• 締切済み

いじめる側が100%悪いとしたら・・・

大雑把かもしれませんが、3つにイジメを分類して、 1)身体的特徴もしくは環境等、平均値からズレがあるもの 背が低い、吃音、斜視、音痴、学力、または、片親、貧困、親の職業など。 2)ゲーム的な要素が起因するもの イジメが習慣になっており、昨日までイジメていた者が、今日からはイジメの対象となる。またはその逆 3)一般常識から外れた行動が引き金となるもの 密告、陰口、嘘つき、不潔、裏切りなど この場合1)2)は「いじめる側が100%悪い」と断じて問題ないんでしょうが、3)の場合はどう思われますか? 当然、だからといって、よってたかってイジメてもいいはずないですが、何でもかんでも「いじめる側が100%悪い」と言い放って解決に近づくとも思えません。誤解を恐れずに言ってしまえば、「いじめる側が100%悪い」とすれば「イジメられたことにより、イジメの対象となった原因すら免責される」的な状況すらありえるように思います。 イジメ問題がこれだけ取り沙汰される現状において、良識派?はイジメをなくすのに必死な感じは理解できるのですが、どうも現場と温度差がありすぎる気がしてなりません。 「自殺をする前に近くの大人に相談して」なんてフレーズは「真剣に言ってんの?」ってな感じです。(少なくとも学校には担任も副担任も校長も保健の先生だっているし、親だって親戚だってオマワリさんだって大人なんていくらだっているのに) 「足を踏んでいる者に、足を踏まれている者の気持ちは解らない」 確かにそうですが、足を踏んでいる者に相手の気持ちを理解しろって言ったって理解しないから現状があるわけで、印象批判的ではないでしょうか? もっと実証的に決して正攻法ではないですが、「足を踏まれている者に、足を踏んでいる者の気持ちは解らない」といった視点で、予防策を講じるような考えはないんでしょうか?

みんなの回答

  • merissa7
  • ベストアンサー率9% (1/11)
回答No.26

いじめられる原因なんてありません。 嫌いになる原因、喧嘩になる原因はあるでしょうが。 >3)一般常識から外れた行動が引き金となるもの 密告、陰口、嘘つき、不潔、裏切りなど それでも「いじめる側が100%悪い」のですよ。 「お前のここが大嫌いだ」 「お前のこれだけは許せない」 一対一の喧嘩なら良いでしょう。 でも「いじめる事」は絶対にいけない。 いじめる事だけは絶対しちゃいけないんです。 >ナイフできりつけたくなるほどの嘘」「殴りたくなるほどの性格の悪さ」その感情はどう対処すればいいんでしょう。 喧嘩をすれば良いんです。一対一で。(ナイフは拙いですがね。) >、「もっと堂々と大きな声で話しなさい」 これも間違いです、子どもそれぞれ個性があります。できる子もいればできない子もいます。 色んな子がいて当たり前だよ、と指導するのがまず先です。 子どもは、いじめられる方にも原因はある、とよく言います。 (一部の大人も口にします) それは絶対に間違いだと教えることが第一です。

