽勝」と思っていた、硫黄島の戦いで、海兵隊に多数の戦死・負傷者を出しました。栗林中将の「バンザイ突撃せず、1人でも多くのアメリカ兵を殺すこと。」という作戦思想と、米国通であったことで、最後の最後まで米兵を冷静に効率的に殺す作戦を立案・遂行したことで、「この戦いに降伏はありえない。殺すか殺されるかしかない!」って日米双方が思い、容赦ない戦いが沖縄戦に持ち込まれたように思えます。 映像では、洞窟に隠れた日本兵を火炎放射器で攻撃するシーンをよく目にしますが、実際には、地上で逃げる日本兵を火炎放射器で焼き払うこともあったようです。(もちろんその行為に、ちょっとためらいはあったようですが・・) どちらの立場であっても、悲惨な当時のことは口にしたくないって心理があるのではないでしょうかね。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

お礼が遅くなりました。 おっしゃっているように 悲惨な当時のことは口にしたくないって心理で真実は分からないようですね。 極限の状態に置かれた軍と島民の間の事実は、現在では考えれない事があって当然かも知れませんね。

  • 回答No.1
noname#43438

この辺りの事実を示す資料があるか分かりませんが、 カルト宗教だと、集団自決することありますね。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。 確かに 自決とは通常の心理状態ではできないことで 洗脳されていた点ではカルト集団も共通点があるかも知れませんね。

関連するQ&A

  • 沖縄集団自決命令

    かつての沖縄戦におけるいわゆる「集団自決命令」はウソだと聞きました。 一般の遺族の方々にも援護法を適用させる為に軍の命令があったことにしようとしたことが、既成事実化してしまったそうです。 ですが、ここで一つ分からない事があります。 もし軍の命令がなかったとしたら、「軍の命令で自決させられた」と証言されている方々はウソをついているってことですか? 何のためにウソをつくのでしょうか? 逆に、集団自決の強制があったとすれば、本土復帰するときになぜ沖縄の人はあれだけ喜んだのでしょうか? また、アメリカ兵の暴行事件などでは勇ましく暴動を起こしNOを突きつけるのに、なぜ集団自決のときは大人しく従ったのでしょうか? 沖縄の人はそんなに臆病な人たちではないと思うのですが。 あとネットでいろいろ検索したら、 先日の県民大会に11万人が来たというのもウソ?みたいですよね。 そして、米軍基地が沖縄に78%集中していることもウソみたいです。 これだけウソが続くと果たして集団自決自体があったのかどうかさえ怪しく思ってしまっています。 さらに「民主党の沖縄ビジョン」や 「日中記者交換協定」、 韓国の新聞が今回の教科書問題に便乗して慰安婦問題を教科書に書くように報じていたことを知りました。 これって、つまり今回の件は中国、韓国、反日サヨク?とマスコミの人たちのグルだったということでしょうか? 質問があっちこっちにいってしまいましたが、お答えいただけるところだけで結構ですので分かる方は是非お願い致します。

  • 集団自決を書いた教科書を直すのは悪いこと?

    沖縄戦の「集団自決」の教科書が検定で直されていて、それを又直さないといけないそうですね。福田総理も文部大臣も、やってくれそう。でも家で読んでる新聞は違う、事実を曲げるな政治介入だって書いてある、一応日本で一番多い新聞のはずなんです。 よくわからない、事実って関与があったんでしょ、そのように直すのはいけないの?うちの新聞(読売ね)がいう事実って何?みなが言ってるように正しく直すのがどうしていけないの?もうよくわかんない。 誰か説明してください。

  • なぜ教科書の集団自決の項が変わったのですか?

    沖縄戦の集団自決、政府は日本軍の関与は今も書いてあると言ってます。しかしどうも日本軍が強制させた部分が削除されたようですね。それで教えてください、 1なぜ教科書から、日本軍の強制という所を書き換えることになったのですか?根拠は何ですか?そういう歴史書、学術書、論文(もしかしたら学会発表)があるのですか?教えてください 2ネットでは命令はなかったという証言?も見かけますが、それって新しいものではないですね。あれは根拠なのでしょうか、上記の研究と関係あるのですか?

  • 沖縄戦で良い日本兵はいなかったのか?

