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日本における漢字による新語造語力はすでに死滅したか
コロナ禍の最中にも安直なカタカナ語が飛び交い、一方マンボウの略称がよろしくないなど、言語のレベルの混乱も多いように思います。明治初期までの生き生きとした漢字による新造語はもはや現在の日本では作れないのでしょうか。以前にも同じような質問をしたかと思いますが、最近改めてこのような疑問がわきました。
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1。明治初期までの生き生きとした漢字による新造語はもはや現在の日本では作れないのでしょうか。 これは、もともと使用した文字の問題で、一つ一つに意味のある漢字は、すでに作られた時点で意味がある(=有意文字)訳で、意味のないアルファベットや仮名、ハングルなど(=表音文字)のようにそれを組み合わせて初めて意味のある単語になる場合とは違います。 明治の「新造語」は古くからある表意文字を使って、西欧の新しい考えを漢字で翻訳した「新造語」です。 2。以前にも同じような質問をしたかと思いますが、最近改めてこのような疑問がわきました。 「コロナ禍の最中にも」結構古い漢字に新しい意味を加えた例はあると思います。例えば 自宅待機、医療崩壊、緊急事態宣言、時短要請、制限漢字も入れた 蔓(まん)延防止、などがあります。 日本語お得意の混交語の例では、コロナ禍、すれ違い不倫、変異ウィルス、など類例は、枚挙にいとまがありません。 ですから昔からある漢字に新しい意味を吹き込んだ「新造語」はたくさんあると思います。
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- fujic-1990
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明治期の人たちは、比較的無学でしたから、学者や作家が欧米語を漢字を使って意訳し「こうだ」と言えば受け入れたのです。 今の庶民は大量の漢字を知って使っています。新しく造語しても、素直には受け入れません。「いや、それよりはこっちがいい」とか言い出す。 私でも、例えば、「コミュニズムを共産主義と訳したのは間違いだ。だって、コミュニズムは国家独占資本主義の "遺産" の上に成り立って、遺産なしには何も産しないんだもん。必要な者が必要な時に必要なだけ持っていく体制を目指すのだから、共配主義だろう」と思っています。定着しちゃったから仕方ないけど、今、コミュニズムを共産主義と訳そうと言うのだったら、反対します。 そんなふうに、今の日本では、異論反論オブジェクション、百家争鳴になって、決まらないだろうと思います。 で、自身知恵・知識がなく、1つの漢語にまとめるような努力をしたくないマスコミが率先して欧米の言葉に近い「音」をカタカナで表したり、安易にアルファベットを用いたりするようになったのですね。 昨今、造語を期待するとしたら、女子高生でしょうか。漢字に目覚めたら、強いと思います。
お礼
民主主義の欠点が露呈しているのでしょうか。中國では新語が作られているのでしょうか。庶民は反対できませんね。政権を持っている政治家が各省の精鋭を集めて造語庁を作ったらどうでしょう。
- nihonsumire
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全く、同感です。私は、漢字の知識がないので憂うるだけかもしれますん。ソーシャルディスタンスだのステイホームだの。SDGsに至っては、開いた口が塞がりません。
お礼
発出などは使われていなかった古い言葉をどこかから掘り起こしてきたのですね。日本でワクチンが作れないのと同じことかなとも思います。
お礼
なる程、現在でも造語力は健在ということですね。そういえば昔もカタログ、クラブを型録,俱楽部と書くようなしゃれた例もありましたね。現在でもこういうのがあればカタカナ語もまた印象がずいぶん変わると思いますが、これは暇人の仕事ですね。