de-niro3
質問者

お礼

>いじめられる原因なんてありません。 >嫌いになる原因、喧嘩になる原因はあるでしょうが。 「原因」ではなく「過失」のことでしょうか?いじめられたという『結果』があれば、『原因』はあるはずです。ただ、ここでいう『原因』とは、動機を探るといった意味で、「なぜいじめたのか?」探る行為のことです。 「いじめるに足る正当な理由」や「いじめられてもやむを得ない行為」なんて100%無いとはじめからわかっていたとしても、原因究明は必要でしょう。 そういったことを繰り返していくと「こういう子はターゲットになりやすい」といった傾向は統計として出るわけで、データを見据えて対策すればどうかって話です。ここで猛反発回答があるんでしょうが、落ち着いて質問文の 3)一般常識から外れた行動が引き金となるもの を見てください。私は「おどおどしてる」「声が小さい」「弱気」などとは書いていません。これは抽象的表現であることもありますが、特別「一般常識から外れる」とはいい難いから例示に使わなかったわけです。 例示した部分については、「いじめる原因、いじめられる原因」にかかわらず、悪い行為、マイナスイメージの行為を挙げたわけです。だから私の分類の「3)を理由にイジメが行われるケースなんてごく稀ですよ」といった批判ならそれはそれで参考になるのですが・・・ >一対一の喧嘩なら良いでしょう。>喧嘩をすれば良いんです。一対一で。(ナイフは拙いですがね。) 卑怯でない方法を選択せよ。とおっしゃりたいのは理解しますが、理論上「いじめによる暴力が減少した分、喧嘩による暴力が増加する」とも想定できはしないかしら?昭和50年代のドラマはひ弱な奴でも番長に果敢に立ち向かい最後は両者ドロドロになり川原に寝転んで「結構いいパンチしてたぜ。今日から俺たちマブダチってことでヨロシクッ!」ってな展開でしたね。 「いじめは絶対にイカン。でも一対一の喧嘩はいいぞ」なんて教育指導はあまり現実味が感じられません。 >、「もっと堂々と大きな声で話しなさい」  これも間違いです。 できる子できない子は当然います。そういえば運動会のかけっこで速く走ることのできない子が可哀想だから、「おててつないでゴールイン」ってなこともあるようですね。努力しなくても結果は同じ、・・・ですが ご回答ありがとうございます。

  • ji-ji2001
  • ベストアンサー率36% (39/106)
回答No.25

いじめの原因をそもそも探らねばなりません。 いじめは子供社会における。 縦型の序列をつくるための活動であることを理解しなくてはいけません。強いものが弱いものを支配する。ある意味動物的な社会秩序です。 だから、より動物に近い低年齢の方がいじめは残酷です。 ここで弱いものの中からいじめられる子が生まれますが、 全ての弱い子がいじめられるわけではありません。 いじめられない子は、強い子に屈してしまった子。 いじめられる子は、屈しない子です。 何をされても負けを認めない子です。(不屈の闘志) そういう子にとっては、大人に頼ることは、 負けを認めるに等しいこと。だから、いじめられる子は 大人になんか相談しません。 そして相手に勝つために、時に死を選ぶ。 これはある種のプライド、復讐。 ・・・いじめをなくすためには、 いじめられない子をつくるしかありません。 それは先生でも国でもなく、親の仕事です。 だから、いじめられて死んだ子を持つ親は 被害者ではなく、本当は加害者でもあるのです。 序列を拒否する(=社会性の欠如)が いじめられっこの共通点です。 親がまず、親子という序列を教えることから 始めなければいけません。 そして子供に命の大切さを教えなければなりません。 「あなたの命は世界一大切なんだよ。」 それを教える手段は、 親が子供に愛情を注ぎ込むことに他なりません。 自分の命の価値をしっかり理解した子は、 決して自分の命を絶ったりしません。 そして、同じように他人の命を粗末にはしません。 最近のいじめの増加は全て親子のコミュニケーション不足 が原因だと思います。

de-niro3
質問者

お礼

前半部分の「イジメの定義」については若干の違和感を感じますが、「親子の関係」というのは重要ですね。 イジメといった不祥事は、学校側が断罪され、謝罪して何とか収拾がつくといった結末がほとんどで、「学校側の責任」を問うことはあっても、「親の責任」を問うような報道はあまり見たことがないです。 ご回答ありがとうございました。

