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神とは一体何なんだろうか?

あなたは誰ですか? 世界が「無」から「有」に変わった。 だからここにあなたがいる。 では「無」を「有」に変えたのは誰? 「無」より前にいた「無を超えるもの」・・それが神ではないか? 神とは人間が思ったり、感じたりできるものではない。 なぜなら人間は「有」と「無」しか知らないから。 「無を超えるもの」というものを考えるとき・・ 神を具現化し、神に祈りを捧げる宗教こそ無意味に思えてこないか? 神とは一体何なんだろうか?

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  • ベストアンサー
  • vaidurya
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回答No.3

そういった存在があるという考え方はわかりやすいですね。 ただ、それを人の持つ神という概念で捉えることが、すでに偏っています。 何かを始めた人が、最後まで面倒を見ているということは案外ありません。 人間にとっての国家の始まりとか、人種としての人の始まりとか とっくに始まった時の存在は、今ここで関与していないでしょ。 そういう意味では、始まりの存在が 今もあるとして考えることにも無理があります。 実際、原始宗教では、始まりの存在の死から世界が始まるものも多い。 人の歴史の上で、神は大きな意味を持つ存在でした 仏教美術やキリスト教美術を見るだけでも 人の才能と意欲に、とてつもない大きな影響を与えたと言えます。 神は、現在の一般的な神の概念をもって 崇拝する対象として、現在なお意味を持っていると言えます。 しかし、神の本質や、世界が始まる前の存在を解き明かすことは 実質的に不可能であると同時に、ほとんど意味が無いと思います。 現在では、神の存在が証明できないがために 神の存在の否定や、宗教の否定も普通のことになっています。 でも、ほんとうは自分が頑張るために、自分が正しい生き方を考えるために すがることのできる存在として、神が大きな意味を持っていると思います。 Cthulhuやサージャリムにさえ意味があると考えています。 でも、"世界が始まる前にあったはずの存在"を追求しても それが、自分がより良くあるための存在にはならないと思います。 そういう意味で、無意味なことだと思います。

LightDark
質問者

お礼

>そういう意味では、始まりの存在が >今もあるとして考えることにも無理があります。 >実際、原始宗教では、始まりの存在の死から世界が始まるものも多い。 その通りですね。 神は存在して、存在しないものなのかもしれません。 >でも、"世界が始まる前にあったはずの存在"を追求しても >それが、自分がより良くあるための存在にはならないと思います。 >そういう意味で、無意味なことだと思います。 心の中に自分だけの神を作ることによって安心を得る。 そしてその安心が人生をよりよい方向へ結ばせる。 そういう意味で神という人間が見ることができない存在を 哲学的な追及で問うこと自体無意味なものなのかもしれません。 参考になりました。 あなたは実に紳士的な方ですね。あなたが女性でも内容で取ってください。 僕は神というものを信じていません。宗教も。 だけど、唯一絶対の存在はもしかしたらあるかもしれないと思ってこの質問をしました。 あなたは人を馬鹿にせず、紳士的な態度で僕の質問にあなたの意見を書いてくれました。 僕の質問を馬鹿にして「乱雑な質問だけぶつけていく人間もいます」 僕のこの質問が馬鹿だと思うなら書き込まなければいい。 それをしないで 乱雑な質問だけをしてくるのが頭にくるんです。 まあ、このような人間がいるのは僕の勉強している心理分析の材料になるので僕としてはマイナスにはなりませんが。 貴重な意見ありがとうございました。

その他の回答 (5)

