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ゲーデルの不完全性定理を、小学生にも分かるように教えていただきたい

本の中の不完全性定理の説明文で、 >「この命題は証明不能である」  という命題が証明可能であるならば、  この命題の中で主張している「証明不能である」ということと、  それが「証明可能」であるということとは、  「矛盾」していることになる。 とあるのですが、 どうして矛盾しているのでしょうか? (何となくはわかるのですが) 私は、小学生くらいの数学知識しかないので、 命題、証明の意味がよくわかってないのかもしれませんが、 たとえば 未確認物体(宇宙人みたいな)が、草原などにあったと仮定して、 解剖しても今の科学では、この物体は「なにか」わからない。 「この物体は証明不能である」 今の科学では証明不能であるということは、 証明可能なのではないのでしょうか (科学がまだ未発達ということで) ということとは意味が違うのですかね? 自分で書いていても、頭が混乱してきました・・・笑 数学の知識がある人には笑われる質問かも知れませんが、 「小学生(私)には、証明不可能」な問題を、 証明可能な方、教えて頂きたい。・・・笑 お願いします。

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  • sanori
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こんにちは。 失礼ながら、 たいぶ解釈を違えておられるようです・・・ こう書けばわかっていただけると思うのですが、 ------------- A:「この命題Aは証明不能である」 という命題Aが証明可能であるならば、 ・命題Aにおける「証明不能である」 と ・B:「命題Aは証明可能」である ということとは、 矛盾していることになる。 ------------- つまり、文章中に出てくる「命題」というのは、全部同じ命題(Aのこと)なのです。 いわば、 ------------- 「わかりません」が正しいということが証明できるならば、 ・「わかりません」ということと、 ・「‘わかりません’ということが正しい」ということとは、 矛盾していることになる。 ------------- ということです。 >>> たとえば 未確認物体(宇宙人みたいな)が、草原などにあったと仮定して、 ・・・ ということとは意味が違うのですかね? 違いますね。 むしろ、こう考えたほうがよいです。 ・数学や算数の教科書に書かれていることは、すべて、ある前提を元に書かれているが、その前提は証明できない。 (この前提のことを「公理」と言います。) あるいは、(例として適切かどうかわかりませんが) ・法律に書かれていることが正しいかどうかは証明できない。 というのも、イメージをつかむためには良いかもしれません。 以上、ご参考になりましたら幸いです。

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質問者からのお礼

教えて頂き、ありがとうございました。 助かりました。 sanoriさんと、NO1,2さんの回答を拝見して、疑問が解けました。 >A:「この命題Aは証明不能である」  という命題Aが証明可能であるならば、  ・命題Aにおける「証明不能である」  と  ・B:「命題Aは証明可能」である  ということとは、  矛盾していることになる というところが非常にわかりやすかったです。 私は、「この命題Aは証明不能である」=「命題B」 だと思っていたんですね。 一切勉強してこなかったおかげで、基本的なことも、 わからないなんて、情けないですね。 一応、たった2年間で卒業できる、というありがたい大学を、 卒業したんですけどね・・・。 物事は単純に考えれば、簡単なのに、 わざわざ難しく考えていました。 常に単純に考えようとはしているのですが・・・。 難しく考えてしまうんですよね~。 それにしても、ありがとうございました。 また、縁がありましたら、 教えてください。 お願いします。

