• ベストアンサー

部活の先生が・・・

こんにちは。今私は高校生で、弓道部に入っているのですが、顧問の先生が私にアドバイス(ここそこが悪いからこうしなさい・・とか)をしてくれないのです。 もう2ヶ月半もこういったことが続いているので、正直言って悩んでしまいます。その先生はあまり部活には来ないのですが、たまに来て私が目の前にいても何にも一言もしゃべってくれません。 さらに悪いことには大会などは絶対に出させてくれません。人数が足りないときは私を使わずに一年生を使います。 面と向かってはっきりと問い正したほうが良いでしょうか?それとも・・・ どなたか回答お願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.2

(自分では的確なアドバイス と思っていても)必ずしも(その通りに実行しても) 現実は裏目に出る場合もあることを前提に お話したいと思います。  というのも、学校内の人間関係も含め社会におけ る人間関係というは、様々な個人のエゴが大なり 小なり混在し、一つの行動をする事によって予想も つかないベクトルに進行する可能性もあるから です。  言葉も含め何かの行動をすることを積極的な 姿勢と褒め称える風潮もありますが、時と場合に よっては「石のようにじっとしている事」が 功を制する事もあります。  とりわけ、目上の人間に意見する場合には あらぬマイナス的ベクトルに現実が進行して しまう可能性が大です。目上の人間から してみれば目下の者から意見されるという事は それだけプライドを傷つけられる事ですから。 特に幼稚な性格の目上の人の場合は。  貴殿も「差別」と「偏見」と「劣等感」で はらわたが煮えくり返る思いである現状で ある事はおおよそ予想がつきます。  最低限度の「平等」という観点からも かけ離れた状況なのですから。  おそらく指導者側の内心に貴殿に対する 何らかの原因が隠されているのかもしれません。 あるいは「その先生はあまり部活には来ない」 という事で部活の指導者という地位にめんどくささ を感じているだけなのかもしれません。 「真相」を問い正したい気持ちも非常に よくわかりますが、「真相」が判明したところで 必ずしも現実がプラスに向かうとは限りません。  社会人の場合は、「労働組合」という仲介者 がいて「差別」を是正してくれる措置をしてくれる ものですが、学内での出来事の場合は究極的には 「地元の教育委員会」という事にはなるのですが、 部活の場合は指導者に広い裁量が認められて いますから申請しても門前払いされるのがおち でしょう。  「弓道部に入部した理由」というのは究極的には レギュラーになり試合に勝つという目標があるた めと誰しも思うのですが、平凡な日常の 練習のみに生きがいを感じている人も少なから ずいるはずです。他にも部活の仲間との連帯感を 高める意義も考えうる事です。  一度冷めた視点で「部活」を続ける意義を もう一度深く考えてみて、続ける事で(精神的甘え という視点を除外して)心が更に深く傷つくようで あれば退部して将来の大学受験や就職への 準備の方にエネルギーをそそぐという道も あながち間違っているとはいえないと思いますよ。  また、何もその先生に直接意見するのではなく、 誰か相談できる先輩か他の教師に話してみて 間接的にそれとなく自分の気持ちを代弁して もらうという方法もあることをお忘れなく。  高校生活をこれ以上傷のあるものにしない ためにも、(「差別」的客観的事象を超越して) 冷めた目で自分の内面と将来を一度深く考察 してみてください。後々後悔する選択だけは しないでくださいね。

riichi1
質問者

お礼

的確かつ親身な回答有り難うございました。やはり、ある程度忍耐が大切ですね。大変参考になりました。

その他の回答 (1)

  • toturenzu
  • ベストアンサー率31% (623/2000)
回答No.1

ご自分の弓道の力量を客観的に見て、どう思いますか? 部活も強い部員がいなければ、存続が難しくなります。 どれだけ強いか、は試合で勝つだけです。 同好会のように楽しむだけの集まりではないと思うので、試合に出られるかどうか、先生に目をかけられるのかどうかは質問者様の力量次第になってしまうのです。 補足のご記入お願いします。

riichi1
質問者

補足

私の的中率はだいたい皆と同じぐらいかそれより下ぐらいです。しかし、昔から運動系は弱く、高校に入ったらしっかりと先生のいうことをきちんと聞いて一生懸命やろうと思って実行していたのです。 私が下手なのは認めますが、だからといって指導をしてくれない先生もどうかと思います。 わがままを言いましたがお許しください。

関連するQ&A