- ベストアンサー
親を介護する日常生活に、得られるものはあるでしょうか
- 親を介護する日常生活には、父の健康状態が悪化することを防ぐというメリットがあります。
- また、親を介護することで自分自身の成長や人間関係の深化、家族の絆の強化など、意義ある経験を得ることもできます。
- また、自分の介護経験を生かして他の人を支援する仕事に就くことや、介護に関する知識やスキルを身につけることで、社会貢献や将来のキャリアアップの可能性も広がります。
- みんなの回答 (13)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
- ベストアンサー
>人には頼らずにがんばっていこうと思います。 素晴らしい心構えですね。 介護においてそんな事が言えるなんて、相当手なれたプロの方か、現実を知らない楽観主義者か、意固地な馬鹿だと思いますが、質問者さんはどれでしょうね? 出来ない介護で意地を張って、父子共倒れにならない事を祈ります。 お父様とお幸せに。
その他の回答 (12)
- kimuli454
- ベストアンサー率0% (0/1)
寝たきりの父の介護を母がしています。看護婦さんが毎日来てくれますが,その看護婦さんの手をできるだけ煩わせたくないと,母は骨粗鬆症でありながら(要介護2以上の時もありましたが)今も一人で頑張っています。 身体的にはつらい筈ですが,母は楽しそうに明るく介護生活を送っています。それは,長年夫婦関係が希薄であったのに,今は自分の元に夫が帰ってきて,二人だけの生活ができているからだと思います。 父は馬鹿なことをしてすべてを失って初めて家族のありがたみを知りました。母とふたりで力を合わせて出直すことにしましたがまもなく病に倒れ,目も耳もだめになり手足も動かせないため筆談もできなくなりました。今ではほとんど意思疎通ができないのですが,何十年も経って初めて普通の幸せというものを知った二人を見ていると不幸なのか幸せなのかわかりません。 母は,我が家の不幸の原因や父の病の原因は,父の態度に長年恨み辛みを募らせて生きてきた自分自身にもある,と今の状況のすべてを受け入れた末に,平和な精神状態と穏やかな生活を得ました。 懸命に明るく生きる母の姿を見て看護婦さん達も近所の方々も暖かく優しく見守っていろいろ助けてくださっています。それがまた母の励みになっていて,遠く離れて暮らす私の電話に出るたびに母は「自分は幸せだ,ありがとう,ありがとう」と答えます。それが娘である私の救いにもなっています。 何十年もかけたくさんのお金も友人兄弟も失ってみないとわからなかった私の両親のような人生もあります。そして介護を幸せと思う人生もあります。 今までお父様との関係が希薄であったとのことですが,これから新しい関係が始まると考えることもできます。お父様の態度や人格を変えよう,変えたい,変わってほしいなどと期待をするのではなく,現在のすべての状況をあるがままに受け入れ,その中から,小さな幸せを一つ一つ見つけていかれたら,と思います。 親子関係が希薄どころか,何十年も離ればなれで暮らしていたある親子が,縁あって一緒に住み始めたもののぎくしゃくとしていました。あるとき母親が「おまえは煙草を吸いすぎるから体に気を付けなさい」と一言言ったそうです。その後まもなくその母親は亡くなったそうですが,息子はその一言を初めてのそして最後の自分への言葉として心に刻んだそうです。 私も父がしゃべれなくなる前に,体調の悪い私にくれた「大事にな」と言う言葉を聞きました。私にとっても初めてで最後の言葉でした。 人はたった一言でそれからの人生を生きていくことができます。あなたもその一言を聞いてください。聞くことができなければ体で感じてください。その一言を聞くまで,感じるまで,一人でとことんお父様の介護をしてみてください。 もちろん他の回答者の方々が言われるとおり,あなたが病気になったりしたらお一人ではできないこともありますので,万が一の時もお父様の介護に支障が無いようにできるだけいろいろ情報を集めておかれたら良いかと思います。一人で介護をする,ということはあなたが責任を持つと言うことであって,物理的に全部を一人でやるということとは別のことです。介護をなさるのでしたらまずご自分の心身の健康とゆとりが大切です。ご自分を大切になされば,周りの状況も今までとは違って見えてくるかと思います。 心ない人々からいろいろ言われたそうですが,このようにたくさんの方々があなたの質問に関心を持ち回答もしてくれています。そういう関わりを持てる文章をお書きになれるのですから,今後いろいろな出会いがあると思います。ご自分の人生を今この段階で決めつけるには早い,と思います。どうぞご自分を大切にしながらお父様との穏やかな生活を送られますように。そこから得るものはきっとあります。陰ながら応援しております。
