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昔の運動部が暴力的だった理由とは?
- 運動部が暴力的になる原因は、統制を取るためと士気を高めるためのメリットがあったからと考えられます。
- プロのスポーツ選手も試合前に極限状態になり暴力的になることがあり、大相撲や学生の運動部でも同様のことが起こることがあります。
- また、当時の運動部の指導者は自身が学生時代に同様の環境にいたことから、暴力的な行為を受け入れる生徒に対しては寛容であり、暴力による統制が成り立っていた可能性も考えられます。
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かつての軍隊で上官が「暴力的」「職人的」「教祖的」な部隊は強兵であったらしいです。 「教祖的」であれば、全員が率先して上官を助けるために頑張ります。 「職人的」というのは技能が必要な部隊で、優秀な技能による指導を全員が受け入れていますから、上官の指示に一糸乱れずに追従することができます。 「暴力的」な部隊も、敵より上官が怖い場合には粉骨砕身(最後は玉砕)しますから負けません。 この三分類のうち、「教祖的」人徳や「職人的」技能は体得するために修練が必要ですから難しい。しかし「暴力的」であることは比較的簡単だった。 学生の運動部であれば若輩者の集団ですから、上記の最も簡便な方法しかできないのは無理がありません。 と、いうことではないでしょうか。 マキャベッリも「王は尊敬されようとするより恐れられたほうがよい」と言っています。厳密には「尊敬されようと温順に振る舞って軽視されて命令に服従されなくなるより」ということです。
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- nagata2017
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簡単に言えば 価値観の違いです。 当時はそういうことが暴力であるという認識がなく 違う言葉を使っていましたね。しごき けつバット かわいがり など 女子に対する短髪の強制も現在では暴力であるとされることもあります。 目的は 縦社会の構築 上下関係と差別 他者の支配 といった欲求を満たすこと。 スポーツに関する科学の遅れもありますね。 トレーニング中の水分摂取禁止というルールも根強かったです。 真夏の屋外でもそうでした。
お礼
御回答いただきありがとうございました。 >簡単に言えば 価値観の違いです。 当時はそういうことが暴力であるという認識がなく 違う言葉を使っていましたね。しごき けつバット かわいがり など 女子に対する短髪の強制も現在では暴力であるとされることもあります。 目的は 縦社会の構築 上下関係と差別 他者の支配 といった欲求を満たすこと。 頷ける話です。それを「勝つ」事で正当化してきた処もありますが、近年の別の手法で強く成る処もあるので、 変わりつつあるのだと思います。 又、指導者がその方法しか知らないと云う事もあったのだと思います。 >スポーツに関する科学の遅れもありますね。 トレーニング中の水分摂取禁止というルールも根強かったです。 真夏の屋外でもそうでした。 昔は今程猛暑では無かったので未だ問題にならなかったのだと思います。
上下関係が厳しくて下は上のいう事が絶対だったので下が上になるとまたそれを繰り返すという連鎖でしょうね。 やられてきたからやって当然という流れを断ち切る人もそういう環境もなかったのでしょう。 今でも職人系の職場では体育会系の上下関係は生きてますよ。 周りが煩くなったので余計に陰湿化してると言う傾向もあるようです。
お礼
御回答いただきありがとうございました。 >上下関係が厳しくて下は上のいう事が絶対だったので下が上になるとまたそれを繰り返すという連鎖でしょうね。 やられてきたからやって当然という流れを断ち切る人もそういう環境もなかったのでしょう。 その世界しか知らないので、そうなっていく傾向はあると思います。 >今でも職人系の職場では体育会系の上下関係は生きてますよ。 周りが煩くなったので余計に陰湿化してると言う傾向もあるようです。 体罰をやめると陰湿化しているケースも多いと聞きます。 体罰は別として厳しいのは良いが、理不尽な事にどう対応していくか、これが難しい処かと思いますが、 先述の組織等は服従し、下の者を苛める人が残っていき、嫌な人は辞めていくので、このシステムが中々変わらないのだと思います。
- runatickdance