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  • 回答No.2

 まず、「不能(不可能)」という言葉の意味をはっきりさせとかないと、どうにもなりません。 > 今の科学では証明不能であるということは、 > 証明可能なのではないのでしょうか > (科学がまだ未発達ということで) > ということとは意味が違うのですかね?  「意味が違う」はまさしく仰る通り。「不可能」とは「今まで誰もできないし、多分誰がやったって無理だろう」ということではなくて、「未来永劫誰がどうやったって絶対できない」という、はっきりした意味を持っています。 > 命題、証明の意味がよくわかってないのかもしれませんが、  ご明察の通りです。「証明が不可能かどうか」という問いが(比喩や誇張じゃなく)きちんと意味を持つためには、「証明」とは一体何のことなのかがはっきりしていなくちゃなりません。しかし、その説明を理解するのはなかなかに難しい。その難しさは、「証明」とは一体何のことなのかがはっきりしたのはようやく20世紀になってからのことである、という歴史的事実からも推察できるでしょう。  ところで、科学でも「証明」という言葉が使われることがありますけれども、数学で言う証明とは全然違います。  科学では「××という現象(や物体)が現実に存在するのではないかと予想されていたが、まさしくその現象を観察し、客観的に記録することに成功した。この証拠を見ればまず誰も反論できないだろう」というほどの意味で言われます。なので、 > 解剖しても今の科学では、この物体は「なにか」わからない。 > 「この物体は証明不能である」 という言い方はできません。「物体を証明する」は(数学においてはもちろん、科学においても)何の意味も持たないデタラメな言葉です。また、 > 証明可能な方、教えて頂きたい。・・・笑  これらの文章で仰っている「証明」は、正しくは「説明」あるいは「解説」とすべきです。  このように、ご質問を拝見すると、ごく普通の意味での「数学の証明」ですら、それがどういうものであるかまだお分かりでないことが伺われます。まして、「証明が不可能かどうか」を論じる際に必要となる、「証明とは何のことか」を厳密に定めるための理論がお分かりになるとは思えない。この段階で不完全性定理を論じることは無謀でしょう。  いや、理解できないという心配をしてるんではなくて、理解したと誤解しておかしな方向に行っちゃうということが心配なんです。実際、人によっては、無意味な思索に時間を費やすだけならともかく、へんてこな結論を出してそれを(お門違いにも)ジンセイに活用しようとなさったりもする。ことに思想・哲学では、著者が「理解したと誤解しておかしな方向に行っちゃった」トンデモな著作が散見されます。さらに、一般向けの啓蒙書の中にもトンデモな誤解を招きかねないものがまぎれているようなので、要注意です。  かくて、ご質問への回答は控えますが、興味をお持ちなのは大変結構なことですから、最近出た、まずはコレを読め(読まずば語るな)ってぐらいの有り難い本をご紹介しましょう。  岩波文庫(青944-1)「不完全性定理」  この本の最初の2割がゲーデルの論文とその注釈。全然分からないだろうと思います。最初の段落から分からないでしょう。この話を理解するのに必要な背景知識をお持ちでないからで、逆に言えば、何をどれほど学べば分かるようになるかが想像できるのではないか。  後の8割は数学史から見た不完全性定理の位置付けの解説です。こちらは言ってみれば人間のドラマですから、少しはお分かりになると思う。ご覧になって「「証明」とは一体何なのか、そして「数学」とは一体何なのか」はそう簡単には決着しない話である、ってことを感じられたら良いと思います。

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質問者からのお礼

教えていただきありがとうございました。 stomachmanさん、NO1さん、NO3さん、 の回答を拝見しても、理解できなかったので、 今まで考えていました。 そして、ようやく理解できました。 それにしても、stomachmanさんの回答は、 勉強になりました。 とくに、 >このように、ご質問を拝見すると、ごく普通の意味での  「数学の証明」ですら~ から下の文は勉強になりました。 私も、トンデモな、思想の本や、啓蒙書に傾倒したことがあり、 時間とお金をかけ、勉強させていただきました。笑 stomachmanさんのような、真理をわかっている人に、 そういう本を書いていただきたいですね!。 でも、その真理を私が正しいか、正しくないか、 判断できない、という矛盾(使い方間違い?)がありますが・・・笑 また、私が、言葉の意味、単語の意味を全然わかってない、 ということを知りました。(毎日使ってるクセに!) これからもっと勉強しようと思います。 考えるヒント、勉強するヒントを教えていただき、 ありがとうございました。 まとまりませんが、 お世話になりました。 また、縁がありましたら、 教えてください。 お願いします。

  • 回答No.1

命題については不能と可能のどちらか片方しか成立しないものであるという前提に立っているからだと思います。 「今は不能だけど将来は可能」とか「私には不能だが彼には可能」などという考え方はしないという立場で考えているということです。 ご質問にある > 今の科学では証明不能であるということは、証明可能なのではないのでしょうか > (科学がまだ未発達ということで)ということとは意味が違うのですかね? この場合は、将来は可能かもしれないという可能性が残されている時点で、証明不能だと証明されていないということになり、 > 「この物体は証明不能である」 というのが誤りということです。

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質問者からのお礼

教えて頂き、ありがとうございまいた。 昨日、Quattro99さんはじめ、 NO2さん、NO3さんの回答を拝見しても、 あまり理解ができなく、今まで考えていました。 そして、考えた末にようやく今、理解できました。 Quattro99さんの >命題については不能と可能のどちらか片方しか成立しない  ものである という前提に立っているからだと思います という言葉の、 「前提」ということを理解していなかったのです。 私の質問分の ~という命題が証明可能であるならば、 の「であるならば」ということは、 前提(仮定)の意味だったのですね。 (わかっているはずなのに見ていなかったのですね) 自分の質問文で、「仮定して」と使っているのに、 頭悪いですよね! 書いてあることを、書いてある通りに、 読んでも理解できなかっただけ、ですね・・・笑 本当にお世話になりました。 また何かの縁がありましたら、 教えてください。 お願いします。

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