お礼
回答ありがとうございます それからの人生を生きていくことができる一言ですか。あまり他人の言葉に影響を受けたことがないんで聞けるかどうか分かりませんが、とにかく一人で介護しろということですね。 その果てになってみなければ、自分が得られるものが分からないというのも分かりました。父の介護が10年20年に及んでも、とにかく最後までやり遂げてみようと思います。ありがとうございました。
- snuffsnuff
- ベストアンサー率0% (0/1)
介護をして何も得られるものがないという事はないと思いますが、それは質問者さんの精神状態にも左右されると思います。 お母様の時の反動もあってか、何としてもお一人でお父様を看られるおつもりのようですが、実際にお仕事を辞め、家に籠って介護生活が始まってしまえば客観的に状況を判断する事はどんな人間にとっても困難です。 それに病気で自由が利かなくなってきたりすると、思いがけない暴言を吐かれたりする事もありますし、介護に向いている人でも体も心も疲れると思います。 最初から「絶対に介護制度などには頼らない・頼ってはいけない」と決めてしまうのではなく、要所要所で検討すればいいやくらいに構えておかれては如何でしょうか? やむを得ない事情で利用している方々は大勢いらっしゃいますし、無責任だなんて言う人がいたって、その人と質問者さんでは考え方も事情も異なるはずです。それに利用方法も様々です。 あと週に一度は自分の時間を作るなど、気分転換を定期的になさる事をお勧めします。そしてお父様にも気分転換が必要になると思います。その時だけは誰かにお願いしたりするのも一つの手段として頭の隅にでも置いておいて頂けたらと思います。 時々手を貸してもらっても、質問者さんがお父様の介護をしているという事実に傷をつける事はないはずです。 日常生活でもそうですが、気持ちに余裕がなくては、感謝できる事や得られる事なども見落としやすくなってしまうと思います。 そして、家族が親の面倒を見るのが当然だとかそういう責任の問題以前に、あなたも一人間です。 ここであなたが自分の生活全てを捧げたからと言って、その後の人生を誰かが優遇してくれたり代わりに決断したり苦労してくれる訳でもありません。自分の人生を生きられるのは自分だけです。いつか「この人の所為で自分はやりたい事が出来ない」と思ってしまったら、苦痛になってしまいます。ですから自分の事も大切にしなくちゃいけないと、私自身はそう思っています。 更に話は逸れるのですが、質問者さんが普段どのように会社の方々と接しておられるのかよくわからないので断言は出来ませんが、普通に考えて他人に「人生が薄っぺらい」等と言ってしまえる人間はちょっとどうかと思います。なのであんまり気にしなくても良いのではとも思います。 長々と纏まらない文章で申し訳ありませんでした。 今後のお父様との生活が上手くいきますよう。
お礼
回答ありがとうございます 何度も書いてますが、介護することの行為自体は不安はありません。暴言吐かれても、気にしないようにしようと思います。忍耐がいると思いますが、ここを耐えなければ後の色々な出来事に耐えられないような気がします。 職場の人間を含む普通の人は、友人がいて友情を育んで、恋愛をして結婚をして家庭を持って・・・と親を介護する前に人生の経験を積んでいきます。自分にはそれがない。恋愛もせずに大人になって、いきなり介護に直面しました。人生が薄っぺらいのは自分でも認めています。だから、自分の人生を少しでも厚みを持たせるには、誰の手も借りずに父を介護するぐらいしかないのです。そこに人生の意義を見出すしかないんです。
- m_mami
- ベストアンサー率42% (87/206)
No..6で回答をつけさせて頂いたものです。 お返事ありがとうございます。 >家族は自分一人しかいないので自分でやるしかありません。 この事を書きたかったのです。 文が読みにくく、纏まりがなく、申し訳ありません。。。 質問文から質問者さんが独身で、お父様とお二人というのは十分 分かっています。だから余計に背負い込まないで欲しいと お伝えしたかったのです。 我が家は質問者さんの立場であったのは、私の実母でした。 精神的に強い女だと思っていました。 だから私がちょっと手伝えば、在宅介護ができると思っていました。 しかし、現実は、自分で看取れる。介護なんてやればできる。 そんな簡単なものじゃないということを、介護に入る前から、 少しでも見聞きしておいてほしいと思ったので、投稿しました。 娘である私が傍にいても、夫である父が仕事以外の時間を同じ 屋根の下で過ごしていても、一人で看取るんだ!