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運動部の教師顧問監督だけでなく 一般的な教師も、 ごく普通に当たり前のように 毎日生徒達に体罰してましたよ。 ピンタ、こぶし、蹴り、 言わば、何でもあり。 それは、プロでもアマチュアでも 大学から小学生までも、 仕事場でも、ごく普通に。 これはね、日本人の 風習の一部かと。 現在の平和な日本の前は、 大日本国帝国でしたから。 軍事政治でしたし、 上司の言うことを必ず聞く! 聞かない奴は敵対視。軍法会議。または、 国賊と見て逮捕。殴っても何しても 構わない存在となります。 そこから来てますが、 さらに掘り下げると、 江戸時代さえ、武士社会。 身分制度あって、絶対的社会。 武士が農民を斬っても何一つ、 裁かれない。その武士も その国のお殿様から酷い仕打ちを されたり。要するに 上に立つものが偉い! そのまま、何百年も経っても 風習だけは変わらず、 教師は偉い!上司は偉い! 生徒や部下を殴っても良い! 見て見ぬフリする警察。 だけど、その逆、生徒が教師を 殴れば、即、警察沙汰、あっという間にニュース。 暴力生徒とか言われたり。 不良と呼ばれたり、社会から 抹殺されていた時代。 社会に出てもロクな仕事に就けなかったり、制裁は続いてましたよね。 逆に暴力教師は、何故か、 あまり世間に公表されず、 警察沙汰にもならず、稀に 教師が殴って、生徒が怪我したとか 深い後遺症が残ったときだけしか、 ニュースにならなかったし。 だから、生徒から警察に殴られて被害届を出すこと自体、 ほとんど無かった時代。 だから、調子に乗った教師や監督や顧問が、日常的に暴力し ストレス発散をしてたわけで。 今、思えば、殴ってきた教師は、 ロクな人間では無かった人が 多いと経験上思いますね。 わかってるね、殴るよ!みたいな 感じでの教え方。 いかにバカ教師が多かったことか。 昔は学校と言うものは、 教師のストレス発散の場でも ありましたし。 今の教師は、ストレス発散出来ないから、大変ですよね。 昔の行為を遡り、被害届けを 警察に提出し立件出来れば、 逮捕される元教師は、 数十万人はいるかと思いますね。 反省なんかしてないだろうね。 そう言う教師とは二度と会いたく無いし、生徒から一生、感謝されない人間かと思いますね。
お礼
御回答いただきありがとうございました。 >運動部の教師顧問監督だけでなく 一般的な教師も、 ごく普通に当たり前のように 毎日生徒達に体罰してましたよ。 ピンタ、こぶし、蹴り、 言わば、何でもあり。 それは、プロでもアマチュアでも 大学から小学生までも、 仕事場でも、ごく普通に。 これはね、日本人の 風習の一部かと。 現在の平和な日本の前は、 大日本国帝国でしたから。 軍事政治でしたし、 上司の言うことを必ず聞く! 聞かない奴は敵対視。軍法会議。または、 国賊と見て逮捕。殴っても何しても 構わない存在となります。 多分、終戦後、軍隊上がりの人が教員に成り、 自身がされた事を統制に用いやすいので使ったのだと思います。(体に染みついていたと云う事でしょうか?) >そこから来てますが、 さらに掘り下げると、 江戸時代さえ、武士社会。 身分制度あって、絶対的社会。 武士が農民を斬っても何一つ、 裁かれない。その武士も その国のお殿様から酷い仕打ちを されたり。要するに 上に立つものが偉い! そのまま、何百年も経っても 風習だけは変わらず、 教師は偉い!上司は偉い! 生徒や部下を殴っても良い! 見て見ぬフリする警察。 だけど、その逆、生徒が教師を 殴れば、即、警察沙汰、あっという間にニュース。 暴力生徒とか言われたり。 不良と呼ばれたり、社会から 抹殺されていた時代。 社会に出てもロクな仕事に就けなかったり、制裁は続いてましたよね。 逆に暴力教師は、何故か、 あまり世間に公表されず、 警察沙汰にもならず、稀に 教師が殴って、生徒が怪我したとか 深い後遺症が残ったときだけしか、 ニュースにならなかったし。 だから、生徒から警察に殴られて被害届を出すこと自体、 ほとんど無かった時代。 だから、調子に乗った教師や監督や顧問が、日常的に暴力し ストレス発散をしてたわけで。 今、思えば、殴ってきた教師は、 ロクな人間では無かった人が 多いと経験上思いますね。 わかってるね、殴るよ!みたいな 感じでの教え方。 いかにバカ教師が多かったことか。 昔は学校と言うものは、 教師のストレス発散の場でも ありましたし。 今の教師は、ストレス発散出来ないから、大変ですよね。 昔の行為を遡り、被害届けを 警察に提出し立件出来れば、 逮捕される元教師は、 数十万人はいるかと思いますね。 反省なんかしてないだろうね。 そう言う教師とは二度と会いたく無いし、生徒から一生、感謝されない人間かと思いますね。 多分、上下関係、御上が絶対の体制を造ろうと思うと、 その様な縮図だと思います。
- pluto1991
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③肉体の限界は精神の限界のはるか先にある。 暴力を肯定するわけではありませんが、「辛かったらもう止めていいよ」と言ったら誰も限界を超えることが出来ません。 最近だと駒澤大学の監督を思い出しますよね。 自分の精神力だけで肉体の限界を超えられるのは大谷翔平とかイチローだけです。 佐川急便の配送センターの話ですが、何十台のトラックが荷物を積み込み作業して出発していくようなターミナルでは大きなスピーカーで 「オラオラ!10番遅いぞ!早くしろ!バカヤロー!」って、いわゆる「ハッパを掛ける」現場監督がいるんです。 これがいるのといないのとでは2倍も作業の速さが違うらしいです。 事程左様に人間の精神は弱い。「もうだめだ~」と思ってしまう心を外側からハッパをかけるのが監督の仕事ですね。 暴力を肯定するわけではありませんが。蹴とばすことだってあるでしょう。制御できるのが監督であるべきです。
お礼