  • okdeath
  • ベストアンサー率28% (13/46)
回答No.6

こんにちわ。 無から有へ誰かが変えた?>化学反応 動植物の生きていること、考えることも全て化学反応だと思います。 では、神はいないのか? 人や動植物を作るためには物質が必要。 新陳代謝により、今食べたものが時間とともに自分自身の体になる。つまり、物から人になる。 動植物が死んでもその死骸から土になったり、植物の養分となったりして、一部がまた使われ、それを人間が食べれば、また、人になる。 そういったものが輪廻転生だと思う。 神が万物の創造主だということであれば、世界の全てが万物を生み出す必要要素であり、自分も含めて全てが神です。 なので、特定の神ではなく、無も有も世界全てに対し敬意を持つのが良いと思います。 宗教は心のよりどころ。祈りに意味はない。 しかし、人間はよわいものなので、なにかに依存しないと理解できないことに対し不安になるため、不安解消に意味があるのだろう。 個人的な独り言です。

LightDark
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >動植物の生きていること、考えることも全て化学反応だと思います。 そうですね。 ビッグバンという現象を起こすことを証明した科学はすごいです。 突き詰めて考えていくと、その現象をおこすものは何なのか? なぜその現象は起きる必要があったのか?色々疑問は湧いてきますね。 いずれにせよ、これから科学の限界をもう少し勉強してみます。 >宗教は心のよりどころ。祈りに意味はない。 >しかし、人間はよわいものなので、なにかに依存しないと理解できないことに対し不安になるため、不安解消に意味があるのだろう。 その通りだと思います。 弱い人間が驚異的な存在としての神を作った。 人間の弱さがある限り、神は存在し得る。 貴重な意見ありがとうございます。

noname#101199
noname#101199
回答No.5

そういう方面についてはあまり詳しくありませんが、以前社会学で有名な方と話をしたことがあり、"宗教とは何か?"をテーマに少し考えたことがあるので、一応私なりに書かせてもらいます。 神は、人間の知性への挑戦の1つの成果であるかと思います。 >世界が「無」から「有」に変わった のかどうかはわかりませんよね。また死んだ後どうなるのかもわかりません。死んだ知性とは会話ができないからです。 この他にもいろいろと人間の知性には限界がある。個々人一人一人の知性では説明がつけることができない。そういった、考え切れないことを考えるために工夫された成果として、神を創造したように感じます (何か人間の知性を超える偉大な知性がいて、その知性こそがこの世界を作った)。その知性はこの世界を作ったものとして、この世界の"外側"にいるので、世界自体のはじまりも終わりもないわけですからね。 また、偉大な知性が作ったのなら、何か価値がある世界なわけです。自分が存在する意味が何かしらあるわけです。 自分はなぜ存在するのか?存在する意味はあるのか?しんだらどうなるのか?この世界はどう生み出されたのか? こういった疑問への1つの道筋が"神"(1神教ですね)なのかと思います。 私は全く神を信じてませんし、宗教もやってないです。ですが、宗教は素晴らしいと思います。知性ある人間の、高等な精神活動として宗教は捉えられるかと思います。この世界の意味をつきつめ、知性を名一杯はたらかせています。 上記のような疑問をもつこと自体、相当な知性ですし、それを追求しようとする姿勢も相当な知性でしょう。もし現状の宗教が不都合だと思うのであれば、質問者さんの知性をもってこの世界を意味づける"新しい宗教"を考えてみてはどうでしょう? アプローチの仕方は著しく異なりますが、姿勢としては物理学と通じるところがあるように私は思います。 あと、どんな宗教をイメージしているのかはしりませんが >神を具現化し、神に祈りを捧げる宗教 とひとくくりにしない方がよろしいかと思います。"具現化"の意味合いにもよりますが、具現化しない宗教もあります

LightDark
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >そういった、考え切れないことを考えるために工夫された成果として、神を創造したように感じます 思考の限界が神への創造につながるんですね。 限界がなくなると神も存在し得なくなる。 >私は全く神を信じてませんし、宗教もやってないです。ですが、宗教は素晴らしいと思います。知性ある人間の、高等な精神活動として宗教は捉えられるかと思います。この世界の意味をつきつめ、知性を名一杯はたらかせています。 宗教の起源は「精神の安定」だと思います。 神の形はどうであれ、そういうモノで死への恐怖の克服や生活の安定を求められるのでそれはそれで意味はあると思います。 ただ、僕の神への考え方は”人間が思考できないもの”って感じがするんです。 言い方が難しいですが。 >"具現化"の意味合いにもよりますが、具現化しない宗教もあります そうですね。すべての宗教ではないです。 貴重な意見ありがとうございました!

