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オッカムの剃刀は、オッカムの著作のどこに書いてあり

オッカムの剃刀は、オッカムの著作のどこに書いてありますか?

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  • hue2011
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回答No.1

オッカムの著作なんて読むんですか。 ラッセルだとかキルヒホフならともかく、私は一度も読んだことがない。 そもそも著作のタイトルも知りません。 大体、名前だけ掲げられ、もののみかた説明のしかたについての議論をしたいときに論客たちにダシに使われているとおもっています。 そもそもオッカムの剃刀というのは、余計な無駄なことをしゃべるんじゃない、ということなので単純きわまりない。 要らないことを否定するわけではない、のが思想の根底にあるのですが、往々に、真実にはそんなものはいらないという考えになりがちでこれが問題になるのです。 そこに石というものがある。これは噴火だとか堆積だとかいろいろな現象の末にその形になっているものであり、神が作ったといってもいいものだ。 このときに、説明には噴火も堆積も研磨も、神もいらない、というのがオッカムの剃刀論理です。そこに石があるだけだ。 決して神を否定してるわけでもなく噴火もなかったと言っているわけではありませんが、往々に無視されてなかったことにされる。 これが科学のかかえる思い上がりにつながります。 自然は科学者が考えた通りに行動しているのだ、という思い込みです。 それをぶちこわし、あるものはすべてある、ひとつも捨てずにそこから習っていこう、という考え方は、人間のものではなくAIという概念の世界です。 もちろん考え付いたのはAI自身ではありませんがそういう行動をし出しました。 捨てるようなデータ群から何かをまなび、自分の方向決めの役にたてるようになったのです。 人間だったら考え付きもしない、碁の意外な手を打つようになった。 これは人間だったら捨てて考えない、まずい手をたくさん入力されたせいで思いついたのです。 オッカムの原理に戻れ、です。何も捨ててはいけない。

toshi5750
質問者

お礼

ありがとうございます。 確かにオッカムの剃刀は多用されすぎてる気がします。 AIの勉強をしているのですが、正則化というテクニックがあり、オッカムの剃刀が正当性の根拠としてよくあげられます。 が、誰もオッカムの剃刀の出典を明記してないので気になって調べてました。

その他の回答 (1)

  • SPS700
  • ベストアンサー率46% (15297/33016)
回答No.2

 オッカムは、1347年に死んでいますが、Non sunt multiplicanda entia sine necessitate) 必要以上に実態は増やすべきでない、という言葉は、アイルランドのフランシスカン派の僧、  John Punch iが1639年に書いた『Duns Scotus の著作について』にあるのだそうです。

toshi5750
質問者

お礼

ありがとうございます。 ちなみにオッカムの大論理学の18章にも類似の表現がありました。

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