    『証言沖縄「集団自決」謝花直美(著)』を読んでいます。 沖縄戦に関する本は今までに何冊か読んできました。 そこで質問です。戦場に良い日本兵は存在しなかったのでしょうか? ※ 「助けてくれた」、「食料を分けてくれた」等 もし、活字になっているものがあれば書名を教えて下さい。 やりきれなくなってきた時に、 『沖縄県民斯ク戦ヘリ』を読むと少しホッとします。 よろしくお願いいたします。

  • 集団自決強要の責任所在について

    このサイトの集団自決に関する質問を見ていて、ふと疑問に思い質問させていただきます。 タイトルのとおり、責任の所在についてです。 集団自決について、軍による強要を主張する人たちがいますが、回答を見た限りでも、軍・政府の方針として集団自決を支持した事実はないという意見も多数あります。 私個人の認識も、自決の強要があったのは事実だが、それは命令として実行されたものではなく、現地の軍人が、独自の判断で強要したものというものです。この場合、軍人の個人的な判断で行われたのだから、その責任を取るのも命令した個人で、軍組織そのものが集団自決そのものに責任を持つ必要はない(無論、民間人を戦火の巻き添えにした罪は非難されて当然ですが)のではと思うのです。 しかし、一方では軍人は国家の官吏であり、特に強制力を持つ存在であるから、彼ら個人の行動が、軍の意志を体現しているとの受け止め方も、強制される側から考えれば、納得できる気がするのです。 そこで疑問に思ったのですが、軍人個人の責任と、軍組織としての責任を分ける隔てはどこに有るのでしょうか。 これが個人的な犯罪であれば、軍法に照らすなり法律に当てはめた判断ができるのでしょうが、正規の命令ではないが、軍人の権限でなければおそらく実行できなかったことの責任は、いったいどちらが負うのでしょうか。 できれば、国際的な常識や過去の類似例の定説など、あればそれを含めてお教え願えないでしょうか。 この手の質問がしばしば意見の応酬になっているようなので、先に断っておきますが、あのような悲惨な状況に追い込まれるまで戦争を継続したこと、そも将来の明確な展望を描かず、戦争の泥沼に足を突っ込んだ事は政府・軍の責任(あるいは国民全体の)だと思いますし、沖縄戦が想像を絶する地獄であり、人間性の維持が困難だったのだろうことは一応認識しているつもりです。また当時を体験された方の言葉は、重いものと認識しています。 質問の発意は、条約や協定ではこういう案件はどう判断されるのかということを知りたいという好奇心で、それで政治的にうんぬんとか言う意図はありません。 蛇足とは思いましたが、きつく言われると凹む性質なのと、私自身が以前同じような過ちを犯していましたので… ご理解のうえ、ご回答願えれば幸いです。

  • 沖縄・集団自決で

    遺族の一貫した証言が否定され、軍人の主張が支持されるのは何故ですか? また、政治が教育に介入する理由はなんですか?

  • 沖縄集団自決について

    沖縄の集団自決について 文科省の教科書検定に関わる話しですが、集団自決について旧日本軍からの 強要があったかどうかで意見が割れています。 官僚の立場として、(旧日本軍から自決への)働きかけがあったことを認める と、彼らにとってどのような不利益が生じるのでしょうか。 休日の朝などに、散歩をしながらiPodで「島唄」を聞いていますが、秋空に 響く調べには心を打たれます。 YouTubeの中で、別の歌詞を挿入した映像を見ましたが、この唄に込められ た意味をじっくり噛み締めました。

  • 集団自決は誰が悪いのか?

