• ベストアンサー

神様はいますかヽ(´ー`)/

藤田 泰(@boukenoh)の回答

回答No.62

ごめんなさい。直接の回答ではないかもしれません。 これまでのみなさまの議論では、私から見て、「神」の存在証明らしいものはありませんね。 そして、これは、今とこれからの大勢になっていくでしょうし、そのことは当然と思います。 宇宙の法則を人間は問い詰めていく科学の手を決して緩めてはいけませんから、当たり前のことと思えます。 さて、その中でも宗教に心の救いを求めたいという欲求はけっして少なくなってもいません。ここにギャップを感じます。 科学の最先端をきちんと理解できる人で、能力主義の権化である資本主義の最終段階で労働させられることに適した人はストレスを感じないかもしれません。 しかしながら、この社会で抑圧に苦しむ人、社会的差別や病苦、ましてや基本的な労働で苦しみ、この現実の社会で苦しんでいる人は多くいます。 この苦しんでいる人にとっては、この社会の変革、共産主義社会の実現しか、根本の苦しみの根源から逃れられないというのが、自然科学だけではなく、社会を科学した共産主義者たちの科学の到達点です。 たしかに、宗教は科学が未発達な段階での哲学でしょう。 しかしながら、人間の本性(私が思うところです)に根ざした、同胞愛や人類愛を科学的な手法抜きでも説いているところに共感者さまが多くあると思います。 おかしな宗教的制約するのもありますが、集団的生活をしていく種としてのホモサピエンスに大切な基準も教えてきたかとは思いますよ。 僕などは目的論的思考と言われても仕方ないのですが、結果がよければいいと思っています。 立派なことを言っていても宗教とかわらない北朝鮮などはとんでもないと。(でも同じくらい天皇制は唾棄すべきと思っています。) 信じることで、みんなのためになる行いをすること、他人の事をわがことのように思いやること。とても、たいせつですてきなことと思います。そういうすてきなひとたちとは協力し合っていい社会を作っていきたいと思います。 後世に影響を与えた宗教家の方々は、それぞれに、その時代の中で立派に先駆的な愛を伝える方々だったと思い、尊敬しています。 私の場合ではイエス様の伝承による愛を素晴らしいものと思っています。 旧約の世界創造や反進化論はバチカンも限定的解釈に踏み切り、和解が近いものと思っています。 「神」概念自体は、必要とされる方には必要なもの、しかしながら、けっして、それを必要としないものには強制してはいけないもの、と思います。 信仰や思想信条の自由は大切と思います。ですから、私は公的には相対的立場をとっていきます。 信じる方にはある。信じない方にはない。 議論で詰めきって、他方を切り捨てることよりも、共同で良いことをめざしていきたいと思います。 ごめんなさい、議論、詰めきり反対で妨害だったかもしれませんね!

mogurayama
質問者

お礼

こんにちは! 返事が遅くなりまして申し訳ないです。 お礼が届くことを願っています。 非常に真摯な気持ちが伝わってきますね。 おっしゃるとおり方法論としての宗教の 役割は多少ならずありましたね。 我々の道徳観には仏教もキリスト教も 溶け込んでいます。しかし功罪を考えると 罪の方が多いようにも思います。 「多くの人々が精神的に幸せを感じる社会」が 良い社会だと考えられている世の中。 その手段に宗教や、様々なイデオロギーが 発明されてきました。 より良い選択はどれになるのでしょうかね。 人それぞれバラバラの選択をすることが 結果的に争いを起こしてますよね。 求める先は同じものなのに・・・ 非常に悲しいことですね。 回答ありがとうございました♪

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