の意識が強ければ 強いほど、こちらが助けのつもりで手を差し出しても、その手すら 見えなくなってしまっていました。 報道でよく見聞きする、看病疲れの末の・・・本当に現実です。 我が家は運良く(?)刑事沙汰にならず、最終的には入院をしなければ 状態が思わしくないとのことで、最期の約3ヶ月は入院をしましたが 人を見ることに長けているはずの女性であっても、このようなことに なりかねないのです。 自分の人生のすべてをかけるつもりがあるのは、人間として立派かも しれません・・・。 ですが、最終的に子が自分の人生をすべて掛けて見取ってもらうことが 親の本当の望みでしょうか? ・・・ということです。 あとは質問者さん本人次第です。 お父様と、質問者様が、平和に暮らしていけますように。 2度の投稿、失礼いたしました。
お礼
回答ありがとうございます >最終的に子が自分の人生をすべて掛けて見取ってもらうことが 親の本当の望みでしょうか? あまり深く考えられるテーマではないのですが、親は最終的に子供に頼らざるを得ないと思います。子供はそれを受け入れるべきだとも思います。 虐待してしまった人は、受け入れられなかったとしか答えようがありません。
- picyonn
- ベストアンサー率0% (0/1)
介護福祉士として高齢者のケアに携わっているものです。 質問者様は、お父様を自宅で看るという決意が固いことが、他回答者様への返答からわかります。 たった一人の肉親を思いやる気持ちは、共感できるものです。 しかし、どうか何もかも自分一人で背負い込まないようにしてください。 他者の力を借りることが恥ずかしい、無責任なこととは思わないでください。 出来る制度は利用し、時に施設への短期入所なども活用し、自分自身の時間も作りながら、疲弊しきってしまわないよう気を付けてください。 あなたが笑顔で介護しないと、お父様も笑顔にはなれません。 家の中で、誰も他者がいない一対一の介護は、修羅場になります。 近年よく介護疲れで家族を手にかけるニュースを聞きますが、現場を知るものとしては、それは特殊な例とはとても思えません。 終わりの見えない介護生活は、そのぐらい精神的に追い込まれるのです。 こんな言い方はお嫌いかもしれませんが、使える制度・他者をうまく使って、上手に手抜きをすることが長続きの秘訣であると思います。 そんなことはもう考えているかもしれませんが、つい心配になって回答してしまいました…。 こっちに余裕があると、普段まったくコミュニケーションのとれない方からも何らかのリアクションを感じることがあります。笑顔とか…。 介護で得られるものというと、そのぐらいでしょうか。風をつかまえるようなものです(笑) 老婆心ながら… あなたが幸せにならないと、お父様も幸せにはなれません。 最初の質問文からは、社会から切り離され介護だけになる生活に対する不満が感じられます。 まだ時間はあるようですので、後悔しないよういろいろ考えてみてください。 どうか、あなたもお父様も、2人で幸せになれるような道が選べるようお祈りいたします。 長文、失礼いたしました。
お礼
回答ありがとうございます 父にしても、自分にしてもこれから幸せになれるというか、人生が好転していくとはどう考えてもありえません。それは覚悟しています。自分の時間も介護に費やす以外は何もないとあきらめていますから。 介護疲れで家族を手にかけるという話は、多分余計な欲を持っているからだと思います。自分の時間が欲しい。休みたい。家族や恋人と出かけたい・・・etc 自分の時間は、父の傍らででもできる読書やPC、休みは、仕事を辞めれば何とかなる、恋愛や結婚はとうに諦めた。 諦めた者だけができることかも知れません。介護って。 介護で得ることは風をつかまえるようなことですか。難しいですね。
あの~、一度に色々考えずに、まずはお父さんの症状を正式に診断してもらったらどうですか? 対処法だってあるかも知れないんだから。 「嫌がって病院に行かない」ってあきらめずに、あなた一人で説得できなけりゃ、近所の人とか親戚の人とかケースワーカーさんとか民生委員さんとか、誰かに手伝ってもらう方法もあるんじゃないですか? 救われたければ、一人で抱え込まずに、人を頼ることを覚えなさいよ。 意地張って可愛気のないコトしてたら、助けてくれるはずの人だって気分悪くして、機嫌良く助けてくれなくなるよ。
お礼
回答ありがとうございます 人には頼らずにがんばっていこうと思います。
- kano20
- ベストアンサー率16% (1177/7088)