    このサイトの集団自決に関する質問を見ていて、疑問に思ったので質問させていただきます。「集団自決」の責任の所在についてです。 「集団自決」について、軍による強要であるという事が多くの人の証言から言われているし、高島伸欣先生など研究者もそう分析していますね。また最高裁までいった裁判でも「強制というのが学会の大勢」と認めていますね。 結局日本軍によって「集団自決」に追い込まれた、住民は本当は死にたくなかったがそうせざるを得ない状況だったという事でしょう。 そこをもう少し考えてみたいのです。追い込まれたという現象は分かるが、それはどういう事なのか?もう少し深く考えてみたいのです。 ●例えば「集団自決」ってどういうイメージでしょう?多くの軍人の中でごく少数の、例外的な軍人がやらせた事なのか?あるいはもっと全体的な共通した考え方なのか?又、日本軍としての作戦なのか、そういう命令はあるのか?慶良間のように本来は特攻隊である若い将校が、自分が死を覚悟してるもんだから血気にはやってやらせたのか?あるいは古参の兵隊がどさくさの混乱の中で、自分可愛さにしたのか?もっと漠然に当時の日本国全体の雰囲気みたいなものだったのか? ●こうした具体的なイメージを元に責任も分かるのでは?どうなのでしょう?

  • 集団自決ってホントに自決だったの?沖縄

    ■「集団自決」日本語として矛盾を感じる。言葉の意味が不明。 集団=他人と合わせる、個が協調した組織・国家 自決=自己決定、独断、個人責任、自殺 決定=選択する自由があり、どれか一つに定める と僕はそれぞれ解釈してるんですが。 「集団」と「自決」って真逆の言葉が熟語としてひっついてる? ■いま灰谷健次郎の本を読んでまして、沖縄の事を考えてたんすけど。 ■「集団」で「自決」って意味不明。自分で決めたのに、集団で示し合わした様に一緒に同じ時と場で行動する?自分で決めて無いじゃん。組織・国家が、手榴弾てわたして「お前ら生き恥さらすな、死ね」って強要したんじゃないの?自決じゃなく国が決めた?もしくは「捕虜は恥」と洗脳した?彼らに自殺以外の選択肢があったのだろうか?自殺拒否でも獄中死? ■現代でもなんか似た様な事がある。問題児に自主退学を強要する教師だとか。よってたかって凄い圧力で背中押されて仕方なく前に出る感じ。他にも少し前の統一教会の集団結婚式。考えてみたらこの国ってホント恐ろしい国だなと。 ■一体だれが、「集団自決」って変な日本語をつくったのだろう?ただ単にゴマカシてるだけじゃないの?凄い国家ぐるみの詐欺の様に思えてきた。こうゆう事例って世界の歴史の中で他にも例があるのかな?旧ソ連とか?ナチスとか? なんかまとまってない質問ですんません。答えられる範囲内でご意見ください。またオススメの本とかあれば紹介ください。まだ自分の中で整理できてない。

  • どう議論するのが中道主義なんですか?

    どう議論するのが中道主義なんですか? 日韓併合は日本の強制、いや、朝鮮側が望んだ、とか。 従軍慰安婦はなかった、いや、あった。とか。 集団自決の強要はあった、いや、なかった。とか。 実際問題、沖縄戦で隠れてたそれぞれの場所によるんじゃないのかと思うわけです。 みんな望んで「集団自決しよう!!」って思って手榴弾使って、 結局生き残った人もいて、その人たちが「集団自決の強要はなかった!」っていえば 『生き残った証言』みたいな感じで扱われて無かったってことにされるだろうし。 一方、嫌がってた人もいたのにもかかわらず、 ドラマに出そうな日本兵が「生きて虜囚の辱めを受けず!!」みたいな感じで 手榴弾使えば「強制的に集団自決されそうになった!!!!!」っていうだろうし それをまた『証言』みたいな感じで扱われてあったことにされるだろうし。 従軍慰安婦だって、人によって違うだろうし。 金が目的で「こんなことで金wwwうまうま」みたいな感じの奴もいるだろうし。 だいたい、「証言!」なんで感じで扱ってもミクロなことは 国家レベルのマクロに完全に置き換えられるとは思えないし、逆に まったく置き換えられないものでもないと思いますし。 難しい問題ですが、右でもない左でもない中道主義としてはどう主張するんでしょうか? 私は右でも左でもないと思いますが、上記の件は答えが出ません。 ノータッチは卑怯でしょうし。 在日朝鮮人の問題だってそうでしょう。 「強制連行された!!」っていう嘘ついて特権得てうまうまって思ってるやつもいるでしょう。 一方で、本気で連行された人もいるでしょうよ。 ようは、1人1人の事象に対して議論していくしかないんでしょうか? でも、そんなことでは国家間問題は解決できないと思います・・・・