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貴方にとって神とは何処のどの様な存在ですか?

皆さんに質問です。クリスチャンの方、仏教徒の方、無宗教の方に限らず 皆さんに質問です。 貴方にとって神とは何処に存在するどんな存在ですか? 例えば宇宙にいる真理とか、そばに寄り添う優しい存在とか 簡単でいいので教えて下さい。 私は「神」の興味があります。よろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

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noname#215107
noname#215107
回答No.3

うちは日本全国共通の神道なので、冠婚葬祭すべて地元の神社に依頼しています。 神葬祭(葬儀)や年祭(法事)も神社の宮司さんにお願いしています。 日本古来の神様は全国各地、沢山そこらじゅうにいるという考え方です。 キリスト教の神様が1人追加されたとしても、全体には影響ありません。

yuniko99
質問者

お礼

えらい!座布団10枚^^ そうですね キリスト教の神も神々の一つかもしれませんね そう考えると、とても寛容でいられますねえ どうも大変ありがとうございます。

その他の回答 (19)

  • 2012tth
  • ベストアンサー率20% (1888/9435)
回答No.20

50代♂ 人間のように話をして、飯食って寝て置きて普通に生活されていると思います。 ただそれが?人間には、姿形や生活その物が見えてない…話し声も聞こえない が周囲には、普通に居るのだと思います。

yuniko99
質問者

お礼

>飯食って寝て置きて 新説ですねえ。姿形が見えないが 飯食って寝てる 人間的な あまりに人間的な^^ どうもありがとうございます。

回答No.19

宇宙や自然に存在していると思っています。

yuniko99
質問者

お礼

宇宙や自然に存在する神を思えればそれは大したものです 私にはまだよくわかりません どうもありがとうございます。

回答No.18

常識とか信念とか自分自身の振る舞いとか行動とかに影響を与える重要な存在なのかなと思います。

yuniko99
質問者

お礼

そうですね >常識とか信念とか自分自身の振る舞いとか行動とか の出処でしょうね。なるほどどうもありがとうございます。

noname#224992
noname#224992
回答No.17

とにかく、還暦すぎて振り返ると、自分は今まで自分の力で生きてきたわけではない、 だれかによって「生かされてきた」のだと思うようになりました。 私には3歳年下の弟がいました。弟は10歳になって間もない頃、突然原因不明の嘔吐が続くようになり、大きな病院で検査してもわからず、4か月ほどして「小児がん」それも脳腫瘍であることがわかりました。 脳の病巣を切開する手術を行った入院生活のあいだ父母は全身全霊で看病しました。母は病室に寝泊まりし、父は中学生だった私の世話を終えると遠方の病院にかけつける日々でした。 それまで、夫婦仲が悪く、お金のことで諍いばかりだった家庭が弟の病をきっかけに、やっと一つにまとまった光景でもありました。 母は長男の私には、盲目的な愛情を注いでくれましたが、夫と不仲になって以降大事な成長期をむかえた弟に十分な心配りができていなかったことを悔いていました。 弟が小学校4年生でこの世を去ってから、母は、十分な愛情を注げなかったことを悔いていました。子供を亡くすという不条理が受け入れられず、悲しみの中親子3人で毎晩位牌にむかって泣きながら読経を続けました。 思春期の私にとって、命というのは当然にして与えられ、いつまでも続くものではないという認識はもとより、神は穢れなき子供の命まで奪う不条理を我々に押し付ける存在なのかという疑問に捕らわれました。 神様は、絵本に出てくる人の好さそうなおじさんではない。生殺与奪の権を持つだけでなくこの上ない不幸まで人間に与えるのは、一体何故なんだろう。 弟の死から50年が経過しても未だに私の意識は、同じ疑問に捕らわれています。 弟が亡くなる少し前、穏やかな笑顔で「ぼくは、空を飛んでダンボになるんだよ」と言いました。10歳の子供にとっても死は恐ろしい不安に満ちたものであったはずなのに、まるで「死を恐れることはない、怖いものではないよ」と我々に教えているかのようでした。本当ならこれから先、人間としてもっといっぱいの幸福を味わって、人並みに人生を謳歌できたはずなのに。 弟が得たかった暖かい家族の愛情は、父母の献身的な看病という形で手にしたものの、欲しかった玩具で遊ぶこともなく、恋すら知らずに弟はこの世を去っていきました。 中学・高校の数年間、本来なら受験参考書を読むべき時間に、私は手に入るあらゆる種類の「宗教本」とこの世のなりたちがわかるであろう物理学の本を読み漁りました。 あるとき、ふと思ったのはこの世はパラレルワールドで意識の数だけ世界はあるのではないかということ。そしてそれらがバラバラにならないために結び合わせる力を「愛」と呼ぶのではないかと。 神とは「愛」だと言えば、キリスト教的ですが、実は仏教の慈愛や布施の概念も「愛」なんですね。共通しているのは自分より他人に愛を施しなさいということ。 この世が、自分の意識が創りだしているものだとしたら、これほど危ういものはないでしょう。何にも支えられていない。自分の欲求や夢を追い求めても、それ自体達成できても安心感や幸福感が長続きするとは限らないかもしれません。現実は、夢・幻のようなもので、どんな出来事も記憶のかなたに消え去っていきます。 人が生きていく時間の記憶に「愛」があれば、それは記憶の糸が複数の糸によって織あげらた布のようなひろがりに変わるのだとおもいます。 50年前の我が家も家族がばらばらのことを考えていて愛のない家庭だったのかもしれません。 私の好きな、神に関する箴言はたくさんあります。 「求めよ、さらば与えられれん」 「天は自ら助くるものを助く」 私は二度ほど交通事故にあったことがあります。最初は子供の時で、車のボンネットのうえに乗ったおかげで打撲だけで済んだのですが、車の下敷きになっていたら命はなかったでしょう。二つ目は40代半ばですが、これも坂道を下る自転車に乗っていて交差点で出会い頭にぶつかって自転車はグニャグニャに曲がりました。これも間違っていたら死んでいたでしょう。 とにかく、自分は今まで自分の力で生きてきたわけではない、だれかによって「生かされてきた」のだと思います。事故にあう瞬間に「軽傷でいこうか、重症にするか」などという選択はないです。後で思うのは「無事でよかった」という感謝の気持ちです。