  • koma30007
  • ベストアンサー率87% (173/198)
回答No.24

No.20です。 >何も今更「イジメ問題、対策」なんて不必要かと思います。 「いじめをしない」というあたり前のことが出来ない子供がいるから、今でも対策が必要になるのではないでしょうか? >ならばなぜ、「自殺をする前に近くの大人に相談して」なんて当たり前のことを国家レベルで語っているか疑問に思いはしませんか? 「自殺をする前に近くの大人に相談して」といじめられている子供に訴えかけて、まず助けを求めてもらうためでしょう。そうしないといじめを発見出来ないのだと思います。 いじめられている子供といじめている子供、いじめの内容がはっきりしないと具体的な対処が出来ません。 例えば、「気が弱くて小さな声でしか話さない」「なんとなくおどおどしている」という子供がいじめられた場合、その子供に対して「もっと堂々と大きな声で話しなさい」と言うのは間違いだと思いますし、出来ないならいじめられても仕方ないということにはならないはずです。 そういう風に出来る子供だったらいじめに発展する前に(例えば「声が小さい」「なんかおどおどしてる」と言われた時などに大きい声で話すように努力するなどして)最初から自分で対処できるでしょう。 いじめなんかしないで、その子供の個性として捉えて普通に接するのがあたり前だと思います。自分にだけ「小さな声」で「おどおどした態度」だと複雑だとは思いますが、相手にとって自分は苦手な人間なのだろうなと割り切ることも必要でしょう。 可能であれば相手にとっての苦手部分をなくすようにして、気軽に接することができる人間になれば良いと思います。 何れにしても、「いじめは悪いこと」とはっきり認識させるのが、常に必要な対策だとお思います。 いじめが発覚した場合は、いじめをしている子供に対してきちんと注意するのが大人の役目です。

de-niro3
質問者

お礼

>>何も今更「イジメ問題、対策」なんて不必要かと思います。 「いじめをしない」というあたり前のことが出来ない子供がいるから、今でも対策が必要になるのではないでしょうか? 「問題に対し具体的にどういった対策が有効か」ってことなんですね。 イジメ問題→「イジメは悪いことだからやめさせる」 学力低下問題→「一生懸命勉強させる」 環境問題→「地球を汚さない」 すべて正しいです。当たり前ですね。→その当たり前のことができないからいけないんだと思います。そうです。キリがないですね。 >「自殺をする前に近くの大人に相談して」といじめられている子供に訴えかけて、まず助けを求めてもらうためでしょう。・・・・・具体的な対処が出来ません。 過去いじめ自殺生徒、児童はなぜ「大人に相談しなかったのか」考えてみては如何でしょうか? 私は「大人に相談するといった知恵がなかった訳でも、周りに大人がいなかった訳でも、大人が相談に乗ってくれなかったわけでもない」と思います。 >例えば、「気が弱くて小さな声でしか話さない」「なんとなくおどおどしている」という子供がいじめられた場合、その子供に対して「もっと堂々と大きな声で話しなさい」と言うのは間違いだと思いますし、出来ないならいじめられても仕方ないということにはならないはずです。 出来ないなら、いじめられても仕方ないということにはなりません。が、「もっと堂々と大きな声で話しなさい」といってあげるのが何故間違いなんでしょうか?そのあとに「だからイジメられても仕方ない」と付け加えたら間違いでしょうが、「大きな声で堂々と話す」よう心掛ける、または指導することに何ら不都合はないと思います。 >そういう風に出来る子供だったらいじめに発展する前に(例えば「声が小さい」「なんかおどおどしてる」と言われた時などに大きい声で話すように努力するなどして)最初から自分で対処できるでしょう。 今時の子供は、そんな達観しているんでしょうか。自分で対応、対処できるなら大人の出る幕なんてないでしょう。 再度ご回答ありがとうございました。

