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罪を償うとは何か。

e2kyonの回答

  • e2kyon
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回答No.1

法律に従って刑罰を受けることではないでしょうか? 最低限の生活をすることは基本的人権として認められているので衣食住が保証されるのは不思議ではないですよね。 しかし、刑務所に入っていると自由を奪われます。経済活動の自由、言論の自由、身体の自由は保障されるべきものなので、これを奪われるということは人間にとってつらいものなのではないですか? 数年間毎日おりの中ではそれはつらいことです。外の世界のようにある程度好きなことができて、好きな人と話すことができて、食べたい物を食べて…このように過ごすわけではありません。私は刑務所に入ったことはないですが、とても辛いことだと思います。 >そんなことに時間をかけるなら、カンボジアで地雷処理をさせるとか 死刑囚からは臓器を摘出してドナーに回すとか、 私が被害者や遺族ならそっちの方がよっぽどうれしいです。 それはあなたが被害者だったらの話です。もしあなたが加害者だったならどうでしょうか?もし刑務所に入ってから間違いに気づいて反省したとしても強制的に自分の内臓を人にあげたり、死と隣り合わせの場所に送られることを素直に受け入れられますか? 被害者にも人権があり、それを侵害した加害者の人権を刑務所で拘束することはできます。しかし、被害者側の感情のままに加害者をどのように扱ってもいいかといえばそれはおかしいのではないでしょうか? 同じ罪を犯しても被害者の感情によって償いが変わるのであればとんでもないことです。 加害者にも人権があります。 罪を償うというのは被害者が得をするためのものではないと思います。 加害者の自由を奪いつつ更生の機会を与える、罪の重さによって自由を奪われる度合いが異なります。日本には自由を絶対的に奪う死刑という制度がありますし。 なにも被害者の感情に合わせて償うのではなく、社会的に罰を与えるのです。そのための法律と裁判所です。社会のルールを破ったものに制裁を加えるのが罪を償わせるということではないでしょうか?

chicken_man
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

chicken_man
質問者

補足

私が言いたいのは『犯罪者が能動的に何かやるのではなく、 受動的に拘束されるだけで罪を償ったといえるのか』ということです。 もちろんほとんどの罰は受動的なのですが。 反省してもとおっしゃりますが『反省すれば罪が許されるのか? やはり何らかの行動が必要なのではないか?』と思ってしますわけです。 地雷の話は一例です。社会に何かプラスになることをすべきでないかと。 臓器の話も死刑が執行された後の話です。どっかの国が同じようなこと やってますが。 極端な例を言えば刑期を勤めても、全く反省してない場合もあるわけです。 それでも罪を償ったことになるのでしょうか? あ~、書いてたらまた頭がこんがらがってきました。 とりあえず主観で決めてはいけないというのは全くその通りだと思います。 やはり客観的に、ルールに当てはめて裁くことは必要ですよね。

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