ゲーデルの不完全性定理の幾何学での理解

このQ&Aのポイント
  • ゲーデルの不完全性定理の幾何学での理解について説明します。
  • 第2不完全性定理では、公理系Nにおいて真であるが証明不可能な主張について考えられます。
  • 第1不完全性定理では、形式的体系Sにおいて命題が証明可能でも証明不可能でもないことが示されています。
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私が知りたいのは ゲーデルの不完全性定理の幾何学での理解です。

私が知りたいのは ゲーデルの不完全性定理の幾何学での理解です。 (1)第2不完全性定理では 次の表現があり『公理系Nにおいて、その無矛盾性を証明することは不可能である』、そのなかで問題として『 真であるが証明不可能な主張とは何か。』に対して 答え『公理』とあり 自己言及を表現していることは 理解し易いのです。幾何学では5公理です。この理解はたぶん正しいと思います。 ところが (2)私がよく分らないのは 第1不完全性定理です。『形式的体系Sにおいて、形式的体系Sが無矛盾である限り、「形式的体系Sにおいて命題は証明可能である。」という命題も「形式的体系Sにおいて命題は証明不可能である。」という命題も証明不可能である。』 と表される(別表現もありますが)とあります。 ここで現れる命題は抽象的言語であってよく分らないのです。例えばユークリッド幾何学においてはこの具体例は何でしょうか。私の理解は 「例えば無限遠点において平行線は交わるは証明可能である」はその例のようにおむのですが。つまり 例題には ユークリッド幾何学では未定義の無限遠点が現れており 証明はできない のです。いくら公理を増やして定義を明白にしても 未定義の領域はある ということです。 もう一つの例ですが 無限遠点は扱わないという6番目の公理を追加したとしても 例えば 「X・X=-1 は根がない は証明可能である」も証明できない と思うのです。なぜなら複素数は未定義だからです。つまり 『公理で定義されても未定義域は必ずある』が第一不完全性定理の一つの別表現ではないか と思うのです。この理解が間違っているのかどうか どなたかにお教えて頂きたかったのですが 

質問者が選んだベストアンサー

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noname#115620
noname#115620
回答No.4

大雑把に。 不完全性定理の証明の概要を御覧になったことはありますでしょうか。不完全性定理では、全ての命題をまず形式言語で書き、それをゲーデル数に変換して、という手順を踏みます。 形式言語は、対象の公理系に合わせて微妙に異なる物が使われます。というのは、例えばユークリッド幾何学で「自然数」という単語は使えませんし、「∫」という記号も使えません。 そして、その形式言語は、「必要充分な表現能力を持つ」ものを使います。つまり、「扱う必要のある命題」は全て形式言語で表現可能で、かつ「扱う必要のない命題」は表現不可能なようになっています。後者の例として、「伊藤博文は日本国の初代総理大臣である」は一般的な意味で命題ではありますが、ユークリッド幾何学で扱う類の命題ではありませんね。そしてこれは(ユークリッド幾何学の)形式言語では表現不可能なのです。「伊藤博文」だとか「総理大臣」なんて言葉はユークリッド幾何学の言葉で表現不可能だからです。 ところで、この形式言語はあくまで「必要最低限」の表現力しか持ちません。単語として「点」や「直線」などの、基本的な単語しか使えないということです。例えば、おそらく「三角形」という単語は含まれないでしょう。その代わり、「相異なる3つの線分で、それぞれが1端点を共有するもの」(これ適当なので多分全然不十分ですが)などと言い換えた上で形式言語に翻訳した物を代わりに使うことができます。 つまり、基本的な範囲を逸脱した言葉でも、定義さえあれば命題中に組み込めるということです。逆に、定義がない単語は使えません。「無限遠」は定義がないので駄目です。(もちろん、適切に(ユークリッド幾何学の枠組みに収まるような)定義を与えることができさえすれば扱えます)。 以上は、命題中に未定義語が出てくる場合の話でした。 次に、「X・X=-1は根がない」についてですが。ええと、とりあえず実数論で話してみますね。これは、「Xが実数」なら真ですし「Xが複素数」なら偽ですね。つまり、「複素数が未定義」という問題よりも、議論領域として何を考えているか、という問題です。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B0%E8%AB%96%E9%A0%98%E5%9F%9F 以上。

ok9608
質問者

お礼

Mor-Eveさん、ご回答ありがとうございました。 ゲーデルの第1不完全性定理の幾何学の一つの命題として無限遠点が了解されるかどうかは 無限遠点が公理で表されている言葉で表されるかどうか ということすね。よく分りました。考えてみますが もし 無限遠点でなくてもいいのですが 適当な命題がありましたら お教え頂けたらとおもいます。 また 複素数も 公理で表されている言葉で表されるかどうか(表されない と思いますが)であって 表されないなら 幾何学の対象外ということと理解します。 ありがとうございました。

ok9608
質問者

補足

無限遠点が公理の定義を用いて表されるかどうかですが 「公理2に限りなく線分を伸ばす」という内容があります。つまり 無限遠点は「公理2の限りなく線分を伸ばした点」と理解され 公理の定義を用いることで表されるとおもうのです。間違っているでしょうか。参考までに5公理を挙げておきます。 <ユークリッド 幾何学の公理> (公理1)与えられた2点に対して、それらを結ぶ線分をちょうど1つ引くことができる。 (公理2)与えられた線分は、どちらの側にも限りなく伸ばすことができる。 (公理3)平面上に2点が与えられたとき、一方を中心とし、他方を通る円をちょうど1つ書くことができる。 (公理4)直角はすべて相等しい。 (公理5(平行線公理))直線外の1点を通り、その直線に平行な直線は1本に限る。 間違っているでしょうか。