回答No.23

No.16です。 いじめる人間が100%悪いのにいじめられる人間の自衛策や予防策を考えることが正義に反するなどというのは実際にいじめられる子供の立場にたっていない人が話せるセリフですよ。 現実的にいじめられている子供がいるのであれば、それをどんな手段を使ってでもすぐに救う手立てを考えるのが当然のことでしょう。 再び交通事故の話を例えに出しますが、子供が事故に逢わないために青信号でも左右を確認させたり、歩道橋を渡らせたり指導することが信号無視を助長していると考えて、青信号なら車が走ってきたら車が悪いのだから轢かれても仕方ないと考えるのでしょうか? 信号無視をする車を無くすことと現状で子供を事故に合わせないための方法とは全く別次元の話です。 いじめの対策も同じことです。とりあえずいじめられている子がいじめられなくなる方法で効果がありそうなことはどんどんやるべきです。 その一方でいじめる子を減らすための努力を怠ることは許されないことなのは当然です。

de-niro3
質問者

お礼

>青信号なら車が走ってきたら車が悪いのだから轢かれても仕方ないと考えるのでしょうか? この例示になぞって語れば、「信号無視した運転手が100%悪い」といった視点でしか、捉えていないってことなんでしょうかね。それはそれで正しいんだけれど、「青信号は100%安全とは限らない」と認識し、事故にあう確率を低減させたほうが、より良いですよね。 再度ご回答ありがとうございます。

  • ANASTASIAK
  • ベストアンサー率19% (658/3306)
回答No.22

なんにせよ、片一方が完全に悪いなどということはない。 通りがかりにせよ、それはその人の間が悪かったのだ。

de-niro3
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。

  • marumets
  • ベストアンサー率42% (199/463)
回答No.21

No18のかたの事例にあるように、誰彼かまわず、暴言を吐くような人物(A)がいた場合において、周囲の人間がその人物を避ける(一緒に遊ばない、顔を合わすのも避ける等)ような状況にあった場合においても、本人(A)がいじめられたといえば、それは「いじめ」だということになってしまうのが現状でしょう。 また、このような時周りの人間が言い返したとして、それを本人(A)が「皆に罵られた」と認識すればそれもまた「いじめ」だということになってしまうでしょう。 このような場合においても、いじめた(とされた)側が100%悪いという考えは私には出来ません。

de-niro3
質問者

お礼

>このような場合においても、いじめた(とされた)側が100%悪いという考えは私には出来ません。 うーん。私にも出来ません。 でも、ディテールなんて何も考えず、「イジメた側は100%悪い」としておけば、丸く収まるし、批判も受けずに済みます。更に「相談窓口」を設けておけば、対策したことにはなります。あとは、・・・・ いじめるな!といってもいじめは無くならないし、相談も無く自殺しちゃうし、どうしろっつーの?感じなんでしょうかね? ご回答ありがとうございます。

  • koma30007
  • ベストアンサー率87% (173/198)
回答No.20

>「足を踏まれている者に、足を踏んでいる者の気持ちは解らない」といった視点で、予防策を講じるような考えはないんでしょうか? どういった方法だとこのような予防策になるのか分かりませんが、3)についても「いじめる側が100%悪い」と思います。 3)一般常識から外れた行動が引き金となるもの 一般常識から外れるほどの「密告、陰口、嘘つき、不潔、裏切り」の具体的な例が思いうかびませんでした。 子供同士の付き合いだとしても、程度によってはどれも良くある事のように思います。このような事でいじめにまで発展してしまうのは、いじめる側に問題があるような気がします。 相手とある程度親しいのだったら、「嫌だからやめて」と一言相手に言えばすむ事ですよね。やめてもらえない場合は、友達づきあいをやめれば良いだけだと思います。 親しくない場合は、あまり気にしなければ良いだけだと思います。 「密告、陰口、嘘つき、不潔、裏切り」の程度が酷い場合は、精神的な病気も疑えると思います。こういう場合は、教師など周りの大人に相談すれば良いと思います。 もちろん相談された大人がきちんと対応する必要がありますが。 いじめで相手の嫌だと思う行動を直そうというのは間違いだと思いますから、「いじめる側が100%悪い」と私は思います。

