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考えすぎるのは絶対悪

文学部に所属する大学生です。 最近、考えすぎることが多く、自分でもこの性格が嫌になっています。 専修を選ぶときも就職率とか院進学率とか教員の質とか気にしますし、彼女に気を配るときもこれでいいのか気持ちが伝わるかとか、自分の将来のことについても、今やるべきことが何なのか考えすぎて時間を無駄にしてしまったりとか。。 絶対にこの性格はイヤです。 学問でもないことにあれこれ考えすぎることが絶対悪い結果しかもたらさないことくらいわかっています。 でも、どう「考えすぎないようにしよう」としても、次には「でも、今何をすべきだろう」とか延々とウダウダ考えすぎてしまうのです。 それを親に相談しても、呆れられるばかりで何もアテになりません。 どう工夫すれば治るのでしょうか? 考えすぎて希望を失い、「どうせオレなんか」と落ち込んでしまう状態にズブズブとはまってしまうようで、どうあがいても這い上がれない様態です。

みんなの回答

  • mojitto
  • ベストアンサー率21% (945/4353)
回答No.7

考えることを誤解しているように思えます。 質問者さんの「考えすぎ」例に挙げたものは、#5様と同意見です。 就職率のいいところに行けば就職しやすく、進学率のいいところに行けば進学しやすいと思っているのであれば、それは過程を抜かして結果のみしか見えていない、すなわち考えていない証拠です。 >学問でもないことにあれこれ考えすぎることが絶対悪い結果しかもたらさないことくらいわかっています。 今よりよりよい方法を見つけるために考えるのですよ。 考えすぎて絶対に悪いなんてことはありません。 考えすぎた結果、チャンスを逸したのであれば、それは答えを出さねばならないタイムリミットを考慮していなかった=考えていないということです。 結果論ですが、買おうかどうか悩んだ馬券、結果的にはハズレだった=絶対悪??になりますか? >考えすぎて希望を失い、 考えた結果、希望がなくなるのであれば、それは考えが甘いだけです。 身の程を知り、理想を現状の自分に合わせれば、考えて希望を失うことはないと思います。(考え方次第で絶望が希望に転化する) 安易に考えることを絶対悪と定義しているようでは、考え方が足らないと思います。 そもそも世の中に絶対なんてもんはない。 自分で作っているだけです。

  • dai-ym
  • ベストアンサー率22% (848/3824)
回答No.6

考えた後に行動が伴わないから、ひたすら考えるだけの堂々巡りにはまってしまうんだと思いますよ。 考えた後は行動をする。 それが勇気ある撤退であろうが、結果間違いであろうが、行動すれば次の道が見えます。 行動するのに失敗が怖ければ、考えたときにでてくる失敗するときの回避パターンや、失敗しても自分に来る被害が最小限に抑えられるように事前に準備をしておけば良いんですよ。 そうすれば、考えないで行動するよりも失敗する可能性も減るし、失敗した場合の自分への被害も減ります。 とにかく行動に移すのが遅いために考えが過剰になっているんだと思います。 適度に考えたら、自分で納得しきらなくても行動に移し、行動しながら残りを考え、今の行動が間違っていると思ったら勇気ある撤退をして別の道を進むことだと思いますよ。

noname#140971
noname#140971
回答No.5

>就職率とか院進学率とか教員の質・・・。 >気持ちが伝わるかとか・・・。 >自分の将来のことについて・・・。 >今やるべきことが何なのか・・・。 前の二つは、単なる結果予想偏重主義。 後の二つは、単なる観念論的思考。 Q、どう工夫すれば治るのでしょうか? A、状況の解釈よりも主体的変革に軸足を! 就職率とか気持ちが伝わるかは、所詮は、どう実践したかで結果は異なるでしょう。 与えられた環境だけで結果が約束される訳でもないでしょう。 相手に気持ちが伝わらなかったら、それで一つ学習を積むだけ。 問題は、その学習効果の蓄積で最終的に良い結果を得れば良いだけの話。 この手の問題は、「ダメで元々」で、ともかく、実践を優先させること。 将来の人生のステージなんてのは、登山と景色の関係みたいなもの。 麓から500m登って下山。 麓から800m登って下山。 麓から1100m登って下山。 このように2、3年で転職を繰り返す諸君も多い。 しかし、合計で2400m登っていようとも、一回で1500m登った者には敵いません。 なぜなら、努力の総量が問題ではなく努力の総量の高さが問題だからです。 登山なんて1500mまで登らなきゃ、周辺の風景は山地帯のそれ。 亜高山帯という風景の相転移を目の当たりにするのは、やはり、高さが肝心。 学生であれば、どの山に登るのかを考えるのは当然のこと。 そして、量の蓄積で人生のステージの転移を図っていく能力の獲得に腐心するのは当然。 色々と頭で解釈していても始まらんでしょうに。 目の前の課題を一つひとつクリアしていくだけであろうに。 まあ、前の二つも後の二つも、結局は、「状況の解釈よりも主体的変革に軸足を」置けば済むこと。 そのためには、考えて考えて考え抜けばいいです。 「考えすぎるのは絶対悪」なんて、空理空論に浸っている暇なんぞ無いと思いますが・・・。

