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数学の無矛盾性とはどんなものですか?

そりゃ、公理系が矛盾を一つも証明しないことに決まっていますけど、いったいどんな感じになったら「数学の無矛盾性を証明した」になるんですか、教えてください! やっぱりゲーデル命題を使って論証するんでしょうか?

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  • 回答No.1

「自然数論を含む帰納的に記述できる公理系が、 無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない。」 というのが有名な(第二)不完全性定理. ぶっちゃけ,矛盾してないならそれは証明できないし 矛盾してるなら,矛盾してるんだからそれで終わり. 数学の無矛盾性は証明できないというわけです. ちなみに 命題論理と述語論理は両方とも無矛盾で 比較的簡単に証明できたと思いますので それらの証明を調べるといいのかもしれません. ちなみに,結城浩さんの「数学ガール」の三巻目が 不完全性定理の話で,その参考文献リストが ちょうどいい手がかりになるかもしれません.

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質問者からの補足

それは証明の不可能性の話ですが、超現順序数を用いての自然数の無矛盾性の証明など、その試みは続けられていますよね? そちらの話をお願いしたいのですが?

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