de-niro3
質問者

お礼

>子供同士の付き合いだとしても、程度によってはどれも良くある事のように思います。このような事でいじめにまで発展してしまうのは、いじめる側に問題があるような気がします。 間違いなくそのとおりだと思います。 >相手とある程度親しいのだったら、「嫌だからやめて」と一言相手に言えばすむ事ですよね。やめてもらえない場合は、友達づきあいをやめれば良いだけだと思います。 親しくない場合は、あまり気にしなければ良いだけだと思います。 これもまた然り。 >いじめで相手の嫌だと思う行動を直そうというのは間違いだと思いますから、「いじめる側が100%悪い」と私は思います。 いちいち、ごもっともです。が、とすれば、何も今更「イジメ問題、対策」なんて不必要かと思います。 >教師など周りの大人に相談すれば良いと思います。 ならばなぜ、「自殺をする前に近くの大人に相談して」なんて当たり前のことを国家レベルで語っているか疑問に思いはしませんか? 理論的には、おっしゃている通りでしょう。しかし、「カオス理論的」な事も世の中には多々あるってことと、「背理法」的に、検証してみたらどうなのか?ってことです。 ご回答ありがとうございます。

  • m74m
  • ベストアンサー率20% (15/72)
回答No.19

3)の子が中学のクラスにいました。 関わらないのが一番。 それは正論ですが、関わらなかったら 「私と誰も遊んでくれない!みんな誘いを断る!これはイジメだぁ!!!!」 ってなって大変でした…。 チェスに負けるとチェス盤をひっくり返して投げてくる子とは誰と友達になりたくありません。 クラスメートから友達への昇進はナシです。 話しかけられたら答える。こちらからは話しかけない。 でもいじめられたと感じたらイジメなんですよね? いじめる側が100%悪い、と仰っている方に私達はどうすればよかったのか聞きたいです。 何度も話し合いました。先生も保護者も巻き込まれました。 結局3年間改善せず、面接のたびにイジメを訴えるクラスメートでした。 私は今も自分達がいじめをしたとは思っていません。 でも「いじめられたと感じたらイジメ」だったらいじめをしたってことになります。 こっちだって精神的に疲れ、むしろいじめられた気分でした。 カトリック系女子校でもちろん暴力や無視はなかったです。 私が信者だったこともあり、シスターから色々お願いされたこともありました。 でも聖人みたいな精神は持ち合わせておりませんでした。

de-niro3
質問者

お礼

>3)の子が中学のクラスにいました。・・・・ 読んでいて思わず頷いてしまいました。 被害者意識が過剰というか、被害妄想というか・・・。 >「私と誰も遊んでくれない!みんな誘いを断る!これはイジメだぁ!!!!」 ってなって大変でした…。 私だったら、(余計なことに首を突っ込むタイプなんで)「ふざけんじゃねぇ!バカヤロー」と噛み付いたでしょう。そして、先生に怒鳴られシュンとするみたいな・・・・。この状況において、馬鹿でお調子者な奴がチャチャを入れることによって、管理者を交えてジャッジして結論が出るといった、今から見れば牧歌的な?状況でした。 回答文のケースであなたはどうすればよかったのか? 「言ったが勝ち」って状況において、私は明確な答えを持っていません。 ただNo.18様のいっておられる、「必ずしも全員と仲良くしなくてはならない訳ではない」といった考えがあれば、対応策もあると思います。 ご回答ありがとうございました。