  • kyoromatu
  • ベストアンサー率14% (746/5024)
回答No.4

>考えすぎるのは絶対悪 とは思いませんが、とにかくどこかの時点でその当該問題に対し、開き直って割り切るか、またはその逆 割り切ってから開き直るか、、のどちらかが出来ないかぎり、言わずもがなどこまでも引きずって歩くだけの話です。 つまり、いくら考えてもしょうがないことはしょうがないし、仕方のないことは仕方がありません。 真剣に考えることは別に悪いことではありませんが、深刻になることは賢明なことではありません。問題を単純シンプル化することで物事を整理しやすくなるのは明らかです。問題を横に並べて横から見て考えれば問題の数だけ悩まねばなりませんが、問題を立てに重ねて上から見下ろせば、問題がいくらあろうが、ただのひとつにしか過ぎません。 よは、ものは考えようだ、、とも言えますよね。考えすぎてもいいじゃないですかね。くどいようですが深刻にさえならなければ。 性格を変えることは出来ないことはないでしょうが、まず普通は至難の業でしょう。超マジの死にもの狂いの血反吐を吐く猛努力の修行をするか、はたまた少しこの際、生真面目でいい人をやめ、まっ、なるようになれや!と開き直るかの両極端、二者択一で中間はないような気がします。 いつまでも自分で自分の首をキリキリと締め付けていては、この先神経を病んでしまう可能性も出てきます。どこかでスッパリと、あるいはサラリと決着をつけることが肝要です。 何がどうなったところでそう大勢に影響などありません。 >どう工夫すれば治るのでしょうか? どんなに山ほどアドバイスを集めたところで、最終的にはあなた次第です。 いかなる問題も、それをつくりだした同じ意識で解決することはできません・・・・これはあの天才物理学者のアインシュタインの言葉です。 凄い含蓄のある言葉だと個人的に思っています。この言葉を反芻しながら、今までのあなたの意識のあり方に、決別することが問題解決できるか否かの勝負でしょう。結論的にそうするかしないか、、だけの単純な問題ではないでしょうか。 あなたにとってはそうでないかも知れませんが、私がアドバイスできるのはこの程度のことしかありません。 >どうあがいても這い上がれない様態です こういうときは無理をせず、落ちるところまで落ちてみるのもひとつの考え方としてありでしょう。あなたは絶対という言葉がお好きなようですが、世の中そうそうこれは絶対などということは、そう多くはありません。そう思えるようにもなって欲しいものです。では

  • nekosuzu
  • ベストアンサー率43% (7/16)
回答No.3

私もbefore1492さんと似たような性格なので お気持ちすごくわかります。 私も治そうとおもって奮闘中です まずは自信を持つこと 周りに褒めてくれる人がいたらいいんですけど そう都合よくいないので 私は自分で「大丈夫」って言い聞かせるようにしてます。 次はあまり先のことを心配しすぎないこと こういう問題にぶつかったらどうしよう こうなったら嫌だからどうしようと 起っていない事柄にたいして悩みすぎると 考え事が増えてしまいます。 問題にぶつかったらそのとき考えればいいやって思いなおすことにしてます。 before1492さんはご自分の考えすぎる性格が嫌だとおっしゃってますが あたしはそういうところもいいんじゃないかなっておもいます 彼女さんに対しても色々考えてあげるのはすごく優しいからだとおもいますし 自分の将来を真剣に考えるのもいいことだとおもいますよ 悩みすぎていることを悩みすぎないようにしてくださいね そういうところもbefore1492さんのステキな部分なんですよ

noname#58692
noname#58692
回答No.2

こんにちわ。まだ若いんでどうしても考えすぎてしまうんですね。 判ります。こればっかりは経験を積むしかないので、仕方ないですね。 たぶん、失敗をすること、成功しないことへの恐怖感があるのだと 思うのですが、絶対的にいろいろなことに対する経験が足りないだけです。 >どう工夫すれば治るのでしょうか? 年を取ってからの失敗は許されませんが、若いうちの失敗は許されます。 年をとってからの失敗は取り返しがつきませんが、若いうちの失敗はいくらでも取り返しがつきます。 このように考えて、いろいろ考える前に失敗してみては。 はなから失敗するのですから、落ち込むこともないはずです。 失敗は成功の母ともいいますので、なぜ失敗したかをきっちり分析し、 次の成功に活かせば、それが自信につながると思います。 自信とはつまるところ、成功の体験だと思うのです。 成功は失敗の積み重ねでしか、得ることができない。となれば、 失敗を恐れることなく、やり続けることが必要になります。 まずは具体的な目標をもって、一つずつ確実にこなしていくこと。かな。

  • tomy41
  • ベストアンサー率22% (322/1401)
回答No.1

よく考えることも必要ですが、考えすぎて動けないのも問題ですね。 とりあえず勇気を持つことです。 考えすぎてしまうのは失敗を恐れ過ぎているためだと思います。 とりあえず考えずに行動しましょう。 あなたが考えてるほど失敗しないはずです。 もちろん中には失敗もあるでしょうがあなたが思ってるよりだいぶ少ないはずです。 どんどん行動して考えすぎなくてもそれほど問題じゃないことが 体で分かってくれば無意識にそれほど考えなくなるでしょう。

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