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江戸時代、武士は一人で出歩いてはいけない?

  • 質問No.2288879
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お礼率 10% (1414/13346)

NHK「知るを楽しむ 歴史に好奇心 拝見・武士の家計簿」によると
武士は一人で出歩いてはいけなかったそうです。
常に家来をつけなければならなかったので、経済的に逼迫したそうです。
ところで、一人で出歩いてはいけないのは、どういった種類の武士だったのでしょうか?
その家の主だけなのでしょうか?
次男や三男、隠居した祖父などは無関係と思われますが、
どうでしょうか?
またこのようなルールができた背景は何だったのでしょうか?

よろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.2
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ベストアンサー率 32% (11/34)

部屋住みはお供をつけません。
次男、三男でもお役についていればお供が必要です。
当主と継嗣がお役についていて、次男が部屋住みの家の場合、供をつけるのは当主と継嗣の二名になります。

私の記憶では、供を連れなくてはいけないのは、確か公用の時(出勤時)だったような……。
この部分は曖昧です。申し訳ありません。

その他の回答 (全1件)

  • 回答No.1

ベストアンサー率 26% (248/951)

たぶんですね、戦国時代の事が根拠になってるんではないかと。
と言いますのは戦国時代、大名は戦場へ兵士を送り出さねばなりませんでした。とは言っても、行き当たりばったりに駆り出す訳にも行きません。

でも、米の取れ高を見れば、どの程度の兵力が期待できるかはある程度計算できますね。ですから、配下の部将に「おまえのところは取れ高何石だから、何人出しなさい」って言える訳ですよ。

っで、平和な時代に入ってもこういう習慣が「慣例法化」しちゃった。で、何石取りだから何人、って言う風に供の人数が固定化した。

私はそう考えてるんですけど。
これが本当なら、一応「当主限定」。次男三男は「場合によって(分家する場合もあるので)」、隠居は・・・官位があるような人でもなければ関係ないかな・・・。

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