  • Tori_30
  • ベストアンサー率27% (653/2415)
回答No.18

ただ、3)にしても何もわざわざ苛める事はないです。関わらなければ良いだけの事です。”無視”がイジメって認識してる人は多そうですが、そういう人は”みんなと仲良くする”って事が不可能って事を知らないからです。 ”気に入らない”というそれ自体はイジメでもなんでもないんです。個人の考え方、感じ方だから。 ”気に入らない”を悪とした時、なんとか気に入る方向に持っていこうと、なんとか関わりを持っていこうとして無理した結果がイジメになってる事もあると思いますよ。それが3)なんだと思います。 『足を踏んでいる者に相手の気持ちを理解しろって言ったって理解しない』むしろこれをきちんと認識している教育ならイジメは減らせると思います。理解しないからこそ伝える。理解は出来ないんだという前提があるからこそ、『イジメても無駄だ』が活きる。 ちゃんと言葉にして伝えないと伝わらないという意識があるなら、3)の場合にも気に入らない側は”気に入らない”という事を言葉で伝えれるし、気に入られない側は”気に入られてない”という事実を事実として受け入れられるのだと思いますけどね。そして、その結果理解されないのなら交わらなければ良い。それも”不可能”を知っているからこそです。 でも、先生達って逆ですよね。『みんなと仲良くしましょう』これを平気で言う。じゃあ貴方はテロリストと仲良く出来るんですか?と言いたいです。『仲良く出来ない人もいる』って事を認めるべきなんですよ。 仲良く出来ない、相容れないが故の”関わらない”はイジメじゃないと思います。それでも仲良くなりたいのなら自分が変わればいいって視点にも立てるし。 でも、仲良く出来ない、相容れないからといって暴力を振るうのはイジメです。わざわざ傷付くような事を言うのはイジメです。イジメる側に問題がある。 わざわざそんな事をするぐらいなら何も言わなきゃ良いんですよ。『仲良くなれない人とは無理に話さなくても良い。でもなじったり暴力を振るう事もないよね。』って教えるのも重要だと思います。

de-niro3
質問者

お礼

なるほど、虚無主義に誤読されそうな気もしますが、大変参考になりました。あえて誤読の危険性を示唆したのは、 >でも、先生達って逆ですよね。『みんなと仲良くしましょう』これを平気で言う。→皆と仲良くすることが『悪いこと』といいたいのか、ケシカラン!といった声が聞こえてきそうだったので。 従来の方法で、不測の事態が発生し続けるなら、方法の合理性、整合性を疑ってみる必要もありそうですね。 参考になりました。 ご回答ありがとうございます。

  • any_many
  • ベストアンサー率14% (1/7)
回答No.17

いじめは、いじめる側が100%悪いと思います。 「泥棒に入られたのは鍵をかけてなかったからだ。」と反省することはできるでしょう。でもそのことによって泥棒した罪、責任が軽減されるべきではないと思います。そういう意味でいじめが起きたことに関する責任はいじめた側が100%負うべきだと思います。  3)のような行動をとる人がいたらそりゃ問題でしょう。友達として上手くやっていくことは難しくなってしまいます。ただ、その対処法はいろいろあるわけで、「いじめ」という行動に出ることは正当な選択肢には入らないのではないでしょうか。  「いじめられる側にも問題がある」「いじめる側が100%悪いわけではない」「予防を怠った」という言い方をすれば、あたかもいじめる側にも正当性があったかのようにいじめっ子が錯覚してしまう恐れがあると思うのです。 3)のような行動をとる人が悪くないといっているのではありません。人間関係に緊張感を与えてしまう責任はあると思いますし、大いに反省、改善すべきです。ただそのことがいじめに発展してしまうとすればそれはいじめる側に責任があると思います。 その辺を区別して考える必要があるのでは、と思いました。

de-niro3
質問者

お礼

>いじめは、いじめる側が100%悪いと思います。 「いじめた側が100%悪い」といった認識がないため、イジメが行われているのであれば、そう指導することで改善されるんで私の考えは杞憂だったと結論付けられます。 しかし、3)一般常識から外れた行動が引き金となるもの 密告、陰口、嘘つき、不潔、裏切りなど 上記にもプラスの要因がない悪いことです。「少しの悪が、個人レベルで対応できない巨悪になっていく」ことは想定できる以上、原因を考える方が得策に思えます。 >その辺を区別して考える必要があるのでは、と思いました。 ここに着眼するかどうかですね。 ご回答ありがとうございます。

関連するQ&A

専門家に質問してみよう