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文節に区切る(3)

あきれたことに教科書すら読んでいなかったらしい。 という文を分節に区切る場合 答えは5つとのこと あきれたことに 教科書すら 読んで いなかった らしい。 としますが 「あきれたことに」、「いなかった らしい。」でよいのでしょうか 考えかたを教えてください。「ね」をつけて文節かする方法では、「いなかった らしい。」が区切りとして不自然と思いました

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回答No.3

単語には自立語と付属語があって、 付属語は助詞と助動詞のみです。 1文節中には必ず自立語1つと決まっています。 0でもだめだし、2こあってもだめ。 しかも、自立語は最初にきて、付属語は文字通り後に付属します。 だから、次の自立語が来た時点で文節は区切れます。 付属語はいくつあってもいいです。 0でもいいですし、2こ3こあってもいいです。 だから、 「あきれた」(動詞「あきれる」の連用形「あきれ」+過去の助動詞「た」の連体形) ときて、 「こと」という名詞(当然、自立語)が来た時点で文節は区切れます。 助詞「に」のついた 「ことに」で句切れ、 「教科書すら」名詞+助詞 で句切れ、 「読んで」動詞(連用形、音便)+助詞 で句切れ、 「いなかったらしい」で1文節です。 「~している」の「いる」は補助動詞と言われ、一種の動詞(自立語)として新しい文節になります。 その未然形「い」+否定の助動詞「ない」の連用形「なかっ」+過去の助動詞「た」の終止形 そして、助動詞「らしい」の終止形。 「らしい」は助動詞で付属語なので、新文節とはなりません。

その他の回答 (4)

  • marisuka
  • ベストアンサー率39% (667/1700)
回答No.5

No.3氏の説明で十分です。現在の学校文法では、そうなっています。 「無意味」とか「きちんとした基準はありません。ひとそれぞれの感性」とかの回答もありますが、まあそれは個人的な意見として。  蛇足ですが、「考え方」として、次の案を。 ★文節は漢字の上で切れる。★  No.3氏のおっしゃるように、文節は自立語の上で切れます。自立語とは、ざっくり言えば「意味を持った言葉」です。意味を持った言葉なので、その意味を漢字で表すことができます。(逆に「僕が」の「が」や、「私を」の「を」は漢字では書けませんね。)だから、漢字の上で切れる、と言えるのです。 ・呆れた 事に 教科書すら 読んで 居なかったらしい  ただし、助動詞「ようだ」にはご注意。「様だ」と書けてしまいますから。ここは切ってはいけません。がんばってください。

回答No.4

すみません、ことごとく、句切れ→区切れ の誤りです。 あと、「こと」がきた時点で区切れるというのは、もちろん、その前で切れるということです。 「あきれた」 「ことに」 「教科書すら」 「読んで」 「いなかったらしい」

noname#214841
noname#214841
回答No.2

こんばんは。下記で回答しましたplapotaです。 http://okwave.jp/qa/q8818339.html?f=mail_thanks こちらにも同じやうな質問があつたのですね。学校の課題なのですか。さきほどのページにも書きましたが、こんなことをしても無意味だと思ひます。私の場合は、若いころに点字図書の製作にたづさはつてゐましたので、少しだけこの問題に興味があつて回答しましたが、ほかの多くのみなさんには、たぶん関心がなくて回答がつかないのだと思ひます。 >>考えかたを教えてください。 とのことですが、きちんとした基準はありません。ひとそれぞれの感性です。せつかく御自分の考へをお書きになつて、やる気を示していらつしやるのですが、まともな答を期待することは無理です。 点字の場合は、以下のやうに区切ります。 「あきれた ことに 教科書すら 読んで いなかったらしい。」

  • bakansky
  • ベストアンサー率48% (3506/7251)
回答No.1

5つの分節に区切るということなら、私なら  あきれた ことに 教科書すら 読んで いなかったらしい とします。 「あきれる」 「こと」 「教科書」 「読む」 「いない」 という5つの要素に分解できるように思うからです。 「らしい」 は上の動詞に付属する助動詞ともいうべきもので、独立させるのは不自然な気がします。

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