  • potachie
  • ベストアンサー率31% (1065/3387)
回答No.4

>> では「無」を「有」に変えたのは誰? 「科学」はこの答になら、すでに行き着いています。 「ゼロ」から説明することはさすがにできないので、最新の宇宙論を書いた本を一読されてみることをお薦めします。 大筋だけカンタンに書きます。 「無から有」が生まれる現象を、トンネル効果もしくは「量子のゆらぎ」といいます。 この効果は、「量子力学」の基本となる部分で、原子よりも小さな世界では、ごく普通に起こるとされていて、一応間接的なら、観測もされています。 ビッグバン宇宙論というのはご存じでしょうか? 宇宙は小さな固まりから巨大化したという理論ですが、現代宇宙論では、この理論の時間の先に、さらに小さな固まりがもっと小さく、原子よりも小さな時期があったとされています。 量子並みに小さい世界では、先に書いた「ゆらぎ」が起こり、無から有が生まれます。これが「宇宙の起源」とされています。 アインシュタインは「神の一撃」を必要としましたが、現代宇宙論では、神の一撃は不要とする仮説が唱えられています。 「神とは一体何か」は、まだ科学は真理をつかんでいませんが、「無を有に変える現象」については科学は仮説を得て、今、実証を待っている段階です。 真理は科学と哲学(思索)と芸術(宗教かも)からアプローチされるべきですが、残念ながら現時点では科学が先んじているように思えます。

LightDark
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >量子並みに小さい世界では、先に書いた「ゆらぎ」が起こり、無から有が生まれます。これが「宇宙の起源」とされています。 僕も一読させていただきます。 原子よりもさらに小さく小さく・・って考えていくとさらに小さな1つにたどりつく。 そのさらに小さな1つってどこから生まれたのか? 不思議ですね・・そういう現象は。その現象を起こすものって一体何なんでしょうか?もうそこまで考えるのはほぼ無理ですね。 いずれにせよ、哲学を考えるならまずは科学の限界を知る必要があると僕は気付かされました。 貴重な意見ありがとうございました。

  • nemoax006
  • ベストアンサー率14% (343/2433)
回答No.2

無と虚無の違いは何

LightDark
質問者

お礼

どちらも同じ意味だが、 虚無の方が”無限性を強く持つ”意味になる。 人間は無や無限というと宇宙を連想する。 どちらにせよ、人が感じ取れ、想像ができるもの。 「有」と表裏一体のものが「無」であるから。 しかし、「無を超えるもの」・・そもそもその言い方すら僕が考えだした言葉。 だから「無を超えるもの」という意味で取らないでほしい。 ”言葉にできないもの”それが神だと僕は思う。 僕は答えたので今度はあなたに質問です。 あなたにとって神はどんな存在ですか? 僕の回答に応えてください。

LightDark
質問者

補足

まあ、たぶんあなたの場合は僕のこの質問自体が滑稽に思えている。 だから、このような「無と虚無の違いは何」という乱雑な質問をすると思う。 答えてくれるとは思っていない。 答えてくれるとしても僕を馬鹿にした答えを言うと僕は思っている。

  • tamacchi
  • ベストアンサー率16% (135/816)
回答No.1

その前に、 無だったことは証明できるのか?

LightDark
質問者

お礼

証明はできない。 タイムマシーンがない限り。 ただ、世界は破滅と誕生を繰り返している。 だから「無よりも前の存在」があると僕は思う。 でもそれを人間が感じることも思うこともできない。 でもこうやって「無を超えるものの存在」を考えられる自分がいる。 これが僕の中の葛藤なんです。

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