御回答いただきありがとうございました。 >肉体の限界は精神の限界のはるか先にある。 暴力を肯定するわけではありませんが、「辛かったらもう止めていいよ」と言ったら誰も限界を超えることが出来ません。 最近だと駒澤大学の監督を思い出しますよね。 自分の精神力だけで肉体の限界を超えられるのは大谷翔平とかイチローだけです。 佐川急便の配送センターの話ですが、何十台のトラックが荷物を積み込み作業して出発していくようなターミナルでは大きなスピーカーで 「オラオラ!10番遅いぞ!早くしろ!バカヤロー!」って、いわゆる「ハッパを掛ける」現場監督がいるんです。 これがいるのといないのとでは2倍も作業の速さが違うらしいです。 事程左様に人間の精神は弱い。「もうだめだ~」と思ってしまう心を外側からハッパをかけるのが監督の仕事ですね。 頷ける話です。応援で「ファイト」と云います。 たぶん、そこでつい手が出てしまうと云う事に成るのだと思います。 >暴力を肯定するわけではありませんが。蹴とばすことだってあるでしょう。制御できるのが監督であるべきです。 運送会社や駅伝で発破をかけることは頷けますが、 多分程度の問題で受け手がついてこれないと問題になるのだと思います。
- goodmorning11
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こんにちは 運動という言葉がちょっとおかしいんですよねそれが誤解のもとだと思います 運動部じゃなくて 戦う競技部 だからです 競争、戦闘、格闘、つまり戦うんです相手と筋肉を使って それが運動部です 応援の掛け声で ファイト っていいますよね?fight なんです。戦えと言っているんです。 戦うというのは相手と肉体的な力で相手を最終的には破壊することに繋がります。 直接相手の身体を壊さなくても間接的に相手の身体を疲れさせて故障させていくことがおおいですよね? 建前上はスポーツマンシップを標榜しますが、現実はヤジの飛ばし合い騙し合いです。 部活の体罰、なぜ絶えない? 専門家「悩ましいのは指導者の評価が競技成績という事実」 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202211/0015783093.shtml 部活体罰、成人後もトラウマに 暴力再生産の根深い構図 https://www.asahi.com/articles/ASM6Q7J9CM6QPTIL016.html
お礼
詳しい御回答いただきありがとうございました。 >運動部じゃなくて 戦う競技部 だからです 競争、戦闘、格闘、つまり戦うんです相手と筋肉を使って それが運動部です 応援の掛け声で ファイト っていいますよね?fight なんです。戦えと言っているんです。 戦うというのは相手と肉体的な力で相手を最終的には破壊することに繋がります。 直接相手の身体を壊さなくても間接的に相手の身体を疲れさせて故障させていくことがおおいですよね? 建前上はスポーツマンシップを標榜しますが、現実はヤジの飛ばし合い騙し合いです。 確かに、勝つ事に主体を置くとそうかもしれません、 相撲等ルールある土俵で喧嘩ができると思い、入門してくる人も居ると聞きますので。 部活の体罰、なぜ絶えない? 専門家「悩ましいのは指導者の評価が競技成績という事実」 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202211/0015783093.shtml 部活体罰、成人後もトラウマに 暴力再生産の根深い構図 https://www.asahi.com/articles/ASM6Q7J9CM6QPTIL016.html 多分、健全に生きている人よりも、素行の悪い人や暴力的な人が良い成績を残すと、そうなっていくのかもしれません。(上述の相撲の力士の話からも)
お礼
御回答いただきありがとうございました。 >かつての軍隊で上官が「暴力的」「職人的」「教祖的」な部隊は強兵であったらしいです。 「教祖的」であれば、全員が率先して上官を助けるために頑張ります。 つまり、人徳や人を惹きつけるカリスマがある(実績等)と 云う事だと思います。 >「職人的」というのは技能が必要な部隊で、優秀な技能による指導を全員が受け入れていますから、上官の指示に一糸乱れずに追従することができます。 此方も技能に優れているのだと思うので、頷ける話です。 >「暴力的」な部隊も、敵より上官が怖い場合には粉骨砕身(最後は玉砕)しますから負けません。 恐怖で縛ると、善悪の是非は別として、共産圏の国などは纏まっていると思います。(従わないと殺される等) >この三分類のうち、「教祖的」人徳や「職人的」技能は体得するために修練が必要ですから難しい。しかし「暴力的」であることは比較的簡単だった。 学生の運動部であれば若輩者の集団ですから、上記の最も簡便な方法しかできないのは無理がありません。 と、いうことではないでしょうか。 マキャベッリも「王は尊敬されようとするより恐れられたほうがよい」と言っています。厳密には「尊敬されようと温順に振る舞って軽視されて命令に服従されなくなるより」ということです。 多分纏まる事で「暴力的」な手法を用いたのだと思いますが、その歪みも出てくるのでそこが難しいのだと思います。