その他の回答 (3)

  • stomachman
  • ベストアンサー率57% (1014/1775)
回答No.3

> 公理で定義されても という表現をなさるところを見ると、(ゲーデルの定理を論じる前の段階の話ですが)もしかして、定義と公理の関係について、あるいは「未定義」と「無定義」を混同なさってるのでは?とも思う。だとすると、まずはこちら http://oshiete1.goo.ne.jp/qa43691.html のANo.7の「無定義用語」の概念がご参考になるのではないかな。

ok9608
質問者

お礼

stomachmanさん ご回答ありがとうございます。 定義と公理の関係、あるいは「未定義」と「無定義」を混同しており そのためにゲーデルの第2不完全性定理(第2定理)の理解ができていないのではないか というご指摘と思います。公理については 数学を含め論理体系の原理原則を記述したものであり その記述を定義と理解しています。 また 「未定義」と「無定義」の意味の差は分りません。強いていえば 前者は部分的 後者は全て について 述べているように思われます。私の第2定理の理解でいえば 公理に述べられてない領域を未定義と言ったわけで 無定義領域(部分を表す)としても一向にさしつかえありません。要するに 公理に述べられてない領域に含まれる命題は 第2定理でいう命題ではないか と思ったのです。これは 間違っているのでしょうか。

ok9608
質問者

補足

stomachmanさん ご回答ありがとうございます。 定義と公理の関係、あるいは「未定義」と「無定義」を混同しており そのためにゲーデルの第2不完全性定理(第2定理)の理解ができていないのではないか というご指摘と思います。公理については 数学を含め論理体系の原理原則を記述したものであり その記述を定義と理解しています。 また 「未定義」と「無定義」の意味の差は分りません。強いていえば 前者は部分的 後者は全て について 述べているように思われます。私の第2定理の理解でいえば 公理に述べられてない領域を未定義と言ったわけで 無定義領域(部分を表す)としても一向にさしつかえありません。要するに 公理に述べられてない領域に含まれる命題は 第2定理でいう命題ではないか と思ったのです。これは 間違っているのでしょうか。

  • Tacosan
  • ベストアンサー率23% (3656/15482)
回答No.2

う~ん.... 「未定義なもの」を使ったら, そもそも「命題」にすらならないような気がするんだが.

ok9608
質問者

お礼

Tacosanさん ご回答ありがとうございます。 私の理解は ゲーデルは 未定義領域に注目した数学者と思うのです。論理システムを構築する上で領域外を議論することは無意味ですが 論理限界を知ることは 重要と思うのです。このことは ヴィトゲンシュタインが いわゆるポストモダン哲学に引き継ぐことになった と思います。

ok9608
質問者

補足

Tacosanさん ご回答ありがとうございます。 私の理解は ゲーデルは 未定義領域に注目した数学者と思うのです。論理システムを構築する上で領域外を議論することは無意味ですが 論理限界を知ることは 重要と思うのです。このことは ヴィトゲンシュタインが いわゆるポストモダン哲学に引き継ぐことになった と思います。

  • alice_44
  • ベストアンサー率44% (2109/4759)
回答No.1

「無限遠点において平行線は交わる」は、 ユークリッド幾何学の体系において証明不能です。 なぜなら、「無限遠点」が未定義だから。 … 証明不能であることが証明できてしまいましたね。 「X・X=-1 は根がない」は、 複素数を含む体系では証明不能。 X = ±√(-1) が根となり、否定が証明可能だから。 複素数を含まない体系では証明可能。 任意の X について X・X ≧ 0 だから。 … どちらかが証明できてしまいます。 どちらが証明可能なのか判らないって? それは、体系が複素数を含むかどうかが不明だからです。 体系自体が未定義では、話にならない。 その体系の具体的な定義を知っていれば、 どちらが証明可能なのかは判ることです。 いずれにしろ、どちらか一方が証明可能であることは、 上のように証明できています。

ok9608
質問者

お礼

ANo.1 さん 回答ありがとうございます。 私の 知りたいことは ゲーデルの第2不完全性定理の幾何学の命題です。幾何学で 未定義領域の命題が相当している のではないか という質問です。逆にいうと 公理群を幾ら追加したといしても未定義領域はある ということと思うのですが この理解は間違っているでしょうか 

ok9608
質問者

補足

ANo.1 さん 回答ありがとうございます。 私の 知りたいことは ゲーデルの第2不完全性定理の幾何学の命題です。幾何学で 未定義領域の命題が相当している のではないか という質問です。逆にいうと 公理群を幾ら追加したといしても未定義領域はある ということと思うのですが この理解は間違っているでしょうか 

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