まずはプロに相談して下さい。 要介護で介護認定が受けられるなら行政のサービスはとことん利用しましょう。 父親の保険や資金の見直しもしましょう。 あなたが仕事を辞めて自宅介護になる前に、必要なことはプロから聞いて回避しておきましょう。 36歳、人生を諦めてしまうにはあまりにもまだ若すぎると思います。 友人が欲しいなら職場以外でも趣味で仲間と出会いましょうよ。 恋愛も婚活してみる。 イロイロ努力しての結果として自己分析するよりも、やるだけやってみる活力が今のあなたには必要かと思います。
お礼
回答ありがとうございます 母は癌で亡くなるまで半年間入院してました。その間に、自分は婚活で毎週末見合いばかりしていて母の見舞いにもあまり行けませんでした。見合いの結果は30回全部ダメで、その後すぐに母は亡くなりました。まったくもってムダな時間を過ごしたと思います。もっと見舞いに行けば良かったと後悔しています。 なので、また婚活などして家を空けたら父にも同じことになりそうです。 人生は諦めかけていましたが、自分のすべきことが見えてきた気がします。
- m_mami
- ベストアンサー率42% (87/206)
私の祖母が認知症で・・・数年、寝たり起きたりの生活が 続いたのを間近で見ていた者として、いくつか書いていきます。 質問者さんは、色々と考え込み、抱え込み、塞ぎがちになって しまうタイプの人とお見受けしますが、そういう方には 一人で介護をすることは、難しいのでは?と思ってしまいます。 一時的な病などで、回復が見込める看病なら問題ないと思います。 ですが文章からは、そういう病ではないだろうと受け取りました。 (違っていたら恐縮ですが・・・) 看られるほうは、自分の体が自由にならないイライラが募ります。 看ている方は、出口のない暗闇をさまよってしまいます。 ましてや親子となれば、言いたいことを言い合う状況になって いくでしょうし、看ている質問者さんも、長期戦になればなるだけ 精神的にも大変になってくると思いますよ? 我が家の場合、父方の祖母が認知症と診断され、それからの数年 家の中は大変でした。私は近場で離れて住んでいましたが、 母が祖母の介護をし、私は母のケアをし・・・の状況でした。 介護認定の方が家に見えて話をしたとき、実質一人で介護をする のは無理ですよ、と言われたのを今でも鮮明に覚えています。 頼れる者がいない、一人で看なきゃならない、私がしなければ・・・ そう思いつめてしまう性格の人だと、余計にだとも言ってました。 共倒れになると。。。 親を自分で看るという覚悟は、素晴らしいと思います。 だけど何もかにもを一人で背負うというのは、どうでしょうか? 介護するにも、現実問題としてお金がかかります。 質問者さんご自身が生きていくためにも、お金がかかります。 だとしたら、お父様には多少の我慢もしてもらう覚悟をするべきかな? と私は思います。病院なり、施設に入ってもらう事も視野に入れておく べきだと思いますよ? 質問者さんは、仕事を続け、時間が許す限り、自分の手をかけて あげればいいのではないでしょうか。面会に行けばいいのでは? 連休があれば、外泊させ、自宅で穏やかな時間を過ごせるように ご自身が可能と思えることを、自分ができる範囲でやっていけば いいのではないでしょうか? 家の祖母は、認知症と診断はされましたが、家にいれば塞ぎがち。 ですがデイケアやデイサービスに出向けば、ハツラツとしていたそうです。 家族だから一番いい環境を作れるかといえば、そうともいえないのが 家族間だそうです。症状が軽いうちは面倒をかけている。そう 本人が思っている場合もあるそうですよ。 介護に限らず、人間、力を貸してくれる人や場所があるなら 活用すべきと思いますし、一人で背負い込まないというのが一番だと 私はそう思っていますよ。 冷たいかもしれませんが、自分の生活の土台を崩してまでしなきゃ いけないのかな・・・とも思います。 色々な意見や、見方があると思いますが、質問者さんが一番いいと 思える方法が見つかりますように。 長文で、失礼いたしました。
お礼
回答ありがとうございます 一人で背負いこむということをしきりにおっしゃっていますが、家族は自分一人しかいないので自分でやるしかありません。 なんか、人生で初めて「~しなければならない」という状況に直面したなと思います。これまで、人間関係や恋愛とかも避けて通って来た人生で、質問文のとおり薄っぺらな人生なので、父の面倒を最後まで見るぐらいしないと、自分の人生で何かやりとげたことというのが思い浮かびません。 施設に追いやったとか、他人に介護を任せたとかはまた軽薄な人間に思われそうです。他人と濃厚な人間関係を築けなかった今、家族の父とさえ離れてしまうことを選ぶのは、また逃げてしまったと自分で自分を責めそうです。