yuniko99
質問者

お礼

愛によって結ばれている、弟さんの病気で家族が一つになった これは悲しい体験と神と愛についての考えをありがとうございます 弟さんを失っても尚、愛が結びつけていると思うという考え、貴重だと思います。 二度の交通事故 僕も何か起こるべくして起こったような気もします キリスト教、仏教に関わらず、神は愛の神 頷けます。 どうも大変ありがとうございます。

回答No.16

こんばんは 神とは? 人間の心に存在する どんな? 想像物です。 悟り悟ったと思い込んだ昔の人の想像物 悪しき人間の心が生み出した身勝手な信仰や営利目的で 利用する、人間の想像物、 戦争、テロ、拉致、真理教、限が無い・・・。 又は、弱い人間の心が生み出した想像物。 神よりも、御先祖を敬う気持ちが大切だと思っています。

yuniko99
質問者

お礼

そう思いたくもありますよね 神がいるにしてはこの世はあまりに 無法というか 不条理です ご先祖を敬うこと 自分が生まれて来た力に感謝すること それは大切でしょうね 本当は神が我々を創ったのでしょうけど そう思えないところはありますね どうもありがとうございます。

noname#215107
noname#215107
回答No.15

>そうですね キリスト教の神も神々の一つかもしれませんね >そう考えると、とても寛容でいられますねえ うちのばあ様が、「どの神様でも仏様でも拝まないといけない」と言っていたのを思い出しました。 権力によって一部の宗教が弾圧された時代もありましたが、本来の日本民族は、どの神様であっても尊重するという姿勢なので、宗教間の対立が起こりにくいのだと考えています。

yuniko99
質問者

お礼

そうですねえ。日本では確かにキリスト教差別とか僅かにありますが 一応仲良くしますねえ。教会で式を挙げたり 聖書の言葉を学んだりしますねえ する人は。 >「どの神様でも仏様でも拝まないといけない」 これは良いですねえ。とてもいい。さすが年輪を感じますねえ。 どうも大変ありがとうございます。

