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マイナスの感情の存在理由

kupoyukiの回答

  • kupoyuki
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回答No.1

マイナスの感情が、必ずしも人間にとって負の方向に働くわけではないと思います。 例えば、生まれてきたマイナスの感情は、人によっては「ばね」としての役割を果たすと思いませんか? それに、マイナスがあってこそ、プラスが引き立ってくる、というものではないでしょうか。 マイナスの感情は受け取り方次第で良くも悪くも働くものだと思います。マイナスに負けてネガティブに考えてしまうと、自殺に行きついてしまう場合もあるのかもしれません。…要は受け取り方次第です。 これは人間にとって無くてはならない障害であると思います。障害が無くては、大きな成長ってあまり期待できないものです。 人間が学習して、成長するためには苦しい事も覚えていくことも大切なことなのだと思います。ですから、マイナスの感情を受け取る機能があるのかもしれません。 (もしかしたら専門的な名称があったりするのかもですね) 又、人によっては、苦しみから逃げようという自己防衛が働けば衰退することもあるかもしれません。 しかし、大多数は苦痛を感じることも一種の喜びであることに気づいているのではないでしょうか。

jodanshues
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