まず親の面倒を見ることは大事ですが、脳のほうの症状は家族で介護するにも限界があります。 これは個人的な考えですが、子である質問者様が直接介護する事が質問者様及び親御さんが幸せになる最善の方法とは限らないのです。 僕なら自分の足で納得のできる施設を探してプロの方にお願いします。 無論費用や場所など条件がありますけどね。 介護のために仕事をやめたら質問者様の人生も暗くなってしまうのです。 それを親御さんが喜ぶとは僕はとても思えません。 そして可能な限り会いにいってあげたらいいのではないでしょうか? よく施設に預ける事が悪と考える方がいらっしゃいますがそれはひどい施設に預けたらの話であって自分たちの生活を破綻するリスクまで負ってそこまでする必要はないと思います。 お互いの人生がより穏やかに楽しく過ごせるような結論がでるといいですね。
お礼
回答ありがとうございます 介護保険とか、老人ホームとかなかった時代は認知症の方を家族はどう面倒みていたのでしょうか。 仕事は、もうやめてもいいかなと思い始めています。介護するからという理由でなく、人間関係で。
- gldfish
- ベストアンサー率41% (2895/6955)
厳しいようですが、年老いた親の面倒を見るのは、家族の義務です。他に誰がやるのでしょう? それはみんな同じですよ。 自分も親が、年老いた父母・義父母の面倒でかなり苦労しているのを観てきました。(ちなみに、中にはかなりウマの合わない親もいました。)でもそんな責任感と情のある親を自分は誇りに思っています。 「今まで人生がつまらなかった」のは、全てwde86257さん自身の問題ですよ。お父様に非はありません。 wde86257さんが「残りの人生をつまらなくしない」為に、お父様が年老いた自分を犠牲にしなければならない義務はありません。 あるいはもっと厳しく言うなら・・・36年も充実感無く薄っぺらな(だと思っている)人生を送ってきた者が、親の介護をしたところで今更何かが得られるとは自分は思えません。そういう人はやはり「つまらない期間だった」で終わるのだと思います。 「父を介護するだけに終わる」かどうか、「孤独に生きて孤独に死んで行くだけ」かどうか・・・は全てwde86257さん次第としか言えません。 「納得できる人生だったと振り返れるような」「救われたい」・・・これは望みが叶わない人の典型的な思考回路です。そんな具体性の無い未来ばかり求めていても、今までと同じに終わると思いますよ。 根本的にご自身を見直した方がいいです、なぜ今まで「友人もほとんどなく恋愛もない」のか。それを改善する為に自分には何が出来るか。それがわかればきっと少なからず今までの流れは打破出来るはず。 そんなことで得られる幸せなんてちっぽけなものかもしれませんが、幸せなんてのは誰にとっても案外ちっぽけなものなのです。幸せになれる人となれない人の違いは「ちっぽけな幸せをどれくらい大きく感じ取れるか」なのです。 少し視点を改善しようとしただけで、wde86257さんも「幸せになれる人」になれる可能性は充分あると、自分は信じています。
お礼
回答ありがとうございます >年老いた親の面倒を見るのは、家族の義務です。他に誰がやるのでしょう? そうですね、自分ですね。介護サービスを使うのは抵抗あります。回答者さまの親御さんもご自分で介護し、それが誇りとなるなら、自分もなるべく一人で父の世話をしようと思います。 考えてみれば、介護の他に何か生きがいを見つけようとしてたのが無理でした。介護に入れば、父を置いて外出もできないので自ずと行動範囲はなくなります。なら、介護自体に自分の幸せを見つけるしかないですね。回答者様はそれを言いたかったんですね。 なんとなく、光が見えてきたような気がします。ありがとうございました。
- tomisugi
- ベストアンサー率16% (1/6)
難しいですね。 文面から見ると答えはご自身の中では出ているようにも見受けられます。 まだ、お父様が元気な状態の時があるのでしたらお父様と相談してみたらいかがですか? もう相談したのかな。その結果が介護生活になるってことなのでしょうか? 自分の意見もしっかり言ってみることも必要かと思います。 自分で納得して行動して行くことが後々後悔しないのかと思います。 頑張ってください。
お礼
回答ありがとうございます 父に対して、特に意見はないですね。認知症になったら意見どころではないし。自分でも何かこれをやりたいっていうのも思いつきません。そういう余裕もありませんし。 介護だけしてるしかないのかなあと思います。
- 1
- 2
お礼
回答ありがとうございます 以前に介護実習の講座を受けていたので介護の行為自体はできると思いますし、汚れ仕事も我慢できると思います。体力も今のところ大丈夫です。出来ないことはないと思います。 自分は、長年介護を続けていくうえでのメンタルな部分を聞きたかったです。