回答No.14

宇宙そのものではないですか? 決して特定の誰か、ではありません。 そういう一神教が、今の争いを引き起こしてるのですから。

yuniko99
質問者

お礼

確かにキリスト教徒の戦争は半端じゃないですねえ それだけ思い込みが強いのですかねえ? 宇宙そのものなんでしょうけど・・・その宇宙そのものに我々も入るんですよねえ。 我々も宇宙の一部なんですよねえ。 どうもありがとうございます。

  • kaitara1
  • ベストアンサー率12% (1113/8850)
回答No.13

普段は、お金のこと以外には特に心配することなく暮らしておりますが、時々自分とは何だろうと思うことがあります。、そうなると、本当にすべてがわからなくなってきます。信じられるのは自分が存在することだけになってしまいますが、自分が存在するのは母親が産んでくれたからです。この場合生んでくれたことに感謝していいのかあるいは、わけのわからない、この自分というものが出現したことを迷惑に思うかの間で揺れ動きます。そしてこの感謝とか迷惑というのは母親に対して感じることではなく、もっと大きな存在に対してです。これが私にとっての神です。どこにと言われても存在することは確かでもどこというようなものではありません。

yuniko99
質問者

お礼

神と言われる様なものから生み出されたという感覚があるのでしょうか? 私はまだないんですよねえ。感謝の気持ちが足りないんでしょうか? 迷惑というか 期待に添えなくて申し訳ない気持ちはあるんですが まだ頑張っています。 何かが私を存在させたのでしょうねえ その者は? 精神は確かに その意志は何かこの世にあったものに導かれたように思います。 私は自然が好きだったんですよねえ。自然から生まれ自然の中で育ったような そんな感じでした。 どうもありがとうございます。

  • LOLIPON35
  • ベストアンサー率30% (854/2830)
回答No.12

僕自身は特に信仰する神もいないのですが、 あえているとすれば、この世界、あるいは宇宙の 存在そのものが神なのだと思います。 もしかしたら、存在の対となる、存在しないことも 含めての神なのかもしれません。 そういう意味で、僕の思う神は、いたるところにいます。 そして、神であるこの世界を、直感的な感覚にしろ、 科学的な理論にしろ、理解できるのはごく一部で、 個人的に悟る人はいたとしても、まだまだ 人類全体としての理解には程遠いのでしょう。 まあ、全員が同じ神をイメージするわけではないのですが…。 それでも、未だ理解の及ばない、あるいは足元にも 及ばないからこその神であって、その寛容さや能力について 人間ごときが云々するのは、おこがましいことだと思います。 また、個人個人で神のイメージが違うとしたら、 宗教的な教義によって見失ってしまうこともあるでしょう。 宗教とは、生きるための方便であって、気の済まし様だと思います。 なくてはならないものではないですが、生きるにも死ぬにも、 宗教に救いを求める人の気持ちも、わからなくはありません。 ただ、それを他人に強要するものではないと思います。 神の存在にしても同じことが言えると思います。 一人一人、ひとつひとつに違う神が存在しているのかもしれないし、 いずれ、共通の究極の存在にたどり着くのかもしれません。 押しつけ合い、争うものではなく、人類全体のより 大きな理想を実現してこそ、真理に近づけるのではないでしょうか。

yuniko99
質問者

お礼

素晴らしい。成る程です。 そうですね 特に最後の方が納得できました。 大きな理想を実現すること、これは大切ですねえ ただ、今は神は死んだと言われた時代でもあります。 ここで神とは一体何だったのか なんなのかを考えることは大切なことかもしれません 宗教とともに倫理まで失わない様に よく考えてから行動したいものです どうも大変ありがとうございます。

  • kia1and2
  • ベストアンサー率20% (482/2322)
回答No.11

もううれしく誰かれなしに「ありがとー」一声を。でも最後の締めくくりは誰に言ったら分からない時に、神様に。 何か、不運続きで愚痴が言いたくなったら、ご先祖様に、あなた方が一番神様の近くにいるのだから、神様にお願いして、なんて間接的に。直接には祈願などしたことないです。 それから、人間としてやってはいけないことしたと感じた時、その場で「神様ごめんなさい、二度を同じようなことはしなように気をつけます」と謝罪。 神様は絶対に存在していると信じています。

yuniko99
質問者

お礼

神の存在を信じていらっしゃるのですね 本当にでしょうか? 成る程どうもありがとうございます。

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